第27話「土下座と下着と僕の受難 前編」

「で、お前も俺になにか用があるのかよ?」


 くうが去った後の屋上。

 残された二人は、夕暮れの少し肌寒い風に身を晒しながら黄昏れていた。


「すこし、聞きたいことがありまして……」

「さっきの奴じゃなくて、俺にか?」

「くうさんにも聞きたいことがあったのですが、あの様子だったので」

「確かには俺も声かけづれえな」


 二人して最後に見せたくうの表情を思い出し、ゲンナリとする。

 光の灯っていない、何処迄も広がる血のように赤い虚無の瞳。

 例え人を殺そうがその瞳には一切動じる余地が感じられないほど、くうの表情は空虚だった。

 何がどうしてくうがあのようになったのか、二人は知る由もないし、知りたくもないだろう。

 ただ思うことは一つ。

 今のに関わりたくはない。

 その一心で2人は見事にシンクロしていた。

 朱は話題を変えるためにクリスティナの方に向く。


「んで、話ってなんだよ。俺はこの後キョウの部屋に向かわなきゃいけないみたいなんだが?」

「手間を取らせる話ではありません。それに私と朱、そしてキョウさんが大きく関わる話です」


 自分たちとキョウに関わる話と聞いて、朱の眼の色が変わる。


「聞いてやるから言ってみろ」


 朱はクリスティナの方に視線を向けながらも、瓢箪に口を付けてチビリチビリと中身を呷る。

 クリスティナは朱のその行為を一旦諌めようとするが、瓢箪から香る独特な甘い匂いに気づき、苦笑した。


「んだよ、何笑ってんだ」

「――っ。い、いえその、甘酒……好きなのですね、と思いまして」

「…………鬼が甘酒好きで悪いかよ」


 朱の不貞腐れたような言い草に、クリスティナは堪え切れないとでも言うように顔を背ける。

 しかしそれだけでは堪え切れなかったのか、クリスティナは静かに身体をプルプルと震わせて笑い続けていた。

 それにより羞恥で朱の顔が赤く染まる。


「てめぇ……人を笑いたいだけなら、俺はもう行くからな?」

「いえ……その……っ。す、すみません、ま、まさか甘酒とは――――くっ!!」

「一度てめぇとはケリつけたほうがいい気がしてきた」


 口元を歪めながら、悔しそうに笑うクリスティナを見て、朱は指の骨をぽきぽき鳴らす。

 しかしそんな朱の態度を見ても、クリスティナの震えはしばらく治まることはなかった。


「――どうも、大変失礼いたしました」

「本当にな。いいからとっとと要件を話せ」


 そこから数分後。

 漸くクリスティナはキリッと、擬音が付きそうな真面目な表情と声音に戻った。

 だがそれも完全ではないらしく、時折思い出し笑いで表情が崩れそうになっている。

 そんなクリスティナを見ながら、朱は本当にうんざりした声をあげた。


「はい、実はキョウさんとの握手についてなのですが、朱はキョウさんと握手をして一瞬で決闘の申し込みを決めましたよね。その時のことを詳しく教えてもらえませんか?」

「ん? あぁ、あの時の事か。初めて見た時から気に入ってたのもあるけど、あの時は触った瞬間、俺のパートナーにするならコイツしか無いと思ったんだよ。お、乙女チックな言い方するなら……『運命の人』って奴だな」


 朱は自分で言いながら顔を赤くする。

 それを聞きながら、クリスティナはやはりと頷く。


「朱、私はこの学園に来たばかりなので詳しくは知らないのですが、慰魔師とは特別相性の良い妖魔がそう何人もできるものなのですか? いえ、もっと具体的に言いましょう。22?」

