第37話「残り物には福があると言うけれど、残り物には残り物たる所以もある」

「――と言う事ですので、Fチームは細かい打ち合わせなどをしてください」


 浄蓮先生に言われ、僕は周りを見渡す。

 そこにはくう、クリスティナさん、シルヴィアさん、真さん。

 そして見知らぬ女の子が二人。

 これが僕らのFチームのメンバーらしい。

 因みにだが、決まるのがあまりにも遅すぎてチーム名すら勝手に決められている。


残り物ぼっち


 ――と。


 あんまりにもあんまりなネーミングに、僕は名付けた人達を呪いたくなった。


「一先ず自己紹介でもしない? キョウとくう……さん、はみんな知っているだろうから置いといて、残りのメンバーだけで」

「?」


 何だか不思議なことを真さんから言われる。

 くうは兎も角、何で皆僕のことを知っているのだろうか。

 一様に頷くさまを見ながら、僕は首を捻る。


「じゃあ、言い出しっぺの私から。――――私の名前は真。真実の真と書いてまことだよ、よろしくね」


 真さんは前と同じ自己紹介する。

 この自己紹介を胡散臭いと思わないのは僕だけなのだろうか。

 大した反応のないまま、真さんからその隣にいるクリスティナさんへ番が回される。


「――クリスティナです、どうぞよろしく」


 クリスティナさんはじわりじわりと近寄ってくる真さんと、僕の近くで仁王立ちしているシルヴィアさんに惜しみなく嫌悪の視線を送りながら、自己紹介を終える。

 そう言えばクリスティナさんは真さんも嫌いだった。

 露骨に嫌がるクリスティナさんを見ながら、僕は次の番であるシルヴィアさんへと視線を送る。


「では次は私だな。シルヴィアだ、好きな言葉は胸秀麗。これはつまり胸の筋肉が――」

「はぁ――ッ!!」


 シルヴィアさんの自己紹介の途中。

 どこから持ち出してきたのか、クリスティナさんはシルヴィアさんにボールを投げつける。

 それも全力の勢いで。


「――――っ」


 僕の隣に居たシルヴィアさんが、ボールに当たり吹っ飛んでいく。

 寸前でガードはしたようだけど、大丈夫だろうか。

 僕はシルヴィアさんが吹っ飛んでいく様を見ながら、呆気に取られる。


「次は吾の番じゃな。吾はつき子なのじゃ。吾がチームに入ってやるのじゃから、皆吾を敬うように」


 チームメンバーの一人が吹っ飛んで入ったにもかかわらず、自己紹介を進めるメンバー。

 もしかしてシルヴィアさんの安否を気にしているのは、僕だけなのだろうか。

 僕は皆の感性と自分の感性の差についていけなくなる。


「不意打ちのキャッチボールか、成程面白いっ!!」

「――っ?!」


 シルヴィアさんの声とともに、再び僕らの前を豪速球が飛ぶ。

 それにより、今度はクリスティナさんが吹き飛んだ。


「クリスティナさん?!」


 僕はすぐにクリスティナさんの元へ駆け寄ろうとする。

 すると、僕の真横を豪速球が再び掠めていく。

 クリスティナさんが反撃に投げつけたボールだ。


「大丈夫です、この程度。大した問題では、ありませんっ!!」

「――っ!! はっはっはっ、そう来なくてはなっ!!」


 意気揚々とすぐ側の広い場所へ躍り出るシルヴィアさん。

 それに追従し、走りだすクリスティナさん。

 どうやら二人は本格的にキャッチボール?を始めてしまったようだ。

 どう見ても殴り合いと対して変わらない様相をしているけれど、そういうことにしたほうが精神衛生上いいので、そういうことにしておく。


「み、皆吾を敬……」

「ちょっと!? キョウと違って私はか弱い人間の女の子なんだよ?! こんな所でキャッチボール始めないでよ!!」

「…………」


 飛び交うボールを前に、僕を盾にするように隠れ始める真さん。

 盾にするのは百歩譲っていいけれど、女の子と言うのはどうなんだろうか。

 確かに見た目は可愛い女の子なんだろうけれども。

 ボールの行方を眼で追いながら、僕は複雑な心境になった。


「わ、吾を無視するのでない~~~~っ!!!!」


 突然、怒号が飛ぶ。

 僕らは皆ビクリとし、一体何事かと声の主に注目した。

 そして――。


「「「誰?」」」


 真さんとクリスティナさんとくうが一斉に声を上げる。

 酷いとは思うが、僕もこの子が誰か分からなかった。


「わ、吾はつき子なのじゃ……。わ、吾をう、敬……ひっく」


 そこには市松人形の様な、黒髪の小さな女の子が目に涙を浮かべていた。

 流石にその様子に心が痛くなったので、僕はその子に近づき、ゆっくりと話しかける。


「えっと……、だ、大丈夫だよ。み、皆無視してないよ」


 聞いていなかっただけで、とは言わないでおいた。

 僕にもそのくらいの分別は付くつもりだ。

 何せいつもは逆の立場なのだから。

 自分で言ってて悲しくなるので僕は極力考えないことにする。


「ほ、本当かや?」

「えと……うん」


 涙目で見上げてくるつき子ちゃんから、僕は若干目を逸らす。

 嘘は言っていないけれど、どうにも罪悪感でいっぱいだ。


