第73話「肌寒いと思ったら辺りの氷雪に注意」

「どういうことも何も、お前が見た通りそのままだよ」


 識さんに言われ僕は先程までの光景を振り返る。

 朱さんとヴァーミリオンさんが本気でぶつかろうとするその瞬間。

 僕は足元の氷から出現した刹那さんによって連れだされたのだった。

 その際に刹那さんは僕そっくりに出来た氷の像をその場に残していったのだが、何故それでバレていないのか、理屈がわからないのだ。

 そもそも何故刹那さんが出てきたのかもわからない。

 詰まる所、何から何まで分からない事だらけだった。


「すみません、刹那さんの事も朱さんとヴァーミリオンさん達の戦いが普通に続いていることも何から何まで全然わからないです」

「……それはそう。識は説明するのは好きだけど、面倒くさがり。だから説明しても理解しない人を嫌う」

「えっとそれはどう言う意味……」


 新たに聞こえた声に僕は振り返る。

 そこには暁理さんが紫雲さんを盾にするようにしながら、こちらを眺めていた。

 それも僕等がいる場所からかなり離れた位置でだ。

 まるで猛獣でも見ているかのような暁理さんの様相に、僕は困惑するしかなかった。


「……キョウは馬鹿だと言っている。だから識は説明しなかった。馬鹿だから」

「二回も馬鹿って言った?!」

「ん~? そこが可愛いんだよ~。――――――そうは思わはない?」


 可愛いと言いながら、僕の頭に載しかかるように背後から抱きつく刹那さん。

 柔らかくてひんやり冷たい感触が背中にあたって、こそばゆい。

 と言うか今、暗に馬鹿って認められたような気がするのだが、気のせいだろうか。


「ひっ?!」


 刹那さんに同意を求められた暁理さんは、その瞬間恐怖に顔を歪めて紫雲さんにしがみつく。

 頭の上に乗られている為、刹那さんの表情を伺うことはできないが、暁理さんは何をそんなに怖がっているのだろうか。

 そんな状況の中、新たな声が聞こえてきた。


「識さん、キョウさんの為に改めて説明してくれませんか」

「クリスティナさん?!」


 双子のハクさん達に支えられる形で、クリスティナさんは僕らの元へと歩いて来る。

 その声にはいつもの覇気はなく、身体状況から見ても明らかに精彩を欠いていた。

 僕は慌ててクリスティナさんのもとに駆け寄る。


「大丈夫ですか?!」

「朱から一撃貰って大丈夫……とは言えませんが、少なくともリタイアはしなくてすみそうです」


 片方の腕でお腹を抑えながら、クリスティナさんはそう言う。

 もう片方の腕は脱臼しているのか、力なく垂れ下がったままだった。

 僕はその痛々しい姿に胸が痛くなる。


「氷いりますぅ~?」


 僕の頭の上に乗ったまま、刹那さんは片手に氷を創り出した。

 腫れた箇所を冷やせということだろう。

 だがクリスティナさんは首を振り辞退する。


「いえ、大丈夫です、気持ちだけ頂いておきます。――――それよりも識さん、もう一度説明を……」


 こんな状態になってもクリスティナさんは説明を促す。

 最早説明なんてクリスティナさんの体に比べたらどうでもいいと思った。

 だが寸前で識さんの『人の尺度で妖魔の怪我を測らないほうがいい』と言う言葉を思い出す。

 他の人があまり心配そうにしてないから、そこまででもないのだろうか。

 僕は一先ず様子を見ようと思った。


「二回言わなくてもわかってるって、説明ね。作戦……と言った大層なものじゃないが、一応種明かしだけはしとくよ」


 識さんは9つの内、幾つかの眼を朱さん達に視線を向けながら、僕らの方に振り向いた。


「まず大前提なんだが、そもそもあの大妖クラスの妖魔二人を相手にお前を護るっていうのは無茶がある。それは分かるな?」

「えと、はい」

「だからまずはその大前提を崩す必要があった。その為に私が考えたのは敢えてお前をあの二人の手に渡らせて、仲違いさせる事だった。あの二人の共闘はお前を奪うと言う地点を終着点としている以上、その目的を一度達成させてしまえば簡単に仲違いする」


