第36話「ユニコーンの好きなもの」

「……無様ね」

「キョウさんであれば、あの状況から逆転することも可能だったはずです。それをあんな物に惑わされるとは……」

「ごめんなさい」


 僕は今、グランドの隅でくうとクリスティナさんに正座させられていた。

 勿論原因はさっきのドッヂボールで僕が当たったためだ。

 何故ドッヂボールに参加していない二人に怒られているのかはわからないけれど、それを言うと更に怒られることが待っているため、僕は只管謝り続けている状態である。

 因みに今はトーナメント戦前のチームを決める時間であり、クラスの皆は自由に行動が許可されていた。

 僕らから離れた場所では楽しげな声を上げながら、チームを作っている光景が見える。

 最初は僕も誰か声を掛けてくれるかもしれないと淡い期待していたが、今なお遠巻きに見る人がいるだけで、僕の周りにくうとクリスティナさん以外の誰かが来ることはなかった。

 当然と言えば当然だけれど、嫌というほど現実を思い知らされて僕の心は折れそうだった。


「キョウさんがこの様では次のデートの権利を賭けた試合が不安です。やはり私が横でしっかり監視しなければいけません」

「……参加する気は一切なかったけれど、余りにも無様すぎて可哀想だから出てあげる」


 二人は僕を見下ろしながら、静かに闘志を燃やしている。

 何だか理由はよく分からないけれど、やる気を出すのはいいことだと思う。

 そんな二人に僕は恐る恐る尋ねてみる。


「えっと……それは僕とチームを組んでくれるということでしょうか?」

「その通りです」「当たり前」


 二人と一緒にチームが組めることになって、僕は一瞬喜ぼうとする。

 しかしそこで僕はふとある事に気が付く。


「…………あれ?」


 チョット待って欲しい。

 二人の口調だと、僕が不甲斐ないから組んでくれる、と言うニュアンスに聞こえた。

 それはつまり、僕がさっきの試合で失敗しなければ組んでくれなかった、という事だろうか。


「………………」


 僕は真実に気づき、項垂れる。

 友達ができても僕はやっぱりボッチなのだろうか。

 それともこれは本当に友達の関係なのだろうか。

 根底が揺るぎそうな事態に、僕は前後不覚になっていく。

 ぐらぐらと体が傾いてゆき、僕は両手を地につけて支える。

 そんな僕の顔に影が差す。


「大丈夫だろうか。先程は済まなかった、私としたことが少しはしゃぎ過ぎたようだ」


 見上げると逆光で顔はよく見えないが、誰かが優しく手を差し伸べてきていた。

 僕は思わず暖かそうなその手を取る。

 すると、まるで魔法のようにするりと引き寄せられた。


「思った通りだ。キミの(手)は雄々しく、逞しく、力強さもありながら優しい」

「え? え?」

「どうやら私は力というものを履き違えてしまったようだ。男女の関係を深めるイベントだと聞き参加したが、あのデモンストレーションでは狩りと変わりはしない。くう嬢やクリス嬢の様に不参加を決めた理由が骨身にしみてよくわかった」


