第95話「※海苔はこの後おいしく頂きました」
「――さて、あなた達にはいくつか質問があるわ」
閉めきった準備室の中。
美鈴は助ける素振りも後片付けをする素振りを見せず、ただ冷たく彼女らを見下ろす。
先程までキョウに優しく諭していたのは嘘の様な変貌ぶりだろう。
それもそのはず彼女は道理を説いただけに過ぎず、地に這い蹲る彼女等に対する気遣いなど端から皆無なのだから。
「その前に保健室……だろ、この惨状を見てそのセリフ、頭おかしいんじゃねぇ、か?」
グモった声を出しながら、一番近くに居た女子生徒が息も絶え絶えに言う。
そんな様相をしていても美鈴は眉一つ動かすこと無く、事務的な表情を浮かべ続けるだけ。
「こちらとしては治療後逃げられたり、『怪我で覚えてませんでした』とか適当な事を言われても困るのよ。特にあなた達は前科があるのだから。恨むのであれば普段の自分の行いを恨みなさい」
「何が自分の行いを恨め、だ。死ねよ、糞真面目なガリ勉女がっ。誰がお前の言うことなんか聞くかよ」
「つーか、そんなのどうでもいいから保健室に連れて行けよ、カス。生徒会長様なんだから生徒の役に立てっての」
「ほんと使えねぇわ」
床に這いつくばりながら、彼女達は口々に文句を言う。
彼女達に自分達が悪いという意識はない。
何故なら怪我しているのは自分達で、被害者は自分達だから。
だから丁重に扱われるべきは自分達で、正しいのも自分達。
そんな醜悪な様を美鈴は実験動物を見るかの様な目で見つめる。
「別に質問に答えても答えなくてもいいわ。あなた達が嫌がるのであれば体に聞けばいいだけだし」
体という単語を聞いて、女子生徒達はひっ、っと怯える。
強気を装ってはいるが、彼女達も美鈴の実力はよく知っている。
美鈴がその気になれば、自分達がたちどころに潰されてしまう事くらい当然理解しているのだ。
「脅す気かっ?! せ、生徒会長がそんなことやっていいと……」
「違うわ。これは善意からの忠告よ。無理やり真実を聞くのと、あなた達の意思で本当の事を話してくれるのであれば、私の心証が違うでしょう?」
「心証?! 元々最低な私達が今更そんなもんに……」
「――私には仮とはいえパートナーの慰魔師を傷付けられたことに対する報復の権利があるのよ? その意味がどういう事かよく考えて答えを出しなさい」
氷を想起させる鋭い視線を向けながら、美鈴は淡々と選択肢をつきつける。
その体からは濃密な妖気が放出され続けており、準備室をまるで異空間へと塗り替えていた。
ただそれだけで女子生徒達は簡単に屈する。
彼により元々心は折られているのだ。
寧ろよく反抗する意志を持てたと褒めるべきだろう。
尤もそれすらも美鈴の掌の上ではあるが。
「わ、わかった。全部話すから、それでいいだろ?」
「物分りがよくて助かるわ」
美鈴は彼女達からこの部屋で起こった出来事を事細かに聞いていく。
キョウを騙して連れ込んだ事、ちょっとした悪戯をしたかった事、薬で記憶を消せば後腐れなく遊べる事、などなど。
美鈴は微笑を湛えたまま、大して反応すること無く機械的に聞き続ける。
「これで全部だ、もういいだろ?」
「まだよ、まだちゃんと質問していないわ」
「はぁ?! まだ何があるっていうんだよっ!!」
「……先程の話によるとあなた達全員キョウくんの素肌に触ったそうね」
「それがなんだって言うんだよ?! 嫉妬でもするのか?!」
「その中で、彼と相性が良いと感じなかった人はいるかしら?」
美鈴の声に誰も反応しない。
だがそんなことは本来あり得ない。
人それぞれに好み趣向があるように、妖魔にだってある。
多数派少数派こそあれ、全数一致はあり得ないのだ。
「もっと言うわ。彼に触れて最高に相性が良いと感じなかった人はいるかしら?」
「おいおい、そんな偶然ありえるわけが……」
一人が冗談めいた声で周りを見渡す。
だが、他の誰一人として声を上げない。
「やはりね、おかしいとは思っていたのよ。クリスティナさんに朱にヴァーミリオン、会う妖魔皆を虜にして、決闘のルール抜きでも異常だとは思っていたのだけれど、まさか本当にそんな事がありえるのかしら」
美鈴は最早彼女達から興味を無くしたかの様に、顎に指を当てて考えこむ素振りを見せる。
いや、そもそも彼女達に対する興味など初めから欠片もないのだ。
初めから美鈴の興味はキョウ一筋。
それ以外のものなど、彼に付属するファクターでしかない。
「何を一人ぶつぶつと……」
「あぁ、あなた達、もう十分よ。後は直接体に聞くから」
「なっ、さっきと言ってることが違うじゃねえか、騙したのか?」
「騙しただなんて人聞きが悪いわね。これは確認のためよ、さっきの証言が嘘だったら困るでしょう。それに大丈夫よ、今まで何度も掛けているけれど別になんとも無いでしょう?」
「お前、それ、どういう……」
美鈴がパチンと指を鳴らすと、彼女達の眼から光が消える。
術で強制的に催眠状態にしたのだろう。
その状態で美鈴は再度同じ質問を繰り返す。
情報の擦り合せを行う為に。
「凡そ内容は一緒ね。――まあ知っていたけれど」
もう一度指を鳴らし、彼女等の記憶の書き換え作業を行う。
何度も何度も繰り返してきた手順をなぞるように、その所作には淀みがない。
今更ではあるが、この学園に於いて彼女達の様な不良然とした妖魔の在籍が許されているのは何故か。
