第39話「VS Aチーム」
「では次は私の番だな」
微妙な空気の中、そう切り出したのはシルヴィアさんである。
そもそもその微妙な空気の原因が主にくうのせいだったけれども、こうして何もなかったかのように切り出してくれたのは僕らにとって渡りに船であった。
「しかしその前に私も人化の法を解かせてもらおう。クリス嬢と同様に妖魔体の方が効力的にも分かりやすいのでな」
そう言うとシルヴィアさんの周りに突風が巻き上がり始める。
溢れ出るは妖気の奔流。
朱さんのような激流ではないが、淀みないその妖気は辺りを静謐な空間へと変えていく。
僕は目を細めながらも、その姿をしっかりと視界に収めようとした。
「…………ふぅ、やはりこの服はキツイな」
そう言いながら僕らの前に姿を見せたシルヴィアさんは、一言で言うならば妖艶だった。
まず目に付いたのは羊の様な角。
クリスティナさんや朱さんのような真っ直ぐ伸びた角ではなく、頭に沿うように曲がって生えている。
そしてそのまま視点を下げてゆき、最も目が行くのは――。
「ごくっ」
僕は生唾を飲み込む。
シルヴィアさんはとある理由により、今肩が全て露出している状態なのだ。
その理由とは背中から生える蝙蝠のような大きな羽のせいである。
普通の服であれば凡そ収納することかなわない、黒く大きな羽を広げるためにシルヴィアさんはジャージを限界まで着崩しているのだ。
具体的に言うとジャージのファスナーを限界まで下げ、胸の頭頂部辺りを何とか隠している状態である。
つまり、あの顔埋めても余りあるサイズの胸が半分以上見えているのだ。
これで目が行かないほうがおかしいと言える。
おまけに密着しているわけでもないのに、濃厚な花の薫りが辺りを満たしているのでますます妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「うっ、予想していたとはいえ、これは――」
「あはは、これは私もちょーっとやばいかな」
「…………やはりサキュバス」
露骨に鼻を押さえるクリスティナさんと、頭を振り気合を入れなおす真さん。
くうは相も変わらず無感動な声でぼそっと呟いている。
僕は徐々に頭がぼーっとなるのを感じながら、各々の言葉を聞き流していた。
「ご名答の通り、私はサキュバスだ。そして能力は当然『魅了』」
先がハート型の尻尾を弄りながら、シルヴィアさんは僕に向けてぱちんとウィンクする。
その瞬間、心臓を鷲掴みされたように僕の鼓動は高まる。
――なんだろう、シルヴィアさんを見ているとドキドキが収まらない。
もっと近付いて抱きしめたい。
離れたくない、出来ることならずっと一緒にいたい。
僕は本能の導くがまま、ふらふらとシルヴィアさん目掛け歩き出し始める。
「キョウさん、しっかりしてください」
「ハッ?!」
ガクガクと肩を揺さぶられ、僕は意識が戻る。
今のは何だったのだろう。
僕は自分で自分の行動が全く理解できず、困惑した。
「と、まあこんな所だろうか。私もくう嬢と同じで能力を使うつもりはないが」
シルヴィアさんが、人間状態に戻ると辺りに漂っていた薫りは途端に霧散した。
「じゃあ、なんで言ったのさ」
「皆が能力を晒してくれた中で、私だけが隠すというのはフェアではないだろう? ただそれだけの話さ」
爽やかな笑顔で当然といった顔で言ってのけるシルヴィアさんに、僕は羨望の眼差しを送る。
格好や行動が行き過ぎていることが多々あるけれど、その行動理念はやっぱりかっこよかった。
僕もシルヴィアさんの様な自信に満ち溢れた人になれれば良いのに。
そう思いながらも実行に移せそうにない自分の後ろ向き加減に、何とも嫌気がした。
「結局ドッヂボールに使えそうな能力はくうさんとシルヴィアさんだけだね。そのどっちも使わない宣言しているけど」
「何でじゃ?! 吾の能力が一番使えるじゃろ?」
「呪いの手紙じゃあ、ちょっとねぇ……」
「じゃから違うと言っておろうにっ!!」
何だかよくわからない言い争いを始める真さんとつき子ちゃん。
僕はいつの間にか再び寝入った刹那さんを眺めながらも、なんとかなるのでは無いかと根拠の無い予感が湧いてくるのであった。
†
「「よろしくお願いします」」
時刻は流れ、試合直前。
礼とともに僕ら内野はコートに入っていく。
