第68話「鳥と妖魔と野生児にとって山一つの距離は遠くない」
「ピィイイイイ――――――ッ!!!!」
ガラスの割れる音と共に、それを上回るほど大きな鳥の声が教室中に響き渡る。
それと同時に僕の顔にとても暖かい何かが激突した。
「ピーちゃん?!」
僕は困惑しながらも、ピーちゃんをいつもの様に抱きしめる。
物心付く前から一緒にいる仲だ。
顔にへばり付いていようとも、間違えるわけない。
僕の上半身を軽く覆ってしまえるほど大きな羽に包まれながら、僕はそう確信した。
「ピィ!! ピピィッ!! ピィイイイ―――ッ!!!!」
頭の上に乗りながら猛烈な勢いで僕の鼻を甘咬みしてくるピーちゃんに、僕は懐かしさと安堵を覚え、顔がニヤけるのが止まらない。
この位置は昔からピーちゃんが僕に甘えるときに居る定位置だ。
それにしてもどうしてここにいるのだろうか。
僕はピーちゃんのお腹の辺りを撫ぜながら、疑問に思う。
本当ならばピーちゃんは、くうときよさんの家でもある実家に居るはずなのだ。
実家はここからそんなに遠くないとはいえ、山を一つ越えたくらいの距離はある。
もしかして実家でなにか起きたのだろうか?
そんな事を考えていると、何やら不穏な言葉が聞こえてきた。
「ちっ、もう戻ってきたのね。もっと遠くもっと深くもっと厳重に埋めてくればよかった」
「え?」
「ピィッ!!!!」
くうの不穏なセリフを僕が問いただすよりも先に、ピーちゃんの体が燃え上がった。
これはピーちゃんが本気で怒っている時にする行動だ。
見た目は激しく燃え上がる炎そのものだが、別段熱くはない。
問題はこの状態で創り出すものである。
ピーちゃんは隙かさず自分の嘴の前に燃え輝く光球を創りだすと、くう目掛け発射した。
「は? え? ちょっ?!」
真さん達が状況を理解するよりも早く、光球は駆け抜ける。
球体の大きさは直系1メートルほど。
もしこれが何かに接触して爆発すれば、教室の半分以上は灰も残さず燃え尽きるほどの熱量が放出されるだろう。
これはそれだけ危険な物体なのだ。
「……相変わらずの鳥頭ね。こんな場所でそれを使えばどうなるかくらい、わかるはずなのに」
標的となっているくうは、迫る光球に対して逃げるどころか侮蔑の表情を浮かべる。
くうがどう思っているのかしらないが、現実問題くうが避けると間違いなく怪我人が出ることは確実だろう。
くうは光球が自分にぶつかる寸前、何気なく付き出した手を握りしめる動作をする。
たったそれだけで光球は跡形もなく空間から消え失せた。
これがくうの能力である。
原理も特性も全くわからないが、くうは物を消失させることが出来る。
それ故にくうには生半可な攻撃と防御は無意味なのだ。
勿論それはピーちゃんも知っており、次弾の為に再び体を燃え上がらせようとする。
「ピーちゃんダメッ!!」
僕は慌ててピーちゃんを止めに入る。
こんな所で先程のような技を連発すれば、大惨事になること間違いなしだからだ。
「ピィ……」
僕は手を伸ばし静止を促したことで、ピーちゃんは渋々といった感じに止まった。
だがくうに対する怒りは消えていないらしく、鋭い視線を送り続けている。
「あの……これが先程キョウさんとヴァーミリオンが口にしていたピーちゃんでしょうか?」
「そう、家で飼っている世界で最も愚かで凶悪な鳥よ」
「凶悪な鳥っていうかよ。これ……」
「フェニックス……ですわよね? 世界でも存在が幻とされる妖魔の内の一種。最近目撃情報が無いと思えばこんな所に居ましたとは……」
皆ピーちゃんを見ながら口々に感想を述べる。
その顔はどれも驚きと困惑と呆れを過分無く混ぜたような表情だった。
何故だかよくわからないが、どうやらピーちゃんは有名らしい。
どこか誇らしげに羽を畳むピーちゃんを見ながら、僕はそう思った。
「フェニックス?! その生き血を飲むと不老不死になれるっていうあのフェニックス?! どうなの、キョウ!?」
「そう言えばきよさんがそんな事を言っていたような、言ってなかったような……」
突然鼻息荒く乗り出してくる真さんに、僕は若干後ずさる。
何をそんなに興奮しているのだろうか。
僕は何故こんなにも興奮しているか分からず、若干の恐怖を覚えた。
「不老は兎も角、不死は半分嘘。こいつの血にそこ迄の力はない」
「そ、そうなんだ。でも不老だけでも……。ねぇキョウ、友達としてお願いがあるんだけど~」
真さんが猫撫で声で僕に擦り寄ってくる。
僕はその声よりも、友達と言う単語にどきりとした。
友達って、僕達いつ友達になったのだろうか。
いや友達って言われること自体はすごく嬉しいのだが。
対するピーちゃんはと言うと、頭の上で不機嫌そうに真さんを睨んでいた。
「生き血が欲しいと思うのなら諦めなさい。人間ではコイツに好かれない限り不可能だから」
