第46話「鬼の居ぬ間に」

「えとえと、あの……刹那、さん?」

「刹那でいいですよぉ~」

「その……ど、どうしてこんなに、密着して……」

「いやですかぁ~?」

「えーっと、いやとかじゃなくてその……距離が近いので恥ずかしいといいますか」

「側にいたら駄目、ですかぁ~?」

「えっとあの……」


 後ろから抱きしめながら耳元に囁いてくる刹那さんに、僕はどう返答していいかわからなくなる。

 どうしてこんなにも密着してくるのだろうか。

 それも背中に広がるひんやりと柔らかい胸を、押し付けるように密着してくるのだ。

 嬉しいかと言われれば嬉しいのだが、意図が分からず困惑のほうが上回っているのが現状であった。

 因みにではあるが現在の状況を簡単に確認すると、僕らは次の決勝戦に出場するチームを視察するために、コート周りにある段差に腰掛けて待っている所だ。


「キョウっ!! 先程の試合はどういうことじゃ?! 吾を敬うと言ったであろう? なのにその吾よりも男だか女だかよくわからん珍妙な生き物の方を護りよって――」


 僕が刹那さんの感触に困惑していると、つき子ちゃんが憤慨しながら僕の両膝の上に自身の両腕を載せてくる。

 先程までクリスティナさんに治癒してもらいながら、ぐったりとしていたようだが体調の方はもう大丈夫なのだろうか。

 僕の膝に体重を乗せながら騒ぐつき子ちゃんを容態を、こっそりと確認する。


 ――身体を庇うような仕草をしてないし、大丈夫そう……かな?


 元気に憤慨するつき子ちゃんを見ながら、僕は安心する。

 安心すると同時に先程の言葉が少し気になった。

 もしかしてだが、その珍妙な生き物とは真さんのことだろうか。

 僕は左側に座っている真さん達に視線を送る。


「私は女ですぅっ!!」

「……いえ、貴方は紛れも無く男でしょう」


 そこにはつき子ちゃんに抗議する為、大声で自分は女だと主張する真さんと、無慈悲なツッコミを入れているクリスティナさんがいた。

 クリスティナさんはツッコミを入れながらも無意識に真さんから離れようとしてか、少しづつ僕の方へ寄ってきているのが何とも言えない所であろうか。

 初めは僕の隣で普通に座っていたはずのクリスティナさん。

 その間隔は人一人分ぎりぎり座れるかぐらいのスペースが開いていたはずなのに、今では肘を僅かに動かすと当たりそうになるくらいクリスティナさんは僕に近づいていた。

 勿論これがユニコーン特有の男性忌避反応から僕に近づいてきていることくらい分かっている。

 分かってはいるが、平然と出来るかと言われるとそれはまた別問題であり、近づいてくる度に僕の心拍数は上昇していった。

 刹那さんやつき子ちゃんにしてもそうだが、どうして今日は皆こんなに近づいてくるのだろうか。

 僕は安息の地を求めるかのように、唯一スペースが開いている自分の右側に視線を送った。


「――男だ女だは関係ない。それぞれが互いを護り、協力する。それこそがチームプレイであり、私達が学ぶべき青春というものではないだろうか」

「シルヴィアさんっ」


 するとそこには保健室から戻って来たシルヴィアさんの姿があった。

 まだほんのり顔は赤いが、その顔には活力が戻っている。

 僕はその姿にホッとした。


「第二試合は力を果たせず離脱してしまい、申し訳なかった。だが、御蔭でもう大丈夫だ。次の試合は先の言葉通りに協力し合い、精一杯共に戦おう」


 シルヴィアさんは、そう高々に宣言すると僕の右隣に腰掛けた。

 凡そ二人分くらいのスペースを開けて。

 僕らはその不自然なくらい開いたスペースに、同時に視線を向けた。


 ――やっぱり嫌われてしまったのだろうか。


 僕は落胆しながらシルヴィアさんとのスペースを見る。

 きっと今のこの距離が僕とシルヴィアさんの溝なのだろう。

 僕が心の中でそっと溜息を吐いていると、真さんが目を半月にしたまま口を開いた。


「えっと、胸張って宣言した内容に水差すようで悪いんだけど、言ってる事とやってる事が噛み合ってなくない?」

「むっ……そ、それは一体何処のことかな?」

「いやその距離。どー見ても今から協力します~って距離じゃないでしょ」

「こ、これはその……」


 と、そこでシルヴィアさんが僕の方をちらりと見る。

 普段のような堂々とした仕草ではなく、どこか伺うようなそんな表情だ。

 もう僕がシルヴィアさんに何かしたのは決定的だった。

 本当に僕は何をしてしまったのだろうか。


「真さん? そうあまり無理に近寄らせなくても……」

「じゃあ聞きますけど、クリスさんはさっきの話を聞いてこの距離の開け方はおかしくないと思うんですか?」

「それはその……」

「ほら、やっぱりクリスさんもおかしいと思っている」

「吾はなんとも思わんぞ?」

「疫病神は黙ってて」

「何じゃとっ?!」


 左横と僕の膝上で真さんとつき子ちゃんのバトルが勃発し始める。

 真さんがヒートアップして僕達の方へ寄ってきている所為か、クリスティナさんと僕の距離は肩と膝が密着するぐらいになってきていた。

 刹那さんは刹那さんで僕の頭の上に顎を乗せ、ゆっくりと寛いでいる。

 そんな三面に囲まれている僕の逃げ道を塞ぐように、意を決した表情でシルヴィアさんが僕の真横に座り直す。


「えっと……その……無理に近づかなくても……」

「無理ではないっ!!」


 僕はシルヴィアさんに不快な思いをさせないようにと、目線を逸らしていた。

 だがシルヴィアさんはその努力を無にするように、僕の手を取り力強い声で叫んだのだ。

 そのあまりの声に、僕は驚きつつもシルヴィアさんの方へ視線を向ける。


「誓おう。次こそはキミの全てを受け入れてみせると。だからキミは気にせずその熱い猛りを私にブツケてくれ。例えそれで私が壊れようとも、私は本望だ」

「え? えーっと……は、はい?」


 何だかよくわからない展開に僕は困惑する。

 受け入れる? 猛りをぶつける? 壊れる?