僕らの初めの対戦相手のチームは、カルビさん、セアさん、ランタンさん達が率いるAチーム『トリックオアミート』だ。
此方の外野は決まっており、クリスティナさんが既に外野にスタンバイしている。
理由は戦略的でもなんでも無く、シルヴィアさんと一緒にいることを拒んだクリスティナさんが自ら志願したというのが理由だった。
仲良くして欲しいとは思うが、こればっかりは生態によるものらしいので同しようもないのだろう。
件の人物であるシルヴィアさんは、僕らのチームで最も背が高いためジャンプボール役に選出されて相手コートへと向かっている最中であり――。
「お互い良い試合をしよう」
と、自信たっぷりな笑顔で挨拶していた。
しかし相手チームの女子達に蛇蝎の如く嫌われていて、僕はなんの言葉も掛けれなかった。
「じゃあ行ってくるね~」
相手のチームからはカルビさんがジャンプボール役として出てくる。
改めてその姿を見るが、やはり大きい。
歩く度にポヨンポヨン揺れるあの胸も勿論そうだが、カルビさんはそこそこ身長のある男子と比べても遜色ないレベルで身長が高いのだ。
対するシルヴィアさんは女子の中では高い方なだけである。
頭一つ分差がある以上、身長だけ見ればシルヴィアさんが不利だろう。
そんな感想を抱きながらも、僕は気楽に真さんに話しかける。
「そう言えば真さんはどうして他のチームに入らなかったの?」
僕と違い真さんには友達がいっぱいいる……と思う。
キャッチボールは先生の指示で無理だったけれど、今回は問題なかったはずだ。
それが最後まで余っていたということは、真さんは何らかの理由でチームを組まなかったはずなのだ。
僕の指摘に、真さんは口をへの字に曲げて変な顔をした。
「どうしてって言われると、そりゃあ、ね。私だって勝ちたいからね。一番勝率の高いチームに入るに決まってるよ」
「??」
僕は真さんの言っている意味がわからず、目を瞬かせる。
一番勝率の高いチーム?
どういうことだろう。
真さんは最後までどのチームにも所属していなかったはずだけれども。
僕の疑問を感じ取ったのか、真さんはため息を吐く。
「キョウとくうさんがいて、そこにクリスさんとシルヴィアさんが加わって負けるはずないでしょ。キョウはいい加減自分とその周りが如何に化け物じみているか自覚した方がいいよ」
「化け物……」
僕は真さんが言った言葉を反芻する。
くうがアレなのは僕も理解してるが、残りの僕らはそこまで化け物なのだろうか。
僕は朱さんを思い出しながら首をひねった。
少なくとも朱さんレベルと比べたら、僕らなど足元にも及ばない程度の身体能力しか無い。
今でも勝ったというのが信じられないくらいだ。
そう思いつつも、真さんが朱さんのことを知るわけもないので僕は黙っていた。
「まあ、一番の理由は他の野郎どもと組むのが嫌だったから、だけどね」
「あぁ……」
僕は真さんの言葉に凄い納得した。
それはそうだろう。
真さんは男が死ぬほど嫌いなのだから。
――あれ?
そう思いながら僕は固まる。
男と組むのが嫌でここに来た。
このチームには僕が居て、僕は男である。
イコール僕は男として見られてない、と言うことになるのではないだろうか。
「真さんっ」
「……嫌な予感するけど、何?」
「僕は男だよっ」
「うん、知ってる」
何を言っているんだコイツ、と言った顔をする真さん。
でも僕は引き下がらない。
これはすごく大事なことなのだ。
主に僕の自尊心的な意味で。
「だったらどうして男である僕がいるチームに?」
「そ、それは……その……」
苦い顔をしながら、真さんはそっぽを向く。
僕はその答えが気になって、回りこむ。
回り込まれたことにより観念したのか、真さんは小さく口を開く。
「キョウは…………、――だから」
「?」
「だ、だからキョウは――」
真さんが声を張り上げようとした瞬間。
鳥の声のような、甲高い音のホイッスルが鳴り響く。
試合開始の合図だ、と僕が思うと同時に横を弾丸のようなボールが通過していった。
「――っ?!」
あ、危なかった。
もし僕が狙われていたら反応できたかどうか。
そんな事を思いながら、僕は試合に気持ちを切り替える。
しかし――。
「くうさん、アウトでございます」
ホイッスルと共に聞こえてきた先生のその宣言に、僕は耳を疑った。
くうがアウト?
