第106話「なんでもするって言うけれど、なんでも出来たらお願いする必要すらないというジレンマ」

 校舎の片隅、それも普段は教員ですら近寄らない放置された物置部屋中から悲鳴とも呻き声とも付かないグモった声が聞こえてくる。

 ここは

 曙と対を成す、女の慰魔師と男の妖魔が共存する学園。

 そこには血と吐瀉物が飛び散り、凄惨な光景が広がっていた。


「もう、もう止めてください!! ゆうちゃんが死んじゃいます!!」


 女子生徒が泣きながら絶叫する。

 その視線の先には人目で判別がつかないほど顔を蹴られ、痙攣するしかない男子生徒が居た。

 女子生徒は男子生徒のパートナーなのであろう。

 女子は男の腕を掴み止めようとするが、雑に振り払われる。


「ァ? うっせぇぞ雌猿。人様の喧嘩にぴーぴー割り込んでんじゃねぇよっ!!」


 少女への鬱憤をぶつける様に、その男は更に激しくゆうと呼ばれた男子生徒に攻撃を加える。

 それにより少女の絶叫が更に大きくなるが、その男にとっては知った事ではない。


「お願いです、私が何でもしますからっ!! もうゆうちゃんを蹴らないでください!!」


 膝をつき、両手を祈るように握りしめながら、女子生徒は懇願する。

 その言葉にその男は足を止め、口を三日月の様に釣り上げた。


「何でもだぁ? はっ、じゃあ俺を止めてみせろよ。何でもするんだろう?」


 少女の顔を覗き込みながら、男は嘲笑する。


「そ、そんな……。わ、私に止める力なんて……」

「おいおい、脳みそ詰まってんのか? 考えろよ、どうすれば俺が止まるか、どうすれば俺の気が引けるか。色々あんだろ? 


 踏みつける力を徐々に増しながら、男は三日月の様に口角を上げる。

 慰魔師である彼女が妖魔に出来る事など、それほど多くはない。

 少女は男が要求している意図を理解し、血の気が引く。

 だがこのまま行けば彼の私刑は続き、最悪死んでしまうかもしれない。

 少女はガタガタと震える体を抱きしめながら、血が出るほど唇を噛みしめる。

 そうしている間にも骨が擦り潰れるような嫌な音が辺りに響き続けた。


「…………私の体を、好きにしてください。それでどうか、ゆうちゃんの事は……」

「馬鹿かてめぇ。なんで俺が猿の体を触らなきゃいけねぇんだよ」


 少女がやっとの思いで吐き出した言葉を、男は一蹴する。

 男の中にあるのは人間に対しての強烈な見下しであり、妖魔としてのプライドだ。

 そんな己が人間を求めるなどあり得ないのだ。


「じゃあ、じゃあどうしたらっ?!」

「一人盛ってみろよ、笑えて俺の気が変わるかもしれねぇ。てめぇらはどうせそれしか能がない下等生物だろ?」

「――っ」


 恥辱に顔を真赤にしながらも、少女は制服を自らの手で脱ぎ捨て始める。

 ほっそりした白い腕、くびれのある細い腰、羞恥と屈辱と恐怖で歪む顔。

 その間抜けな様を男は嘲り笑う。


「で、何だ? 下着のファッションショーでも見せてくれるのか?」

「…………」


 攻撃を未だやめない男を前に、少女は最後の砦である下着も脱ぎ捨てる。

 そしてゆっくりと手を動かし始めた。


「ははっ、この女マジで始めやがった。こりゃあ傑作だ」


 男は攻撃を加えていた男子生徒を踏みつけたまま、近くのものに腰掛ける。

 その光景を見物する気なのだろう。


「おら、見せる気あんのかてめぇは。淫売らしくもっと無様に動けや」

「ひぅっ?!」


 だん、と辺りの小物を踏み砕きながら、男は抗議する。

 それにより少女は恐怖に涙しながらも、少しづつ足を広げていく。

 それからどのくらいの時間そうしていただろうか。

 嗚咽と男が抗議する様に踏み鳴らす音の中に、嗚咽と水音が混ざり始める。

 だが、その音に比例するように男の苛々は募っていく。


「で、それで終わりか?」

「え?」

「終わりならそれでいいぜ」

「じ、じゃあ、ゆうちゃんを――」

「何の話だ? 俺はお前が盛ってる間は止まってやっただけだ。だから聞いてるんだ、、ってな」


 男はそう言うと、足を振り上げる。

 その下には男子生徒の頭があり、少女の言葉が引き金となる断頭台となっていた。


「ま、まだです!! まだ終わってません」

「じゃあ、どうするんだ?」

「………………」


 少女は裸のまま無言で男に土下座する。

 頬は涙で濡れ、羞恥と屈辱から真っ赤に染まっていた。


「……お願い、しますからどうか」

「お願いします? 何で俺がお前の頼みを聞かなきゃいけない? そもそもこれはお前が自発的にしている行動。なあ、そうだろ?」

「……うぅっ」

「だったらもっと頼み方があるだろうがよぉ」


 少女をゴミか何かを見る目つきで、男は見下ろす。


「…………ご奉仕、させてください」


 今日も夜が更ける。

 血と涙と声なき声を包み込み、長い地獄のような夜が――。



 †




 私は美少女である。

 何処からどう見ても美少女である。

 クラスのクリスさんなど、上ランクの人には多少見劣りするかもしれないが中の上はあるはずだ。

 詰まる所私は美しい。

 美しいは正義。

 そして今私の隣にはもっと美しい桃お姉様が居る。

 美しい×美しい=最強。

 これが野郎同士だとそうも行かない。

 イケメンでもよっぽどでないと美しいではなく、むさいだけだ。

 そもそも男なんて外側が違うだけで、中身はやりたいだけの猿だ。

 きたけがらわしくどこまでもよごれている。


「どうしたのマコちゃん。そんなに難しそうな顔をして」


 桃お姉様が天使の様な顔で私の顔を覗き込んでくる。

 お姉様マジ天使。

 これでおまけに強いなんてホント天使。


「なんでもないです。お姉様が綺麗すぎて見惚れてただけです」

「もぅ~、そんなこと言って~。煽てても何も出ないんだから」


 照れた顔で微笑むお姉さま。

 天使の様な一面はあくまで一面にすぎない。

 夜になればそれは裏返り、それはもう凄い事になる。

 泡沫館に一緒に住んでそんなに日数が経っていないのに、何度シタかわからない。

 こっちがダメって言っても、全然やめてもらえず途中で気を失って夜を終える事の方が多いくらいだ。


「でも、最高だったなぁ、お姉様の体」


 私はその感触を思い出し、身悶える。

 恐らく人間では味わえないであろう蠱惑の肉体。

 何と言うか中の蠢きとかが色々と凄いのだ。

 こんなのを知れば人間と結婚するなんて馬鹿みたいな選択肢、思い浮かぶはずがない。


「ところでマコちゃん、前にマコちゃんが言っていた場所ってこの辺りなのかな?」

「この前? この前って、あぁ、?」


 私はお姉様が指差している場所を見て思い出す。

 アレは忘れもしない入学式当日の事である。

 曙学園に入学したはずの私は誘導の教員の手違いにより、こことは別の学園に移動されられてしまった。

 そこは暁学園と言う、慰魔師と妖魔の性別がここ曙学園と逆転している学園であった。

 まあ、私があまりにも美少女すぎるから教員が間違うのも無理は無いだろう。

 初めは美少女揃いの慰魔師に囲まれてハーレムだと喜んでいたのだが、それも一瞬だけの事。

 それを上回るむさい妖魔やろう共に囲まれて、私はハーレム計画を断念したのであった。

 教員も生徒の人数がおかしい事にすぐに気がついた様で、私は改めて曙学園に移動する事になった。

 そしてその移動時に通った場所がである。


「そうそう。私そんな話聞いたことなかったからビックリしちゃって……。今でもちょっと半信半疑なんだよね」


 お姉様は首を捻りながら、何もない空間を突っつく素振りを見せる。


 ――可愛い。


 水辺で戯れる小鳥の様な可愛さである。

 しかしそれはそれとして嘘だと思われるのは心外だ。


「嘘じゃないですってば~。確かここをこうして……」


 私は移動する時に教員が触っていた場所を記憶の中から引っ張りだす。

 記憶の中の教員は見えない空間に手を合わせ、ダイヤルを回す様な素振りを見せていた。

 私も記憶通り再現してみる。


「……………」

「……………」


 しかし、扉は一向に開く気配がない。


「あれ? 開かない。え~、どうして?」

「流石にいたずら防止対策でもしているんだろうね。ちょっとうっかり触ってもあかないように」


 興味深そうな眼でお姉様は私が触った箇所を撫でる。

 どうやら嘘とは思われていない様だが、私は悔しかった。


「そ、そう言えば小さいカードのようなものを持っていたような」

「そうなんだ。じゃあ残念だけど、探索はここまでだね」


 本当に残念そうな顔をするお姉様。

 その顔に、私は何故だかどうしようもなく胸が締め付けられる。

 だから気がついた時には大見得を切ってしまっていた。


「わ、私がお姉様のために何とかします!!」

「流石にそれはまずいよマコちゃん。そりゃあこの先に行ってみたいかと言われるとすごく行ってみたいけど……」

「ちょっと借りてすぐ見て返すだけです。大丈夫ですって」

「そうかな? う~ん、そうかも。でも、それなら私も協力するよ。危ない橋をマコちゃんだけに渡らせたりしないもん」

「お姉様――っ」


 その言葉に私は感極まって抱きつく。

 やっぱり私のお姉様マジ天使。

 こうして私とお姉様のちょっとした計画がスタートしたのであった。

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