第56話「※お友達は付属しません」
「あっ、そう言うことでしたか」
キョウは
その瞬間、私の背中を嫌な汗が伝った。
自分でも言葉の選択を誤ったという認識があるのだ。
あのような表現をしてしまえば、誰だって吸血されるために呼ばれたと思うに違いない。
しかもそれはあながち間違っていない。
人工血液や薬物等で吸血衝動を誤魔化し続けてきたが、抑えるにもそろそろ限界が来ている。
このまま行けば近い内に私は誰かを襲ってしまうだろう。
そうなる前に本物の血を吸わなければならないのだ。
しかし、赤の他人や見知らぬ者から奪う訳にもいかない。
結局私に残された選択肢はパートナーを見つけるしかなかった。
私はすぐさま言葉を訂正しようとする。
「か、勘違いしないでくださる?
けれど、弁明を終える前に以外な言葉がキョウ本人から出てきた。
「――僕なんかの血で良ければいくらでもどうぞ」
純真無垢な笑顔でキョウは私に笑いかける。
血を吸われると言う事に対する忌避など、全く存在しないとでも言うような顔だ。
その真っ白なまでの白い想いに私は胸がチクリと傷んだ。
「なんか等と仰らないでください!! 貴方達慰魔師の血は妖魔のよりも遥かに尊いものです」
そのキョウの真っ直ぐなまでの態度に、私は思わず声を荒げてしまう。
キョウは吸血鬼にとって慰魔師がどれ程希少な存在か分かっているのだろうか。
その血はほんの一回の吸血で吸血衝動を数ヶ月にも渡って抑えられると言われており、個人差はあるがこれは最低でも常人の十数倍の長さを誇る。
そして何よりその血の美味しさは、一度味わえば二度と他の血を口にしようとは思えないほどのものだそうだ。
その血をなんか等と言わせるのは私は許せなかった。
「ご、ごめんなさい」
私の声の大きさに、キョウはびくっと震えると頭を垂れた。
まるで叱られた子犬のようだと、思いつつも私は急いで弁解の言葉を口にする。
「あっ、いえ、怒っているわけではありませんわ。ただもう少し己にプライドを持ったほうがいいと思っただけでして」
「プライド……ですか?」
私の言葉に首を傾けるキョウ。
その仕草が本当に子犬のようで、知らず知らずのうちに口が綻んでいく。
――あぁ……可愛い。
先日、ふと校庭を覗いた時に正座させられている男子生徒が居て、思わず妖気を込めた紙飛行機を投げてしまったが、あの判断は正しかった。
今私はあの時の自分の審美眼が間違っていなかったことを確信する。
と言うより、今すぐこの子を実家に持って返ったら駄目だろうか?
私は思わず頭を撫ぜながら抱え込みたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
「そうです、自信と置き換えても構いませんわ。
「で、でも、僕に自信を持てることなんて……」
自信なさそうに俯くキョウの手を、私は思わず取る。
取ると言うより、気付いていたら既に手が握りこんでいた。
最早二つの意味で私の理性は限界なのかもしれない。
そんなことを思いながらも、私は精一杯取り繕った優しい笑みをキョウに向ける。
――暖かい。
グローブ越しだが、慰魔師特有の暖かい穏やかな気が私の中へと流れこんできた。
久しぶりの感触に、私は少し動揺しつつもキョウの眼をしっかりと見て話しかける。
「そんなことはありませんわ。仮に人として何一つ誇れることがなかったとしても、貴方は慰魔師。それだけでも十分誇るに値しますわ」
「慰魔師と言うだけで……ですか」
「そうですわ、妖魔を癒やす力だけに目が行きがちですが、基本的に慰魔師は妖魔の目から見ても容姿の整っている方が殆どですわ。そう、
手を握りしめたまま私がそう言うとキョウは二、三度瞬きをした後、ゆっくりと顔を赤くしていった。