そんな事があるわけがない。
あのくうが、簡単にボールに当たるわけがないのだ。
そう思い、僕は縋るようにくうを見る。
「…………服も判定の一部、ね」
ジャージの袖を払いながら、くうは無表情のままコートを去っていくところだった。
僕は試合のことなど脳裏から忘れて、その後姿を見続ける。
――嘘だ、くうがアウトだなんてそんなわけない。
何故ならあのくうなのだ。
どんなに辛い修行であろうとあの無表情を崩すことがなかったくうが、こんなボールに当たるなどありえないのだ。
故にこれは幻に違いない。
混乱を極める僕の中で、そんな言葉がグルグルと回り続ける。
「刹那さん、アウトでございます」
「キョウっ!! ちょっとしっかりしろって」
隣に居た真さんに体を揺さぶられ、僕は漸く意識が戻る。
「へ? あっ、ごめん、なさい……」
周りを見ると、刹那さんが寝たまま吹っ飛んでいったところだった。
開始して、一分も経っていないのにもう二人アウトになっている。
しかも依然としてボールは向こうのチームのまま。
なんで? どうして?
僕は状況がわからず混乱する。
「さぁ~て、次は三人目だよんっ♪」
楽しそうな声音のカルビさんから、豪速球が放たれる。
混乱し続けている時間もなく、僕は瞬時にボールの行き先を追う。
――狙いは僕?!
一直線に飛んでくる球を真さんとは逆方向に素早く横に飛び、回避した。
何とか避ける事ができたけれど、前と同じで避けるだけでは事態は改善しないだろう。
ボールは相も変わらず向こうのままで、状況に好転はないのだ。
「これは、まずいかもね。何も出来ない私が言うのも何だけど」
僕の心の声に同意するように、真さんがボソリと呟く。
今、僕らはペースを完全に向こうに握られている状況だ。
巻き返すために攻撃しようにも、まずはボールを取り戻さなければ始まらないだろう。
僕は冷静になるために状況を整理する。
前回はカルビさんの球を受け止めることが出来た。
僕の球を受け止める事が出来たシルヴィアさんだって恐らく大丈夫だろう。
しかし今回は前回と違い、狙われるのは僕だけじゃない。
人数に依る判定勝負な以上、向こうは僕やシルヴィアさんを狙う必要がまるでないのだ。
最悪、このまま終了すらあり得る。
僕は先ほど狙われた時に、取るという選択をしなかった事を後悔した。
「大丈夫じゃ、吾に任せるがいい」
そんな状況で、つき子ちゃんが一歩前に出る。
こんな状況を何とか出来る作戦はあるのだろうか。
「任せるって言っても呪いの手紙でどうするつもり?」
「呪いの手紙ではないっ!! いいから黙ってみておるのじゃ」
そう言うとつき子ちゃんはパンと柏手を打つ。
それと同時につき子ちゃんの体から妖気が湧き上がる。
決して多くも強くもないけれど、僕と真さんを守るように辺りに漂う。
「何をしているのかしらぬが、隙だらけだ」
そんな僕らの隙を狙うように、外野に居るセアさんから真さん目掛け豪速球が飛ぶ。
「真さんっ!!」
「うひぃ――っ!?」
僕は咄嗟に手を伸ばし、庇おうとする。
しかし幸か不幸か、バランスを崩した真さんが倒れこみ、ボールが頭上を通過した。
「大丈夫ですかっ?!」
「もういっちょ~~っ!!」
僕が真さんに声をかけると同時に、再び真さんへとボールが迫る。
しかも今度は倒れている真さん目掛けてだ。
今度は先程のような偶然では、避けることは出来ないだろう。
「――っ!!」
声をかけると同時に動き出していた僕は、何とか真さんとボールの間に体を滑り込ませる。
これで少なくとも僕が取り損なっても、真さんがアウトになることはないだろう。
そう思いながら僕は身構える。
しかし――。
「――っ?!」
突然吹いた突風によりボールはわずかに軌道を変えると、僕達の真横を通過していった。
あまりにも偶然がすぎる出来事に、僕は思わず目を瞬かせる。
「はっはっはっ、どうじゃ見たか? これが吾の能力じゃ!!」
高笑いをしながら、僕らに話しかけるつき子ちゃん。
一体どう言う能力なのだろうか。
僕は前に見せてもらった能力と、今の光景が結びつかず困惑した。
