第77話「一方その頃物語から置いて行かれた主人公は、リア充となっていた」

「その玉子焼き美味しそう~」

「少し食べてみる?」

「食べる食べる。代わりにアスパラベーコンあげるね」


 華やかな声で色めき立つ教室。

 昼休みの日常的な光景だ。

 普段は僕もクリスティナさん達と一緒に食べるのだが、今日は用事があると言って僕だけ置いていかれてしまった。

 何か気にさわる事でもしてしまったのだろうか。

 偶々だと思いたい。

 そんな一人寂しく取り残された僕だったが、意外な所から声がかかった。


「キョウ君も食べるよね? いや寧ろ男の子なんだから食べないと」


 皿代わりにしているお弁当の蓋の上に、紫雲さん達は次々とおかずを載せていく。

 先程話題にあった卵焼きとアスパラベーコン、そしてピーマンの肉詰めだ。

 そう、僕を誘ってくれたのは識さん達のグループだ。


「あっ、ありがとうございます。でも本当にいいんですか?」

「いいよいいよ。識の分含めて結構多めに作ってきてるから。識はこうでもしないとサプリメントしか食べないし……」

「人間じゃあるまいし、そんなことをグダグダ言ってもな」


 やる気のなさそうな素振りで識さんはおかずを頬張る。

 紫雲さんの言う通り、識さんはお弁当があまり気に入っていないようで、先程から殆ど食べていない。

 小食なのだろうか?

 僕は紫雲さんと識さんのやり取りを見ながらそう思った。


 それにしても信じられるだろうか。

 入学当初一人で学食へ行き、人混みの多さに酔って諦めていた僕がクラスの女の子からお弁当を分けてもらっているのだ。

 僕は今まさに、リア充と言うものを体験していた。


「……たかがお弁当分けて貰うくらいで言い過ぎ。正直こっちもじゃがいも畑の様なものだから」

「? ジャガイモ?」


 暁理さんのよく意味の分からない比喩表現に僕は首を傾げる。

 と言うかもしかしてさっきの言葉、口に出していたのだろうか。

 だとすればすごい恥ずかしい。


「……声には出てない。でも私には分かる。私は『さとり』だから」

さとり?」


 そういえば昨日識さんがそんなことを言っていた気がする。

 確か――。


「……心の声を聞く事が出来る」

「そうそれ。ってまた」

「……だから心の声が聞こえると言っている」


 半月のような、ともすれば眠そうに見える目で暁理さんは僕にそう言う。

 と言うか心の声が聞こえるって、今までの僕の心の声が全部聞こえてたってこと?

 僕は入学してからの自分の思考を思い出し、顔から火が出そうになった。


「と言うか暁理、ピーマンが嫌いだからってキョウ君に渡すのやめなさい。ちゃんと見てるんだから」

「……こんな事言っている紫雲も、心の中では『きゃっ~、キョウ君と喋っちゃった。きゃっ~』とか気持ち悪い事言ってた。だから気にしなくてもいい。私は慣れっこ」

「言ってない、言ってない!? 言ってないからね、キョウ君!! こんな嘘、信じちゃダメだからね?!」

「あっ、はい」


 顔を真赤にしながら紫雲さんは、慌てて僕にそう言う。

 本人が言っていないと言っているのだから、きっとそうなのだろう。

 僕は深入りせずそう思うことにした。


「嘘かホントか微妙なところだな」

「アカリンはこういうとこ怖いね~、ハクちゃん」

「うんうん、怖いね、私達も迂闊なことは考えないようにしないと。ね、ハクちゃん」


 そんな様を見ながら、他人事のように頷くハクさん達。

 心が読まれると分かっていてもこうして仲良くしていられるのは、かなり凄い事ではないのだろうか。

 よっぽど深い信頼関係で結ばれているのであろう。

 僕は暁理さん達の関係が羨ましくなった。


「……そんな羨ましがるものじゃ無い。現にその双子の片方の心の声は罵倒ばかり。それもどっちがどっちか私でも分からないから更に質が悪い。識は好きに心を閉ざせるのであまり関係ない」

