第91話「不死鳥はソーセージとお稲荷さんが好き」

「……そろそろ正体を見せてくれないかしら?」


 キョウが出て行って数分後。

 静寂になった部屋で美鈴が部屋の不死鳥に問いかける。


「ん~、なんだ、お前らあたしに用なのか?」


 篝火の様に炎が巻き上がり、その中から一人の少女が姿を現す。

 金色のメッシュが入ったオレンジ色の髪。

 ただしいつもの快活そうな顔ではなく、ひどく面倒くさそうな顔をしている。


「あなたどういうつもりなの?」

「何が?」

「どうしてキョウくんのペットをしているの? 不死鳥であるあなたが」


 美鈴はキョウに見せている顔とは違い、極めて冷静な口調で輪廻に問いかける。

 実際これは由々しき事態なのだ。

 フェニックスは

 その血は飲むだけで生き物の寿命を伸ばし、その涙はどんな外傷も治す。

 人は勿論の事ながら、妖魔であってもその能力は希少なのだ。

 当然フェニックスの存在を巡って起こされた戦争も数知れず、そんな存在がこんな場所でペットの身分に身をやつしている事自体異常なのだ。


「親友だから」

「は?」

「だから、あたしはキョウの親友だからここにいるんだよ。それ以上も以下もないっての」


 対して理由になっていない理由を輪廻はあっけらかんとした態度で言ってのける。


「あっ、それとお前らこのなんちゃら館で、あたしの親友と風呂とかベッドでイチャイチャしようと考えてたなら無駄だからな。そのイベントには全~部あたしが付いて行くから。全力で割り込んで瘤付きのイベントに変えてやるから」

