第72話「鬼と真祖と聖獣」
結界で隔離された空間の中、その中でも人為的に隔離された一角で地響きと轟音が鳴り響く。
身を焦がすような大量の妖気を振りまき、天災のように空間内にいる生徒を恐怖させる破壊の音色。
それを鳴らし続けているのは勿論、大妖クラスの鬼である朱だ。
強固に張り巡らされた結界をまるで太鼓のように打ち鳴らし続ける。
「うら、どうした? 何時迄も避けてばかりじゃ、永遠に俺を退けることは出来ねぇぜ――ッ!!」
女性としては筋肉質で太いが、それでも扱っている獲物を見ると小枝としか言いようが無いほど対照的な腕で、棍棒を振り回し続ける。
その一撃は爆弾もかくやといった有り様で、同じ大妖クラスの識とヴァーミリオンですら当たれば一撃必殺の威力を爆撃機の如く振りまいていた。
絶対に当たってはいけない一撃が、暴風のように荒れ狂っている。
これは周りに部外者が一人もいなくなったからこそ出来る芸当だろう。
そんな爆撃の最中、識は必死にキョウを連れながら躱し続けていた。
九つの眼を駆使し、その動き全てを見切ることで未来予知めいた動きがそれを可能としているのだ。
だが勿論敵は一人だけではない。
「キョウ、上」
「はいっ!!」
キョウは識の声に反応し、自分の頭上へと手を伸ばす。
そこにはほんの爪先だけを実体化した、ヴァーミリオンの攻撃が迫っていた。
それをキョウは自分の体を盾にする形で防ぐ。
見落とせば標的を破壊され、一発で退場となる攻撃。
それが大振りで尚且つ絶対に避けなければいけない朱の攻撃に、紛れる形で行われるのだ。
相手はキョウに攻撃を加えられないとはいえ、それを差し引いても綱渡りとしかいえない状況。
そんな中で識は冷静に凌ぎ切っていた。
「どうやら此方の攻撃が読まれているようですわね。同じ大妖クラスの妖魔とは言えど、二対一で倒せないのは癪に障りますわ」
「って言うかそもそも
上半身だけ実体化したヴァーミリオンと朱は、識に攻撃しながらも言葉をかわす。
対する二人はまだまだ余力を十分に残している状況。
防戦一方を強いられる中、識はただ黙って攻撃をかわし続ける。
「…………」
苛烈さを極める二人の攻勢に言葉を返す余裕が無いのかもしれない。
少なくともキョウがそのように捉えるほど、状況は芳しくなかった。
確かに攻撃を回避し続けることはできている。
だがそれは無傷でもなんでも無く、小さなダメージを幾つも蓄積しながらの回避だ。
完全な武闘派の二人と比べ、識は戦闘に向く妖魔ではない。
その埋められない身体能力の差が、浮き彫りになり始めてきているのだ。
そんな様相にキョウの顔はどんどん悲壮めいた色を帯びてゆく。
「…………」
九つの眼の内の一つがその様子をじっと見ているが、識は何も喋ろうとはしない。
まるで何かをじっと待っているかのように、静かに耐え凌いでいるだけだった。
そんな状況がますますキョウの不安に拍車をかける。
言葉もなくただ少しずつ擦り切れていく識の姿を見て、キョウが別の方法を取ろうとするのは至極当然の流れだった。
「やっぱりここは僕が……」
ついに我慢の限界というようにキョウの痺れが切れる。
そしてキョウはこれ以上識が傷付くのを見たくないという一心から、前に出た。
丁度朱が識目掛け棍棒を振り下ろそうとしている、その爆心地へと。
本人としては身を呈し、庇うといった感情しかない短絡すぎる行動。
それがどう言う結果をもたらすか、全く考えてもいない。
だがその場にいる彼女達は違った。
「なっ?! おい馬鹿どこに突っ込んで……」
「本当に世話のやける人ですわね」
「ちっ、ホントしょうが無い奴だな」
三者三様それぞれキョウを護る為、まるで予測していたのか如く一糸乱れず動き出す。