「人間では? じ、じゃあくうさんなら……」
「……そんなに不老でいたいの?」
「そりゃあ私も女の子だし? 女の子なら可愛さを保つ努力をしない方が可笑しいでしょ?」
「女…………女?」
「いいでしょ、そこはっ!!」
首を捻る皆に真さんは憤慨した。
確かに見掛けはどう見ても可愛い女の子だが、実際は男である。
僕もその証拠を見たわけではないので、確証を持てるかと言われると困るが。
「そもそもずっと若く居たいなら、そこの蝙蝠女の様な妖魔をパートナーにすればいい。真祖直系の従者となれば300年程度は全く老いる事無く普通に活動できる」
「300年か、でも吸血鬼になるのはちょっと……」
「別に吸血鬼のパートナーにならなくとも、大妖クラスの妖魔と親密な関係になれば自然と寿命と老いは伸びていきますわよ?」
「へ? そうなの?」「そうなんですか?」
ヴァーミリオンさんの言葉に、僕と真さんは同時に反応する。
「貴方、もしかして慰魔師が何故妖魔と一緒に暮らさなければならないのか、知らないのかしら」
「あ~、あれでしょ? 妖魔が人を襲わないように、うんたらかんたら……でしょ?」
「それは普通の人間の都合だ、仮初とはいえ平穏な世となった現代の慰魔師の都合じゃあない。もっと言うとだな、妖魔は基本慰魔師を襲わねぇ。妖魔にとって慰魔師は依存させられる存在ではあるが、敵じゃあねぇからな」
「じゃあ、どうして……」
「その前に一つ聞きますけど貴方達、慰魔師の平均寿命を知っているかしら?」
「普通の人と同じじゃないの?」
僕は真さんの言葉を聞きながら、普通の人の寿命って幾つだろうと思った。
勿論口には出さなかったが表情でバレたらしく、ヴァーミリオンさんは少し呆れた顔で口を開いた。
「慰魔師の平均寿命は現在でも凡そ30歳前後と言われておりますわ。因みにこの国に住む普通の人間の男性平均寿命は80歳くらいですわ」
「30?! え? でもうちのお父さんもお爺ちゃんもまだ……」
「最後までお聞きなさい。これは飽くまで慰魔師単独で生きた場合ですわ。慰魔師は妖魔と共生するために無理な進化を繰り返し、その結果現在のような癒しの能力と芸事に秀でた身体を得ました。その代償が平均寿命30歳という短命、それも大して個人差があるわけではなく30を超えた辺りから次々と死んでいくそうですわよ。そう、それはまるで全ての気を使いきってしまったかのように、あっさりと」
「嘘……だよね? このまま私が誰とも結ばれなかったら、30で死ぬとか、あり得ない……よね?」
「真さん……」
眼から光をなくしながら、肩を震わせる真さんに僕はなんと声を掛けていいかわからなくなる。
僕としても別に他人事ではないが、ずっとくう達と生きてきた僕と真さんではあまりにも心情が違うだろう。
そんな僕らの心情を察したのか、ヴァーミリオンさんは優しい声音で言葉を付け加えた。
「大丈夫ですわ。少なくともこの学園の慰魔師が結ばれない事などあり得ませんので。この学園は必ず妖魔と結ばれるよう、そうシステムされているのですから」
「じゃあ、妖魔の人と結ばれると僕らの寿命はどうなるんですか?」
「そこで先程の話に戻りますわ。慰魔師は30歳以降妖魔の妖気を貰うことにより、寿命を伸ばしているのですわ。一番多いCランクの妖魔であればごく一般的な人間の寿命と同じくらい、そしてAランクの妖魔となると数百年以上生きると言われておりますわ」
「強い妖魔ほど元々の寿命が長ぇからな。そこの不死鳥なんかはもう数え切れないほどの年月生きてきてんじゃねぇのか?」
突然話題がピーちゃんに戻ったことにより、ピーちゃんは威嚇するように羽を広げる。
僕は思いもしていなかったことを言われ、少し考えこむ。
「あ、でも僕が小さかった頃はピーちゃんもかなり小さかったような……」
「それはコイツが転生する妖魔だからよ。永遠を生きる不死鳥は記憶と体をリセットするために自ら体を燃やし尽くす。キョウが見たのは転生したてのコイツ」
僕が考え込んでいると、いつの間に僕の側に来ていたくうがピーちゃんの首を鷲掴みにした。
ピーちゃんはその腕に爪を立て抵抗するが、くうは意に返さない様子でそのまま歩き始める。
「くう、どこにピーちゃん連れて行くつもり?! それにあまり乱暴は……」
「
「いや、それはその……」
「心配しなくとも夜にはコイツを部屋に送るから。それじゃ」
くうはそう言うや否や、抵抗するピーちゃんを連れて教室を出て行く。
それと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響くのであった。
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