「じ、じゃあ、吾を敬ってくれるかや?」

「う、敬う? えと、多分?」


 敬うってなんだろう。

 何をすればいいのだろう。

 そうは思ったが、目の前のつき子ちゃんにそういうのは憚られたので、曖昧に肯定しておく。


「じゃあ、吾の下僕になってくれるかや?」

「え? 下僕? それはちょっと……」

「なってくれぬのかや?」


 瞳をうるうるさせながら、哀しそうな声を出すつき子ちゃん。

 良心が痛むけれど、下僕になるのはさすがに嫌だ。

 下僕が具体的にどういうことをするのか知らないけれど、いい意味ではないだろう。

 僕は何とか断ろうとする。


「吾が、こんなにも頼んでいるのにダメなのかや?」

「え~っと、その……下僕はその……」

「お願いじゃ、一生のお願いなのじゃ~~っ」

「い、一生? えと、でも、それでも下僕は……」

「ちっ…………騙されなんだか」

「え?」


 何かとんでも無い言葉がつき子ちゃんの口から出たような気がする。

 僕は思わずつき子ちゃんを二度見した。


「む? どうかしたのじゃ?」


 しかし改めて見ても、つき子ちゃんに変わった様子はない。

 先程の言葉は気のせいだったのだろうか。

 僕は先程の件を頭の中に封印することにした。


「ところでさ、私は初めから気になっていたんだけど……」


 含みを持たせつつ真さんはある人物に視線を送る。

 多分、皆気になっていたに違いない。

 言い出せなかっただけで。

 僕らも無言でその、名も知らない最後の人に視線を送る。


「すぅ…………すぅ…………んぅ……」


 そこには雪のように白い髪に、白い肌。

 そしてジャージの上からでも分かる、凹凸とした女性らしい体型の女子が居た。

 もし目を開けて普通にしていればかなり綺麗な人だということが分かる。

 ただ、本人は鼻ちょうちんを膨らませながら、気持ちよさそうに寝ている事が全てを台無しにしていた。


「この人ずっと立ったまま寝ているけれど、大丈夫なの?」

「えと大丈夫……なのかな?」

「大丈夫ではないでしょう」

「どうでもいい」


 四者四様の反応を前に、見知らぬ人は眠り続けている。

 僕らも人のことを言えないけれど、この人が誰だという以前に何故ここに至るまでにクラス中の誰も何も言わなかったのだろうか。

 僕はそれが不思議でしょうがなかった。


「彼女は確か、刹那……だったかな」


 シルヴィアさんは刹那さん?を、息がかかるくらい間近で観察しながら名前を教えてくれる。

 恐れや躊躇などそもそも知らないかのような振る舞いに、僕は少し羨ましく思った。

 もし、僕も同じように振る舞えたらもっと友達ができるのだろうか、と。

 ただ、あそこまで人に近づいて観察できるようになりたいとは全く思わないが。


「――兎も角、試合開始まで時間も余りありませんので、お互いの能力だけでも打ち明けるのはどうでしょうか?」

「能力?」


 クリスティナさんの提案に、僕は思わず聞き返す。

 お互いの能力とはなんだろう。

 僕は自分の能力なんて全然ないし、あっても知らないと言うのに。


「キョウさんは関係ないと思いますが、それを踏まえて簡単に説明させてもらいます」


 関係ないと言いつつも、酷く言葉を濁した物言いに、僕はなんだか背中が痒くなる。


「能力とは、妖魔が使える種族固有の特殊能力の事を指します。例に上げるならば、先ほどの試合でランタさんが使った『幻覚』能力がそうです」

「幻覚?」


 クリスティナさんの言葉に僕はさっきの試合を思い出す。

 そういえば途中で巨大なカボチャが飛んできたけど、なるほどあれは幻覚だったのか。

 僕は漸く得心がいった。


「はっ!? と言うことは――」

「どうか、しましたか?」


 僕はあることに気付く。

 皆こんな不思議な能力を持っているのだ。

 今まで起こった不思議な出来事だってその能力の仕業に違いない。

 始まった学園生活、思い返せばおかしな事ばかりだった。

 そうだ、だからきっと能力のせいに違いない。


「今まで突然くうときよさんが僕の部屋に現れるのも、クリスティナさんの髪の毛が逆立つのも、真さんが女の子の格好をしているのも、シルヴィアさんがジャージの下に何も着ていないのも、つき子さんがサラッと僕に毒を吐いたのも、刹那さん?がずっと寝ているのも、僕に友達がほとんど出来ないのも、全部全部その能力の所為なんですよね?!」


 僕は興奮気味にクリスティナさんに捲し立てる。

 そう考えれば今までのおかしな事に全て説明がつくに違いない。

 僕は確信を持って、クリスティナさんの目を見る。


「あの、その……極一部はそうだと思いますが、大半は変えようのない現実、だと思います」


 クリスティナさんは僕から眼を、微妙に逸らしながら気まずそうな口調で話す。

 そこに真さんから追い打ちが加わる。


「と言うか、妖魔固有の能力だって言ってたでしょ? キョウがぼっちなのと関係有るわけ無いじゃん。―――――因みに私は可愛いからこの格好をしているので、ジャスティスです」

「ぐさっ」


 僕は心臓に槍を突き刺されたような衝撃をうける。


 ――何もそこまで言わなくても、いいのに。


 薄々心の底では分かっては居たけれど、それでも口に出してほしくなかった。

 僕はそのまま膝から崩れ落ちる。


「そ、その……友人は数ではないですし、わ、私はきちんとキョウさんの友人であると自信を持って言えますからっ」

「クリスティナさんっ」


 僕は女神を見るような眼でクリスティナさんを見上げる。

 いや、僕にとってはもう女神そのものだ。

 今すぐ抱きつきたい衝動を押さえながら、僕は感謝の言葉を述べようとする。

 その時、ぼそっと空間を切り裂くようなくうの声が、割り込んでくる。


「大声で胸を張って世間には?」

「そ、それは……その……あ、あまり大きな声だと、その……」

「クリスティナさ~んっ」


 ガラガラと音を立てて、僕の中の女神像が崩れていく。

 もういやだ。

 最近こんなことばかりだし、ホントに泣きたい。

 僕は両腕を地面につけ、伏せる。


「クリス嬢が高々と友達宣言出来ない理由はよくわからないが、少なくとも私はできる。キョウくんさえ良ければ私と友になろう」


 そんな“O刀乙”な状態の僕に、シルヴィアさんがそっと手を出してくる。

 今の僕にはその手が光り輝いて見えた。

 僕は歪む視界のまま、ゆっくりとその手を握った。


「いいんですか? ずっとずっと友達で居てくれますか?」

「キミが望むのであれば私は未来永劫良き友でいると約束しよう」

「シルヴィアさんっ!!」


 僕はその言葉に感極まって、シルヴィアさんに抱き付いた。

 もう我慢の限界だったのだ。

 こんな事をすれば嫌われるかもしれない、と分かってはいてもこの嬉しさを抑えることは今の僕には出来なかった。


「おっと?」


 突然の僕の行動に、シルヴィアさんは少し驚いた顔をしつつも、しっかりと受け止めてくれる。

 やっぱりシルヴィアさんは良い人だ。


「キョウの友達観念ってす~っごく重いよね。ねぇ、クリスさん」

「くっ、わ、私が一番最初の友人でしたのに。本来であれば私が抱きつかれているはずだったのに……」

「駄目だ、完全に聞こえてない」


 周りで皆が何か言っているけれど、僕の耳には少し遠くに聞こえる。

 シルヴィアさんから薫る花の蜜の様な匂いに、頭がくらくらする。

 凄く濃密で息が苦しくなるけど、けれどももっと近くで嗅いでみたい匂い。

 僕は半ば無意識の内にシルヴィアさんの身体に顔を擦り寄せる。


「フフ、少しくすぐったいな。だが、思った通りキミの抱き心地は私を天上へと導いてくれる」

「そう、なんですか?」

「キョウくんこそどうだろうか。自分で言うのも何だが、中々の物だと自負しているつもりだが」


 そう言いながらシルヴィアさんは、もっと密着するように抱きしめてくる。

 更に薫る濃厚な匂いに、僕の頭は痺れ始める。


 ――もっと触れたい、もっと匂いに包まれていたい。


 思考が水のように溶けていく中、その2つの要求がドンドンと高まっていく。

 一体どうしたのだろうか。

 自分が自分でなくなっていく感覚に戸惑いつつも、僕は不思議と忌避しようとはしなかった。


「なんだか、ずっとこうしていたいくらい、気持ちいいです」

「私もだ。――――そうだ、友誼を結んだ事だし、更なる親交を深めるために今夜私の部屋に来ないか?」

「シルヴィアさんの部屋で、親交……ですか?」


 僕はぼんやりした頭のまま聞き返す。

 親交、とってもいい響だ。

 仲良くなれると言うのであれば、僕は何処迄も仲良くなりたい。


「そう、古くからねやで男女が親交を深める際に誰もが行ってきた手法だ。それは対戦であり、また協力でもある。何より心技体を尽くし、非常に奥が深い。一種の儀式のようなものだ」

「そんなものがあるんですか」


 なんだか凄そうな事柄に、僕は自分ができるのか不安になる。

 そんな僕の表情を察してか、シルヴィアさんは優しく笑いかけてくる。


「えっと、クリスさん? キョウ達、真面目な口調ですっごいヤバそうな事言ってるけど」

「――――ッ!!!!」

「あっ、なんかこっちもヤバそうなスイッチ入っちゃった」


 なんだか周りが騒がしいような気もするけれど、今の僕は気にもならなかった。

 だって側にシルヴィアさんがいれば、それだけでいいのだから。


「斯く言う私も初めてだが、これは私の両親もキミの両親も通ってきた道である。ならば恐れることはなにもないはずだ」

「で、ではその……お願いしま――」


 します、っと言い切る前に、背筋が凍る様な気配が後ろから立ち上がる。

 途端、僕は体の中の血管がギュッと凝縮した。


「キョウさん? ちょっとがあるのでこっちに来て貰えませんか?」


 その声にゆっくりと僕は振り返る。

 そこには銀の角を生やし、妖魔化したクリスティナさんが居た。


「――――――」


 轟轟と、地鳴りが出そうなくらいの妖気を身に纏い、僕らを睨んでいる。

 完全に戦闘モード、本気状態だ。


「は、はい……」


 今のクリスティナさんに逆らおうものなら、迷いなく串刺しにされるに違いない。

 水をぶっ掛けられたように目が覚めた僕は、震えながらクリスティナさんの元へと向かおうとした。


「――っ?!」


 しかし、途中でシルヴィアさんに抱き止められる。

 再び甘い薫りが僕を包むが、今度は痺れることはなかった。


「クリス嬢、済まないが今は私がキョウくんと話をしているので、要件はその後にしてくれないか」

「…………言いたいことはそれだけですか?」


 クリスティナさんは有無をいわさず、角を僕らに向ける。

 と言うか、このまま行けば僕も一緒に突き刺されるのではないだろうか。

 そんなことはないと思いたいけれど、今の剣幕を見るとあながち間違いだとも思えないのが辛いところだろう。

 背中に嫌な冷や汗が流れていく。


「問答無用、という訳か。いいだろう、クリス嬢がその気ならば私も本気で相手をしよう」


 対するシルヴィアさんも僕を脇へと退けると、人化の法を解こうとし始める。

 これは凄く不味い状況だと思いつつも、緊張で上手く声が出ない。

 くうは相変わらず我関せずを貫いているだろうし、他の人達も遠巻きに見ているだけだ。

 僕が何とかしないといけないのに、体は震えて動かない。


「ど、どど、どうしよ、どうしよ」

「あんたが止めなくて、誰が止めんの、よっ!!」


 どん、と背中に衝撃を受けると同時に僕は前方に突き飛ばされた。

 視界の端で、真さんが僕を突き飛ばした体勢のまま、溜息を付いているのが見えた。


「行きます――ッ!!」

「来い――っ!!」

「え? え?」


 そして、それぞれの声が重なる中、僕は二人の攻撃をその身に受ける羽目となった。

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