第58話「両儀」

「――と、いう訳で伺わさせてもらいました」

「何がというわけなのかは知らないが、まあいい。歓迎するよ、我が愛子と先代生徒会長殿」


 座り心地の良さそうなリクライニングチェアに座りながら、きよさんは僕らにそう言う。

 僕らは今、校長室に居た。

 その理由は勿論きよさんに会うためだ。

 会って今日の事やこの前のこと、諸々含めて色々と聞かなければならない。

 僕はゆっくりと生唾を飲み込む。

 きよさんが相手とはいえ、緊張は当然している。

 一体どんな答えが帰ってくるのだろうか。

 化け物を体に飼っているだとか、それが何かの拍子に表に出て好き勝手しているだとか。

 考えれば考えるほど嫌な答えが頭をよぎる。


「さあキョウ君、この際だからどどんっと聞いちゃってください」


 そんな僕の緊張を和らげるかの如く、非情に軽いノリで僕の背中を押してくれる咲恋さん。

 自分の事ばかりで思わずスルーしていたが、僕は改めて咲恋さんに視線を送る。

 普通に校長室に乗り込んでしまっているが、これってかなり凄い事なんじゃないだろうか。

 先代生徒会長とか言われているし、本当に何者なのだろうか。

 僕は堂々と理事長であるきよさんと対峙している咲恋さんの背中を見ながらそう思った。


「んん? 何だ相談かい? 甘酸っぱい恋の悩みから青い性の悩みまで、何でも私が聞いてやるから恥ずかしがらず全部話すといいさ」

「ですです」

「え、えっと……?」


 質問してほしそうな勢いの二人に気圧されて、僕は一歩下がる。

 僕が質問するはずなのにこのテンションの差は何なのだろうか。

 やや鼻息荒く目を輝かせている二人に圧倒されながらも、僕は意を決して事情を話すことにする。


「――成程、事情はよく分かった。その上で結論を言うと…………それは大体私の所為だ」

「え? それってどう言う……」

「いや~、実は昔からキョウに反射的に反撃できるように仕込んでいてな。護身のために仕込んだつもりだったんだが、まさかこんな事態になるとはな。すまないね、キョウ」


 肩肘を付きながらきよさんは謝罪の言葉を口にする。

 僕はその言葉を聞きながらも、どこか腑に落ちない気分でいっぱいだった。


 ――反射的な反撃で、記憶が飛んだりするのだろうか?

 でもきよさんが嘘をついているとも思いたくない。


 故に僕は何も言えず黙るしかなかった。


「ん? まだなにか聞きたいことがあるのかい?」


 優しげな口調で問いかけてくるきよさん。

 どこかまだ問いかけてほしそうな気配がするのは、僕の都合のいい思い込みだろうか?

 僕はそれを確かめるため、恐る恐る聞いてみることにする。


「あの……きよさん、本当にそれだけですか?」

「……それだけ、とは?」


 僕の言葉にきよさんは聞き返しながらも、目を細め嬉しそうな顔をする。

 その表情を見て僕は自分の感じたことが、間違っていないことを確信した。

 どういう理由かは分からないが、きよさんは間違いなく僕にその先の疑問をぶつけて欲しいみたいだ。


「僕、この学校にきてから朱さんと決闘した時や、ドッヂボールをしている間とかに自分が自分じゃなくなっているような時がある気がするんです。その、なんて言えばいいのかわからないけど、記憶はあるんだけどその記憶の実感がわかないというか。どこか知らない夢の様な記憶が混じっているんです」


 僕は辿々しい口調ながらも、なんとかきよさんに説明しようとする。

 その間、きよさんは余計な言葉を挟むことなくいつもの優しい顔のまま、ただ黙って僕の言葉を聞いていた。


「――で、その原因を私がもし知っているのなら教えてもらいたい、と。そういう事でいいのかい?」


 きよさんの言葉に僕は頷く。

 もしかしたら別の人格があるのかもしれない。

 もしかしたらそれは僕が創りだした夢なのかもしれない。

 あるいは本当に化け物のような得ない別の何かがいるのかもしれない。

 それでも僕はそれがなにか知りたかった。

 でなければヴァーミリオンさんに謝ることすら出来ないからだ。


「よしよし、いい顔だねぇ。期待してもいいかもしれない」

「今回は?」


 意味深なきよさんの言葉に僕は聞き返す。

 今回はということは、似たようなことが前にも有ったのだろうか。


「この事をおまえに話すのはな、キョウ。

「??」

「私は幾度と無くお前に教えようとした、これはお前が生きていく上で必ず知っておかなければならないことだからな。ただ、どうしてもお前の記憶に残ることはなかった。いや、わけではない、記憶したことをといったほうが正しいか」

「ま、待ってください、きよさん。一体どういうことなんですか?」


 思わず僕はきよさんの言葉を遮ろうとする。

 よくわからないが、

 僕が僕じゃなくなるような、致命的な何かが飛び出してくる予感。

 そんな僕の怯えを知ってか知らずか、きよさんは言葉を続けた。


「キョウいいかい、よく聞いておくれ。お前は慰魔の血族と退魔師の間に生まれた混血児なんだよ」

「――――ッ」


 きよさんの言葉を聞いた瞬間、頭に鈍い痛みが走る。

 それに伴い、知らないはずの過去の記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡っていく。


 ――なんだこれ? なんだこれ?

 知らない知らない知らない、

 どうして僕が退魔師?

 何で? どうして?

 、妖魔を嫌う退魔師?

 あり得ないあり得ないあり得ない!!


 相反する精神と記憶により発生した矛盾が、僕の精神を引き裂き始める。

 僕は慰魔師で、僕は退魔師?

