第二章 『鬼』

第11話「お一人様席に座るのは結構勇気がいる」

「ん~、よく寝たぁ………ピーちゃん、朝だよ?」


 僕は心地よい朝日を浴びながら大きく伸びしながら、傍らにいる相棒に声を掛ける。

 しかし、その返事はいつまで経っても帰ってこない。

 いつもだったら鶏も斯くやといった具合にけたたましく鳴くのだが、今日に限ってそれがなかった。

 そこで漸く僕は自分が一人暮らしの寮に移っていたということを理解した。


 ――もうピーちゃんはいないんだった。


 僕は唯一の友人であるペットの鳥を思い出し、少し寂しい気分になる。

 だがいつまでもペットの友人に頼ってはいられない。

 僕には漸くヒトの友人ができたのだから。

 僕はとりあえず洗面所に向かい、顔を洗う事にする。


「~~~~♪」


 顔をタオルで拭きながら、僕は知らず知らずのうちに鼻歌が出る。

 鏡に写る自分の顔もすごくご機嫌そうだ。

 でもそれも仕方ないことなのだ。


 僕は昨日から漸く学園生活の第一歩を踏み出し、そしてなんと念願の友達第一号になってくれる人を見つけたのだから。


 ――この学校を卒業するまでの約束だけど、ね。


 僕は約束のことを思い出し、少し憂鬱になる。


「でも、親愛の証のハグ(?)もしてくれたし、少しは期待してもいいのかな?」


 僕は傷のついた天井を見ながら、クリスティナさんの事を思い浮かべた。

 頭から角を生やし、蹄と尻尾のある『ユニコーン』の妖魔。


 ――綺麗だったなぁ、クリスティナさん。

 人の姿の時も勿論綺麗だけど、ジンカノホウを解いた姿は特に綺麗に感じた。

 特にあの銀色の角。

 すべすべで硬くて、立派で……。

 いつまで触っていても飽きない魅力がある。


「あれ?」


 そんなことを考えていると、僕は天井に妙な違和感があることに気付く。


「天井の傷ってこんなのだったかな?」


 ――昨夜クリスティナさんに付けられた時はもっと大きかったような。


 そんなことを考えていると、時間の経過を知らせるようにお腹が鳴った。

 僕は直ぐ様面倒なことは忘れ、朝ごはんを食べに寮の食堂に行く事にする。


「――っと、忘れるところだった」


 僕は部屋を出ようとして『コイン』と『鍵』を持っていないことに気づく。

『鍵』は兎も角として、『コイン』がないと食堂で食べられなくなってしまう。


「あった」


 僕は『鍵』と『コイン』を取った。


 ――『コイン』とは学校内およびその周辺施設でのみ使える通貨で、毎月お小遣いとして支給されるものだ。

 この学園は海外からも留学する人がいるので、現実の通貨は一切使えなくなっている。

 その代わり導入されたのがこの『コイン』という通貨だ。

 金銀銅の三種類あり、銀は銅10枚、金は銀10枚、と言った具合に交換できる。

 僕自身あまり現実の通貨とやらに触る機会がなかったので、あまり実感できないが。

 この金貨一枚で10日ほどの食料が買えるらしい。


「全部持っていくと無くすかも……」


 僕は支給されたコインの一部だけをポケットにしまうと、部屋を出た。

 すると僕が扉の鍵を閉めると同時に、隣の部屋の扉も同様に閉まる音がする。


 ――お隣さんも、朝ごはんなのかな?


 僕は挨拶をしようと思い、振り返った。


「お、おはようございま………す?」


 そして出てきた人の姿を見て思わず固まる。


 ――え? ここ男子寮だよね?


 僕は不安になり、自分の部屋のネームプレートを確認する。

 ちゃんと自分の名前が印字されている。

 それを確認すると、僕はもう一度隣を振り返った。

 そこには、茶髪のツインテールにクリスティナさんと同じ制服に身を包む女の子が居た。


 ――え? えぇ~~~~っ!!!?

 ここは男子寮で、此処には男子しか居ないわけで……。

 でもでも、隣から出てきたのはどう見ても女の子で……。


 僕は混乱して、何がなんだかわからなくなる。


「………………」


 その人は僕の言葉など聞こえていないのか、すぐにエントランスの方へと歩いて行く。

 僕は首を傾げながら食堂に向かうのであった。


 †


 ――男子寮食堂。


「………ぁ、ぁの」


 僕は蚊の鳴くような声を出しながら食堂の中を覗く。

 しかし、中には誰もおらず人の気配はない。


 ――もしかして何か間違えたのかも。


 僕は顔を引っ込め、上を見上げる。

 そこには『食堂』と書かれたプレートがあるだけだった。


 ――食堂、だよね?


