第66話「蝋燭の灯だけの真っ暗な部屋のイメージがあるけれど、別にそんなことはない」

「いいのか、彼を放置して? まあ、私には関係ないことだけど」

「鍵は渡してある。後はあいつらが何とかするはず」

「……意外だな、そういう他者への信頼とか無縁なタイプだと思ったが」


 とある女子寮の一室。

 そこで二人の少女が違いにズレた方向を向きつつも、向き合っていた。

 一人は漆黒の髪に血のように赤い瞳を持った少女、くう。

 もう一人はボサボサの白金の髪に慧眼めいた眼光を光らせる少女、識。

 両者は日常生活において全くと言っていいほど接点を持っていないのにもかかわらず、知人であるかのように相対していた。


「――御託はいい。それで結果は出た?」

「そんなに早く出るはずがないだろ。まあ、わかった上で聞いているんだろうが……」

「一度に全部出るなんて思ってない。でも


 言葉の裏で直接腹を探りあうような、そんな互いにどう思われようとも構わないといった感じに二人は言葉をかわす。

 そこに情や楽などはなく、あるのは打算と互いの能力に対する評価のみ。

 少なくともくうはその様にとらえていた。


「……分ったことといえば能力に依る直接的な干渉は無理っていうことだ。お前と同じ様に何らかの手段でプロテクトをかけているってことだな」

「……でしょうね。一度相対したはずの私が何の手がかりも思い浮かばないのだもの。何か妨害を受けていると考えて当然」


 その時の光景を思い出したのか、くうは苦い顔をする。

 言うまでもなく前生徒会長、咲恋との事だ。

 結果として引き分けとなったが、苦汁を舐めさせられたのは事実。

 そもそもとして、くうにとって一から十まで納得のできない展開だったことは明白だ。


「じゃあ、直接的な接触は絶対にしないほうがいいな」

「えぇ、能力に取り込まれる可能性が高い。私でも抵抗が精々だから」

「……もう一度対峙して、倒すって言うのは出来ないのか?」


 ふと、思いついたことでも言うように識はそう質問する。

 それを受け、くうは即座に首を振った。

 そもそも楽に倒せるならこんなまどろっこしい事はしない。

 勿論質問した識もそれは分かっており、その上で別のアプローチがないか模索するための質問であるのでくうは言葉を接げたさざる負えなかった。


「無理ね。アレを倒すにはそれなりの手順を踏む必要がある。それに向こうも余計な戦闘は避けるでしょうし、だからあなたに取引を持ちかけたわけだけど」

「ちっ、面倒臭さいな」

「でもキョウのこと、知りたいんでしょ? 何せあなたでものはずだから」


 くうの言葉に識は渋い顔をしながら視線を逸らす。

 そして暫くボサボサの髪を弄っていたかと思えば、忌々しげに溜息を吐いた。


「ちゃんと頼まれたことは果たすさ、態々言われなくてもな。――――それにしても私がキョウに興味を持つ事も織り込み済みなのか?」

「……知らないことを識る。それがあなた達のアイデンティティーでしょ。それは慰魔師に対しても同じ、あなた達は識ることで慰魔師を愛そうとする。同情、知的好奇心、利害関係、社会的必然、といろいろと理由をつけてはいるけれど、結局のところ優先順位を無視して何よりも知りたいと願っているの。慰魔師に知りたいと思わされているの」

