第48話「ボッチVS本気」

「それでは始め――」


 きよさんの声と共に、ボールが空中に舞い上がる。

 それと同時にクリスティナさんと浄蓮先生が飛び上がった。


「つき子ちゃんは僕の後ろに隠れていてください」

「う、うむ」


 緊張気味のつき子ちゃんを後ろに隠しながら、僕はジャンプボールの行方を探る。

 反応はほぼ同時、跳躍する速度も両者互角だ。

 ただ二人を分かつ要素があるとすれば、身長と腕の差だった。


「先手はもらいましたっ!!」


 クリスティナさんが空中でスラリと長い腕を伸ばす。

 僅差ではあるが、それでもその差は決定的な差であった。

 風などでボールの位置が変わらない限り、間違いなくクリスティナさんがボールを獲得できると確信できるほどに。

 それに対して浄蓮先生は冷静な表情を崩さず、口を開く。


「――それはどうでしょうか」

「はっ?!」


 浄蓮先生が伸ばした手を引くと、それに釣られて


「榊さん、お願い致します」


 驚くクリスティナさんを他所に、浄蓮先生は降下しながら榊さんへとパスを飛ばす。

 まずいと思い後退するが、既に二手三手遅い。


「お~、任せとけ、って――ッ!!」


 そこにボールが飛んでくるのが当然、とでも言うように既に構えていた榊さんは、飛んできたボールを捕球すること無く、拳を叩きつけた。

 その瞬間、爆風とともに僕の横を弾丸が通過していった。

 僕はそのあまりの速度に、自分の目を疑う。

 最早これは球技の速度ではない。

 反射でなければ

 その弾丸の如き球が僕に当たらずに逸れたのは、偏につき子ちゃんのお陰だろう。


「――運気を捻じ曲げる系統の能力かしら、面倒だわ」


 僕らが殆ど反応できずにいると言うのに、当然の如く外野に居るミクさんは反応してボールに追いついている。

 外野と内野では距離に差があるとはいえ、何という身体能力であろうか。

 しかし驚いている暇はない。 


「でも、だったらまずはそうね――」


 外野に居るミクさんはボールに追いつくと同時に両手を振りかぶる。

 そして体勢を立て直す時間すらも許さず、両拳をボールに叩きつけた。

 それにより跳弾する弾丸の如くボールは速度を然程落とすことなく軌道を変える。

 反射により超反応した体は、弾丸の進行先に視線を向けた。

 視線の先にいた人物それは――。


「シルヴィアさん――っ!!」


 狙いを理解すると同時に、僕は必死に声を張り上げる。

 跳弾に狙われているシルヴィアさんは、まだ第一投目の攻撃時の硬直すら解けていない。

 しかしシルヴィアさんは瞬時に僕の声に反応し、その場から飛び退こうとする。

 その反応速度の早さは称賛されるに値するレベルの早さだった。

 もしタイミングが合っていれば、避けれたかもしれないと思えるほどに。

 だが、僕が声を掛けた時点ですら遅かったのだ。


「がっ――?!」


 逃げ切れずボールに激突した瞬間、シルヴィアさんはボールに巻き込まれるかの如く、共に吹き飛んでいく。

 その球威は捕球は無論、このまま内野に留めることすら困難なレベルであり、妖魔一人を吹き飛ばしながらも衰えることを知らない。

 僕は瞬時にリバウンドボールの捕球を諦める。

 どうあがいても不可能だからだ。

 即ちこの状況で止めるべきは――。


「ッ――」


 その光景に一歩遅れる形でクリスティナさんと刹那さんが反応する。

 地面からは氷の壁が沸き立ち、クリスティナさんはシルヴィアさんの体に手を伸ばす。

 両者ともにシルヴィアさんよりコート前面に居たことが幸いした。

 間一髪クリスティナさんの手がシルヴィアさんの足を掴み、氷の壁がボールごとシルヴィアさんの体をコート外へ押し出さないように包み込む。

 踏ん張るクリスティナさんの足が地面を砕き、生成された氷の壁は瞬時に密度を増して硬化する。


「あらあら、これも防がれたわね」


 衝撃により氷の壁が砕け散る音を聞きながら、ミクさんは呑気にそう言ってのける。

 まるでまだ全然本気ではないとでも言うように。

 二人の様子に戦慄しながらも、僕は漸く一息つく。


「だらしねぇな。だがもうアイツは駄目だ」

「ぐぅ……っは――」


 榊さんがそう言うと同時に、シルヴィアさんの身体が崩れ落ちた。


「シルヴィアさんッ!!」


 僕は苦しそうに息を吐く、シルヴィアさんの元へ駆け寄る。

 原因は言うまでもない。

 先ほどのボールに依るダメージだろう。

 激突の瞬間、シルヴィアさんは避けるのを止めて咄嗟に妖気をその部位に集中させたが、それでもダメージを減少させるにはまだまだ足りなかったのだ。

 寧ろ妖気を集中させたからこれで済んだと言える。

 無防備なまま直撃していたことを考えると、背筋が凍る思いだ。


「残念だがシルヴィア、私は審判としてお前を試合続行不能とみなす」


 きよさんが笛を鳴らし、側に控えていた生徒に保健室まで運ぶように指示を出した。

 僕も他のメンバーも、その意見に賛成するように無言で見つめる。

 ただ一人、シルヴィアさんだけは違った。


「待っ……私は……まだ、戦え……」


 肩を貸そうとする他の生徒を優しく静止させると、シルヴィアさんは息も絶え絶えに立ち上がる。

 その痛々しい姿に、僕はやめてほしいと叫びたかった。


「これはドッヂボールだ、戦いじゃないのさ。だからそのまま続行されて痕が残るような大怪我されちゃあ困るんだよ」

「し、しかし」

「しかしもクソもない。ここは私の学園で私がルールだ。さあ、保健室に連れて行ってくれ」


 きよさんの言葉にシルヴィアさんは有無を言わさず連れて行かれる。

 恐らく疾うに限界だったのだろう。

 シルヴィアさんは弱々しく抵抗しながら、僕らの視界から小さくなっていった。


「永劫分かり合いたくも分かりたくもない方でしたが、それでも同じチームの仲間として敵は必ず討ちます」


 クリスティナさんがシルヴィアさんから受け取ったボールを手に、妖気を迸らせる。

 よく聞くと酷いことを言っているような気もするが、とても口に出せるような雰囲気じゃない。

 それに理由がどうであれ、一矢報いたいという気持ちは同じなのだから。


「行きます――ッ!!」


 助走から大きく足を踏み出し、クリスティナさんはボールを投げる。

 妖魔化していなくとも強靭な足腰は健在で、かなり力の篭った踏み込みだ。

 ボールはぐんぐん加速し、榊さんへと一直線に向かう。


「悪いが私は敢えて受け止めてやるほど熱意も情熱もないからな。そう言うのは得意な奴とやってろ」


 対する榊さんは受け止める気などさらさら無いと、素早く脇に身を翻した。

 どれだけ強い球でも、避けられればそれで終わりだ。

 尚且つ僕らの外野には真さんしか居ない以上、向こうのチームのように連続攻撃という形をとることすら出来ない。

 だが、点数の優位性は初めから此方にがあるので、仕切り直そうがボールを取られることがなければ僕らの勝ちだ。

 僕は榊さんが避けた事により、誰も対象が居なくなったボールを見送る。

 当たらなかったのは残念だが、これで仕切りなおしだ。

 しかし、僕の予想は裏切られることになる。


「それは私の事を指しているのでしょうか」


 仕切り直しになるはずのボールの前に、浄蓮先生が割り込む形で立ち塞がった。

 一体何をする気なのだろうか。

 僕は浄蓮先生の動向を見守る。


「違うのか? 先生だろ」

「違いませんが、それとは関係なく私は私の仕事を致すだけですので」


 浄蓮先生はそう言うと両の掌を合わせ、まるであやとりでもするように指を動かしながら、左右に開く。


「?」


 僕らはその行動の意味がわからず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

 クリスティナさんが投げたボールはみるみる浄蓮先生に迫っている。

 そしてボールが当たる瞬間。

 浄蓮先生は半歩体を後ろに下げながら、広げた両の手の間にボールを通過させた。


「………………え?」


 その瞬間、ボールはまるで何かの網に捕まったかのように急激に減速を始める。

 そしてそれに呼応して浄蓮先生の指も、引っ張られていた。


「――糸ね」


 不思議に思う僕に答えるかのようにくうは呟く。

 その言葉に反応し、僕はよくよく目を凝らしてみる。

 すると浄蓮先生の手と手の間に薄っすらとだが、妖気の糸を見ることが出来た。

 その糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされてボールを絡めとっていたのだ。

 糸に縛られたボールは行き場を失い、やがて動かなくなった。


「またよろしくお願い致します」


 完全に静止したボールを糸の網から取り出すと、浄蓮先生は丁寧な手つきで榊さんに渡した。

 クリスティナさんの投げたボールの球威は決して低くない。

 むしろ今まで当たったチームの中で、識さんに次いで高いはずなのだ。

 そのクリスティナさんの球をあんなにも簡単に受け止められてしまっては、ますます僕らの攻撃の機会が制限されることになる。

 半端な攻撃は即ち榊さんとミクさんの攻撃回数が増えることを意味し、僕らは何としても二人の攻撃を避けるか受け止めるかしなければならないということを表していた。


「さーて、次は誰を狙うかな」


 指先にボールを転がせながら、榊さんは品定めをするように僕らを見渡す。


 ――僕、つき子ちゃん、くう、刹那さん、クリスティナさん。

 一体誰を狙うのだろうか。

 僕は榊さんの動向を注意深く探る。


「――ふっ!!」


 狙う相手が決まったのか、榊さんの手から再びあの豪速球が放たれる。

 狙いは……クリスティナさんだ。


「――ッ!!」


 容赦なく顔目掛けて飛んでくるボールをクリスティナさんは寸前で避ける。

 前述通り、捕球どうこう言える威力のボールではないのだ。

 もしこの場で受け止めれる人がいるのであれば、それはくうだけだろう。


「外したか、と言いたいとこだが……まだ気は抜くなよ?」


 榊さんの言葉が聞こえるや否や、ボールの軌道が剃刀のように鋭利に折れ、標的を斜め後ろにいた刹那さんに変えた。

 これが榊さんの能力なのだろうか、と僕が思う暇もなくボールは刹那さんの前まで迫っている。


「刹那さんっ?!」

「――――っ」


 刹那さんは迫り来るボールを前に、フッと息を吹くと巨大な氷の塊を作り出す。

 恐らく今までのように氷の壁を作ることすら間に合わなかったのだろう。


「はっ、そんな薄氷に何の意味があるってんだよ」


 榊さんの言葉通り、刹那さんが創りだした氷の塊はボールに触れた瞬間、ガラスのように砕け散る。

 だが、その僅かな間に刹那さんはボールの軌道から逃れることに成功した。


「……まだ」


 刹那さんが妖気を開放すると次々と氷の壁をボールの進行方向上に打ち立てていく。

 ボールは幾重にも張り巡らされた壁を、次々と粉砕して突き抜ける。

 それに伴い、僅かにだがボールの威力は減少を始める。

 そしてコートの最端に亀の甲羅のような形状の巨大な氷の盾が出現した。


「――――ッ!!!!」


 砕け散った氷の破片を吹き飛ばしながら、ボールは氷の盾にぶつかる。

 分厚い氷の盾に次々と罅を入れながら、ボールは着実に突き進んでいく。


「確かにそいつだけは薄氷じゃねぇな。けど、所詮氷は氷、砕けて終わりなんだよ」


 氷の盾が壊れる寸前、榊さんはそう吐き捨てる。

 勝利を確信して、まるで疑っていない様子で。

 事実氷の盾は後1秒も持たずに崩れるだろう。


「――それはどうでしょうか」


 そこへクリスティナさんが待ったをかける。

 最初の攻撃を回避した時に後方に転がったおかげで、クリスティナさんはコートの後方付近に居たのだ。

 そして刹那さんが氷の壁を創り始めたことで、フォローに入る機会を伺っていたに違いない。


「――ハッ!!」


 クリスティナさんは氷の盾に接近すると、そのままボールごと氷の盾を蹴りあげた。

 あと一歩で内野から出るはずだったボールは、クリスティナさんの蹴りで相殺され、ふらふらと空中に舞い上がる。

 クリスティナさんが上手く調整したお陰か、ボールはちょうど僕の真上辺りに降ってくるようだ。

 僕はそのボールを見ながら、心から安堵した。


 ――凌いだのだ。

 あの榊さんの攻撃をクリスティナさんと刹那さん二人で協力して。


 そんな二人の姿を見ながら、僕はボールを待ち構える。


「馬鹿、早くボールを取りなさいキョウ。糸が見えてないの?」

「え?」


 僕はくうの言葉に反応して、咄嗟にボールに手を伸ばす。

 しかし、ボールは何かに釣られるように僕の手を躱した。

 慌てて目を凝らすと、ボールには先ほど浄蓮先生が使った糸がいつの間にか巻き付いていたのだ。


「申し訳ございませんが、その様な防御法は私達には無意味で御座います」


 浄蓮先生が手繰り寄せたボールをキャッチしながら、僕らにそう宣言した。

 クリスティナさんと刹那さんのアウトコールを聞きながら、僕は驚愕するしかなかった。

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