「突風で手紙を運んで来る能力……ですか?」
「じゃから違うと言っておるじゃろっ!! お前らの運気を上昇させて、ボールを回避させた吾の能力の凄さがわからぬと言うか」
話している間にも幾度となく飛んで来ているボール。
だがその全てが偶然にも突風により軌道をそらし、僕らの横を通り抜けていく。
まるで魔法のようだ。
初め聞いた時はドッヂボールに使えるとは全く思わなかったけれど、こんな凄い能力だったなんて。
僕は改めて感心した。
「凄いです、つき子ちゃん」
僕が褒めている横をボールが再び通過する。
最早狙っているのかどうかすら怪しい位置だ。
それは無論向こうも分かっており、カルビさん達は一度手を止める。
「セア~、ちょっと勿体無いけどお願い」
「――了承した」
状況に困ってか、セアさんとカルビさんが意味深な会話をする。
それだけつき子ちゃんの能力が厄介だと言う事だろう。
何処迄効果を及ぼすかは不明だが、現時点まで全くの無傷なのだからそれも当然と言える。
そんなことを考えていた時だった。
『ターゲット……ロック』
セアさんの声と共に妖気がゆらゆら立ち上がり、ボールを包み込む。
そしてそのまま普段と特に変わらない勢いで投げつけた。
不吉を多分に含んだ妖気に僕は嫌な予感がする。
間違いなく何かが起こる。
いや、起こってしまったと、理解を超えて確信に至った。
「まあ、の。そ、それ程でもあるかの。ふっふっふ、はぁーっはっはっは――――ぐぎゅっ!?」
「つき子ちゃんっ?!」
僕の予感は正しく、飛来するボールは高笑いしていたつき子ちゃんの顔に命中し、そのまま吹っ飛んでいった。
僕がどうして、と思う暇もなくリバウンドしたボールをキャッチすると、カルビさんが真さん目掛けボールを放つ。
「――っ!!」
混乱が続く最中ではあるが、僕の体は予め準備されていたかのように動き、真さんに接近する。
そしてその体を出来るだけ軽く押し、その場から回避させた。
「わ、わっ?!」
真さんは少し横に飛ばされたことにより、バランスを崩し尻餅をつくが、間一髪ボールを避ける。
僕はそれを確認しながらそのままの勢いを利用し、体を滑らせながらセアさんの方に向き直った。
距離は真さんより僕のほうが遥かに近い。
狙うならきっとこっちだろう。
そう思って僕は身構える。
しかし――。
『……ロック』
凶兆を孕む声で、セアさんは真さんを指さす。
それにより、セアさんの指先から妖気が飛び出し、真さんの首もとへと向かう。
「真さんっ?!」
「へ?」
見ると、真さんの首に血の様に赤い傷跡のようなマークが浮かび上がっていた。
僕は本能的に何が起こるか理解し、真さんの前へと飛び出す。
「無駄だ、我の
後ろからセアさんの声が聞こえるが関係ない。
絶対に止めるんだと、背後から迫り来るボールに全神経を集中させる。
――カルビさんの球は取れたんだ。
コレも取れないはずがない。
僕は必死にボールに手を伸ばす。
その瞬間――。
ボールが途中で軌道を変えて、手を避けた。
「――っ!?」
吹き飛んでいく真さん。
一歩遅れて再び手を伸ばすが、もう全てが遅かった。
一体今何が起こったのだろう。
僕は混乱は瞬時に極致に達した。
「さぁ~て、今度こそ取らせてもらうからねっ!!」
そんな僕にカルビさんからの豪速球が迫る。
頭の中ではもうダメだ、と思い始めるも体は機械的に反射行動を行おうとする。
そんな時だった――。
「残り二人、対する相手はノーダメージか。いいぞ、燃え上がるシチュエーションだ。私はこんな状況を待ち望んでいた――ッ!!」
先程まで何処に居たのか、シルヴィアさんが僕の前に躍り出てくる。
目を爛々と輝かせて、この状況が楽しくてしかたがないというように。
「ここからが本番だ。反撃の狼煙と行こうじゃないか」
セアさんの豪速球を片手で受け止めながら、シルヴィアさんは無邪気な子供のように笑うのであった。
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