 僕は現在進行形で戦っている朱さんとヴァーミリオンさんに視線を送る。

 識さんの言う通り、今二人は仲違いをして争っている最中である。

 何故同じクラスの二人が仲違いをするのかいまいち分からないが、理にかなっている作戦だと思った。


「問題はどうやって取り返すか、とその際にどうすればバレないか、だ。戦闘中とはいえ二人に近づけば一発でバレるしな」

「じゃあ、どうやって刹那さんは……。と言うか刹那さんは一体何をしたんですか?」


 僕はまだ頭の上に乗っかってご機嫌そうにしている刹那さんに尋ねる。


「ん~? それはねぇ~、~」

「…………え?」


 刹那さんの言葉に僕は固まる。

 雪になってくっ付く?

 一体どう言う意味だろうか。


「正確に言うと刹那はずっとキョウの側で氷となって潜んでいたわけだ。勿論私もあの二人も気づいていたが、雪女一人居ても大した影響はないと後回しにしていた。そしてそれが突破の鍵になった」

「??」

「あの二人は最初にクリスティナとシルヴィアを排除した。その上で魅了の魔眼を使い、邪魔が入らないようにした。実際側にいる刹那を除いて邪魔は入らないはずだった」

「だった?」


 刹那さんがいつから僕の側に潜んでいたかすごく気になるが、僕は一先ず後回しにすることにする。

 それにこの事はなんだか深く突っ込まないほうがいい気がした。

 よくわからない寒気のする僕を他所に、識さんはボサボサの髪を掻きながら面倒くさそうに言葉を続ける。


「そもそもあの魅了の魔眼に抗えるのは同格の妖魔か、或いはあの魔眼の効果が薄いものだけ。シルヴィア、クリスティナ、刹那の三人は特にかかりが悪かった」

「で、でも刹那さんはともかくシルヴィアさんとクリスティナさんは朱さん達にやられて動けなかったはずじゃ……」


 僕はクリスティナさんに視線を送る。

 あの時朱さん達だってクリスティナさんとシルヴィアさんを戦闘不能にしたと言っていたはずだ。

 そんな二人が魔眼に掛からないからといって何が変わるのだろうか。


「私達が朱達に負けた後、暁理さん達がやってきて手当と介護をしてもらったんです」

「……指示は識から随時してもらってた」

「ん? でも識さんは僕とずっと一緒だったんじゃ?」


 紫雲さんの背に隠れながら話す暁理さんに、僕は問いかける。

 だが、答えを返してくれたのは識さんだった。


「こいつはさとりと言って、心の声を聞くことが出来る妖魔でな。試合中ずっと私の心の声を拾わせていた。キョウ以外の奴には事前に重要な事だけは伝えていたが、タイミングとか細かい微調整が必要だったからな」

「……は、はぁ」


 識さんの言葉を聞きながら僕は生返事を返す。

 なんだか除け者にされたようで寂しかったのだ。

 とは言え僕が聞いたところで何も変わらないのも事実だろうが。


「そしてこの作戦をする上で最も重要だったのがシルヴィアだ」

「シルヴィアさん?」

「そう、サキュバス……いや夢魔は『魅了』の他に『催眠』と『幻覚』能力を持っている。それによってだがシルヴィアは自分を刹那の一部と誤認させて接近することが可能となった」

