第47話「4人目」
「Fチームの皆さんはメンバーを選出してください。ただ、教諭チームであるGチームが相手なので外野一名さえ選んでいただければ、後は全てのメンバーが内野でも構いませんが」
「つまりチームメンバー全員出場しても構わないということですか?」
先生の言葉にクリスティナさんが質問する。
クリスティナさんの質問は当然だろう。
ドッヂボールのルール上、内野の人数で勝敗が別れるのだから。
「その解釈で構いません」
「つーより、その為にチームの最低人数を五人にしたんだからな。私達と戦う時にちゃんとハンデがつくように、な」
浄蓮先生の言葉を引き継ぐように、榊さんが言葉を繋げる。
その手には一升瓶が握られており、榊さんは先程からそれに口をつけてぐびぐびとお酒を飲んでいた。
「ハンデ? そんなものは無用だ。正々堂々公平なルールで戦ってこそ勝負というものは燃え上がるものだろう」
「今回ばかりは私も同意見です。ハンデなど此方からすれば負けた時の保険にしか聞こえません」
そんな榊さんの態度に思うところがあるのか、シルヴィアさんとクリスティナさんが一歩前に出る。
僕はそんな二人を見ながらも、先生たちがハンデをくれるのであれば貰ってもいいのではないだろうか、と思っていた。
「ほぅ、言うじゃねぇか。どうするミク、こいつらがここまで言い切ったんだ。私としては公平にしてやってもいいんだが」
「と言ってもねぇ、人数的にはこっちは4人しか居ないから、1人2点扱いにしてもらうくらいしか無いわねぇ」
「「4人?」」
ミクさんの言葉に、僕らは反応する。
僕らの前には榊さん、ミクさん、そしてレーラビア先生と審判である浄蓮先生しか居ない。
一体誰のことを言っているのだろうか。
僕らは周りをキョロキョロと見渡す。
「居るだろ、ここに」
「……まさか」
榊さんが指さした方向に僕らは声を上げる。
その相手が思いがけない人物だったからだ。
「説明が遅れました。私がGチームの4人目のメンバーで御座います」
指をさされた浄蓮先生は恭しく礼をすると、そう僕らに告げる。
だが僕らは納得できずに先生へと詰め寄った。
「どういうことなんですか?! それに先生が審判をしなければ誰がするんです」
「色々と疑問はあると思いますので、幾つか説明をさせて頂きます。ですが、先ず誤解のないように申しておきたいのは私が審判をしていたのは已む無き事情があった故です。決して私情で、ましてや皆さんの弱点や能力を探るために行っていた訳ではない事をご了承ください」
「已む無き事情……ですか」
浄蓮先生の言葉に、僕らは聞き返す。
事情があるにしても、その事情の中身を聞かないことには納得はできない。
僕は兎も角、クリスティナさんとシルヴィアさんはそんな雰囲気だった。
「先ほど申しましたように、本来私はGチームの一員で審判ではありません。ですが事前に依頼した審判の方が、当日になりこの決勝戦以外にいらっしゃれないと申されまして、急遽私が代役をした次第でございます。騙すような真似をして本当に申し訳ございません。ここに謝罪をさせていただきます」
深々と頭を下げる浄蓮先生。
その言葉にくうがぴくりと反応する。
何か予感のようなものがあったのかもしれない。
僕も同様の予感を感じ取っていたのだから。
何故ならそれは――。
「まさか、依頼した審判って、
くうがそういった瞬間、頭上から空が降ってきたと勘違いしたくなるような超大な気配が降ってきた。
その場に居る誰よりも濃く、誰よりも強く、誰よりも神々しい気配。
何もかもが桁違いであり、誰も彼もがこの存在の前では等しく平伏せざる負えないような圧倒的圧力。
その気配が僕の真後ろに降り立った。
僕はその懐かしい気配に笑みが溢れる。
「随分待たせてしまったねえ、元気だったかい? 一人暮らしで寂しくなかったかい? ドッヂボールで怪我なんてさせられてないかい?」
「きよさんっ」
後ろからギュッと抱きしめられながら、僕は後ろの人物を見ずに名前を呼ぶ。
この抑えられていても抑えきれていない凄まじい妖気は、きよさん以外にあり得ない。
何より僕はこの妖気にずっと触れていたのだ。
間違えるはずがなかった。
「こ、この方が、くうさんの……」
「最早筆舌しがたい気配、だな」
「あわわわ……」
そんな僕の感想とは別に、チームのメンバーはくうを除き、怯えるように一歩後ずさる。
ただくうだけは憎々しげな顔できよさんを睨んでいた。
「……急務は終わったのですか、きよ理事長」
「言っただろう? 我が
はっはっはー、とご機嫌に笑うきよさんにGチームの先生たちは一斉に溜息を吐く。
きっとこういうことは日常茶飯事なのだろうと、僕らはその仕草から察した。
きよさんはそっと僕を下ろすと、僕の体を反転させ正面から向き合う形に変える。
そこで初めて僕の視界にきよさんの姿が映る。
くうと同じく綺麗な黒髪と血の様に赤い瞳。
違うのは体型の違いくらいだろうか。
起伏のないくうとは違い、女性らしい起伏が服の上からでもわかるくらいには出ている。