「その話、どう言う意味だ? 詳しく教えてくれ」


 クリスティナは頷くと、昨日のキョウとの出会いから決闘を行ったことまでを出来るだけ簡潔に説明した。

 自分も朱と同じように握手で運命を感じ、決闘を直ぐ様申し込んでしまった、と言った具合に。


「成る程な、確かに偶然にしちゃ、少し……いやかなり妙だな」

「はい、ですからこうして相談しようと思ったわけです」


 二人は顔を見合わせて頭を捻る。

 キョウが握手した人物はクリスティナが知る限り、朱と自分のみ。

 その二人が特別相性の良い妖魔の確率など、偶然と言い切るには厳しすぎる確率だろう。


「俺が知るかぎりでは、相性の良い慰魔師は大体クラスに一人か二人、居るかどうかってところだな。それより上の特別相性の良い慰魔師に至っては、まず。俺だってキョウに会わなければ惚気話が生み出した都市伝説かと思ってたくらいだ」


 朱は真剣な顔でそう語る。

 それもそのはずだろう。

 慰魔師とは本来妖魔と触れ合うことで徐々に相性を良くしていくものだ。

 パズルのピースのように、或いは歯車のように互いが互いに嵌り合うよう調節されていく。

 特別相性の良い慰魔師とは詰まる所、調天然物の存在ピース

 即ち理想論でしかない産物なのだ。


「ではつまり私達のどちらか、或いは両方が相性が良い、と勘違いしているか――」

「――それともキョウの体質が特別なのか。あぁ、そのどっちも、もあり得るか」


 朱とクリスティナの間で視線が交差する。


「検証の必要がありますね」

「あぁ、どうせ後三十日は決闘を申し込めないし、同士、仲良く行こうぜ」

「えぇ勿論です。お互いフェアに戦いましょう」


 お互い、含みをもたせた笑みを浮かべながら、ゆっくりと握手を交わす。

 表面上は笑顔だが、両者ともに炎を背に纏ったような迫力があった。


「じゃあ、俺はちょっとキョウの部屋に行ってくるわ」


 人化の法を掛けて、人の姿に戻りながら朱は屋上の出口へ向かう。

 その足は心なしか早足だ。


「朱、分かっているとは思いますが、抜け駆けはなしですよ?」


 そんな朱に、同じように早足気味で追いすがるクリスティナ。

 笑顔で向ける疑いの眼差しは酒呑童子である朱を持ってしても、怖いの一言だった。


「あぁ、抜け駆けしねーよ」

「『』?」

「キ、キョウが、お、俺に惚れたら……話は別だろ?」


 顔を真赤にしながら、朱はクリスティナから視線を逸らす。

 その足は顔の赤さに比例し、どんどんと早くなっていく。

 それにつられてクリスティナの歩行速度も上がる。


「朱、あなた一体キョウさんに何をするつもりですか――っ!!」


 そんな朱を怒りの形相で睨むクリスティナ。

 二人は最早競歩の域を超え、人間が追いつけない速度域に達しようとしていた。


「そ、そりゃあ、その、あれだ。あれだよ、あれ……」

「あれではわかりません」

「い、いやだからだな――」


 二人はギャーギャー騒ぎながらも屋上からフェードアウトしていく。

 その最中、朱は何かを忘れているような気がし、空を見上げた。


「……ん? そういや何か忘れているような………………気のせいか」


 一瞬朱が頭を捻り立ち止まるが、すぐ大したことじゃないだろうと切り捨て、歩き始めた。

 この屋上の場に最初から足りなかった一人を忘れたまま。


 一方その頃、忘れられていた羅鬼はと言うと――。


「決闘といえば裏山だってのに、朱さん遅いなぁ」


 一人勝手にはぐれ、絶賛山の中で迷子中だった。


「…………うぅ、さぶ、つか、帰り道どっちだっけ?」