答えは単純、生徒会と風紀委員が存在するからである。
その2つの抑止力が犯行を止め、恐怖で規律を守られせているのだ。
「さて、私はここまでだけど、今回は風紀委員の仕置には耐えられるかしら?」
美鈴は風紀委員長を思い出し、少し彼女等に同情する。
彼女に比べれば美鈴が行った事など可愛いもの。
寧ろ慈悲すら感じられるだろう。
「さて、問題はこっちね。――キョウくん、本当にあなたは一体何者なのかしら?」
左手の薬指に輝くエンゲージリングを眺めながら、美鈴は苦々しく言葉を吐き出すのであった。
†
「――と言う事があって大変だったんですよ」
「そ、そうか、それで昼休みに指輪が反応したわけだな」
放課後、泡沫館の寮に戻った僕は、今日の出来事を識さんに報告する。
識さんはどこか面倒くさそうにしながらも、ちゃんと話を聞いてくれていた。
僕はその事に嬉しくなりながらも、本題を切り出す。
「識さんの方はどうでした? その……クリスティナさん達の様子とか……」
「クリスティナは普通だったな。いつも通り堅苦しく真面目な感じで……、寧ろ男子が減って過ごしやすそうな顔してたな」
「そう、ですか」
僕はクリスティナさんが普段通りなことにホッとしつつも、自分が居ないほうが過ごしやすいと言う事実になんとも言えない気持ちになった。
やはりクリスティナさんは普段から男の僕と一緒にいることを我慢していたのだろうか。
ユニコーンの性質上仕様が無いとはいえ、僕は申し訳なくなった。
「あとシルヴィアの方は里帰りしたらしい」
「里帰り?」
「あぁ、何でも『私より強い奴に会いに行く』とか何とか言って、帰ったらしいぞ」
「あ、あはは、それは何とも……」
シルヴィアさんらしいなと思いつつも、いつも通りの破天荒な行動に安心する。
きっと僕なんかが心配しなくてもシルヴィアさんは大丈夫だろう。
「後刹那は夏眠とか言ってずっと寝てる」
「まだ夏じゃないような……」
「まあそんなこんなでいつも通りだ」
僕はクラスの皆の様子を聞いてひと安心する。
交流戦後、様子が変だっただけにずっと胸の中に引っかかっていたのだ。
教えてくれた識さんには感謝していてお礼を言おうと思うのだが、何故か先程から視線を合わせてくれない。
偶に此方を向いても、何故か僕の口元ばかり見ているのだ。
僕は意を決して聞いてみる。
「あの、僕の口になにかついてますか?」
「……海苔が付いてるな」
「え?! 本当ですか?!」
僕は袖で口元を急いで拭った。
昼休みに昼食を食べそこね、その結果短い休み時間に急いでおにぎりを食べたので、その時にくっついてしまったのだろうか。
それで識さんは僕の顔を直視しなかったのか。
恥ずかしさで今度は僕が識さんの顔を見れなくなった。
「そこじゃない、あ~、ほら取ってやるからじっとしていろ」
「すみません」
識さんは手を伸ばし、僕の唇に触れようとする。
しかし、その寸前で手が止まる。
「?」
「い、いいか? 本当に触れるぞ?」
「はぁ、どうぞ」
危険物に触るような震えた手つきで、識さんは僕の唇に触れる。
そしてなぞるかの様な動きで指を動かした。
僕はその仕草にドキドキしながらも、クラスの皆に海苔が付いているのを見られて笑われてたかと思うと、死にたくなった。
「ほ、ほら取れたぞ」
タップリ数十秒僕の唇をなぞっていた識さんは、胡麻粒ほどのサイズの海苔の欠片を見せてくれた。
思いの外海苔が小さくて僕はほっとする。
これなら黒子やしみと勘違いされた期待がまだ持てると言うものだ。
僕は改めてお礼を言おうと識さんを見つめる。
そこで漸く識さんが普段通りでない事に気づいた。
「…………」
頬は薄っすらと赤みがさし、気のせいではないくらいに上気している。
何よりいつも面倒くさそうにしながらも、余裕たっぷりだったあの識さんがどことなく焦っているのだ。
「えっと、どうかしたんですか?」
「へ?! あっ、いやその別に……」
僕が識さんの顔を覗き込むと、識さんは慌てて視線を逸らす。
その俊敏な動作に僕はますます怪しさを感じる。
識さんと言えば怠けているときはナマケモノと見間違うほど、だらけている人だ。
こんなに素早く動くのはおかしい。
「お前意外と失礼な眼で私を見てるな……」
「いえあのその……な、ナマケモノな識さんも可愛いですよ?」
心中を見抜かれた僕は、苦し紛れにそう言う。
その瞬間、識さんの顔は紅葉の様に真紅に染まった。
「なっ?! なななな、はぁっ?! 可愛いとかそういう、わ、私じゃない、おまっ、それ違くて――」
「あの、僕が言うのも何ですけど、落ち着いてください」
顔を真っ赤にしたまま、転げ落ちるように後退っていく識さん。
このまま行くとそのまま壁にぶつかりそうなので、僕はなんとか止めようとする。
「か、可愛いのは寧ろお前だから!!」
「え?」
「あっ、いやえと……ふ、深い意味は無いというか、い、今のは忘れてくれ」
「はぁ……。でも僕は本当に識さんの事、可愛いと言うか、その……綺麗だと思っていますよ?」
「――――っ」
識さんはますます顔を赤くさせながらも、苦虫を噛んだような顔をする。
そしてそのまま我慢できなかったように、急いでトイレに駆け込んだ。
僕は突然の識さんの行動に首をひねりながらも、身を案じるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます