第101話「退魔師御三家」

「……キョウくん、決闘前私と話したことを覚えている?」

「薄っすらとは」


 僕が毛繕いをしていると、美鈴さんは意を決したように口を開く。

 僕は櫛を通す手を一旦止め、美鈴さんに視線を送った。


「決闘は私が負けちゃったけど、でも一つ分かったことがあるわ」

「分かったこと、ですか」

「えぇ、恐らくだけど、キョウくんの一族の名前がわかったわ」

「!!」


 その言葉に僕は驚愕した。

 思わず美鈴さんの尻尾を握りしめて、睨まれる程度に。


「一つ確認なのだけれど、キョウくんはそんな事を知りたいのかしら? あの時は私が口車に乗せてしまったけれど、世の中には知らなくてもいい事が沢山あるわ。もしかしたらこれはキョウくんにとってそうなのかもしれないわよ」


 可愛らしく咳払いをし、真剣な顔つきで聞く美鈴さん。

 僕は一度目を閉じ、本当に自分が知りたいのか問い掛ける。

 美鈴さんの言う通り知らなくてもいい事なのかもしれない。

 しかし――。


「それでも、それでも僕は知りたいです。自分が何者なのか、どうしてこんな事になっているのか、少しでも知れたら……」

「――分かったわ、私の知っている範囲でだけれど、キョウくんの一族について教えるわ」


 美鈴さんは居住まいを正すと、僕の方に向き直る。

 僕も釣られて布団の上に正座した。


「キョウくんが決闘の時に使った術。あれは白鴉はくあと呼ばれる退魔師達が使う術よ」

「ハクア?」

「白い鴉と書いて白鴉よ。名前の由来は色々と考えられるけれど、鵺が夜に鳴く鳥の声を上げることや、アルビノの鴉という突然変異種が退魔師の一族の中でも特に異彩、いえ突然変異と言ってもいいレベルの体質にかかっているのかもしれないわね」


 何だかよくわからない由来に僕は困惑する。

 と言うより白いカラスって存在するのだろうか。

 僕は見た事もないので想像がつかなかった。


「話が少し逸れたわね。白鴉の一族を語る上でまず知っておかなければいけないのは、その繁栄と衰退の歴史。白鴉の一族はかつて退魔師御三家の一つに数えられるほど栄えた一族なのよ」

「御三家、ですか」

「えぇ、神仏の契約者『輪廻』、魔導科学の『朝薙』、そして骸纏むくろまといの『白鴉』。この3つの一族は、それぞれ異なるアプローチで妖魔と戦う術を身に着けた一族よ」


 輪廻と聞いて僕の頭の中には最近出来たクラスメートの友達が浮かぶ。

 同じ名前だが、何か関係があるのだろうか。

 僕は疑問に思いつつも、まずは話を進める事にした。


「異なるアプローチ……ですか?」

「そうよ、例えば私の術で言うと『輪廻』の退魔師達が使う術と同じ系統の術、と言う事になるわね。まあそれも当然といえば当然ね。元々私達の術でもあるのだから」

「じゃあ美鈴さんが使えるのは『輪廻』って言う一族が操る術だけなんですか」


 僕の質問に美鈴さんは少し複雑そうな顔をする。

 YESと言えないが、NOとも言えない。

 そんな表情である。


「う~ん、いえ、『朝薙』の系統の術も使えなくはないけれど、アレは私達妖魔には向かないものが多いの。具体的に言うと、『輪廻』が神仏や精霊、元素の力を借りて術を行使するのに対して、『朝薙』は魔具や呪物と呼ばれる道具を駆使して戦う一族なの」

「じゃあ僕が使ったっていう『白鴉』の術はどうなんですか?」

「『白鴉』は一番特殊で一番合理的な術ね。真似なんてしたくても出来ないわ」

「特殊で合理的?」


 自分の解釈があっているかわからないが、何だかちぐはぐな組み合わせだと僕は思った。

 特殊と言う事は普通ではないと言う事だ。

 合理的と言う事は効率がいい、的な事のはず。

 効率がいいのに普通ではないとは一体どう言う事なのだろうか。


「えぇ、『白鴉』の術とは即ち、妖魔の妖気、或いは血肉を己の体に無理やり取り込んで、その能力を自分のものにするという術よ」

「あの……その一族かもしれない僕が言うのも何ですが、そんな事が可能なんですか?」

「可能か不可能かで言えば可能よ。ただし代価も大きく、とてつもなく重い代償を払うことになるわ」

「重い代償……」


 もしかして僕は既にとてつもない代償を払っているのだろうか。

 例えばボッチになる、とか。

 いや、そんな筈はないと、僕は頭の中で否定する。


「キョウくんは人間が妖気を取り込めばどうなるか知っているかしら?」

「えっと、確か気分が悪くなったり病気になったりする……んでしたっけ?」


 僕は授業で教わった空覚えの知識を口にする。

 正直あまり自信はない。


「そうね、そこまでは可逆的で妖気さえ抜ければ元に戻るわ。問題はそこから更に取り込んだ場合、。そうなればその部位は最早元には戻らないし、最悪その部位が原因で命を落とすことだってある」

「命……」

「『白鴉』の一族はその変質をある程度コントロールできる一族なの。生まれ持った体質というか、そうなるように進化した結果というか。でも、限界がないわけじゃないの」

「限界、ですか」

「えぇ、妖気を取り込みすぎて暴走した者は、『鵺』と呼ばれる妖魔へと変わるの。いえまあ、妖魔からすればそれは妖魔ではないのだけれど、同族を処理する便宜上そう呼んだそうよ」

「処理って……そう、ですか」


 僕は意味を察して悲しくなる。

 その人達はきっと誰かの為に頑張っただけだろう。

 その結果が仲間だった人達に殺されるだなんて、お互いに遣る瀬無さすぎるに違いない。

 そしてそれは僕も人事ではなく――。


「――いえ、これは私の推測だけど、恐らくキョウくんは暴走しないのだと思う」


 表情から僕の考えを察したのか、美鈴さんは即座に否定する。


「? どうしてそんな事が言えるのですか?」

「単純な話よ。『白鴉』の術というのは自分の体の何割かを妖魔というか妖気に住まわせているようなものなの。割合が大きくなればそれだけ妖魔も宿主を乗っ取ろうとするわ。でも――」


 美鈴さんは言葉を止めて僕を見る。

 いや僕じゃない。

 僕の中の別の何かを見るように、じっと見つめている。


「キョウくんは10。いえ、10割どころじゃないわね、自分の体の何十倍もの量を誇る妖気を取り込み、住まわせている。キョウくんが妖魔並みに頑強で強い肉体なのは、きっとこれが原因だと思うわ」

「えっと、それって大丈夫なんでしょうか?」


 僕は暗にお前の体には大量の爆薬がつめ込まれている、的な話を聞かされた気持ちになりながら尋ねる。

 僕自身異常を全然感じていないため、殊更不安に感じる。


「普通なら大丈夫ではないはずなんでしょうけど、でもキョウくんは今、平然としている。もしかしたらキョウくんが慰魔師でもあるのが関係しているかもしれないわね。これに関しては多分前例もないはずだし、また何か分かったら教えるわね」

「ありがとうございます。それで、どうして『白鴉』の一族は衰退したんでしょうか?」

「一つはその危険な性質ゆえね。かつてはそれしか妖魔に対抗する術がなかったから仕方なかったのだけれども、現実問題妖魔化するような術なんてミイラ取りがミイラになるようなものよ。平和になれば危なくて誰も望まないわ」


 美鈴さんの言葉に僕は悲しくなりつつも、当然の摂理と納得する自分が居た。

 犠牲になった人達には申し訳ないが、平和な世の中に誰かを傷付ける力など必要ないのだ。

 心からそう思うが、それと同時に疑問が湧く。


 ――、と。


 では一体自分は何の為に生まれたのだろう。

 そう、思わずには居られなかった。


「そしてもう一つは『朝薙』が生み出したと言う兵器のせいよ」

「装甲戦機……」


 僕はその名前を何処かで聞いた気がするが、思い出せなかった。


「アレは退魔師であれば誰でも乗れるのだけれど、妖魔対策として妖気を持つものが乗れないように設計されているの。だから自身を妖魔化する『白鴉』の一族は装甲戦機に乗ることが出来ない」

「でも、それだけじゃ……」

「それだけ? いいえ、それが全てなのよ、キョウくん。ボクシング世界チャンピオンが唯の戦車兵が操る戦車に勝てないように、兵器の差は才能を凌駕するわ」


 僕の脳裏に戦車にパンツ一丁で単身突撃するボクサーが目に浮かぶ。

 シュールな光景である。

 光景だけ想像すれば意外と勝てそうな気もするが、実際は勝負にならないに違いない。

 つまりはそういう事だろう。

 僕は相対的に装甲戦機という兵器の凄さを実感した。


「それが証拠に装甲戦機の強さが実証されてからはみるみると『白鴉』は衰退していき、前大戦で妖魔とともに歴史の表舞台からも姿を消した。もはやその名の意味を知っている退魔師も少ないんじゃないかしら」

「そう、ですか……」


 美鈴さんの言葉を聞いて僕は寂しくなる。

 妖魔であるきよさんに育てられている時点で薄々予想はしていたが、やはり親戚などもいないのだろう。

 そう言う意味でも僕は一人ぼっちだったのだ。


「私の知っていることはこのくらいかしら。推測で話しているところもあるから実際と違うかもしれないけれど、その辺りはごめんなさいね」

「いえ、どうもありがとうございます。僕じゃあ一生知らなかった可能性もありましたから」


 僕は頭を下げ、美鈴さんにお礼を言う。

 例え推測でも貴重な情報である。

 それを知ってどうこうするわけではないが、少なくとも知らないよりはマシだろう。

 僕は改めて美鈴さんに感謝するのであった。

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