「悪性腫瘍並みの瘤ね」


 酷く憎たらしい顔で、輪廻は二人を嘲笑う。

 美鈴はそんな様を見て、思い浮かんだ感想をポツリと漏らした。

 聞こえたのか聞こえなかったのか、輪廻は気にせず言葉を続ける。


「あたしの親友とイチャイチャしたかったら、正式につがいになることだな。まあその場合もあたしは付いて来るけど」

「並というか完全な悪性腫瘍だな。それも頻繁に転移する奴」


 今度は識が美鈴に応える形でコメントする。

 輪廻は識をジロリと睨むが、識はソファーに凭れ掛かったまま素知らぬ方向を向いている。


「兎に角、あたしはお触り厳禁っていいたいわけだ。あんな事そんな事スケベな事したいなら決闘で親友に勝つしかない」

「それはどうかしら? キョウくんが惚れるってパターンも有ると思うのだけれど」


 美鈴の言葉に輪廻はきょとんとした表情をする。

 まるで認識できない言語を聞いたような、そんな表情だ。

 しかしそれも数秒のこと。


「ぶっ、ぶふっ、うは、うははは。うははははははっ」


 徐々に堪え切れなくなったかのように、輪廻は爆笑する。


「何よ、私達が不器量だとでも言うつもり?」

「いやいや、悪い。別に馬鹿にするつもりじゃなかったんだけど、くっく、あまりに予想外の答えで吹いちゃったんだよ」


 腹を抱えて笑う輪廻を、美鈴は少しムッとした顔で睨む。

 化粧は疎か、未だに起き抜けの寝癖が付いている識は兎も角として、美鈴は道行く人十人が十人振り返るような美貌をしている。

 普通に考えてキョウが惚れるというのも十分有り得る話だ。

 だと言うのに輪廻の笑い声は未だ止まらない。


「予想外の答えと言うと?」

「なんて言うのかな、実際お前らは綺麗どころだろうさ。特にそっちの方はと同じく傾国の美女レベルだ」

「! お母様やお祖母様達を知っているの?!」


 輪廻の言葉に美鈴は声を荒げ、乗り出す。

 美鈴の家は歴代多くの九尾の狐を輩出する妖狐の一族である。

 そして九尾の狐は幾度も歴史上に登場する妖魔だ。

 知っているものが居るのは当然のことであるが、輪廻の物言いはまるでそれら全てを見てきたかのような物言いなのだ。

 だがそれも当然だろう。

 輪廻は通算数千年を超える時を生きている妖魔なのだから。


「今のあたしじゃねぇけどな、でもこの体は覚えている。お前を含めて九尾の狐へと至った妖狐は誰も彼も傾国レベルで美しかったと」

「ど、どうもありがとう」


 美鈴は少し気恥ずかしそうにしながらお礼を言う。

 しかし輪廻は首を振り否定する。


「でもな、残念な事に傾国の美女だろうと世界一の醜女だろうと親友にとっては一緒なんだよ」

「? それは外見を気にしないということかしら?」

「いや気にするぜ? 美人なら美人でキョウはその美貌を好きになるだろうさ」

「だったらどう言う……」

「要はあれだ。キョウは相手の良いところを好きになるんだよ。容姿・性格・特技、なんでもいい。そしてそれは親友にとって尊いものだ。だから他と差をつけない」

「…………」


 輪廻の言葉に美鈴は考えこむように黙りこむ。

 思い当たる節があるからだ。

 輪廻はそれに満足するように目を細めながら、言葉を続ける。


「キョウが惚れるかもしれないって言ったよな? それはある意味正しいっちゃ正しい」


 輪廻はぴょこぴょこ歩きながら楽しげに美鈴の顔を覗き込む。


「親友はお前の事が好きだろうさ。でもな、それと同時にそこの毛むくじゃらの女も同じ位好きなんだよ。どっちかを選べなんて言われても選べない。何故ならそれはだから」

「等価……」

「だから決闘で勝つしかないんだよ。退魔師のキョウを倒して認めてもらう。それが唯一の価値だから」

「まるでアイツと決闘して欲しそうな口振りだな?」


 識は鋭い眼光を携えて輪廻を睨む。


「こっちにもちょっと事情があるんだよ。ホント面倒くさい事情がな……」


 輪廻はそう言うと再び炎を巻き上げ、不死鳥の姿に戻る。

 伝えることは伝え、もはや問答はしないとでも言うように。

 美鈴はまだ聞きたそうな顔をしていたが、溜息をつくと同時に気持ちを切り替える。


「キョウくんが帰ってくる前にお風呂、入っちゃわないとね」


 ガラス張りで外から中が丸見えな浴室を見ながら、困ったように言葉を漏らすのであった。



 †



「どうかしら、キョウくん」

「えっと、その……」


 僕はランニングから帰って早々、美鈴さんに反応を求められて困っていた。

 今美鈴さんは所謂ネグリジェ?というのであろうか、スケスケで眼のやり場に困る寝間着に見を包んでいる。

 おまけにお風呂上がりだからだろうか、花のようないい香りがして何ともいえない気持ちになる。


「――値札取り忘れてるぞ」

「……何の事かしら。変な言いがかりはやめてもらえるかしら?」


 同じくお風呂上がりで濡れた髪もそのままな識さんに、美鈴さんは冷たい笑みを浮かべる。

 値札とはどういうことだろうか。

 僕は妙にそわそわ動いている美鈴さんの尻尾を見ながらそう思った。


「…………」


 それにしても、と僕は二人の様子を見ながら思う。

 識さんもそうだけど、二人の尻尾はどこからどうやって生えているのだろうか。

 僕は普通に服を貫通している二人の尻尾を見ながら考える。

 とは言え考えた所で直接見ない限り答えなんて出るはずもないが。


「そうそう、キョウくん。ランニングで汗を掻いたでしょ? お風呂に入ってきたら?」

「あっ、はい。そうします」


 僕は暗に汗臭いと思われてないか不安になりながら、そそくさと浴室へと移動する。

 ガラス張りなのは浴室のエリアだけで、横に隣接している洗面所はきちんと壁がある。

 僕はそこで素早く服を脱ぎ、併設されている洗濯機の中に下着などを放り込もうとした。


「あれ」


 前の使用者が乱雑に使ったからか、一枚の下着がはみ出るように出ていた。

 僕はそれを丁寧に拾い上げる。

 どうやらこれはパンツのようだ。

 僕は無言で黒いレースの下着を広げる。

 随分と大人っぽい感じから、恐らく美鈴さんのものだろうと僕は推測する。


「あっ、穴が開いてる」


 僕はお尻の尾骶骨辺りに来るであろう場所に、穴が開いているのを確認する。

 恐らくは尻尾のための穴だろう。

 僕は感心しつつ、その下着を洗濯機の中に戻し、自分の服も分けるように入れた。


「ピィー」

「あぁ、うん。行こうかピーちゃん」


 僕は普段通りピーちゃんを連れ、浴室に向かうのであった。



 †



「なあ」

「……何?」


 二人はバシャバシャを水が飛散る音を聞きながら、神妙な顔をしていた。

 二人がそれぞれ腰掛ける椅子とソファーの後ろ側にはガラス張りの浴室があり、そこから楽しげな声がBGMとして流れ続けている。


「いくらペット同然だとはいえ、あれ公序良俗に反してないのか?」

「仮に反していたとして、こんな法外な寮で同棲生活を送っている私達に何か言う資格はあるのかしら?」

「まあそうなんだが……」


 苛立つような、遣る瀬無いようなそんな複雑な表情をしながら、識は盛大に溜息をつく。

 美鈴も似たようなもので、九本の尻尾に対するブラッシングはかなり雑になっていた。


『もう、ピーちゃん駄目だってば。同じ所ばっかり擦っても汚れは取れないって』

『ピィー!! ピピィー!!』


「ねぇ、あなたの眼なら中の様子が分かるんじゃないの?」

「そっちこそ透視でもすればどうだ? 湯気で曇っているとはいえ、楽勝だろ?」


『って、ピーちゃんこれはソーセージじゃなってば』


「「…………」」


 識と美鈴はキョウの声に顔を見合わせる。


「今ソーセージって聞こえたような……。気のせいかしら?」

「気のせいじゃないが、ソーセージではないのは確かだな」

「じゃあ一体何なのかしら」

「知るか。気になるなら覗けばいいだろ?」

「いやよ、そんな中学生男子みたいな出歯亀なんて」

に反応している時点で中学生と変わらないだろうが」


 小馬鹿にする様に識は美鈴を鼻で笑う。

 馬鹿にされた美鈴はムッとするが、それより先に新たな声が二人の耳に飛び込んできた。


『ピーちゃん、伸びる、伸びちゃうから引っ張らないで』


「――――っ」

「あらあら、顔が赤いわね。もしかして変なことでも考えているのかしら?」

「っ! そういうお前こそ鏡見ろよ。林檎みたいだぞ」


 互いに顔を赤く染め上げながら、二人は睨み合う。

 睨み合った所で何も解決しないことは二人共わかっている。

 分かってはいるが、こうでもしないと気が落ち着かないのだ。


『ぎゃ~、ピーちゃん、そこ突付いちゃ駄目だって、それはお稲荷さんじゃ――』


「「お稲荷さんっ?!」」


 識と美鈴の声が仲良くハモる中、同棲生活一日目の夜は更けていくのであった。

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