第38話「角と紙飛行機と洗濯板のお話」
「本当に、本当に済みません」
「すまなかった」
「いえ、クリスティナさんとシルヴィアさんに怪我がないだけで十分です」
僕はジンジンする頭と頬を擦りながら答える。
昔から体は頑丈だったし、二人が怪我することに比べれば何でも無い傷だ。
因みにだが、頭のコブのほうがクリスティナさんで、ほっぺたのほうがシルヴィアさんのものだ。
どちらも寸前で引いてくれたお陰で、見かけほど痛くはない。
「そういう訳にも行きません。順序は逆になってしまいましたが、私の能力をお見せます」
「能力?」
僕が聞き返すと、行動で示すようにクリスティナさんは少し屈み、僕と目線を合わせる。
突然の事態に僕は慌て、顔が暑くなる。
何せ今僕はクリスティナさんの綺麗な睫毛を数えれるほど近づいているのだから。
こんなにもクリスティナさんに近づいたのは初日以来だろう。
僕はあの時のことを思い出し、クリスティナさんと目線を合わせれなくなる。
そんな僕にクリスティナさんは気付かないまま、優しく僕の顔を両手で掴むと額の銀色の角を僕に当てた。
「わっ、わわっ」
銀色の角が淡い光を放ったかと思うと、僕の痛みは一瞬でなくなった。
いや、それだけじゃない。
腫れていた場所も、何事もなかったかのように元に戻っている。
「この様に私の角には治癒能力が備わっています。対象は身体の傷から心の傷、病や呪い、毒など様々なものに効きます」
「っ!! 凄い、凄い能力です、クリスティナさん。どうもありがとうございます」
「い、いえ、元はと言えば私が原因ですし。ま、まぁ、自分でも役に立つ部類の能力と自負しておりますが」
僕がお礼を言うと、心なしか得意気な表情でクリスティナさんは髪をかき上げ、目を背ける。
クリスティナさんは謙遜しているが、僕は素直に凄い能力だと思った。
何故なら心の傷を治せるのだ。
それは世間一般の薬による治療などとは全然違い、本当の意味での癒やしなのだろう。
僕は改めて銀の角を見た。
この前触った時にも思ったけれど、やっぱり綺麗だ。
だけどこの角は綺麗なだけじゃなく、凄い角だったのだ。
僕はクリスティナさんが『ユニコーンの角は命と同じ位大事』と言った意味を漸く理解した。
「確かに中々の能力だな、そして美しい」
「ね、ね、私にもその角触らせて貰えませんか?」
そう思ったのは僕だけじゃなく、シルヴィアさんも真さんも口々にクリスティナさんの角を褒め称えた。
僕は自分の事ではないのに、何だか嬉しくなる。
しかし、そこにその場の空気を壊すような声が――。
「じゃが、ドッヂボールには何の役にたたんのではないか?」
「…………」
つき子ちゃんの言葉に皆は一瞬凍り付く。
いや、確かに言われてみるとそうかもしれないけれど、ここはそう言う場面じゃないというか。
あまりの空気を読まない言動に、僕は咄嗟の言葉を失った。
まあ、僕が言うのはあれなのだけれども。
「……では、貴方は一体どんな役に立つ能力を持っているのでしょうか」
こめかみをピクピクさせながら、努めて冷静な声でクリスティナさんはつき子ちゃんに問い掛ける。
でも誰が見ても、いやつき子ちゃん以外の誰が見てもクリスティナさんが怒っているのは一目瞭然だった。
けれど、知ってか知らずかつき子ちゃんはクリスティナさんに燃料を投下し続ける。
「よくぞ聞いてくれた。吾の能力はそりゃあすごいぞ。お前の能力など目がない位すごいものじゃ」
胸を張るつき子ちゃんに、僕と真さんはそれぞれ一歩下がった。
勿論危険を感じた結果である。
何せつき子ちゃんは燃料どころか、爆弾を火事場に投下しているようなもの。
いつ爆発するかわかったものじゃない。
距離を取るのは当然の成り行きといえる。
しかし、その爆弾は何故か僕の方に向かって進行し始めた。
その後ろで私の方じゃなくてよかったと言うように、安堵する真さんの顔が少し恨めしい。
「吾の能力はじゃな。人を幸せにする能力じゃ」
「幸せにする? 壺とか買わせて?」
「誰が悪徳商法じゃ?! えぇい、実際に見せてやるからそこで見ておるのじゃ」
つき子ちゃんはトコトコと僕の方に歩いてくると、ぎゅっと僕の服を掴む。
まるで逃さないとでも言うように。
それによりクリスティナさんの機嫌が秒単位で悪くなって行くのを感じる。
僕は爆発に巻き込まれる覚悟と決めた。
「え? え? 何、何?」
「いくぞ。――――ふんっ‼」
僕が状況を把握する前に、つき子ちゃんは手を翳した。
妖気がその体から湧き上がり、僕の体を覆っていく。
すると――。
「…………?」
空から何かがゆっくりと飛行してきて僕の髪に突き刺さる。
僕はそれを手に取った。
「紙飛行機? あっ、中に何か書いている」
どうやら誰かが手紙を紙飛行機として飛ばしたようだ。
僕は紙飛行機を広げると中を読み始める。
『――拝啓、見知らぬどなたか。
学校生活、如何お過ごしでしょうか。新入生で新しい環境に戸惑っているでしょうか。それとも在学生で同じような日々を漫然とお過ごしでしょうか。
見知らぬあなたにこんな事を頼むのは、迷惑かと思いますがもしこの手紙を見て興味を持たれたのであれば、
光の差し込まない部屋で血色の良いあなたをお待ちしております。Vより――』
僕は手紙を読み終えると、目頭が熱くなると同時に少し幸せな気持ちになった。
この人はきっと暗い部屋で満足に動くことも出来ず、友達を切望し続けていたのだろう。
そんな人が友達のほとんど居ない僕に紙飛行機を届けたのは、何かの運命に違いない。
僕はそう確信する。
「キョウが泣きそうな顔で笑っていて怖いんだけど」
「一体何が書かれていたのでしょうか」
「……………」
なにかヒソヒソ話している皆を尻目に、僕はつき子ちゃんに向き直る。
つき子ちゃんは僕の顔を見て一瞬ぎょっとしたが、すぐに胸を張りふんぞり返った。
「どうじゃ、吾の力は。幸せになったじゃろ?」
「うん、ありがとう。つき子ちゃん」
僕はきちんと感謝を示すために、ぎゅっとつき子ちゃんの手を握った。
突然の事につき子ちゃんは声を上げる。
「ひゃっ?! な、何じゃっ?!」
「えと、一応感謝の気持ち……です。って、ご、ごめんなさい、こんなの気持ち悪いですよね」
顔を真赤にして驚くつき子ちゃんに、僕は慌てて手を離そうとする。
何を浮かれて調子に乗ってしまったのだろう。
僕は自分の行為を後悔する。
「あっ……」
しかし、名残惜しそうな声音とともに追い縋るように手を伸ばすつき子ちゃんに、僕の手は止まった。
言うほど嫌じゃなかったのだろうか。
それを確かめるように、僕は再びおずおずとつき子ちゃんの手に触れる。
「ま、まぁ、こ、これくらい、吾にとっては当然の結果……じゃし? じゃ、じゃが吾にど~しても感謝したいというのであれば、あ、頭をなでなでする許可を、やるぞ?」
顔を赤く染めながらも、つき子ちゃんは頭突きするように僕に頭を差し出す。
――これって頭をなでて欲しいってこと、だよね?
