第94話「リア充ハーレム満喫しているように見えるけれど、ヒロインが居なければ基本ボッチです」

 ――昼休み。

 生徒会の仕事があるとの事で、美鈴さん達と別れた僕は一人ぽつんと教室で孤立していた。

 美鈴さんはクラスの誰かに話しかければ面倒を見てくれるから、と言っていたがとても出来そうにない。

 そもそも見知らぬ誰かに話し掛けれるような度胸とコミュ力が、僕にあるわけがないのだ。

 あるのであれば毎度この様な状況には陥らない。

 勿論他の知り合いなんて居るはずもなく、僕は今完全なボッチとなっていた。


「うぅ、どうしよう?」


 僕はどうしていいか分からずオロオロとする。

 一人学食に行くべきか、それとも購買部が空く時間を待って行くべきか。

 本当はクリスティナさん達の所へ行きたいのだが、あんな出来事の後だと顔を合わせ辛い。

 そうして一人悩んでいると、何処からか女子生徒達が僕に近づいて来る。


「キミ、生徒会長のパートナーの子?」

「そう、ですけど、美鈴さんに何か用ですか? 生憎美鈴さんは今、生徒会の仕事で居ませんけど」

「ん~、うふふ、そうなんだ」


 目の前の女子達は、僕の言葉を聞いてそれぞれにアイコンタクトを取る。

 その笑みに虚偽の様なものを感じつつも、僕はどうしていいかわからない。


「実はね、その美鈴さんに頼まれてキミを迎えに来たんだよ」

「美鈴さんに頼まれて?」


 僕は美鈴さんという言葉に思わず食いつく。

 もしかして今の僕の状況を予測して、美鈴さんが気を使ってくれたのだろうか。


「えぇ、だから私達に付いて来てくれるかしら」

「は、はい。わかりました」


 僕は頷き、美鈴さんに頼まれたという人達に取り囲まれながら一緒に教室を出た。

 恐らくは護衛してくれているのだろうが、その圧迫感からまるで檻の様だと感じる。

 護ると言うよりは、周囲から隠すと言った類の距離感と並びなのだ。

 僕は失礼ならない範囲で周りの人達の様相を盗み見る。

 見掛け皆派手な出で立ちだが、こうして美鈴さんの頼みを聞いてくれている所を見ると根はいい人達なのだろう。


「さあ、ここよ」


 どれほど歩いたのだろうか。

 僕らは外れにある準備室へと辿り着いた。

 準備室に用があると言う事は、生徒会の手伝いでもするのだろうか。

 足を踏み入れると、中には学校用具や雑貨品等が所狭しと置いてあった。

 あまり掃除されていないのか、埃とカビと汗とナニカが混じったような何とも言えぬ不快な臭いが鼻腔をくすぐる。


「あの、ここに美鈴さんが?」

「ん~ちょっと、遅れてるみたいね。キミは先にその椅子に腰掛けといて」


 始めに僕に話しかけてくれた人が、ニッコリと微笑みながら部屋にあるパイプ椅子を指差す。

 普段から使用されているのか、そのパイプ椅子は多少汚れはあるものの埃は被っていない。

 何やら準備があるようで、他の人はドアの前や用具の前で何やら作業をしていた。

 僕はやや不審に思いながらもそのパイプ椅子に座る。


「ごめんね~、待たせちゃって。先に準備だけするから」

「準備……ですか」

「そう、この先の行為をするためにどうしても必要なの。はい、体をリラックスとさせて~」


 僕は言われるがまま、体を弛緩させる。

 その瞬間――。


「ありがと~、本当にいい子だねキミは」

「え?!」


 カチャンと言う金属音と共に、僕の両手足は手錠でパイプ椅子に繋がれていた。

 驚く僕を他所に、グループの内の一人が指先から糸の様な餅の様な粘着性の物体噴出させてパイプ椅子と僕を一体化するように接着している。

 僕は完全に身動きが出来なくされたのだ。


「ど、どういうことですか?!」

「どういうことだと思う? 当てたらご褒美あげちゃおうかな」


 僕は顎を掴まれながら、その女の人に瞳を覗き込まれる。

 その瞳は嗜虐的な色に染まっており、僕を人として見ていない。

 まるで都合のいい使い捨ての玩具が手に入ったような、そんな寒気のする笑みだった。


「あ、あのこれも美鈴さんの用事なんですか?」

「ぷっ、あははは~、ウケる~!!」

「何この子、馬鹿なの?! まだ状況がわかってないなんて~」


 僕の質問に女の人達はお腹を抱え笑い転げる。

 訳が分からない僕は、それを呆然と眺め続ける事しか出来ない。


「ひ、ひひっ、そうだよぉ~。コレはぜ~んぶの命令だから。くっ、くひひっ」

「そしてこれから私達がすることもぜ~んぶね」

「はぁ、そうなんですか」


 僕がそう答えると、女の人達は更に爆笑する。

 何がそんなに面白いやり取りだったのだろうか。

 下卑た笑みを浮かべ嘲笑する彼女達に、僕はクエスチョンマークを浮かべる。


「さぁ~って、恒例の相性チェックしよっか」

「私今回は相性良さそうな気配がビンビンするんだよね」

「ど~せヤりたいだけの嘘だろ? 前もそれで初物食ってたじゃねぇか」

「違います~。本当に相性良さそうだったんだから。――――まあ体はイマイチだったけど~」

「とか何とか言って四回戦もやってたくせに。最後は可愛そうだったな、あの子~」


 よくわからない談笑をしながら女の人達はベタベタと僕の体に触れてきた。

 その瞬間、多種多様な妖気が僕の中に流れ込んで来る。


「っ?! なにこれ、なにこれっ?! こんなの初めてなんだけど?!」

「ねぇ、今回の子、私に譲ってくれない? ――結構マジなんだけど」

「そっちこそ退いてくんない? 今回ばかりは退かないよ?」

「私は何でもいいから早く食べたい、あ~食べたい食べたい食べたい――!!」


 僕に触れた女の人は次々と妖魔化していく。

 羽が生える人、牙が生える人、舌が長くなる人、ウロコや触手が現れる人。

 変化は様々だ。


「怖がらなくてもいいんだよ? これからするのは気持ちいいことだから、ね」

「――――っ」


 爬虫類を連想させる姿をしている女の人が、僕の耳に長い舌の入れながらそっと囁く。

 ぞりぞりと耳の中を舐められる感触に僕は体を捩って逃げたかったが、手錠と粘着性の白い物体がそれを許さない。


「さぁ~、お注射の時間だよ」

「ひっ?!」


 いつの間にか背後に回っていた体中から触手を生やした女の人が、注射器を片手に僕に近づく。


「い、痛いのはいやです」

「くひひっ、痛いのは最初だけ、すぅ~ぐに気持ちよくなるっていうか、そもそも痛かった記憶なんて残らないし? 気持ち良すぎて理性も記憶もぶっ飛んじゃう位凄いから、これ」