 妖魔が好きで、妖魔が嫌いで。

 共存したいと思っているのに、滅ぼしたいと思っている。

 おかしいおかしいおかしい。

 破綻している、僕は破綻している。


「キョウ君気をしっかり持ってください!! 生まれがなんであれ、貴方は貴方です!!」

「……咲恋、さん?」


 精神が真っ二つに引き裂かれそうな感覚に陥っている僕に、強い声がかかる。

 その瞬間、僕は夢から覚めたように自分を取り戻した。


「……どうだ、キョウ? 私が言ったことが理解出来たかい?」


 心配そうな声音のきよさんを視界に収めながら、僕は何とか頷く。

 まだ頭はズキズキしているが、思考は何とか大丈夫そうだ。

 少なくとも先程のように精神が引き裂かれるような痛みはない。


「先程も言った通り、キョウの体には慰魔の血族と退魔師の血が流れている。幸か不幸か両方の力を受け継いだ状態でね」


 僕が平静を取り戻したことを確認してから、きよさんは言葉を続ける。


「普段この二つの力は拮抗、あるいは慰魔の力が克つことによって退魔の力は抑えられている。だがそれは飽くまで平常時のバランスさ。非日常、つまりキョウの命に危険が迫ればそれに比例して退魔の力は噴出するようになっている」


 きよさんの言葉に僕は今までの不思議な出来事を思い返す。

 少し理屈が合わない時もあったような気がするが、僕は概ね納得した。


「……退魔師と慰魔師。元とする端は一緒であれ、この二つは成り立ちからして相反する存在だ。その相反する二つの性質を内に宿せばどうあれ矛盾が生じる。お前はそれをもう一方の記憶を底に沈めることによって回避してきた」


 きよさんの言葉を僕と咲恋さんは黙って聞く。

 聞けば聞くほど頭痛は酷くなっていくが、それでも僕は聞かなければと思った。

 これは僕の事なのだから。


「けれどそれも完璧ではない。今回のような出来事が重なればキョウ、お前は私の言葉がなくても気付き始めていただろう。妖魔と暮らす以上、これは避けては通れない道なんだよ」

「で、でも、僕はずっときよさんとくうと暮らして……」

「私とアイツは妖魔の中でも特に特殊でな、一言で言えばステルス性能が高いというか。まあ、あれだ、キョウの退魔師の力を覚醒させずに暮らすことができると言えば分かりやすいか」

「では、何時迄もキョウ君を囲っていればよかったのでは?」


 どこか刺のあるような口調で咲恋さんはきよさんに言う。

 その言葉に、きよさんは目を細め苦笑いをした。


「それも一つの選択肢ではあった。この子の安全だけを考えるならそれが最善かもしれない。だがな、私はこの子にそんな籠の中の鳥のような人生を送らせたくはないんだよ」

「きよさん……」


 我が子を見るような慈しみに溢れているきよさんの表情を見て、僕は自然と目頭が熱くなった。

 僕が普段両親が居なくても寂しい思いをしたことがないのは、きっときよさんに愛情を注いでもらったお陰だろう。

 僕は今はっきりとその愛情を自覚できた。

 それと同時にどうして僕の両親は亡くなったのだろうという、哀しみも湧いてきた。

 どうして僕はきよさんに、育てられたのだろうか。

 考えれば考えるほど酷くなる頭痛を堪えながら、僕は考え続ける。


「だったら、あのキョウ君専用の校則は何故なんですか? 話を聞く限り矛盾している気がしてならないのですが」

「……妖魔と共に生きていく以上、遅かれ早かれこの子の退魔の血は表に出てくる。パートナーを見つけ、社会に出てからでは遅いんだよ。だから私はあの校則を作った。本気の妖魔と戦う機会を積極的に与えることによって、キョウが自分の異能ちからに気付いて欲しくてね」


 きよさんは優しい顔のまま、僕を見ている。

 やっぱり無茶苦茶に思えたあの校則も意味があったんだ。

 僕は分かっていたことながら少し安心した。


「それにこうでもしないとこの子は他の妖魔と関われない可能性があったからねぇ。アイツは口では何だかんだ言いつつも過保護だからなぁ」

「お陰で私は殺されるところでした。まあ、半分以上自業自得なのですが」

「?」


 二人はアイコンタクトを交わしながら笑う。

 僕は誰のことを言っているのか分からず、首を傾げた。


「あの、きよさん。僕はどうしたら……、結局僕は妖魔を傷付ける存在ってこと?」


 僕は震える声を何とか絞り出す。

 誰かを傷付けるなんて嫌だ。

 それが知っている妖魔ひとなら尚更。

 妖魔を……僕の友達を傷付けるのが僕の本性であるなら、僕はそんな自分は要らない。

 僕が僕を否定した瞬間、僕の中の痛みはマシになる。


 ――やっぱりこんなものはない方がいいに決まっている。


 痛みが薄れたことにより、そんな言葉が僕の脳内に浮かぶ。

 僕はその言葉を否定も肯定もできなかった。


「キョウ、私はいきなり全てを受け入れろ、何て言わない。理解もしなくていい。ただね、自分の中のその血を否定しないでおくれ。私にとってはどちらも愛すべきお前なんだ。お前がお前を傷付けていると、私は自分の身が引き裂かれるよりも辛い」


 少し哀しげな眼で諭してくるきよさんに、僕は素直に頷きたかった。

 だが、今の僕にはどうしてもそれを受け入れることは出来そうになかった。


「えっと、あの……ちょっと時間がほしいです」


 僕はそう言うや否や、返事も聞かずに校長室を飛び出す。

 後ろから溜息のようなきよさんの声が聞こえた気がしたが、僕はもう振り返らなかった。

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