 気付けば僕の視界は肌色一色だった。

 むにむにと弾力が有りながらも柔らかい肌色である。

 おまけにとてもいい匂いがする。

 花の蜜のような、甘いミルクのような、そんな気持ちが落ち着く薫りがするのだ。

 僕はそんな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ただその声を聞いていた。


「だから汚名を返上する機会を私にくれないだろうか? 今度は仲間として必ずやキミを護ってみせよう。そして身も心も熱く深く繋がるような男女の関係になろう」


 ギュッと抱きしめられたまま、耳元で甘く蕩けるような声で囁かれる。

 内容については正直頭の中に全く入ってこない。

 でもこの人に包まれていると、そんな事どうでも良くなってくる。


「…………」


 僕は無意識の内に頷こうとする。

 その瞬間――。


「――っ!! 穢れた手でキョウさんに触れるな――ッ!!!!」


 鐘のような怒号と共に僕は肌色から開放された。

 そこで初めて僕は、自分を抱きしめていた人がシルヴィアさんだと知る。

 だとしたら僕が先ほどまで包まれていたものは……。


「―――――」


 僕の視線は吸い寄せられるように、シルヴィアさんの大きく開けられた胸元に向かった。

 クリスティナさんもそれなりのサイズはあるけれど、シルヴィアさんはそれを遥かに上回る。

 具体的に言うならば桃と西瓜の違いだろうか。

 そう言えば最近西瓜を食べてないなと思いつつも、とにかくそれは大きかった。


「? 済まない。理由は分からないが、私の行為が気分を害したのならばここに謝罪しよう」

「謝罪など必要ありません。キョウさんの前からとっとと消え失せろ」


 烈火の如く怒っているクリスティナさんから、辛辣な言葉が飛び出てくる。

 まるで親の敵を見るかのようなその眼に、僕は何が起こったのか分からず混乱する。


「えと……クリスティナさん?」

「大丈夫です、キョウさんのていそうは私が護りますから」

「は、はぁ……」


 僕の視線を遮るように立つクリスティナさん。

 どうしてそんなに敵愾心剥き出しになっているのだろうか。

 現状に至る経緯が全く理解できず、僕は困惑するしか出来ない。


「ふむ、どうやら私はクリス嬢に大いに嫌われてしまったようだ。私の行為に気分を害したのならば、謝罪しよう。だが理由が判らぬ以上改善は確約できない。良ければその理由を私に教えてはくれないだろうか。精一杯の努力はすると約束しよう」


 燃やし尽くすような激しい視線を浴びながらも、シルヴィアさんは堂々たる態度を変えない。

 くうの様な無関心とは違い、シルヴィアさんはその怒りを理解している。

 理解した上で一切物怖じせず、受け止めようとするのだから僕は素直にシルヴィアさんを凄いと思った。


「理由も何もありません。私は生理的にあなたを受け入れられない。ただそれだけです」

「生理的に……か、成程それは確かに受け入れるのは難しい、納得した。……納得はしたがそれならば私も『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかない」


 二人は仁王立ちで見つめ合う。

 敵意を持って、戦意を持って、互いの立ち位置の違いを見つめ合う。

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気に、僕はオロオロするしかなかった。


「ではどうすると?」

「クリス嬢が私を気に喰わないのは分かった。だが、私とて彼を護りたい気持ちに偽りはない」

「阿婆擦れ女が何を世迷い言を」


 意味はよく分からないけど、激しい敵意の籠もった言葉を吐くクリスティナさん。

 その敵意を前にして尚、シルヴィアさんは怯んだり怒ったりせず、寧ろ得心いったと一人納得して頷く。

 そして堪え切れないように軽く吹き出した。


「何がおかしいのですか」

「フフ、あぁいや済まない。別にクリス嬢を嘲笑ったわけではない。ただキミが『ユニコーン』であることを思い出してね。この状況は成る程、そう言うことかと思っただけだ」


 口元を抑え、しかし控えることはせず愉しげに笑うシルヴィアさん。

 僕はその言葉の意味も対して理解できなかったため、二人の様子をただ呆けたように見守り続けるしかなかった。


「誤解を招く言い方をして済まない。だが、安心して欲しい、私はだ」

「は?」

「え?」

「??」


 シルヴィアさんの発言に、その場全員が一斉に固まる。

 あのくうまでが若干呆れた表情をしている始末だ。

 そして僕は『ショジョ』が何を表すのか分からず固まっていた。

 どう言う意味だろうか、とても今聞ける雰囲気ではないけれど。

 ただ『ショジョ』と言う単語がとんでも無い単語であるということだけは、察することが出来た。


「だから安心して私をキミ達の輪の中に入れて欲しい」

「…………れ」


 高らかに宣言するシルヴィアさんを前に、クリスティナさんはブルブルと震え始める。

 僕は脳裏に噴火前の火山を思い浮かべながら、二人から距離を取った。

 流石の僕でもコレがクリスティナさんの地雷であると理解できるからだ。


「済まない、よく聞き取れなかったのでもう一度――」

「黙れっ!! 私を……『ユニコーン』を馬鹿にするのもいい加減にしろ―――っ!!!!」


 怒声と共にクリスティナさんの怒りが爆発する。

 いつか見た時のように髪が逆立ち、角のような形態になっていた。

 原理はよく分からないが、妖魔の姿にならなくてもユニコーンだと分かって貰えそうなのはすごいと思った。


「誓って馬鹿になどしてはいない。がしかし、ユニコーンであるクリス嬢が私を疑おうとする気持は良く理解できる。であれば私は証明せねばなるまい」


 対するシルヴィアさんは、組んだ腕から胸が零れそうなくらい強調されながらも、仁王立ちを続けている。

 僕はこんな状況になっても怯まないその姿に、無性に漢らしさを感じた。


「さあ、クリス嬢。思う存分触って確認してくれ、私の処女ま……」

「――――ッ!!!!」


 シルヴィアさんが言い終わる前に、クリスティナさんは見事なハイキックをお見舞いした。

 それを受け、シルヴィアさんが吹っ飛んでいく。

 少し遠巻きで僕らを見ていた他の生徒達は、巻き込まれないよう早々に退散していった。


「はぁ……はぁ……りましたか?」


 何だかものすごく物騒に取れる言葉がクリスティナさんから聞こえる。

 僕はシルヴィアさんの容態が心配になり、吹っ飛んだ先に視線を送った。


「いきなり攻撃とは驚いた。だが何をそんなにカリカリしている。それとも雌のユニコーンは処女好きではないのか?」


 そこには少しバランスを崩した体勢になりながらも、大して外傷のなさそうなシルヴィアさんが居た。

 僕は怪我がなかったことにほっとする。


「どこまでも人を馬鹿に――っ!!!! やはりあなたの存在は許しては置けません。ここでるしか無いようですね――っ!!」


 無事と見るや、直ぐ様襲いかかっていくクリスティナさん。

 妖魔化していないにもかかわらず、僕と決闘した時かそれ以上の速度でシルヴィアさんに接敵している。

 それほどまでにクリスティナさんの怒りは強いのだろう。


「ただクラスメートとチームを組むだけでこれほど難航するとは、やはりまだまだ私も未熟だな」

「――――ッ!!!!」


 突進するクリスティナさんの猛攻を、シルヴィアさんは紙一重でかわしていく。

 今の怒ったクリスティナさんの攻撃が短絡なのもあるけれど、それでもなかなかの身体能力だと、僕は冷静に状況を分析する。

 こんなに冷静なのはただ単純にどうしていいかわからないから、観察するしか無いためでもあるが。


「しかしだ。先にも言ったが、私がキョウを護りたい気持ちに一片の偽りもない。クリス嬢がどうあっても私とチームを組んでくれないと、言うのであるならば今回は譲ってもらえないだろうか」