「でも、シルヴィアさんは結構な怪我なんじゃ……」

「キョウさん、お忘れですか? 私の角に治癒能力があることを」


 クリスティナさんの言葉に僕はドッジボール大会の時に治して貰ったこと思い出す。

 あれ以来使われていなかったから忘れていたが、クリスティナさんにはその能力があったのだ。


「シルヴィア本人は自身の能力を戦いで使うことを嫌い、ヴァーミリオン戦でも使わなかったのだろうが、それが逆に能力の効果を底上げすることになった。この手の催眠能力はあり得ない光景を見せると疑心が生じ、すぐに能力が解けてしまう。だがとあの二人が無意識の内に自分で暗示をかけた事によって、シルヴィアは自分の存在を取るに足らない存在と認識させた」

「それでも全身ボロボロの重症だったけどね。正直私が到着した時、腕を動かせたことに驚いたくらい。もし最後に能力を使わなければ恐らく退場扱いだったと思う」


 紫雲さんが識さんの後を継ぐ形で言葉を重ねる。

 知らない間にそんな事が起こっていたなんて。

 僕はクリスティナさんとシルヴィアさんを助けてくれた紫雲さん達に感謝をした。


「あとはキョウが見た通りだ。シルヴィアの能力は近くで掛け続けないかぎり直ぐに解けてしまう以上、誤認させるにはその場に留まり続けなければならない。つまりシルヴィアは今キョウの代わりにその側にいる」


 識さんは少し楽しそうな顔をしながら、朱さんとヴァーミリオンさんがいる方に視線を送った。

 そこでは未だ二人の戦いが続いている。


「あれ?」


 僕は違和感を感じ、改めて二人の妖気を探る。

 先程よりも二人の妖気が大きくなっている、しかしその割に妙に静かなのだ。

 他の人も気づいたのか、ぎょっとするようにその方角を見つめた。

 嵐の前の静けさのような気配に、僕は身震いする。

 確信がある、間違いなくこの後よくないことが起こると。

 そんな僕らを他所に識さんは九つの眼をその方向に向けながら、気怠そうに頭を掻く。


「まあそろそろバレるだろうけど、もう問題ない」


 識さんがそういうと同時に大津波のような妖気の奔流が、僕らの方に向かってくる。

 間違いなくこれは朱さんとヴァーミリオンさんのものだろう。


「よくも私達わたくしたちを嵌めましたわね――――ッ!!!!」

「ホントマジでやってくれたな、おぃ」

「嵌められる方が悪い、とまでは言わないが、想定していなさすぎだよ。私はお前らの行動を全て想定していたぞ?」


 大瀑布のような大量の妖気をその身に浴びながら、識さんは平然と返す。

 その他の僕らは恐怖で竦むことしかできなかった。


「戯れ言をっ!!」

「嘘じゃない、私の能力はそういう能力だからな。そして残念だが――――時間切れだ」


 ヴァーミリオンさんの攻撃が識さんに届く寸前。

 会場いっぱいに試合終了を知らせる合図が鳴り響いた。


「くっ」


 後1秒もあれば識さんの体を貫いたであろう爪を、ヴァーミリオンさんは苦虫を噛み潰したような顔で止める。

 対する識さんは分かっていたかのように、何もせず突っ立っていただけだった。


「どうだ? の妖魔でも護れるものだろう?」

「その言葉――っ?! 貴方いったい……」

「知ってるだろ、白澤ハクタクって言うのは妖異鬼神の対処法を人に教える妖魔、備えられば憂いなしってな。頭でっかちには頭でっかちなりの戦い方があるのさ」


 識さんの言葉にヴァーミリオンさんは悔しそうに顔を歪めて、膝をつく。

 その側で朱さんも疲れたように胡座をかいて座り込んだ。

 僕はその光景を見て、漸く試合が終わったことを実感し、肩の力を抜く。


「はぁ~~ぁ、どうせ負けるならまたキョウに負けたかったが、まあこうなりゃしゃあねぇなぁ。――――――それにこれならアイツにも」


 落ち込んでいるヴァーミリオンさんを他所に、朱さんは上を見上げながらよくわからない言葉を口にする。

 アイツとは一体誰のことだろうか?