それでもくうが後何年もすればわからないが。
そんなことを考えていると、きよさんは僕に優しく微笑みかけてきた。
「審判という立場上あまり私情は挟めないが応援はしているよ。頑張っておいで」
そう言うときよさんはそっと僕の額に頭を寄せ――。
「「「あっ!?」」」
柔らかくて温かい感触が、僕のおでこに伝わった。
何故だか知らないけれど、クリスティナさん達が焦ったような怒ったような声をあげる。
思うところがあったのはクリスティナさん達だけではなく、榊さんも呆れた表情で口を開く。
「あまりつーか、私情しか挟んでないっての」
「そう言うな、お前らだって
「男旱り言うな、呪うぞ」
言い争いを始めるきよさんと榊さん。
でもどこか二人とも楽しそうだ。
「まぁまぁ~、理事長も榊さんも口喧嘩はそのくらいにして、そろそろ試合を始めてはどうかしらぁ?」
やや呆れ気味のミクさんの声をバックに、僕らの決勝戦の準備は整うのであった。
†
コートを隔てて僕らは改めてGチームの先生たちと向き合う。
外野にはそれぞれ真さんとミクさんが既に出ている。
今正にジャンプボールのためにクリスティナさんと浄蓮先生がコートを入れ替え、対峙しているところだった。
「準備はいいかい?」
「大丈夫です」
「問題御座いません」
きよさんの問いかけに、クリスティナさんと浄蓮先生が頷く。
いよいよ試合が開始されるのだろう。
僕はくうが先ほど言った言葉を思い出し、先生たちの妖気を一人一人探っていく。
――本当だ、何らかの手段で極限まで抑えられていて判り難いけれど、言われてみれば気付く。
榊さんとミクさん。
この二人の妖気は共に大妖クラス以上のものだ。
僕は試合前の作戦会議でのことを思い出した。
†
「外野はそこの男女。ジャンプボールは馬女。洗濯板はキョウに能力を使用して、キョウはその護衛」
「おとっ?!」
「誰が洗濯板じゃっ!?」
「……だんだん聞き慣れてきた自分に嫌気が差します」
先生達のチームが一人増えたことに依る試合前の作戦会議中、開口一番くうはそう言った。
相も変わらず口は悪いけれど、それで意味が通じているのが僕は凄いと思った。
「くう嬢、その作戦には私も賛成だが、理由を聞かせてはくれないか? 真君を外野にするということは点数的な意味でメリットもあるが、外野からの攻撃が非常に弱くなるというデメリットも有るはずだが」
くうの簡潔な作戦にシルヴィアさんは説明を求める。
僕は作戦だとかそういうものはいまいちわからないが、きっと大事なことなのだろう。
くうはシルヴィアさんに視線を向けると、呆れたように目を細める。
「……あなた達、若しかしてあのチームが今までの連中と同じ程度の奴らと思ってない?」
「仮にも教諭だ。今までの中で最も強い相手だと私は認識……」
「――違う」
くうはシルヴィアさんの言葉を目を閉じながら否定する。
その言葉に僕ら何事かと息を呑んだ。
「違うとは?」
「その認識が先ず間違い。単純に戦力だけ見てもあのチームとクラスの連中とでは、天と地ほども力に隔たりがある。具体的に言うと二回戦の時にキョウをアウト寸前に追い詰めた女がいるでしょ? あの女より強い妖魔があのチームには二人いる」
「なっ?!」
くうの言葉に僕は識さんを思い出す。
僕にとっても苦い記憶だ。
もし、くうがあの時にこなければ僕はアウトになっていたに違いないのだから。
「加えて言うと、残りの二人も能力抜きにしてそこの馬女や色情魔とそう変わらないレベル。そいつらが一人二ポイント持っている状況で、そこの男女のお守りをしながら戦うつもり?」
くうは真さんを一瞥しながら、皆に問い掛ける。
そうなのだ、クリスティナさんとシルヴィアさんがハンデ無しでいいといったので、先生たちGチームのメンバーは一人二ポイント持っていることになる。
それでも総ポイントで言えば僕らのほうが多いのだろうが、くうの言う通り単純な戦力の差が圧倒的なのだ。
僕は漸く榊さんがハンデと言っていた意味がわかった。
「成程、くう嬢の言いたいことは分かった。私はその作戦に乗ろう。元より反対などしていないが」
シルヴィアさんはそう言うと、皆の意見を伺うように辺りを見渡す。
刹那さんもつき子ちゃんも真さんも、勿論僕も賛成の意向を示すために首肯した。
ただ、クリスティナさんだけは少し考えこむように顎に指を当てている。
「クリスティナさん?」
「あぁ、すみません、私も勿論賛成です。ただ、一つ聞きたいのはこうしてくうさん自ら作戦を立てるということは、今回は積極的に参加するつもりなのですか?」
「相手が相手だから……。それにあの人が楽しみにしている以上、絶対にまともな試合にはならないだろうし」
くうはクリスティナさんの問いかけに、少し難しそうな顔をしながら応える。
その際に僕に一瞬視線を向けたのが、何だか意味深だった。
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