「巫山戯けないでください。良くも抜け抜けと言えたものですね。辞退するのであればこの場合あなたしかありえないでしょう!!」


 言葉を交わしながらも、槍の刺突を思わせるかのような鋭い蹴りがシルヴィアさん目掛け放たれている。

 それを最小限の動きで回避しながらシルヴィアさんは残念そうに溜息を吐いた。


「交渉決裂……という訳だな。では彼本人に決めて貰おう、と言いたいところだが。生憎と私にはと言うものがある。今回はそれを行使させてもらおう」

「……権利?」


 シルヴィアさんの言葉にクリスティナさんはピタリと止まる。

 僕は今こそ止めるときではないのだろうか、と思いつつも中々声が出せずにいた。


「そう、権利だ。ボールを当てた者の願い事を一つ聞いて貰う権利。私にはこれがある」

「何を言うかと思えば、そんな事ですか」


 髪を角状に逆立てたまま、クリスティナさんは呆れた声を出す。


「あの権利は断ることが出来たはずです。キョウさんが断ればそんな物に何の効力もありません」

「待ちなさい、馬女」


 そこで今の今まで傍観者に徹していたくうが口を開く。

 怒りマークがクリスティナさんの顔に追加で浮かんできているが、くうは一向に意に関してはいない。

 それどころか不躾な態度で手招きしている。

 火に油どころか爆弾を投げ込むようなくうに、僕はフォローすべきところが全く見つからなかった。


「……………ッ」


 今にも怒りの矛先をくうに向けそうなくらい、肩を怒らせながらもクリスティナさんはくうの元へと向かう。

 僕は心の底からクリスティナさんが不憫に見えた。


「なんですか? 下らない事ならば、いい加減堪忍袋の限界なのですが」

「結論から言えば、今回は諦めなさい」

「くうさんまで何を?!」


 くうの物言いに、若干拍子が抜けたように驚くクリスティナさん。

 詳しい内容はよく聞こえないけれど、きっとくうがまた突拍子もない事を言ったのだろう。

 クリスティナさんは兎も角、くうとは長い付き合いなのだから少しは分かるつもりだ。


「あの権利は確かに断ることはできる。でも、逆を言うと叶えない限り消えることもない」

「ならば永遠に断ればいいではないですか」

「頭を冷やしなさい。今ここであの馬鹿二人とチームになることを呑むの事と、後々手の届かない場所であの女がキョウに権利を使う事と、どちらの方が面倒ないかは一目瞭然」

「で、ですが……」

「それに――」


 と、突然くうが僕の方を向く。


「?」


 僕は突然二人から視線を浴びて、どきりとする。

 また何か怒られるようなことをしてしまったのだろうか。

 僕はまたいつでも正座できるように身構える。


「あの女が敵のチームになった場合、馬鹿キョウが同様の手段でアウトになる可能性が限りなく高い」

「それは……確かにそうですね」


 二人は僕を見ながら頷く。

 一体全体何の話をしているのだろう。

 そんな風に二人の会話の内容に戦々恐々していると、突然横から声がかかった。


「キョウ、キミに話があるのだが、少しいいだろうか?」

「っ!? え、えと、な、なんですか?」


 ほぼ至近距離から掛けられた声に、僕は驚く。

 いつの間にかシルヴィアさんが僕の側まで来ていたようだ。

 二人の動向を見ていたとは言え、シルヴィアさんの気配に気付けなかったことに僕は修行不足を実感した。

 触れ合えそうなほど近いシルヴィアさんの体からは、甘い花のような薫りが湧き立ち、僕の鼻孔をくすぐる。

 その薫りに僕は思考がボヤケてゆき、もっと嗅いでいたいと言う欲求が大きくなっていく。


「改めてキミにお願いしたい。どうか私とチームを組んでもらえないだろうか」

「えと、その……」


 ボヤケた思考はそのまま頷きそうになるが、僕は理性を振り絞るとちらりとクリスティナさんの方を見る。

 僕個人としては勿論賛成だ。

 しかしあれだけ怒っていたクリスティナさんが、シルヴィアさんを受け入れるとは到底思えないのも事実。

 僕は一体どうしたらいいのだろうか。

 まだ戻ってこない二人を何度も見ながら、僕は板挟みとなる。

 だが、僕らの様々な思惑は意外な所から打ち切られる。


「悩んでいらっしゃる所、誠に申し訳ないのですが、生徒の残り人数が7人となってしまいましたので、勝手ながらこのメンバーで一チームとさせていただきます」

「「え?」」

「ふむ」

「…………」


 先生の声とともに、僕らのチーム編成の時間は終了したのであった。

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