第114話「快楽の味」

「――んっ」


 口付けの感触に私の体は悦び震える。

 キョウさんの唇は何の抵抗もなく私の唇を受け入れてくれていた。

 捧げると言う言葉を使ったが、その実捧げられているのはキョウさんの方である。

 まるでキスをする為に造られたかの様な柔らかな唇。

 それでいて重ね合わせる度に感触を変え、慣れさせる事がない。

 磁石の様に離しても吸い寄せられるかの如く、いつの間にか重ね合わせている。

 あぁ、何と魔性の唇なのだろうか。

 女として自分より柔らかな唇の男の子に、キスするのは敗北感を感じなくもない。

 ただ唇と唇を触れ合わせているだけなのに、何でこんなにも気持ちいいのだろうか。

 そんな事を考えながらも、私はどんどんキョウさんとのキスに夢中になっていく。


「はしたなく……ありませんか?」


 ふと我に返り、私は唇を僅かに離すとキョウさんに囁く。

 がっついている様に見えただろうか。

 そんな女と思われていたら目の前が真っ暗になり、今すぐ自殺したくなる。


「?」


 キョウさんは私の質問にキョトンとした顔で首を傾ける。

 恐らく意味がよく分かっていないのだろう。

 しかし体の方はそうではなく、紅潮してきているのが見て取れた。

 トロンとした目になりつつあるキョウさんを見て、私の理性は徐々に崩壊していく。


「キョウさん……」


 私は名前を呼びながら舌をキョウさんの口の中に差し込んでいく。

 キョウさんは一瞬ビクリと体を震わせるが、直ぐに私の舌に自分の舌を絡ませてきた。

 舌は味覚の為の器官だ。

 愛情表現に舌を使う動物も多く存在するが、メインの用途は味覚の為である。

 そんな中、キョウさんは慣れた舌使いで私の官能を高め続けていく。

 擦り合わせ、絡み合わせ、唾液を塗りつける。

 粘膜と粘膜の接触による快感。

 それは擬似的な性行為とも言える。

 だが異常なのは味覚からがする、と言う事だ。

 私の味覚にそんなものを感じる機能はない。

 即ちこれはキョウさんの持つ特異な何か。

 味覚はおまけで、まるで愛撫の為に造られた器官の様。


「クリスティナひゃん、きもひいいですか?」


 キョウさんは舌を絡ませながら喋る。

 一舐めされる毎に体がビクビクと震えた。

 こちらが攻めているはずなのに、魅了され溺れているのは私。

 舌を絡ませるだけで脳が溶けていきそうになる。

 舌だけでコレなのだ、この先に行けばどれほどの快楽になるのだろうか。

 ソレを想像するだけで浅い波が私を襲う。

 きっと閨の中でキョウさんに勝つ事は不可能だろう。

 慰魔師とはそう言う存在なのだから。


「慰魔師……」


 私は自分の疑問を思わず口に出す。

 私は今、神と呼ばれる存在と同じクラスの力を持っている。

 その私の体がその事に疑問を持っている。


 ――、と。


 大凡外れている訳ではない。

 非常に近しい何かである事は間違いない。

 もしかしたら勘違いなのかもしれない。

 だがそれは決定的に何かが違っている様に感じられた。


「どうかしましたか?」


 キョウさんが不思議そうに私を見つめる。

 ただそれだけで私の疑問は薄れていく。

 元よりキョウさんが何者であれ、私の忠誠心アイは揺るがない。

 それに

 と、神としての本能が囁いている。


「――っ」


 私が理性的に考えられたのはそこまでだった。

 キョウさんから流し込まれた唾液が粘膜摂取により体内を循環し、脳に達したのだ。

 それにより私の理性は完全に砕け、情欲が溢れんばかりに思考を埋め尽くす。


 ――好き、大好き、愛している、一生側に居て欲しい。


 口には出さない代わりに、私は思いの丈を行動へと移す。


「キョウさんっ!!」


 私はキョウさんの頭を両手で固定すると、むしゃぶりつく様に激しく口付けをする。

 キョウさんの口内を舐めまわし、唾液をすすり尽くす。

 その味は世界中の美酒を集めても到底叶わないどころか、比べることすらおこがましいレベル。


 ――これは麻薬だ。

 それも妖魔専用の。


 一度摂取すれば止められず、精神と身体の両方から依存させられる。

 