「いや……いやです……」


 僕は首を振り、拒絶する。

 だが女の人達は嘲笑いながら、僕の首を無理矢理押さえ付け始める。

 椅子に固定された状態且つ相手は妖魔化しているのだ。

 僕の抵抗虚しく押さえつけられ、首元を晒される。

 そして嫌がる僕の首に強引に注射器を突き刺したのであった。



 †



「え?」


 目の前のキョウという慰魔師に注射器を突き刺した瞬間。

 その部屋に異変が起こる。

 部屋に満ちていた妖気が欠片も残さず消え去り、その中心である彼へと収束された。


「な、なにこれ? や、やめて……」

「…………」


 妖気吸収は当然それだけに留まらず、妖魔である彼女達が内包する妖気までも根こそぎ吸い尽くしに掛かる。

 気とは生き物の持つエネルギーだ。

 過ぎれば暴走するが、基本無くてはならないものである。

 気が枯渇するとなれば当然体は動くのをやめ、衰弱する。

 その気をあたかも呼吸のように、彼は遠慮無差別に奪う。

 それは部屋の中にいる捕食者と被捕食者が逆転した証だった。


「てめぇ、何してやが――っ?!」


 彼女等の内の一人が恐怖と混乱から彼に襲いかかろうとする。

 だがそれよりも遥かに速く、鋭い掌底が彼女の顎に叩きこまれた。

 その一撃は妖魔化していた彼女の顎を完全に砕き、一撃で昏睡させる。


「ひぃ?!」


 その光景に彼女達は改めて自分達が襲おうとしていた者を視界に収める。

 姿形に変化はない。

 ただ人を疑うことを知らなかった瞳が、今は一筋の刃のように細められていた。


「きよさんが作った学校なのにこんなゴミが出てくるなんて、所詮妖魔は妖魔と言う事なのかな?」


 独り言を呟きながら、彼はパイプ椅子ごと拘束を破壊する。

 彼女達が用意したのは普通の人間用の拘束具に毛が生えた程度のものだ。

 弱い妖魔こそ捕まえる事が出来ても、退魔師の力を十全に使えるようになった彼にこんな拘束など意味を持たない。


「誰がゴミだっ?! 私らの愛玩動物ペットの分際で偉そうな口聞いてんじゃねぇぞ」


 思わず叫んだ妖魔の言葉に、彼はギロッと視線を向ける。

 その眼は完全に敵を見る目であり、優しさなど欠片も含まれていない。

 先程まで戸惑うしか出来なかった姿が嘘の様に、冷たく好戦的な顔つき。


「いやこんなゴミ、きよさんにはどうだっていいのかも。吹けば飛ぶ埃でしかないし、払うことすら煩わしいのかもしれない。でも――」


 彼は無造作に妖気を纏った手刀を近くの妖魔に叩きこむ。


「がぁっ?!」


 鈍器のように、妖気を纏った手刀は骨と肉を砕き、忽ち妖魔一人を戦闘不能にした。

 朱達Aランク妖魔と真っ当に戦える彼の一撃は、ただの妖魔にとって凶器に等しい。

 そもそも側に存在するだけで彼は妖魔を衰弱させるのだ。

 そんな彼がただの妖魔である彼女達を敵対視すればどうなるか。

 そこから起こるのは一方的な私刑だ。


「――僕は見つけた塵は一つも見逃さないから」


 ニヤッと笑う彼を彩るように、準備室内で悲鳴のコーラスが響き渡り続ける。

 その最後の悲鳴が聞こえなくなるまで。



 †



 美鈴はエンゲージリングの反応を辿り、目的地へ急ぐ。

 エンゲージリングには幾つか特別な機能が備わっている。

 その中の一つであるパートナーの居場所を伝えてくれる機能。

 そしてパートナーに別の妖魔が触れるとそれを知らせてくれる機能。

 美鈴はこの二つの機能によってキョウの異変を悟ったのだ。


「キョウくん大丈……夫?」


 鍵の掛かった準備室の扉を術により解錠し、美鈴は中へ飛び込む。

 そして中の光景に騒然とした。

 辺り一面、何かを叩きつけたように凹んだ跡が見られ、それに付随するかのように血痕が散らばっている。

