第78話「交流戦第二試合開幕」

「やっぱりまた朱さんやヴァーミリオンさんと闘うことになるんですか?」


 昼休みが終わり、交流戦第二試合開始直前。

 僕は識さんにそう尋ねる。

 前回僕らは朱さん達から逃げ切ったとはいえ、それはあくまで逃げ切っただけなのだ。

 二人は退場したわけじゃないから、当然この試合にも出ることになる。

 となるとまた戦う必要が出てくるわけで、僕は憂鬱だった。


「恐らくな。ただ、それよりも気になることが一つある」

「気になること?」

「もう一方のグループの試合終了時間の速さだ。いくら大妖クラスの妖魔と言っても、そんなに速く殲滅なんてできるのか、と思ってな。少なくとも私には無理だ」

「それはその、美鈴生徒会長さんがすごい強いから、とか?」

「見た感じどうも率先して敵を倒す、なんてするタイプじゃないと思うんだけどな。まあ考えても仕方がない」


 溜息をつくと識さんは人化の法を解き、妖魔化する。

 六つの角と九つの瞳を持つ聖獣へと。

 それと同時に試合開始の合図が鳴り響いた。


「さあキョウさん、私達の後ろに隠れていてください」


 同じく妖魔化したクリスティナさん達が、僕を取り囲むように並ぶ。

 僕はそれを見ながら、僕なんかのためにこんなにも人手を使っていいのだろうかと思った。

 いやそもそも僕は、こんな事のために傷付くクリスティナさん達をもう見たくないのだ。

 そんなことになるくらいなら、自分で闘う。


「うん、そうだ。その方がいい」

「?」


 例え自分が根本的に受け入れられない退魔の力を使うことになっても、僕は戦わなければならない。

 僕は握り拳にギュッと力を込めると、一人そう決意する。

 そう決意するまでの一連の動作。

 その間十数秒も経っていない。

 試合が始まってから換算すると、数分程度の出来事だろう。

 だというのに――。


「こ、これは――っ!?」


 顔を上げた先の光景は、大惨事だった。

 妖魔が上空に吹き飛び、慰魔師の標的ライフが次々と割られていく。

 一言で言うならそれは、意思を持った小さな竜巻だった。

 高速で飛来し、防御も抵抗も全て嘲笑うかのように巻き上げ移動していく。

 逃走も同じく無理だろう。

 何故ならその速度が尋常じゃない。

 クリスティナさんは疎か、ヴァーミリオンさんよりも速いのだ。

 誰も逃げれないし、誰も追いつけない。


「こんなのが暴れまわっていたら、そりゃ全滅するのは当然だな」


 忙しなく九つの瞳を動かしながら、識さんは苦笑する。

 最早笑うしか無いのだろう。

 と言うよりこれに対する打つ手が存在しない。

 少なくとも僕にはアレをどうにかする方法が、全く浮かばなかった。

 これが美鈴生徒会長さんの力なのだろうか。

 僕がそう思って身構えていると、嵐がピタリと止んだ。


「――ふむ、掃除はこの程度でいいじゃろう。全部を掃除するとなると流石に時間が足りんしの」


 いつの間にそこに現れたのか。

 そこには団扇片手に、若さんが佇んでいた。

 纏う妖気は朱さん達と同じかそれ以上。

 今の言葉からも先程の竜巻は若さんが起こしたものだと、僕らは瞬時に理解する。


「先程の暴風はあなたがやったのですか?」

「そうじゃ。別に隠したつもりなぞ毛頭ないが、見えんかったかの?」

「どうして、と聞くのは愚問でしょうね。ここに来た目的はキョウさんですか?」

「まあそんなところじゃ」

「では――」


 クリスティナさんは、深く体を沈めると急速に飛び出す。

 先手必勝で出鼻を挫くつもりだろうけど、その姿はいつもよりも気合が入っているように見えた。

 クリスティナさんは加速する突進から、その長い角を若さん目掛け突き立てる。


「っ?!」


 しかし角が突き刺さる寸前、若さんの姿は掻き消える。

 突然の事態に空を切ったクリスティナさんは勿論の事、離れていても全く見えなかった僕らも辺りに視線を巡らせた。


「ひい、ふう、みい――――。かっか、中々るの。これは暫く楽しめそうじゃ」


 僕らは一斉に声のする方に視線を向ける。

 そこには先程と同じく、団扇を仰ぎながら若さんが楽しげな表情を浮かべ佇んでいた。

 気配も感じさせずにこんな高速移動が出来るなんて、僕はまるでくうのワープのようだと思った。


「なるほど、今回は速度特化の妖魔というわけか。面白い、手合わせ願おうか」


 その姿を見て、シルヴィアさんは嬉しそうな声を上げる。

 多分シルヴィアさんは相手が強ければ強いほど燃えるタイプだろう。

 僕もそんなふうにポジティブになりたいと思った。


「二対一など本意ではありませんが、状況が状況です」

「私はそういったことは気にしないが、不公平だと言うのであれば退こう」


 シルヴィアさんは翼を広げ、若さんの前まで飛翔する。

 今にも飛びかからんばかりに臨戦態勢となっているシルヴィアさんを前に、若さんは逃げも構えもせずただ笑うだけだった。


「二対一? 不公平? かっかっか、何を言い出すのかと思えば、笑かしよるの。


 シルヴィアさんを前にして、若さんは片膝を組んだ状態で浮き上がる。

 恐らくヴァーミリオンさんやシルヴィアさんのように飛行能力があるのだろう。


「まあよい、そちらが勝手に手を抜くのがあれば好きにせい。別に儂は困らんしの」

「――そうさせて貰う」