「心を閉ざせるって……」


 どういった原理でどういった技術なのだろうか。

 僕の中での識さんの謎は深まるばかりだった。


「それはそうと、改めて自己紹介でもする? ちゃんとしたことなかったよね?」

「するする~、自己紹介したい~」

「私は別に……」

「……じゃあ識は黙ってて」


 昼食が終わって一服付いている頃。

 紫雲さんはいい事を思いついたとでも言うように手を叩き、提案する。

 ハクさん達と暁理さんは諸手を上げて賛成するが、識さんだけは机に頬を付けながら脱力していた。

 折角の美貌もナマケモノのように脱力していれば、台無しになるのだなと、僕はその光景を見ながら思った。


「……ぷ、ナマケモノ。ぷぷ」

「??」

「気にしないでください……」


 やる気のない識さんをおいて、紫雲さん達は改めて僕に向き直る。

 それに伴って、僕も居住まいを正す。


「私は紫雲、改めてよろしくね」


 こほんと一度咳払いすると、爽やかな笑顔で紫雲さんは僕に向かって手を伸ばす。

 ウェーブの掛かった紫色の髪に、モデルのような手足の長いスレンダーな体型。

 暁理さんはジャガイモだとかよくわからないことを言っていたけど、普通に綺麗だと思う。


「こ、こちらこそ、よろしくですっ」


 僕は頭を下げながら慌てて手を伸ばした。

 この学園に来てからもう何度も握手しているけれど、やっぱり女の子と握手するとなると緊張する。


「……上手く握手する口実を見つけたな。抜け目ない」

「シーちゃんやるぅ」

「いいな~、私も早く握手したいな~」


 茶化すような口調で暁理さん達が囃す。

 その声に僕まで更に緊張して、顔が熱くなった。

 当然紫雲さんの顔なんて見る余裕はない。

 というかすらっとした紫雲さんの指に触れているだけで、震えが止まらない。


「…………」


 しかしからかわれているはずの紫雲さんは、何故か黙ったままだった。

 僕と同じで恥ずかしくて黙っているのだろうか?

 僕は下に向けていた視線を恐る恐る紫雲さんの顔に向けた。


「――――ぁ」


 見ると紫雲さんは今にもくしゃみでもしそうな、ゆるい顔をしていた。

 それに何だか顔が赤い気がするけど、風邪でも引いたのだろうか。


「……流石にコレは口に出したくない。おぇっ、吐き気が」

「うわ、うわ、シーちゃんが将来の旦那様しか見れない様なエロい顔してる」


 僕はとろんとした紫雲さんの顔を見ながら、いつくしゃみが来るか、待ち構えていた。

 握手している手をはずした方がいいんだろうが、自分から外せば嫌がってるみたいに取られるかもしれないし、何より紫雲さんが思ったよりも確りと握っていたことから、外せなかった。

 そんな状況の中、紫雲さんはぽつりと呟く。


「…………私の王子様」

「は?」

「え?」


 突然の紫雲さんの発言に辺りは時間が止まったかのように、凍りつく。

 そんな中紫雲さんは上気した顔で、僕の顔を覗き込んでくる。

 どうしたのだろうか、本当に風邪でも引いて幻覚でも見ているのだろうか?