識はキョウの体を引っ張り、位置を入れ替えようとし。
ヴァーミリオンは実体化した己の体を盾として割り込ませ。
朱は振り下ろす直前の腕の軌道を無理に捻じ曲げ、己の半身とも言える棍棒を手放した。
「あれ?」
流れるようなコンビネーションの良さに、キョウは目を瞬かせる。
三人共それぞれ想定内とでも言うように、何の迷いもなく戦闘を放棄しキョウを護りに行ったのだから。
闘志と闘志をぶつけ合う決闘の場に、穏やかな風が辺りを包む。
少なくともキョウはこれがきっかけで皆が仲良くなれるのでは無いかと思うほどに、三人の息はぴったりだった。
そして三人がコレほど接近したのも初めてだった。
「――この時を待っていましたわ。そしてもう遠慮は要りませんわね」
この接近が想定内である以上、この隙を逃す彼女達ではない。
まず初めに動き始めたのはヴァーミリオン。
宣言すると同時に大量の妖気が放出され、キョウとヴァーミリオンを中心に暴風が巻き起こる。
その規模、その威力、先程の穏やかな空気が凪であったかのように、辺り一面を揺るがし荒れ狂う。
武器を手放すためにワンテンポ遅れた朱は勿論、すぐ側に居た識も分厚い空気の壁に阻まれ、進めなくなる。
「さあ、キョウ。改めて
「で、でも……」
飛翔するヴァーミリオンに連れられ、上空に引き上げられながらも、キョウは難色を示す。
キョウが難色を示そうが、ヴァーミリオンが腹部にある
だがヴァーミリオンはせめてもの筋として、そう尋ねずにはいられなかった。
それはキョウの事を唯の愛玩物や添え物としてではなく、種族の違いはあれど友人として居たいという思いの現れだった。
そんなヴァーミリオンの思いに、キョウは迷うように視線を足元へと下ろす。
そこへ――。
「――やっぱ正解だったな。もう一本は使わずに取っておいて……よっ!!」
「っ?!」
二人の会話を遮るように、朱はもう一本の棍棒を出現させると上空に居る二人目掛け投擲した。
先程まで朱が持っていたものとは、色こそ違うがこちらも先ほどの棍棒と同じく、明らかに別格の妖気を放出している。
朱によって新たに創り出された棍棒は、周りを吹き荒れる暴風など物ともせずに矢のように二人に飛来する。
識が動けなくなる程の暴風を物ともしないのだ。
その威力は言わずもがなだろう。
だがどれほど威力を誇ろうと、ヴァーミリオンには霧化する能力がある。
その能力の前には物理的な攻撃は全て無力化する。
――はずだった。
「朱……貴方まさかっ!?」
「あぁ、信じてるぜヴァーミリオン。俺がお前の立場なら絶対そうする。そうする以外の選択肢なんてあり得ねぇんだからよぉ――っ!!!!」
迫り来る棍棒を前に、ヴァーミリオンは血が滲むくらい強く唇を噛みしめる。
何故なら朱の言う通りその選択肢しか選べないからだ。
ここで霧化すればヴァーミリオンは間違いなく攻撃を回避することが出来る。
だがそれはヴァーミリオンだけの話だ。
すぐ側にいるキョウはその棍棒をモロに直撃するだろう。
ルール上だけの話をすれば失格になるのは朱で、ヴァーミリオンにとって何の実害もない。
しかしそれは自らペアになろうとしている相手を、それも自分にとって友人以上に大事な存在を見捨て、逃げ出すことに他ならない。
それは彼女達にとって最もあり得ない選択だろう。
「朱、後で覚えてなさい――――ッ!!!!!」
ヴァーミリオンは矢のように飛来する棍棒に背を向け、キョウの体を包むように手を広げながら叫ぶ。
そして怒りと憎しみを込めた声を当たりに響かせながら、棍棒を背に受け吹き飛んでいった。
「ヴァーミリオンさん?!」
「大丈夫だ、あれくらいでどうにかなるような奴じゃねぇよ」
ヴァーミリオンが吹き飛んだことで空中から落下してきたキョウを、朱は優しく抱きとめる。