 叩きつけられた相手であろう彼女達は、皆苦痛に呻きながら芋虫のように床に這い蹲っている。

 何人かは腕や足があらぬ方向に捻じ曲げられており、何があったのかを明白に伝えていた。


「――美鈴さん、遅かったですね」


 キョウは床に転がる彼女達から視線を美鈴に移すと、破顔する。

 いつもの人懐っこい笑みでありながらも、その体からは大量の妖気が放たれている。


「これ、キョウくんがやったの、よね?」

「はい、椅子に拘束されて、首に注射されそうになったので……。問題、有りませんよね?」

「……もう少し加減は出来なかったのかしら? 仮にも女の子よ」


 美鈴は溜息と共にそう言う。

 別にキョウを怒りたいわけではない。

 慰魔師であるキョウに無理やり手を出した時点で100%彼女達が悪い。

 それは分かっていたが生徒会長である手前、暴力行為を肯定することは出来なかったのだ。

 だから美鈴は窘めようとしたのだが、その言葉にキョウは目を瞬かせる。


「? 美鈴さんは敵の性別を気にする人なんですか?」

「勿論よ」


 きっぱりと言い切る美鈴にキョウは少し意外そうな顔をする。


「体面、立場、社会的秩序、倫理観……。それらを無視すればただの獣と同じよ。勿論襲われたキョウくんにとって理不尽なお説教なのは分かっているつもりだけどね」


 済まなそうな顔をしながら、美鈴はキョウから視線を逸らす。

 キョウはその顔をじっと見ながら、口元に笑みを浮かべる。


「倫理観……ですか。僕はよく、くうから甘いって言われるんですけど、美鈴さんのほうが僕より甘いですね」

「甘い甘くないではなくてね、ここは学校なの。戦場じゃないのよ」


 困った子を諭すような口振りで、美鈴は優しくキョウを諭す。

 だが、キョウは困ったように愛想笑いを浮かべ、視線を逸らす。


「え~っと、前にも言った通り、僕は戦わなければ妖魔あいてのことが分からないんです。今の美鈴さんの話を聞いても、どうしてこんな妖魔を女だからという理由で庇うのか理解できません。だから僕はもっと美鈴さんのことを知りたいです」

「それは、デートのお誘い……と言う訳ではなさそうね」

「いいえ、決闘デートです。僕にとっては、ですけどね。いつ申し込んでくれるんですか? それとも美鈴さんはあんな結末で満足なんですか?」


 キョウと美鈴は共に交流戦での試合を思い返す。

 あの時、時間が来なければキョウが勝っていた可能性は高い。

 だがそもそも美鈴はキョウに直接攻撃を加える事は出来なかったし、何よりまだ本気ではないのだ。

 完全妖魔化というもう一段階の強化を残したうえで、美鈴はキョウを追い詰めたのである。

 まともにぶつかればキョウも負ける可能性は充分あるだろう。


「満足ってわけではないけれど、決闘の件に関してはもう少し待ってもらえるかしら」

「それは別に構いませんけど……」


 キョウは露骨にがっかりした顔をしながらも、美鈴の言葉に従う。

 そんな子供っぽい仕草に美鈴は口角を吊り上げながら、言葉を付け加えた。


「ごめんなさいね、私は準備に色々と時間がかかるタイプなの。――――それに、もう少し調べたいこともあるしね」

「はぁ」

「さあ、キョウくんはもう教室に戻って。ここの後始末は私がするから」


 美鈴は渋るキョウを優しく部屋の外へ出す。

 彼女の言葉に嘘はない。

 彼が彼女を理解しかねているように、彼女もまた彼を測りかねている。


「それはそれとして……。どうしようかしら、この後始末」


 彼女は改めて部屋の惨状を見て溜息をつくのであった。

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