 先程の発言の意味がわからない僕は、困惑するしか出来なかった。


「いえ、運命の人。そうよ、そうに決まってる。だってこんなに相性がいいんだもん」

「おいおい、ちょっと落ち着け。いいから手を離せ」


 識さんは何だか様子がおかしくなった紫雲さんを、僕から無理矢理引き剥がす。

 僕はちょっぴり名残惜しい気もしたが、今は紫雲さんの状態が気になった。

 一体どうしたのだろうか。


「なになに? そんなに凄いの?! いいな~私も握手する~」

「するする~」


 そんな紫雲さんの状況を全く気にしていないと言うように、ハクさん達は左右に回ると、それぞれの僕の手を握った。

 僕よりもちっちゃくで温かい手が指の間に絡みついてくる。


「おい、お前らも何をして――」

「……いい匂い」

「舐めていい? 咬んでいい?」

「え? どういう……。うひぁっ?! くすぐったいっ!?」


 僕の手を握ったまま、ハクさん達は握った手をペロペロ舐め始めたり、鼻を押し付けて匂いを嗅いだり、挙句の果ては指に噛み付いたりし始めた。

 僕はくすぐったいやら恥ずかしいやら痛いやらで飛び上がりそうになった。

 それにしても急にこんな犬みたいなことをし始めたのだろうか。

 そんな疑問を抱きつつ、僕は何気なく二人に視線を送った。

 そこには――。


「犬耳に、尻尾?」


 頭から犬のような耳とスカートの裾から尻尾が覗いていた。

 耳は好奇心旺盛というようにピコピコ動いており、尻尾もパタパタ揺れている。

 僕はその尻尾の毛並みと太さから、犬と言うよりは狼なのかもしれないと思った。

 そんなどうでもいいことを考えている間にも、二人のスキンシップ?はどんどん激しくなっていく。


「あ、痛っ!? あんまりひっぱら――――うわっ?!」


 左右から噛じられたり、舐められたり、引っ張られたりで僕はバランスを崩して倒れる。

 両腕を掴まれたままだから、殆ど体勢を立て直すことすら出来なかったのだ。


「! 転んだ」

「うん、転んだね」

「??」


 ハクさん達はピンと伸ばした尻尾を左右に振りながら、じっと僕を下ろしてくる。

 その目は爛々と輝いており、どこか獲物を狩る獣染みた目付きである。

 僕は直ぐ様そのターゲットが自分であることを理解し、その場から離れようとした。


「転んじゃったら――」

「――襲ってもいいよね?」

「待っ――?!」


 二人は僕に飛びかかると同時に、両足を僕の太腿の上にのせる。。

 そして二人はそのまま僕の両肩に体重を乗せると、抑えこみにかかった。

 僕は二人の息のあったコンビネーションに為す術もなく抑えこまれてしまう。


「「わふっわふっわふっわふっ!!!!」」

「わはっ……ちょっ、く、くすぐった――」


 僕を押さえ込んだ二人は、猛烈な勢いで僕の顔を舐めたり、耳に噛み付いたりし始める。

 僕はまるで大きな二匹の犬にジャレつかれてる様な錯覚に陥る。

 二人の行動の意味はさっぱり分からないけど、普通じゃないということだけは分かった。


「……識、二人発情期になってる。このままだとキョウが食べられる。――主に性的な意味で」

「あぁもう、次から次へと問題起こすな」

「いいなぁ、私ももっとキョウ君とスキンシップしたいよ」


 識さんは面倒くさそうな声を上げながら、二人の尻尾を掴んで引き剥がす。

 それによって僕は漸く二人から開放された。

 顔中ハクさん達の唾液でベトベトだが、開放されただけよしとするべきだろう。

 それにしてもハクさん達も紫雲さんも一体全体どうしてしまったというのだろうか。


「………………」


 僕が床に座り込んだまま考え事をしていると、暁理さんが僕の側に立ち、じっと見つめてきた。

 どうしたのだろう。

 また僕の心の声を読んでいるのだろうか。


「……ん」


 僕が訝しんでいると、暁理さんは僕に向かって手を差し出す。

 どうやらずっと座り込んでいたのを見て、立ち上がるのを手伝ってくれるらしい。

 僕はありがたくその好意を受けることにする。


『……やった。何とか自然に握手出来た』

「?」

「……どうかした?」

「いえ、何でも無いです」


 暁理さんの手を握った瞬間、どこからか声が聞こえてくる。

 心なしか暁理さんのような声だった気がするが、目の前の暁理さんは口を閉じたままである。

 識さん達は今それどころじゃないし、周りを見渡してもそれらしい人は居ない。

 さっきのは一体誰の声だったんだろうか。


『……次は立ち上がると同時にバランスを崩したふりをして抱きつく』

「?」


 また再び変な声が聴こえるけれど、僕は極力気にせず暁理さんの手を取り立ち上がる。

 その瞬間強く引っ張りすぎたのか、暁理さんは僕の方に蹌踉よろめいて来た。


「す、すみません」

「……ん。問題ない」