 シルヴィアさんがそういった瞬間、鋭い蹴りが若さんを襲う。

 しかし、先ほどの攻撃と同じように若さんの姿が掻き消え、空を切る。


「遅い遅い、そんなに遅々と攻撃なぞしても当たるわけがなかろう」

「そこ――っ!!」

「攻撃ばかりか、反応も遅いの。ちゃんと神経を研ぎ澄ませておるか?」

「まだまだ――!!」


 シルヴィアさんとクリスティナさんの攻撃は決して遅いわけじゃない。

 それを一顧だにしないほど若さんが早過ぎるのだ。

 目を凝らしてもその軌道を読むのは至難。

 と言うのも若さんの軌道は直線的ではなく、蛇のように蛇行する不規則な軌道で動いているのだ。

 それでこの速度なのだから、目で追うことが本当に難しくなっている。


「何じゃ何じゃ、この程度なら儂が取ったほうが早いの」

「――っ!?」


 突如目の前に出現した若さんに、僕は戦闘態勢に入る。

 しかしそれすらもワンテンポ遅く、僕が視認した時には既に若さんの手が僕の標的ライフに伸びていた。


 ――やられる?!


 僕がそう認識した瞬間、その手はピタリと止まる。

 識さんが僕にぶつかる直前に、その手を掴んだのだ。


「ほぉ? 流石はAランク妖魔といったところかの」

「まだ全然本気じゃないくせに、よく言う」

「なんじゃ、儂の本気が見たいのかや?」


 識さんに腕を掴まれたまま、若さんは笑う。

 そうだ、識さんの言う通り若さんはまだまだ本気じゃない。

 何故なら若さんは


「見たいわけがない。と言ってもそっちは出したくて堪らないって顔してるが」

「かっか、そう嫌そうな顔をするでない。せっかくの戯れじゃ、目一杯楽しまねば損じゃぞ? そうじゃ、戯れついでに条件を付けてやろう」

「条件?」

「儂は一度捕まえられるまで妖魔化はしない。敢えて捕まえなくても良いし、捕まえて儂を本気にさせるのも良い。好きにするといい。――――あぁ、何やら勘ぐっておるようじゃから付け足すが、先も言った通り唯の戯れじゃ。理由が欲しければとでも取れば良い」


 そう言うや否や、若さんは識さんの手を振りほどき、消える。

 態々そんな条件を付けて、一体どういうつもりなのだろうか。

 僕は若さんの目的が全く分からなかった。


「……ちっ」


 クエスチョンマークを浮かべる僕の横で、識さんは面倒臭そうに舌打ちをした。

 その九つの眼は今も忙しなく動きまわって、若さんの行方を追っている。

 どうやら識さんには若さんの超速の動きを捕捉できているみたいだ。

 僕は残像しか辿れない若さんの姿を必死で追いながら、感覚を研ぎ澄ませていく。


「――っ?!」


 その瞬間、背筋がゾワゾワするような危機的な感覚に陥る。


 ――何かが次の瞬間攻撃を仕掛けてくる。


 そう察知した僕は、すぐさまその場から逃げようとする。

 だが、識さんに腕を掴まれると逆方向である識さんの元へ手繰り寄せられた。

 急に引っ張られたせいで、僕は識さんに抱きつくような形になる。


「安い罠だ。狙いは私から分断ってところか。戯れなどと言いながら、随分な作戦だな?」

「かっかっか、良い判断じゃのう。――――おっと」


 上空にふよふよ浮いていた若さんに、クリスティナさんの鋭い攻撃が走る。

 当然、それも消えるように避けられる。


「飛翔能力に、この速力。かなり厄介な手合ですね」

「どうにかして動きを読むか、或いは動けなくするか」


 再び消えた若さんに視線を巡らしながら、クリスティナさんとシルヴィアさんは会話する。

 現状何故か反撃はしてこないが、クリスティナさんの言う通り、この上ないほど厄介だろう。

 何故なら現状足止めが不可能に近い状況なのだ。

 前衛も後衛も等しく若さんの射程圏内であり、多対一の利点がかなり失われている。

 そんな中、冷気とともに間延びした声が響く。


「私が何とかしましょうかぁ~?」

「っ!?」


 背後から湧き出てきた刹那さんに僕は驚く。

 試合始まった当初は背中合わせに居た気がしたが、いつの間に潜ったのだろうか。

 そんな僕を気にしていないように、刹那さんはクリスティナさん達の元へと歩いて行く。


「何とか出来るのでしょうか?」

「多分だけどねぇ~~」


 妖魔化して雪のように白くなった肌と、氷のような髪になった刹那さん。

 一体何をどうする気なのだろうか。

 僕が見守っていると、刹那さんは地面に手をかざす。

 その体から極寒の地のような冷気を帯びた妖気が振りまき始める。

 すると――。


「お? おぉ、何じゃ何じゃ、愉快なことをするではないか」


 刹那さんが地面に手を翳した瞬間、地面は凍りつくと同時にその凍りついた床から次々と氷の樹が生え始める。

 針葉樹のような鋭い尖った枝葉を持つ氷の樹が、次々とそびえ立っていく。

 その光景に若さんだけじゃなく、僕らも感嘆の声を漏らした。


「美しいな。そして成程、合理的だ」

「棘のような氷を張り巡らせることに依って、フィールドの限定ですか」

「それだけじゃないですよぉ~~」


 刹那さんはそう言うや否や、驚いている若さん目掛け、手を向ける。


「ふぁいあ。…………あ、いやアイスなのかなぁ?」


 覇気の篭もらない声とともに、氷の針葉樹の枝先から無数の氷の棘が若さんの居る周辺目掛け、降り注いだ。

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