林檎のようなその顔に、笑みを向けつつも私は内心少し暗くなった。
慰魔師が基本的に容姿端麗なのは醜悪な容姿では妖魔に嫌われ、虐待めいた仕打ちを受け続けた故の結果だ。
生存競争に生き抜くための進化と言っていい。
この愛くるしい見た目はそんな犠牲のもとに成り立っているのだと思うと、少し胸が痛くなった。
「えと……大丈夫ですか? 僕の血、飲みますか?」
そんな私の様子を見て勘違いしたのか、キョウは心配そうな顔でこちらを見上げてくる。
あれだけ自分の事には自信がないのに、どうしてこうも他人のことになると献身的なのだろうか。
まるで愛玩物めいた都合の良さに、私は少し引っかかりを覚えた。
仲の良い友人ならいざ知らず、殆ど初対面の私のために嫌な顔ひとつせずに生き血を差し出そうとすることなど、ただ優しいだけでできることではない。
「あの……やっぱり、いや……ですか?」
「お、お待ちなさい、そうは言って……」
しかし私のその考えは、目に涙を浮かべるキョウの表情を見るだけで吹っ飛んでいく。
脆い理性と思考を情けなく思う自分が居つつ、この愛くるしさの前には仕方がないと思う自分がいるのが何よりも嫌であった。
その萌える姿に心と体が色々な意味で温まると同時に、なんとかして彼の力になりたいと思う。
だがこれまでの会話の流れを見る限り、彼は無条件の申し出は遠慮して辞退してしまうだろう。
私はどうするのが最善か思案するのであった。
†
「…………そう、ね。頂戴しますわ」
僕の言葉に思案していたヴァーミリオンさんは、顔を上げるとそう言った。
やはり体調が悪化しているのだろう。
先程から時折難しい顔をしていたのもその所為に違いない。
幾つか変な顔があった気もするが、それはきっと僕の気の所為だろう。
「えっと、じゃあ――」
「ですが――」
「?」
僕が言葉を発しようとすると、ヴァーミリオンさんは遮った。
どうしたのだろう、まだ何かあるのだろうか。
僕は続くヴァーミリオンさんの言葉を待つ。
「ただ貰う一方では
「交換条件?」
「えぇ、貴方は
「え? でも僕は別に……」
僕はヴァーミリオンさんの役に立ちたくてするのだから、交換条件やお礼など別にいらないと言おうとする。
しかし、ヴァーミリオンさんは首を振り僕の言葉を否定した。
「これは
「はぁ、そんなものでしょうか」
「えぇ、ですから一つ願い事をおっしゃってください。これでも
金色の縦ロールの髪を振り払いながら、ヴァーミリオンさんは得意気に踏ん反り返る。
その姿からは本当に何でも叶えてくれそうな雰囲気が溢れていた。
――ヴァーミリオンさんもこう言っていることだし、何か願いを言わなければいけないんだろうけれど。
でも僕の願いと言うと、やっぱり一つしか無いわけで……。
僕は何だか恒例となりつつあるお願いを口にすることにする。
「あ、あの……その願い事で友達になってもらうというのは……」
「それはお断りしますわ」
恐る恐るした僕の問いかけにヴァーミリオンさんは毅然とした口調で断った。
僕はやっぱりという思いとともに、項垂れる。
――そうだよね、いくらお願いとはいえ会ってすぐ友達になろうだなんて図々しいよね。
僕は心の中ではそう割り切ろうとしながらも、残念な気持ちが拭えなかった。
そんな僕の姿を見てか、ヴァーミリオンさんはごほんと咳払いをする。
「……何か勘違いしているようなのでいいますが、
「? それはどういう意味ですか?」
「友人とはお互いに対等の立場でこそ成り立つもの。この様に願い事で結んだ友誼など真の友人とは程遠いものですわ」
ヴァーミリオンさんがそう言った瞬間、その言葉が棘の様にぐさぐさと僕の胸に突き刺さる。
――正論だ、紛うこと無き正論だ。
でも僕がそれを正論と心の底から認めてしまうと、クリスティナさんや朱さんとの関係は何なのかとなってしまうわけで。