僕は握っていた手を一度離し、頭を撫でようとする。
「だ、駄目じゃ」
「え?」
「……手は握ったままじゃ」
視線を逸らしながら、ぽつりと言うつき子ちゃんに、僕は何だか心が温まった。
僕はその気持のまま、つき子ちゃんの頭を撫でようとする。
が、その寸前に気になる単語が風に乗って流れてきた。
「……怪文書」
「コレに感銘したの? キョウの幸せって一体……」
「明らかなイタズラですね。特に最後の一文には気味の悪さしか感じません」
「私はこういった物はロマンがあって好きなのだがな」
そちらに視線を向けると、僕らから少し離れた場所で何かを読んでいる皆の姿が見えた。
何を読んでいるのだろうか。
そう思いながら嫌な予感がした僕は、直ぐ様手に持っていたはずの手紙を確認する。
――無い。
先ほどまで手元にあったはずの手紙は忽然と姿を消していた。
僕が再び皆の方に視線を向ける。
くうが先ほどの手紙を再び紙飛行機へと折り直していた。
「キャッチアンドリリース」
僕が待ってと言う暇もなく、くうは紙飛行機を離陸させる。
僕はそれを追おうとするが、風に乗り届かない位置までみるみる上昇していってしまった。
「あっ、せっかくの、手紙が――」
ジャンプでは到底届かない高度まで行ってしまった紙飛行機を見送りながら、僕は失意に沈む。
せっかくの友達が増えるかもしれない手紙だったのだ。
宝物として大切に保存していたかったのは、言うまでもない。
「こりゃ、いつ迄吾を待たせるつもりじゃ」
そんな僕の気持ちとはお構いなしに、つき子ちゃんは僕に抱きつくと頭を向けてくる。
「あ、ごめん。さっきの紙飛行機が飛んでいっちゃったから……」
「なんじゃ、そんな事か。それならホレ」
何でもない事のように、つき子ちゃんは再び僕に手を翳す。
すると――。
「あっ」
紙飛行機は再び僕の髪へと刺さった。
あんなに上空まで上がっていたのに、いつの間に落ちてきたのだろう。
そう思いながらも僕は紙飛行機を大切に折りたたみ、厳重にポケットの奥にしまった。
今度こそ奪われないために。
「ほれ、問題は解決したぞ。はよう頭をなでなでせんか」
「う、うん」
僕は狐につままれたかのような、不思議な気分を味わいながらもつき子ちゃんの頭を撫でる。
つき子ちゃんは気に入ったのか、目をトロンとさせ鼻を僕に擦りつけてきた。
まるで猫のようだと思いつつも、僕はつき子ちゃんが飽きるまで撫で続けた。
やがてしばらくすると、つき子ちゃんは満足したのか僕から離れる。
「どうじゃ、吾の能力は? すごいじゃろ、すごいじゃろ?」
飛び跳ねかねない勢いで皆に話しかけるつき子ちゃん。
それに対して皆のテンションは低かった。
「すごいって言われても……ねぇ。殆ど呪いの手紙だし」
「不幸の手紙を届ける能力」
「確かに対戦相手に送りつけれれば実用性はありそうですが、しかし褒められた手段ではありませんね」
「相手に使われるのであればともかく、自分のチームで使う戦法となれば確かに気が進まないな」
皆それぞれ遠慮無く、思い思いのことを口にする。
僕はそこまで言わなくても、と思わないでもなかったが皆の非難が怖くてやめた。
何よりつき子ちゃんはクリスティナさんに同じことをしているのだ。
可愛そうだけど自業自得のようなものだろう。
「な、何でじゃ?! ど、どうしてじゃ?! すごいじゃろうが、誰もが望んでいる能力じゃろうが――!!」
「少なくとも私はいらない」
驚き焦るつき子ちゃんに、くうは死体蹴りの如く追い打ちをする。
度重なる心無い言葉により、つき子ちゃんの目には大量の涙が溢れんばかりに溜まっていく。
本人は然程酷いことを言っているつもりはないのかもしれないけれど、それ以上は止めてあげて欲しかった。
「じゃ、じゃあお前はどうだというのじゃ。どうせ対して役にもたたん能力じゃろ? おまけにその貧相な体と印象の薄い顔じゃ、女としてすら男に相手にされぬに違いない」
つき子ちゃんがその言葉を言った瞬間、その場の空間にピシリと亀裂が入った。
そこから巻き起こる
しかし、当の本人であるくうは何事もなかったかのように、依然無表情を保ったままであった。