 溺れる覚悟も無しに彼とキスするのが悪いのだ。

 私は舌でキョウさんの舌を捕まえると、自分の口の中へと吸いだす。


「――っ」


 流石のキョウさんもびっくりしたのだろう。

 反射的に吸いだされた舌を戻そうとした。

 しかし、私は唇でキョウさんの舌を固定すると、飴でも舐めるかのように丹念にその舌を舐める。

 表面をつつき、僅かな凹凸に舌を沿わせ、全てを堪能し尽くす。


「ひゃ、く、クリスチナしゃん」


 舌を捉えられ、呂律が回らない状態でキョウさんは嬌声めいた声を上げる。

 勿論嫌がっている素振りは毛ほども見せない。

 それどころか体を完全に弛緩させ、こちらに身を預けて来ていた。

 眼は快楽に濡れ、頬は上気し、上目遣いに期待の眼差しを向けてきている。

 キョウさん本人は恐らく自身のしている行為の意味を理解出来ていないだろうが、完全にお持ち帰りされても文句は言えない状態だ。

 その仕草に私の中の情欲の炎がますます燃え上がっていく。


「キョウさん……ありのままの、今の私を見てください」


 そう言うと私は一旦キョウさんから距離を取る。

 キョウさんから名残惜しそうな声が漏れ、襲い掛かりたくなる衝動が噴火直前のマグマの様に湧き上がってきたが、寸前で何とか耐えた。

 私は大きく息を吐き、覚悟を決める。

 そして身に纏う鎧を解除した。


「――え?!」


 いきなりの出来事にキョウさんは戸惑いの声が出る。

 急に私の姿がボロボロのジャージに変わったのだ。

 戸惑うのも当然かもしれない。


「先程までの鎧は私の妖気で創ったものです。ですので解除すれば鎧は消えるというわけです」

「へぇ、そうなんですか……って、クリスティナさんっ?!」


 ボロボロのジャージを脱ぐ私の姿を見て、キョウさんは慌てる。

 私も羞恥心が無い訳ではなく、現在進行形で火が出るほど恥ずかしい。

 しかしそれを上回る体の疼きと、キョウさんに全てを見て欲しいと言う思いが私の体を動かす。


「……え?」


 私はズボンを脱ごうとして妙な感触に戸惑う。

 べちょっとした、いやに肌に張り付く気持ちの悪い感覚。

 元々血や汗などでドロドロになっていたジャージだ。

 多少の汚れは想定していた。

 だがこんなにもびしょびしょに濡れていただろうか。

 そこで私は漸く自分の足元の状況に気がついた。


「嘘……これ全部私が……?」


 見ると自分の足元を中心に、大きな水たまりが出来上がっていた。

 まるで失禁したかの様な量に、私は愕然とする。

 私はキスだけでこんなにも濡らしたのだろうか。

 ならばこれ以上先の段階に進めばどうなるか。

 私は怖さと期待に呼吸を荒くする。


「えっと、呼吸が荒いですけど、大丈夫ですか?」


 キョウさんは心配そうな顔で私に抱きついてきた。

 それだけで臍の裏が締め付けられるような快楽いたみを感じる。


「大丈夫です。これからキョウさんと一つになれると思うと、興奮が抑えられなくなっただけです」


 私はキョウさんを抱きしめ返すとそのまま押し倒す。

 色気のない邪魔な下着を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ状態でキョウさんに跨る。

 忠誠心と愛情と獣欲を過不足無く混ぜ、飛び火しそうなくらい熱く燃やす。


 ――見て欲しい。


 私を見て欲しい。

 私の全てを見て欲しい。

 私はあなたの為だけにある。

 私の全てはあなたに捧げる為だけにある。

 だから私を見て欲しい。


「やっぱり、綺麗です」

「…………え」

「初めて見たときからずっと思っていましたけど、やっぱりクリスティナさんは綺麗です」


 キョウさんは透き通るような無垢な笑顔で私にそう言う。

 文字にしてみれば有り触れたお世辞。

 しかし私にとってはもう死んでもいいと思えるくらいの言葉。

 それだけで私は何度も達してしまう。


「ありがとうございます。キョウさん――――大好きです」


 そう言いながら私はキスし、キョウさんの下着に手を入れた。

 キョウさんは少し身を固くするが、嫌がる素振りはやはり見せず私を受け入れてくれる。

 対する私の準備は疾うに十分すぎるくらい整っていた。

 後は――。


「キョウ――――ッ!!!!!!」


 私の指がキョウさんに触れると同時に、突然部屋の壁が融解し、何かが飛び込んでくる。

 私は瞬時にキョウさんを庇うと、その方に視線を送るのだった。

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