 何はともあれ、こうして僕らの交流戦一戦目は終わったのであった。



 †



「キョーーウ」

「っ?!」


 交流戦が終わってクラスに戻る途中。

 僕は前方から走ってきた黒髪のおかっぱ頭の女の子に、突然タックルを食らう。

 鳩尾目掛けて頭突しており、地味に堪えた。


「キョウ、聞いてくれ。真が……真が酷いんじゃぁ~~」

「え、えっと、つき子ちゃんどうしたの?」


 泣きじゃくりながら僕に抱きついてくるつき子ちゃんに、僕は出来る限り優しく尋ねる。

 真さんがどうかしたのだろうか。

 確かつき子ちゃんとペアだったはずだが。


「吾はな、真を護るためにな、ずっと能力で護っていたのじゃ」

「うん」

「じゃがな、途中でな、真が他の学年の妖魔を見た途端な、自分で自分の標的を壊したのじゃ」

「うわー」


 僕はその光景が自然に目に浮かび、苦笑いが出る。

 きっと真さん好みのクリスティナさんのような綺麗な人だったのだろう。


「じゃからの、吾は、何もしてないのに、そこで退場となってしまったんじゃ」

「そ、そうなんだ、それその……災難?だったね」


 僕の腹部に顔を押し付けて泣くつき子ちゃんに、僕は心から同情した。

 流石にこれはあんまりだと思う。

 慰めになるかどうかわからないけれど、僕は優しくつき子ちゃんの頭を撫でた。

 そうするとつき子ちゃんはくすぐったそうに目を細めた。


「あぁ道理で姿が見えなかったのですね」

「ま~、居てもあんまり変わらなかったと思うけどね~」


 クリスティナさん達が何やら言っている側で、僕はあることを思い出す。

 今回一番僕のために頑張ってくれたであろう人に、まだ何も言ってなかったのだ。


「あっ、シルヴィアさんにお礼がまだだった」

「うん? 私にか?」

「はい。あの……さっきはどうもありがとうございました。お礼にその、何か僕にできればいいのですけれど……」

「私は自分のしたいようにしただけだ。礼を言われることではないが……そうだな。それでは気が済まないいうのであればでは、一つだけ」


 シルヴィアさんの言葉を僕は緊張した面持ちで待つ。

 僕に出来る事だろうか?

 そんな様子の僕にシルヴィアさんは近づくと、かっこいい笑みを浮かべて口を開く。


「今晩私と一緒に寝て――」

「チェストォー―ッ!!!!」


 シルヴィアさんが言い切らないうちにクリスティナさんの蹴りが、シルヴィアさんの脇腹に炸裂する。

 試合後、保健室で怪我を治してもらったとはいえ、病み上がりの体で大丈夫なのだろうか。

 僕は二人の容体が心配になった。

 だが心配しているのは僕だけのようで、他の人達は新たな会話を始める。


「そんな事より、誰かもう一方のグループの試合内容について知らねぇか?」

「もう一方のグループ? 確か吾が見に行った時はもう終わっておったぞ」

「え?」

「確か三年のクラス以外が全滅したとか、何とか言って」


 つき子ちゃんの言葉に僕らは固まる。

 三年生以外全滅?

 そんな事がありえるのだろうか。

 僕が眉を寄せる横で、ヴァーミリオンさんと朱さんはさも当然というように口を開く。


「Aランク最強と謳われているのは伊達ではありませんわね」

「当然だな、この手の行事は殺し合いでもなけりゃあ、あの女の独壇場しょけいじょうにしかならねぇんだからよ」

「えっと、それって……」

「――現生徒会長美鈴。次の試合にはアレが出てくるってことだ」


 壮絶な笑みを浮かべる朱さんとヴァーミリオンさんを他所に、僕は嫌な予感がしてならなかった。

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