「分かっている、その事については自分が一番良く分かっているさ。わかった上で対処できない、いや対処する意味が無いこともな」


 諦めに似た言葉を吐きながら、識は再び自分の髪を指に巻き付け弄り始める。

 それを横目で確認するとくうは踵を返し、出口へと向か始めた。

 もう話すこともないというように。


「そう、じゃ引き続きお願いね」

「…………ちっ」


 二人はそこで会話を打ち切ると、余計なことを話すこと無くその場から離れていった。

 後には何事もなかったかのように静寂だけがその場を支配しているだけであった。



 †



「朱に続き、まさか真祖の吸血鬼、ヴァーミリオンまで負けるとはね。本当にキョウ君には驚かされるわ」

「そう言う割にずいぶんと嬉しそうじゃの、美鈴」

「あら、そう見えるかしら?」

「うむ、尻尾があれば犬のように振っているじゃろうよ」


 生徒会室で楽しげに談笑しながら、二人は紅茶を口にする。

 一人は金糸の様な髪に、紅茶の香りを優雅に楽しんでいる現生徒会長美鈴。

 そしてもう一人は白髪に天狗のお面をつけ、行儀悪く椅子に座っている少女若である。

 話題は勿論先程あった決闘についてだ。

 そこに茶菓子を持って飛鳥が現れる。


「……ですが、そろそろ彼の限界が見えたのではないでしょうか」

「その限界が思ったよりも高過ぎるから、困っているんだけどね」

「まさか完全妖魔状態となった大妖クラスの妖魔に打ち勝つとはの。これは笑うしか無いわ」


 笑みを湛えたまま困ったような仕草をする美鈴と、かっかっかーと豪快な笑い声を上げる若。

 それを新たに会話に加わった飛鳥が鋼のような表情で見つめる。

 一見咎めているようにも見えるが、彼女本人としてはただ見ているだけでそれ以上の意味は無い。

 もとより他の二人と比べ、彼女はこの件に関して大して興味もないのだから。


「じゃがそろそろ潮時ではないかの? これ以上大妖クラスの妖魔が決闘を挑めば、いつか落ちる可能性があるぞ」

「そうね、本気を出した朱が再戦を申しこめばどうなるかわからないし、収穫するならそろそろなのかもしれないわね。――――どう若、あなたが彼に申し込んでみない?」

「儂がか? 美鈴がそう言うのであれば儂としては別に構わんが、本当にそれでいいと思っているか。儂は様子見などせんぞ?」

「ふふ、冗談よ。――――もっともあなたが彼に本気であるなら止めはしないけれどね」


 冗談めかした口調で、口元を歪ませて少し意地悪げに笑う美鈴を前に、若は肩をすくめる。

 互いにどこか牽制しているようでもあり、それでいて楽しげでもあると言う既知の仲だからこそ出来る会話だった。

 そんな二人を見ながら、飛鳥は思い出したかのように口を開く。


「そう言えばそろそろ交流戦の時期ですね」

「あら、そう言えばそうね。生徒会長わたしが言っては何だけど、つまらない行事過ぎてすっかり忘れていたわ」

「そりゃあお主にとってはつまらぬじゃろうが、これも妖魔からすれば重要な行事じゃ。何せ妖魔化して慰魔師と触れ合える貴重な機会じゃしの」


 本当につまらなそうな顔をする美鈴を若は窘める。

 ただ、その若も一見して横柄とも言えるような態度を取りながらなので、本気で窘めているかは判らない状態ではあったが。

 そんな若を見ても二人は咎めるような真似はせずに、話を続ける。


「その妖魔化する必要すらないのがつまらない原因なのよね。これが武闘会ならまだマシだと思うんだけど、点取りゲームだとどうしても、ね」

「じゃがまあ今年は別じゃろ? なにせキョウがおる。奴が出るならば朱やヴァーミリオンは無論、若しかすると理事長の娘とやらと戦えるかもしれんぞ」


 くうの名前を聞き、美鈴は一瞬ピタっと止まる。

 理事長を知るものとして、その存在に興味を抱くのは当然とも言える。

 強さ云々を言うのであれば、間違いなくこの学園最強はきよ理事長なのだから。

 その血を引くくうも間違いなく埒外といえる存在だろう。

 だが、美鈴は複雑そうな顔で首を振った。


「くうさんね、あの娘とは正直戦いたくはないわね。言葉にし辛いけれど何というか、薄いのよ彼女。何か足りないというか、あるべき物がないというか、そう言う感覚。わかる?」

「言いたいことはいまいち分からぬが、まあ儂も思う所がないわけではない。飛鳥はどうじゃ、一番お主が分かりそうじゃが?」

「……………いえ、今のところ特には」


 飛鳥は長考の後、そうポツリと漏らす。

 ただ普段の鉄面皮のような顔とは違い、困惑した表情を浮かべていた。

 それを見た二人は特に追求するまでもなく、話を戻す。


「それに彼女自身勝負する気がないのが丸分かりというのが一番ね。もし勝てたとしても全く勝った気にならないだろうし」

「加えて乗り気がせんと? まあ、そうじゃろうな。本当にお主が戦ってみたいのはキョウの方なのじゃろうからな」

「……でしたらルールの変更をなされてはどうでしょうか。彼が戦っても問題ないように」


 先程の仕返しとでも言うように若は身を乗り出し、美鈴に意地の悪い笑みを浮かべる。

 飛鳥も飛鳥でそれに便乗するように言葉を付け加えた。

 普段からこんなノリな若は兎も角として、鉄面皮を崩さない飛鳥がほんの僅か優しい顔をしたことで、美鈴は諦めたように溜め息を吐いた。


「もう、私が何も言ってないのに二人して……。でもまあ、それも面白いかもしれないわね」

「ならば……」

「えぇ飛鳥に言う通り、ルールを変更しましょう。元々妖魔が主体すぎるイベントだったしね」

「……分かりました。ではその前提で準備を進めることと致します」


 その後も三人は何事もなかったかのように談笑を続ける。

 しかしこれで漸く舞台は動き始める事となる。

 そのまず第一歩。

 それがこの学園の生徒会に君臨する三人の妖魔が、重い腰を上げたこの瞬間だった。

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