棍棒がぶつかる瞬間に、ヴァーミリオンが体ごとぶち当てて軌道を逸らしたことによりキョウにダメージはない。
だがその衝撃の凄まじさは間近に居たキョウが一番理解しており、吹き飛んだヴァーミリオンの元に駆けつけようと藻掻いていた。
「おっと、捕まえた以上逃さねぇぜキョウ。前にも言ったろ? 俺は手に入れたいと思えば力尽くでも手に入れようとする女だぜ」
「僕の事はどうでもよくて、朱さんとヴァーミリオンさんは仲間でしょ?! だったらどうして……」
「仲間である前に俺達は
キョウを抱えたまま移動を始める朱。
暴風の余波で硬直を続ける識からキョウはどんどん離されていく。
キョウはそんな状況にも関わらず、朱の言葉のほうが気にかかっていた。
ペアになって護るためとはいえ、それは友人同士傷つけ合ってまでするようなものなのだろうか、と。
「……よくわからないです」
鬱屈した思いが形になるように、キョウの口から言葉として零れ落ちた。
本心からの言葉ではあるが、それ故に彼女達にとっては残酷な言葉。
「本気で好きな奴が出来れば、キョウにも分かるようになるかもな」
朱はそれを受け、意味深な笑みを浮かべる。
キョウはその笑みを見ながら、本気で好き? どう言う意味だろうと首をひねった。
何故なら彼は――。
「? 僕は朱さんの事が好きですけど」
「なっ?! ばっ、え?! い、いや、ちょまてっ。いきなり何言って……うわぁ、うわぁ、や、やばい、俺どういう顔をしたらっ!?」
「えっと、大丈夫ですか?」
好きといった瞬間、湯沸し器のように朱の顔から湯気が出る。
そして熟したトマトのように顔を真赤にすると、自分の尻尾を追いかける犬のようにその場をぐるぐる回り始めた。
当然抱きかかえられているキョウもそれに引きずられる。
だが当のキョウは引きずり回されることよりも、朱の行動がよく理解できずに心配そうな顔をするだけだった。
「だ、だだだ大丈夫だ。そ、それよりさっきの言葉、う、嘘じゃねぇよな? 俺には嘘つかねぇよな?!」
「え? えっと、朱さんの事が好きって話ですか? それなら嘘じゃありませんけど……」
キョウが嘘じゃないといった瞬間に、朱の顔は雲一つない空のような晴れやかな顔になる。
今だけは恐らくその他全ての悩みも、状況も忘れたのだろう。
キョウは朱の顔を見ながら照れたように顔を赤らめる。
嘘でもからかっている訳でもなさそうなキョウの状況を見て、朱は意を決する。
「じゃ、じゃあ、今すぐ俺とパートナーに――」
「――だって、僕はこの学園で出来た友達は皆、皆大好きですから」
そんな朱の様子を他所に、キョウは照れながらも嘘偽りない精一杯の笑顔を向けてそう言い放った。
キョウの心境としては、友達は皆何よりも大切な存在だ。
だからこそこんなことで傷ついて欲しくないのだ、と庵に主張したかったのだろう。
しかし朱はそんなキョウの意図に気付くことなく、ぐったりと項垂れる。
そして――。
「分かってた、こう言うオチだってことは喋ってる途中から薄々分かってた。でもよぉ、もうちょい夢見させてくれてもいいじゃねぇかよ、糞がっ!!」
朱は血の涙を流しながら、拳を地面へとおもいっきり叩きつけた。
そのあまりの威力に結界が大きく揺れ、あたり一面に地響きが巻き起こる。
キョウはここで漸く己が朱の地雷を踏んだことを理解した。
「あ、あのあのっ!! ぼ、僕の所為……ですよね? えと、その……ぼ、僕に出来る事なら何でもしますから、怒りを鎮めてください」
「ぁ? 何でもだぁ?」
涙目になりながらも睨んでくる朱に、キョウはビクッとしながらも頷く。
「えとえと、他の人に迷惑がかかることは無理ですけど、それ以外で僕にできることなら……」
「じ、じゃあ――――えよ」
「?」