 後日学校関係者に依る、捜索が行われるまで羅鬼はそこに居たという。



 †



「うぅ……どうしよ、どうしよ」


 僕は頭を抱えながら、部屋の真ん中で自分の尻尾を追いかける子犬のようにグルグル回っていた。

 自分の部屋に戻ったら直ぐ、臭いが落ちるまで念入りに、念入りにシャワーを浴びたまでは良かった。

 しかしその後やることがなくなると、だんだんと僕は決闘中の出来事を思い出してきたのだ。

 脛に一撃、裏膝に一撃、足払い、更には踏んづけ抑え込みなどなど、僕はあの朱さんにしたのだ。

 まだ向こうは友達になってくれるかどうかもわからないと言うのに。


 ――駄目だ、絶対復讐される。

 明日校舎裏に呼び出されて色々と酷いこと……具体的には思い浮かばないけれど、痛くて涙が出るようなことをされるに違いない。

 いや、それならマシかもしれない。


「―――――っ」


 僕はそこであることを思い出した。

 即ちくうが言った最後のセリフだ。


『後で寮の部屋に向かわせる』


 という事は即ち朱さんは此処に来る、ということだ。

 そしてこの寮の部屋は全て防音対策完備。

 つまり拷問されようが何しようが外に音は伝わらないのだ。


「ひぃ―――っ!!」


 僕は堪らず叫ぶ。

 逃げたい。

 非常に逃げたい。

 でも逃げれば後々もっと酷い目に遭うかもしれない。


「なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ」


 僕は畳が擦り切れる勢いで部屋の真ん中をぐるぐる回る。


 ――にげなきゃ、でも謝らなきゃ、でも逃げなきゃ……。


「ど、ども、今朝のこと謝りに――てっ?! え、えと……なにしてるの、かな?」


 あんまりにも焦りすぎて、どこからか幻聴が聞こえてくる。

 いやそれどころかグルグルと移り変わる視界の隅では、水色のツインテールをした女の子が見える……ような気がする。

 でも僕の部屋に女の子なんて居るわけ無いから、これは間違いなく僕が生み出した幻覚だろう。

 どことなく真さんに似ている様に見えるのも、その所為に違いない。

 しかし幻覚だろうと妄想だろうと、今の僕は藁にもすがる思いですがりつくしか無かった。


「た、たた、助けて下さいっ!!」


 僕は足を止めると同時に女の子の足にダイブする。

 僕が作り出した幻覚のはずだけれど、その足は暖かく柔らかい。

 だけど僕にはなんとリアルな幻覚だとか考えている余裕など無く――。


「ひっ?! にゃっ、にゃ、にをっ?!」

「お願いしますっ!! 僕を、僕を、助けて下さい――っ!!」


 女の子の足を思いっきり両手でロックすると、顔を上げ懇願する。


「痛い痛い痛いっ!! なんという馬鹿力……。あ、足折れる――っ!! ――――って、ちょ、あまり下から見ないで、中見えちゃう、中見えちゃうから――っ!!」

「鬼がっ、不良の鬼が来るんですっ。僕はこれから拷問されるんですっ!!」

「拷問っ?! だったら尚更此処からはなれないと私にも危険が?! くそっ、これだから男の部屋に行くのは嫌だったのに。だ~か~ら~、足離し……離せっての――ッ!!」


 もう一方の足でゲシゲシと僕を蹴ってくる女の子。

 視界の隅で白い何かがチラチラ見える気がする。

 けれどそんなことは関係ない。

 僕の命が掛かっているのだ。

 死んでもこの足は離すもんか。

 僕は覚悟とともにますます強く足を抱きしめた。


「こんの野郎――っ!! スッポンのようにくっついて。だ~っ、分かった、分かりました。聞くから、ちゃんと事情を聞くから、離・れ・ろ・って、言ってんだろうが――――っ!!!!」