――これはまずいかもしれない。
緊張で嫌な汗が背中から吹き出す。
恐らく他の人は知らないだろうが、僕はいつも見てきたからよく知っている。
この押しつぶされるような
普段は例え悪口を言われても雑音のように受け流す(そもそも聞いていない)のだけれども。
それはくうのスルー力が高いというわけではなく、万物あらゆるものに興味が無いだけなのだ。
つまり、反応を示すということは興味を示し、その意味を咀嚼したことを意味する。
そしてくうの沸点は決して高くないことを、幼馴染の僕は身を持って知っている。
要するに、現状とても危険な状態なのだ。
「――キョウ」
「は、はいっ!!」
小さく、囁くような声なのに、まるで魔法でも使っているようにくうの声が辺りに染みわたる。
ここで何か粗相をしでかせば、くうの矛先は僕に向く。
他の人に矛先が向くくらいならばそれもいいかもしれないが、出来ればボク個人としては穏便に終わって欲しい。
僕は冷や汗を流しながら返事をする。
しかし、怒っているはずのくうから出たのは以外な言葉だった。
「最近洗濯物、溜まってない?」
「え?」
あんまりにも状況と一致しない言葉に、僕は固まる。
くうが先ほどのつき子ちゃんに反応したのは、紛れもない事実のはずだけれど一体これはどうしたことか。
僕は何か読み間違えてしまっているのでは、と不安にかられた。
「洗濯物。一人暮らし、初めてでしょ?」
「えっと、うん、まあその……少し、溜まってるかも」
「そう、なら丁度いいものがある」
僕は変だと思いながらも、くうとの会話を続ける。
しかし、これは一体どういうつもりだろうか。
周囲の重圧は何かの間違いであり、いつも通り無感動無表情なくうなのだろうか。
僕がそう思い直そうとしていた矢先であった。
「この
「――――っ?!!」
くうは無表情のまま、つき子ちゃんの頭を鷲掴みにする。
そしてそのままボールでも持つように、軽く持ち上げた。
「な、何をするんじゃっ?! あっ、さては図星じゃな。吾の能力に嫉妬し、己の胸と魅力のなさを自覚――」
「どうしたのキョウ? 使わないの洗濯板。それともこの4つの棒がついたデザインが気に入らない? なら私が引きちぎって……」
「ひ、ひぃ―――っ!!!!」
くうは頭を掴んだまま、無造作につき子ちゃんの腕を掴む。
まるで邪魔な小枝を剪定するかのような自然な素振りで、手を掛けている。
僕はその言葉と態度に、くうが何をしようとしているか漸く理解した。
くうはつき子ちゃんの腕をもぎ取るつもりなのだろう。
「ま、待ってくう」
冗談であろうとなかろうと、これは止めなければならない。
僕はそう思うと、くうの腕に手を伸ばす。
「――っ!!」
その瞬間、僕の腕はくうの体をすり抜けた。
まるで初めからその場にくうが居なかったように。
「え?」
「ぐえっ!!」
僕が驚いている横で、つき子ちゃんがお尻から落下する。
今の瞬間、一体何が起きたのだろう。
僕がそう思って辺りを見渡す。
しかし、くうの姿はどこにも見つからない。
何処かに隠れているかもしれないと考え、僕は念入りに辺りを注視していると、何処からともなくくうの声が聞こえてくる。
「これが私の能力。――――ドッヂボールで使うつもりは欠片もないけれど」
そう言いながら、くうは僕らの横辺りの空間から文字通り『出現』する。
――『能力』
僕はその出現に驚きながらも、過去の事柄から合点がいく。
くうが突然神出鬼没に現れたり、消えたりするのはこの能力のせいだったのだ。
僕は今までてっきり、眼にも見えないしスピードで隠れ、気配を消しているものとばかり思っていた。
道理で枕元に気配を感じて、すぐさま目を開けてもいないわけだ。
消える事ができるのであれば見えるはずがないのだから。
「えっと、色々と意味不明だけど、話進まないから次行ってみよ~」
僕が日頃の謎が解けて頷いている横で、真さんが仕切りなおしをするのであった。
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