「抱きしめて、もう一度好きって言えよっ!!」
「は、はい」
鬼気迫る朱の迫力に押されて、キョウは半ば反射的に抱きついた。
いや少なくとも抱きつこうと手は伸ばした。
その瞬間――。
「朱ぁあああああ――――っ!!!!」
「ちっ、もう回復しやがったか」
地獄の底から響き渡るような絶叫とともに、高速でヴァーミリオンが飛来する。
その声を耳にすると同時に、先程までのどこか抜けた雰囲気から朱は一瞬で切り替わった。
そして戸惑うキョウを他所に、素早く己の体の後ろに隠れさせると、迎撃の体勢に入る。
最早ヴァーミリオンのこの突撃は、キョウへの被害を一切想定していない。
二人が共闘しながら戦っていた時は、本気でありながらもキョウへ被害が及ばないように少なからず加減はされていた。
だが今回の攻撃は加減は元より辺りの被害すら度外視し、ただ標的である朱目掛け、暴風のように辺りに風を撒き散らしながら突き進んで来ている。
その速度、気迫ともにキョウと戦った時のような完全妖魔化した状態に迫る勢いだった。
これが本来の意味での彼女の本気なのだろう。
「勿論貴方なら護り切れますわよねっ!?」
「当たり前だって、の――ッ!!」
両者そう叫ぶと同時に、湧き上がる大量の妖気を収束させると互いにぶつけあう。
大妖クラスの妖魔である二人の掛け値なしの全力に、爆心地にいるような衝撃が巻き起こる。
他の妖魔達の戦いによってか、ポツポツと点在した分厚い氷の塊がその余波を受け、一斉に砕け飛び散った。
もしここに他の妖魔や人間が居れば、この氷のようになっただろうと言う事は想像に難くない。
ただひとつ、朱の妖気で厳重に護られているキョウのいる場所を除いて、だが。
「どうした、一発で終わりか? 肉弾戦で俺に勝ちてぇなら後千は用意しねぇと無駄だぜ?」
腕の間から朱はにやりと笑う。
あれだけの威力を誇る攻撃を受けたはずのその赤褐色の腕には傷一つ無く、かつてキョウが印象を抱いたように鎧の如く顕在していた。
対するヴァーミリオンは己の渾身の一撃がノーダメージだったにも関わらず、高圧的な雰囲気は微塵も崩れない。
「後千? はっ、冗談じゃありませんわ。何万発入れようが貴方の様な脳筋ゴリラに肉弾戦を挑んで倒せるのは、あの仔馬くらいでしてよ」
「じゃあどうするってんだ?」
「
ヴァーミリオンは両手を翼のように広げる。
それに追従するように妖気はマントの如く拡散していく。
まるで空に広がる
そしてそれだけでは終わらない。
朱がその全てを認識した時、その前には血の杭が
「コレは
「てめぇ、まさか……」
「ですがまあ、貴方であれば当然コレから護れますわよね?
皮肉めいた笑みを浮かべながら、ヴァーミリオンは指を鳴らす。
その瞬間、幾百を超える血の杭が朱周辺目掛けて降り注いだ。
朱は瞬時に彫像のように突っ立っているキョウを引き寄せると、盾となるために覆い被さる。
「――――ッ!!!!」
常人は愚か、普通の妖魔ですら一瞬で肉片と成り果てる物量の雨。
その死の雨を前に、朱は数十秒間ただ只管耐え続けた。
先程と同じく強固なその皮膚は、血の杭の貫通を許さず物理的なダメージを通さない。
だが、この杭の真価はそこではない。
「早く降参なさらないと、貧血で倒れますわよ?」
「てめぇのような……軟弱と、一緒にすんじゃねぇよ」
朱は皮膚の表面付近に走る毛細血管から、次々と血を吸われていた。
一本一本の吸血量は少なくとも、雨粒のように降り注げば話は別だ。
徐々にではあるが、弱りつつあった。
そんな中キョウは――。
「えっと、どうなっているんですか、識さん」
識の横で二人の様相を遠くから眺めていた。
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