 一体何のことだろうか。


「キョウさんっ!! 私との約束、覚えていますか?」

「あっ、クリスティナさん、いやこれはその……」

「キョウっ、約束通り下僕として吾を守るのじゃ」

「えぇっ?!」

「キョ~君。一緒にゆっく~り、まったりしよ~」


 前後左右から続けざまに声を掛けられて、僕は誰に答えていいか分からず、目まぐるしく視線を変える。


 ――約束?

 クリスティナさんとの約束?

 それともつき子ちゃんとの約束?


 刹那さんは刹那さんでゆっくりしようと言っているし、シルヴィアさんは何だかよく分からないけれど受け入れると言っている。

 僕はもう何がなんだか分からず、この場から消滅していなくなりたくなった。


「……………………何してるの?」


 そんな時だった、底冷えするほど無感動な声音が聞こえてきたのは。

 声のした方に視線を向けると、そこにはくうが居た。

 くうは何時の通りの無表情のまま、だが眼だけは完全に塵を見ているような冷酷な瞳で僕らを見ていた。


「っ?!」


 くうの強烈な視線に気づいた瞬間、皆は蜘蛛の子を散らす様に一斉に元の距離へと戻っていく。

 急に取り残された僕は寂寥感を味わいながらも、くうに話しかけることにする。


「試合が終わってから姿が見えなかったけど、どこに行っていたの?」

「別に……」


 言いたくない、或いは煩わしいのだろうか。

 くうは僕と目を合わせようとはせずにコートへと視線を巡らせている。


「そんなこと気にしている余裕があるの? 試合始まるわよ」


 くうの声で僕らは弾かれたように視線をコートに向ける。

 そこには両チームが定位置に付き、審判の合図を待っている状態だった。


「――それではEチーム『明日から本気出す』対Gチーム『今日だけは本気で行く』の試合を開始致したいと思います」

「……あれ? ちょっと待って、なにか変じゃない?」


 先生の宣言に真さんが首を傾げる。

 僕は意味がわからず、思わず真さんに聞き返した。


「?? えっと、どう言う事ですか?」

「いやさ、確か私達のチームがなわけじゃない? なのにどうしてFの次のGチームなんてものが存在するのかなぁっと」

「あっ、そう言えば……」

「おぉっ、確かにそうじゃ」


 真さんの疑問に、僕とつき子ちゃんが驚嘆の声をあげる。

 しかしくうとクリスティナさんは冷めた態度だった。

 二人は知っていたのだろうか。

 僕の心の内を読んだかのようなタイミングで、クリスティナさんは嘆息すると口を開く。


「浄蓮教諭に聞いた所、どうやらトーナメントにするには6チームだと不都合があったので、そうです。チームの最低人数を決めておきながら6チームだと不都合があるという時点で眉唾ものだったのですが、その顔触れを見て、今ハッキリと確信しました」


 クリスティナさんの言葉に、僕は改めてコートにいる人達を見た。

 内野外野含めてGチームには3人しかおらず、そのどれもクラスの生徒ではなかった。

 と言うより同じ学生ですら無い。


「えーっとあれは……榊さんとミクさんとレーラビア先生?!」


 僕らと同じジャージを着ながら、普通に紛れ込んでドッヂボールをしていた先生たちに僕は驚きの声を上げる。

 でも本当に驚くのはそこえはない。


「――Eチームの内野が全滅したので、これによりGチームの勝利で試合終了とさせていただきます」


 開始してから2分すら経っていないような状況で、先生たちは相手のチームを全滅させたのだ。

 それも5人以上内野に女子が居たEチームを、だ。


「このドッヂボール大会は私達、妖魔と慰魔師が親交を深め、切磋琢磨するために開かれたものだと思っていましたが、どうやら違ったようですね」


 クリスティナさんの声が聞こえたのか、Gチームの先生たちが僕らの方を向く。

 今正に試合が終わったところなのに、誰一人として疲れた様相をしていない。

 それどころか、気合が漲っている感すらある。


「決勝戦、お手柔らかによろしくね」


 そう言って大きく手を振るのは僕らの担任であるレーラビア先生。


「あ~漸く準備運動が終わったな」

「またまたぁ、榊さんは今の今までがみたいなものでわ? 手加減しながらの投球は無駄に肩が凝るでしょ」


 その隣で肩をダルそうに回すのは泡沫館の守衛である榊さん。

 そしてそれを冗談交じりの口調で訂正するのは僕の住む男子寮の管理人であるミクさんだ。

 大人げないと言うセリフすら誰も言えないほどの緊張感に包まれる中。

 今ここに、決勝戦を戦うメンバーが出揃ったのであった。

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