僕は何とか反論を試みようとする。
「お、お願いから始まる友情もある……と思います」
語尾がどんどん小さくなっていきながらも、僕は精一杯の抵抗をする。
僕はどれだけ貶され、こき下されてもいいが二人との関係を否定されるのだけは嫌だった。
そんな僕の様をヴァーミリオンさんは袖で口元を隠しながら、少し困っているような眼で見てくる。
「そうですわね、可能性としてそれは否定できるものではありませんわ」
「ですよね、ですよね?!」
ヴァーミリオンさんの否定はできないという言葉に、僕のテンションは上がる。
――そうだ、僕らの関係は間違ってはいないのだ。
僕がそう安心しようとしたその時、再びヴァーミリオンさんの口が開かれる。
「……ですが、あまり気持ちのよい関係でない事だけは確かですわね」
安心したその瞬間を、狙いすましたかのようにバッサリと切り捨てるヴァーミリオンさん。
持ち上げるだけ持ち上げて叩き落とされた気分だ。
持ち上げられた要素はないのだけれども。
「そう……ですか、やっぱり……あんまり気持ちよくないですか……」
僕はショックのあまり、膝から崩れ落ちる。
もしかするとクリスティナさんや朱さん達も、あんまりいい関係ではないと思っているのだろうか。
あの二人の笑顔の裏に、そんな思いが隠れているかも知れないだなんて一番考えたくない事象だ。
僕は自分の足元が崩れていくような錯覚に陥った。
「その様子では今までも今回のような方法で友人を作っていたのかしら?」
「えと、その……はい」
完全に見抜かれている様なので、僕は小さく首肯した。
こんな状況、自分でも情けないのは分かっている。
でもだからこそ、これだけは言いたかった。
「あっ、でも、その、二人は本当に友達で……」
「分かっていますわ。ですが、その二人との関係にどこか拭えない不安があるのも事実ではなくて?」
「うぅ……」
痛い所をついてくるヴァーミリオンさん。
僕はもう白旗を上げて降参したかった。
「図星のようですわね。それもこれも原因は己に自信がないから、要するにプライドがないから友人をお願いで作ろうとするのですわ。
両の腕を胸の前で組み、堂々と話していたヴァーミリオンさんだが、急に袖で口元を覆うと咳き込み始めた。
それも先程のような軽いものではなく、合間の呼吸すらままならない激しいものだ。
それに咳だけじゃない。
咳は切っ掛けにすぎないとでも言うように、ヴァーミリオンさんの顔中が真っ青になり、全身からも痙攣が起こり始める。
「だ、大丈夫ですか?!」
緊急を要する自体に僕は直ぐ様ヴァーミリオンさんの側に駆け寄り、背中を擦る。
ヴァーミリオンさんは両手で口を抑えながら、大丈夫とでも言うように軽く頷く。
だが、その様子はどう見ても大丈夫じゃない。
最早一刻の猶予もないのかもしれないのだ。
「あ、あの、は、早く僕の血を……」
僕は焦りながらもヴァーミリオンさんに声をかける。
これが血の不足による吸血鬼の禁断症状かもわからないが、試さないよりはマシだろう。
「……く……び、を……」
掠れ声で何とか絞り出された声を僕は聞き取る。
首? 首筋を口元へ持っていけばいいのだろうか?
僕は急いで学生服のボタンを外すと自分の首筋をヴァーミリオンさんの前に差し出した。
「…………ぁ……はっ」
艶めかしい吐息が僕の首筋にかかる。
恐らくヴァーミリオンさんが凝視しているのだろう。
僕は緊張しながらもゆっくり口元を近づけてくるヴァーミリオンさんを待つ。
そして――。
「――っ」
首筋にチクリとした感触が走ると同時に、僕の意識はブラックアウトした。
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