 大絶叫とともに、女の子から僕の顔面めがけて渾身の蹴りが放たれる。

 それにより視界の殆どは塞がってしまう。

 しかしここで逃がす訳にはいかない。

 僕は渾身の蹴りを顔面で受け止めつつ、兎に角事情を話し始めた。

 勿論逃げられないように足に抱きついたままで。


「――成程ね~、求愛と同義の決闘を申し込まれて、その相手に暴力加えた上で勝っちゃったわけか。それでその復讐が怖くてビクビクしている、と」


 僕に纏わり付かれたまま事情を聞きくと、水色のツインテールの子、真さんはふむふむと頷いた。


「はい、僕どうしたらいいのでしょう、真さん」

「さんは止めて、何故かムズムズするから。――――そうね一言だけ」


 僕は期待に満ちた眼で、真さんの答えを待つ。


「死ね」

「死刑決定っ?!」

「な~にが助けて、だ。決闘で一度勝っている相手にボコられるわけ無いでしょ? 惚気けるなら別の相手にしろっての、あぁ馬鹿馬鹿しい。こんな奴を少しでもいいと思った自分が馬鹿だった。おら、何時まで私の足に触れてるんだっ!! は・な・せ・よっ!!」


 性格が豹変したように、思いっきり蹴りつけてくる真さん。

 最早下着(女物)が見えようがお構いなしだ。

 しかしこれには僕の今後の人生がかかっている。

 僕も諦める訳にはいかない。

 亀のように首を縮め、身体を固くして耐える。


「このっ!! このっ!! クソ死ねリア充がっ!!!! 爆ぜなさいっての――っ!!!!」


 真さんからはひっきり無しに罵声が聞こえるが、僕は意味がよくわからなかった。

 彼(女)は一体何が気に喰わないのだろうか、僕はもうスグ拷問で殺されそうだというのに。


「お願いします、お願いします。どうか、知恵を貸してください」

「はぁ…………本当に悪いと思っているなら土下座でも何でもすればいいでしょ」


 僕に断続的に蹴りを加えながら、真さんはどうでもいいように吐き捨てた。

 ようにというか、本当にどうでもいいという顔をしている。

 ホント、何がそんなに気に喰わないのだろうか。


「土下座すれば助かりますか?」

「それは知らない。って言うか、そもそも悪いと思ったら謝罪する。それで許してもらえるかは相手次第で、こっちに出来る事はどれだけ誠意を見せるかどうかだと思うけれど?」


 どうでもいいという顔をしながらも、真さんは大真面目に答えを返してくれる。

 その理論のあまりの正論さに、僕はどことなく納得出来ない気持ちになりながらも、全く反論できなかった。


「うぅ……じゃあ、セイイってどうすればいいんですか?」

「…………土下座すればいいんじゃない?」


 駄目だ、話がループしてる。


「ほ、他にはないんですか?」

「頭踏んづけられるくらい近づいて、只管|遜(へりくだ)る。って言うかもういっそ踏んづけてもらえば?」

「い、いやですよ。もっと真面目に考えてくださいっ!!」


 何で僕が踏みつけられなくてはならないのか。

 訳がわからない。

 僕は憤慨して抗議する。


「いやこれは真面目な話。キョウはそもそも拷問を回避したいわけでしょ。だったら最初からヘコヘコして、自分から惨めな姿晒せば鬼の人の溜飲も下がるんじゃないの? ――――――それに、異性を踏んだり踏まれたりすることに悦びを感じる人種もいるしね」

「! ……なるほど」


 真さんの話を聞いていると、何だか大丈夫な気がしてきた。

 最後の方の言葉はあまり聞き取れなかったけど、何となく的を射ている気がした。


「じゃあ、私はそういうことで……」


 真さんはそそくさと出ていこうとする。

 最早僕に拘束する理由はないので、足を手放した。


「どうも、ありがとうございました」


 立ち去る真さんに、僕は深々とお辞儀をする。


「これで、朝の件はチャラだから」

「?」

「何でもない。…………おやすみ」


 僕は真さんを見送りながら、そう言えばどうして僕の部屋に来たのだろうと疑問に思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます