第107話「鳳凰院」
「ようこそいらっしゃいました。曙学園並びに暁学園理事長きよ様。そして輪廻様」
きよと輪廻が目的の学園に着くと、一人のスーツを着た女性が出迎えてくれる。
一遍のシワも見当たらないスーツを着こなし、如何にも出来るキャリアウーマンと言った出で立ち。
だが銃口を向けているかの様な、鋭い眼光がそれら全てを帳消しにしている。
そしてその後ろには各々武器を携えた男たちが整列していた。
誰が見てもこれは歓迎されているとは思えないだろう。
「久方ぶりだな、紗耶華。元気にしていたか」
「おーい、もう顔見せは済んだだろ? 帰ろうぜ」
そんな中を二人は馴染みの店に通う客の様に歩いて行く。
体に突き刺さる殺気など毛程にも感じていない。
いやそもそも殺気を感じているかも怪しい。
鼠に殺意を向けられて気にするライオンなど居ないのだから。
「……どうぞこちらへ。鳳凰院理事長がお待ちしております」
二人は紗耶華に案内されるがままに、その後ろ着いて行く。
「今年の新入生はどうだ? 生きのいいのが居たかい?」
「えぇ、そちらも情報を掴んでいると思いますが、十年に一人クラスの逸材が入ってきました」
「……そう言う割にあまり嬉しそうじゃないな」
きよは淡々と喋る紗耶華を見ながらそう笑う。
そんなきよを紗耶華ははっきりと敵意の宿った視線を向ける。
「生徒の才能だけで評価するなど教育者失格です。大切なのはその能力をどう伸ばし、何を目標とするか。その過程こそ評価すべきではありませんか?」
「おっと、これは一本取られたね。たしかにその通りだよ。耳が痛い話だ」
「いえ、お気になさらず。あくまで一般論です。そんなものを必要としない学校もありますから」
暗にお前の学校の事だと言いながら、紗耶華は何でもない顔をする。
対するきよも別に気にする素振りを見せない。
そんな二人の様子を、輪廻は雑草を食べた様な顔をして眺めていた。
つまりは輪廻にとって二人の会話などどうでも良いのである。
もっと言えばこの学園すらどうでもいいはずなのだが、その割には大人しく二人に着いてきていた。
そうしてどのくらいの距離を歩いただろうか。
三人は格式高い作りの扉の前に辿り着く。
「中で理事長がお待ちです」
そう言うと紗耶華はノックをし、扉を開ける。
その瞬間――。
「リー様!! リー様ぁ!!」
気勢を上げ、飛び出てきた少女をきよは体を消す事により回避する。
きよの後ろにはやる気ゼロで着いて来た輪廻が居り、そのまま激突した。
「何だ?! 奇襲か?! 不意打ちかっ?! いいぜ上等だ、この建物ごと全部燃やし尽くして――」
「生リー様!! 生リー様だ。感極まってクンクンペロペロハムハムしちゃうぞ~~」
「ぎゃ~~!? ナメクジと蛭があたしの柔肌に~~。気持ち悪い~~っ!!!!」
「はぁ……やはりこうなりましたか。だから私は会わせたくなかったというのに」
輪廻にへばり付いて嗅いだり舐めたり咥えたりと、好き勝手している少女を見ながら紗耶華はため息を漏らす。
何処からともなく出現したきよは予想通りとでも言う様に、大して気にする素振りも見せずにソファーに身を預ける。
止める気などはさらさら無く、終わるまで待つつもりなのだろう。
それは紗耶華も同様で、呆れた顔をしながらも止めるような気配はない。
結局そのやり取りは輪廻が爆発するまでそれは続くのであった。
「――先程は大変失礼いたしました。私が輪廻家当主、輪廻華蓮に代わりましてこの学園を管理させてもらっています鳳凰院輝夜と申します」
その様は妙齢の貴族の様に堂に入っており、見るもの全てが襟を正そうとするくらい気品に溢れていた。
先程まで幼子の様に輪廻に抱きついていた人物とどう見ても同一人物に見えないが、残念ながら同一人物である。
――鳳凰院輝夜。
退魔師有数の名家である鳳凰院家の現当主。
その発言力と権力は、退魔師の双璧の一角である輪廻家の代行を許されている時点で推して知るべしだ。
そして勿論その能力も、相応しい物を持っている。
「マジで失礼というか、ねえ、殺ってもいい? マジキルしちゃっていい? っていうか答えは聞いてない。――天誅~~~っ!!!!」
輪廻は体からプスプスと煙を出しながら、輝夜へ跳びかかっていく。
それ程までに受けた精神的ダメージが大きかったのだろう。
だがそれをきよが首根っこを掴む事で止める。
「おいこら離せ!!」
「約束通りコイツを連れてきたんだ。後は煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。その代わり――」
「はい、ありがとうございます。約束通り好きなだけ何時迄も物色していってください。できれば永遠にしていただけると助かります」
きよが輝夜に輪廻を渡すと、輝夜は人形に抱きつくかの様に輪廻に飛びつく。
輪廻は体から炎を吹き出し、追い払おうとした。
かつてくうに向けたレベルの熱量ではないが、それでもこの部屋中を黒焦げにしてもあまりある熱量を誇っている。
だがその炎を受けた輝夜はくすぐったそうするだけだった。
「お前っ?! あたしを売ったのか?!」
「天誅するんだろ? 存分にするといいさ。私はその間に用事を済ませてくる」
きよはひらひらと手を振るとその部屋を後にする。
その後ろで何度も爆発音が聞こえるが、最早気にしていなかった。
「…………」
「一つ聞きますが、目当てはやはり
監視役としてか、きよの背後5メートルの距離をぴったりとくっついてきていた紗耶華が尋ねる。
だがきよは軽く肩を揺すって笑うだけで何も応えはしない。
その様子に紗耶華は眉を吊り上げる。
「十五年前のあの事件といい、今巷を騒がせるテロリスト共の件といい。今度は何を企んでいる? 答えろ」
右手に携えた銃を向け、左手で何かを準備しながら紗耶華はきよに殺意を向ける。
返答次第ではトリガーを引く事も躊躇わない。
そんな覚悟がその表情にありありと出ていた。
きよは銃を向けられた事により、ピタリと足を止める。
「十五年前の事件? テロリスト? 何の事だい?」
銃を向けられていると言うのに、いつもと変わらない飄々とした態度できよは答える。
紗耶華からはその背後しか窺い知る事が出来ないが、それでもきよがせせら笑っているのを感じ取る事が出来た。
そしてそれがわかるからこそ、ますます神経を逆撫でられるのだ。
「忘れたとは言わせない。十五年前一人の退魔師が妖魔に襲撃され命を落とした事件だ」
「妖魔に? そうか、それは不幸な事件だったね。お悔やみ申し上げるよ」
「ふざけるなっ!! あの時、お前の目撃情報があったのはこっちも掴んでいるんだ。それに今お前の学園付近でテロリストが潜伏しているという情報もある。この二つの件、どういう事か説明してもらおうか。まさか偶然とでも言うつもりはないだろうな」
トリガーに指を掛けたまま、紗耶華は激高する。
紗耶華が向けている銃は唯の銃ではない。
朝薙の技術部が開発した魔導科学兵器だ。
呪術弾と呼ばれる特殊な弾丸が装填されており、当たれば対象の妖気を吸い上げ爆発する。
Bランク程度の妖魔であれば、これ一発のみで殺害可能な殺戮兵器なのだ。
「説明も何も私が関係しているという証拠でもあるのかい?」
そんな銃を前にしてもきよは動じるどころか、嬉しそうに口角を釣り上げるだけだった。
その挑発とも取れる態度が紗耶華の闘争心にますます火をつける。
「大和教官が、唯の妖魔に負けるはず無い。あの人を殺せるのはお前の様な邪神しかあり得ないのよ」
大和と言う名前に、きよはピクリと反応する。
しかしそれを気取られる事無く、いつもの口調で口を開く。
「なるほど、そして今度は白鷺を殺そうとしていると、自分の障害になりそうな退魔師を私が排除していると、そう言いたいのかい?」
「あぁ、そうだ」
「――だとすれば数が足りないな」
「数?」
その瞬間、きよの姿は掻き消える。
そして紗耶華の背後に奪った銃を突きつける形で出現した。
紗耶華は決して油断していたわけではない。
少しでも手足を動かせば反射で撃てるよう身構えていた。
だが、先ほどのきよの行動は感知すら不可能な領域だったのだ。
「紗耶華教官っ!!」
叫び声とともに廊下の壁が突き破られる。
そこから突き出てきたのは無骨な金属の腕。
人一人を余裕で握りつぶせるほど巨大な腕だった。
それが都合5つ、きよ達を取り囲むように伸びている。
その腕にはそれぞれ巨大な武器を携えており、命令があれば即座にきよを殺せるように待機していた。
「あぁ、私を止めたいのであれば『装甲戦機』の20は持ってこないとな」
きよは窓の外から見える光景に目を細める。
そこには全長15メートル程の人型ロボットが5体、油断無くきよを睨んでいた。
「お前達その獲物を放つのはいいが、紗耶華教官とやらがミンチよりも酷いことになるが大丈夫かい? 私? あぁ、勿論私は逃げるがね」
「ぐっ、卑怯な」
「止めろお前達。今ぶつかったところで勝ち目など無い」
紗耶華はきよから銃を奪い返しながら、退くように命令する。
きよの言葉通り足りないのだ。
紗耶華含め、6体の装甲戦機を持ってしてもこの邪神を殺す事は疎か傷一つ付ける事すら出来ない。
その程度で殺せるのであれば、疾うの昔に殺しているのだから。
「これは警告だ。今回の交換留学で
紗耶華は銃を腰のホルスターに収め、きよの横を過ぎ去っていく。
それに習い、辺りの装甲戦機達もきよから手を引く。
「まだまだ青いなぁ。だがそういうところは嫌いじゃない。かつてのアイツのように……な」
きよはその後姿を見守りながら意味深に笑うのであった。
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