 僕は恐る恐る中へ入る。


「す、すみませ~ん」


 おどおど左右を見渡しながら僕は声を出す。

 しかし、中にはやっぱり誰も居ないのか返事はない。

 声だけが広い食堂に虚しく響くだけだった。


「む~、やっぱりどこか間違えたのかな?」


 僕は取り敢えず足を進めてみる。

 誰もいない席を抜け、カウンターへ。

 カウンターから厨房を覗くが、やはり誰もいない。

 僕がどうしたものかと困っていると、厨房の奥にある扉がバンと開いた。


「やぁ、やぁ、ごめんねぇ。ちょっとゴタゴタして遅れたわぁ」

「!」


 突然扉が開き僕はビクッとする。

 見ると癖っ毛のある赤紫色の髪を束ねながら、女の人が大急ぎで此方に向かってきていた。

 僕はその様子を見て、間違いじゃなくて本当に良かったと、直ぐに安堵した。


「横の券売機から食券を買って此処においてねぇ。直ぐ作っちゃうから」

「あ、はい」


 なにかゴソゴソ用意している女の人を尻目に、僕は券売機へと行く。

 ランプが灯っているのは日替わりモーニングセットのみだった。


「………………」


 僕は銅貨を数枚投入して食券を購入すると、カウンターへと持っていく。


「はい、お待ちどうさま」


 待つこと数分、出来上がった朝食を手に、僕は出来るだけ端の席についた。


「い、いただきます……」


 僕はできるだけ小声で手を合わせる。

 目の前には白ご飯と、焼き魚、お味噌汁に玉子焼き、そしてデザートにきび団子が並んでいた。

 どれも美味しそうで、食欲をそそる匂いがしている。

 この匂いをかぐ度に僕はお腹がくーくー、鳴いた。

 ただ、問題があるとすれば―――。


「………………」


 目の前で先ほどの女の人が、を背中に背負って僕の前に立っているのだ。

 それも時々鎌を指で撫ぜながら嬉しそうに。

 僕はその鎌が何なのか問いかける事もできず、視線をそらす。

 理由を聞けばもっと恐ろしいことになるかもしれないからだ。

 僕はお茶を口に含みながら、

 しかし、目の前の女の人は一向に何処かにいく様子はなかった。


「――――っ」


 僕は助けを求めるように周りを見渡す。

 食堂だというのにまだ僕以外の生徒は居ない。

 自炊という手段があるとはいえ、いつまでもこんなにも閑散としているのはおかしくないだろうか。

 僕は備え付けの時計が6を指しているのを見ながら、疑問に思った。


「どうしたの? 食べないの?」


 笑みを崩さず、お姉さんは僕が食べるのを催促する。

 僕は首を横に振るわけにも行かず、覚悟を決めた。


「い、頂きます」


 僕は若干の生命の危険を感じながらも、合掌して箸を伸ばす。

 そして震える箸で卵焼きを掴むと、思い切って口の中に放り込んだ。

 その瞬間―――。


「っ!! ――――美味しいですぅ」


 僕は状況を忘れ、思わず顔が綻びる。


 ――何これ、何これ?

 すごい美味しいっ!!


 僕は勢い良くご飯を掻き込む。


「そう、良かったぁ。暗い顔しているものだから、てっきり失敗しちゃったのかと少し焦っちゃったわぁ」


 少しホッとした顔をしながらお姉さんは僕の前の席に座る。

 僕はその仕草に思わず肩の力が抜けた。

 背中に依然として鎌を背負ったままだが。


「若しかしたら名前を知っているかもしれないけれど、一応自己紹介しない?」


 お姉さんからそう提案される。


 ――お互いに名前を知っている?


 そこで漸く僕は目の前のお姉さんの名前を思い出す。


「思い出したかな? 私はミク、男子寮の管理人をやらせてもらっているわぁ。―――それで念のために聞くけどキミは?」


 自己紹介してもらったことで、僕は完全に思い出した。

 昨晩クリスティナさんと色々あったせいで忘れていたけれど、この人はこの男子寮の管理人のミクさん。

 会話するのは初めてだけど、昨日鍵をもらう時に簡単な紹介をしてもらったのだ。


「ぼ、僕はキョウといいます」

「そっか、キミがキョウくんか。聞いているわぁよ、キミのことは理事長から色々と、ね」


 目を細め含み笑いするミクさん。

 ガードマンさんの時もそうだったけど、どうして皆僕のことを知っているのだろう。

 予めきよさんが皆に言い触らしているのだろうか。

 確かにきよさんなら面白がってしそうではあるけれど。

 しかしそれはそれとして、どういう説明をしているのだろうか。

 僕は愉快な動物でも見るようなミクさんの視線に、疑問を抱いた。


「あ、あの……」

「あっ、そろそろ皆一斉に来る頃だわぁ、厨房に戻らないと。――――またね、キョウくん」


 僕が質問しようとすると、ミクさんは時計を見ながら立ち上がり、キッチンの方へと戻っていく。

 それに合わせるように他の生徒が食堂にぽつりぽつりと入ってきた。

 少しづつ喧騒が大きくなる中、僕は無言で咀嚼しながら首を傾げるのであった。

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