『……上手く行った。不慮の事故ならもうちょっとぎゅっと抱きついても不自然じゃない』

「??」


 その声に従うかのように暁理さんは僕の背中に手を回してくる。

 これもただの偶然なのだろうか。


『……何故かキョウが疑ってる。もしかして私の思惑バレた? それに声ってなんのことだ』

「疑ってる? 思惑?」


 僕は聞こえてきた声に思わず呟いてしまう。

 急いで口を閉じるが、もう遅い。


「…………どうした、急に」


 僕の呟きを拾った暁理さんは不審そうな眼を僕に向けてくる。

 いやそもそも暁理さんは僕の心の声が聞こえるわけだし、言っても言わなくても変だということには気付いていただろうから、これは当然の反応とも言える。

 呆れられなければいいんだけれども。


「あ、いえ、何でも……」

「……そうか。あと、呆れていないから大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます」

『……もしかして私の心の声漏れてる? どうしよう、ずっと抱きつこうとしてたのがバレた? この声も漏れるかもしれないし、ホントどうしよう?!』


 それにしても、と僕は暁理さんの顔をじっと見つめてみる。


「……何だ?」


 暁理さんは僕の視線に、何でも無いかのように眠そうな視線を返す。

 もし仮にこの声が暁理さんの心の声だとして、こんな平然とした顔ができるものなのだろうか。


『……まずい、完全に私だと疑われてる。私の顔まだ大丈夫かな、にやけてないかな。あぁ、こんなことなら羨ましがって抱き付かなければよかった。いやでも凄い気持ちいいし、紫雲の部屋にあった妖魔を駄目にするソファーの十倍以上気持ちいい』


 妖魔を駄目にするソファー?

 何だかよくわからないものと比べられて、僕は喜んでいいのかわからなくなる。

 でももし本当に気持ちいいのなら、もっとギュッと抱きついたほうがいいのだろうか。

 僕は確かめてみる意味でも、暁理さんを抱きしめ返してみた。


『……ふ、ふぉ~~っ?!!! 前言撤回、もうバレてもいい。と言うか世間体なんてどうでもいい』

「………………」


 抱きつくこと数秒。

 段々と暁理さんの表情に変化が現れ始める。

 始めは耳が真っ赤に、次に口元が緩み始め、最後に顔中真っ赤に染まっていった。

 密着してる体から伝わってくる心臓の鼓動が尋常じゃないくらい早い。

 真偽関係なく暁理さんの体のためにも、これは離れたほうがいいだろう。

 そう思い僕は暁理さんから離れようとする。

 ――が。


「……ダメ」


 僕が離れようとした瞬間、暁理さんはギュッと僕の服を掴み止める。

 無理やり振りほどくことも出来ず、僕はその場で固まるしか出しなかった。


『……もっとギュッとして』

「……壊れるくらい抱いて、ほしい」

「え?」

「……間違えた」


 なんだか今一瞬、心の声と現実の声が重なってとんでもない言葉が聞こえたような。

 僕が暁理さんの声に首を傾げていると、教室の扉がガラッと開く。


「大体さぁ、あんな用事なら親友抜きじゃなくたって…………あっ」

「あっ」


 僕はそこで用事を済ませて帰ってきたクリスティナさん達とバッチリ目があう。


「キョウさん? これは一体どういうことなのでしょうか」

「あっ、いやこれは……」


 今僕は暁理さんと抱き合っている状態だ。

 それも互いに背中に手を回しあっている。

 誤解されても仕方がないというか、そもそも誤解じゃないというか。

 何にせよ、もしかしなくてもかなりまずい状況だろう。


「……さっきみたいにギュッとしてほしい」

「さっき? キョウさん一体どういうことか教えてもらえますか?」

「えっと、本当のことなんだけど事実じゃないといいますか、その……」


 弁明の余地がないくらい、決定的な瞬間を見られているけれど、僕はなんとか弁解しようとする。

 何を弁解すればいいのかさっぱりわからないけれど。


「親友~~、聞いてくれよ。こいつらが寄ってたかってあたしを――――うわくせっ?!」

「臭いっ?!」


 そんな中、クリスティナさんと僕のやり取りをぶった切って、輪廻が僕に抱きついてきた。

 ある意味助かったといえば助かったけど、臭いって酷いんじゃないだろうか。

 一応毎日お風呂に入っているのに。


「誰だよ、あたしの親友に獣臭がする液体擦り付けて穢した奴。親友汚していいのはあたしだけなんだからな?」

「いや輪廻さんもダメです」

「もうこれ以上面倒くせぇ事態に私を巻き込まないでくれ……」

「あ、あはは……」


 本当に疲れた声を上げる識さんを横目に、僕は渇いた笑いが溢れるのであった。

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