第138話「魔王」

「クソ、どこだ? レーダーが当てにならない。ダミーがそこら中に仕掛けられている」

「そう遠くへは行っていないはずだ。草の根をかき分けて探せ」


 装甲戦機達は手にした超振動ブレイドで草木を切り裂きながら、周囲を探索する。

 その光景を少し離れた場所でシルヴィア達は息を潜めながら見守っていた。

 襲撃直後、彼女達は応戦する事無く逃亡を選択したのである。

 難なく逃亡出来ている所から見ても、彼女達であれば撃退は可能であっただろう。


「割りと無能じゃの。いやまあ小童じゃし、こんなもんなのは当然なのじゃが」

「しかし一体どういうことだろうか。戦う事自体に問題はないが、どうにも経緯が不鮮明だ。戦うにしても多少の事情くらいは収集しておきたいところだが」

「――ダメですよ、ルヴィ。あの子たちと戦っては」


 シルヴィアの肩に乗っているアステリシアは、事情が判れば今にも戦いに出そうな彼女を諭す様にポムポムと叩いていた。

 彼女が言った通り、現状難癖を付けられているに等しい不可解な状況である。

 ただの言いがかりであれば何の問題もないが、退

 それ故にすぐ応戦するのではなく、一時潜伏したのである。

 シルヴィア自身は戦闘狂の気があるが、攻撃してきた相手を全て倒すほど脳味噌狂戦士ではないのだ。

 若は二人のやり取りを胡散臭そうに見つめるが、特に何も言う事はなかった。


「理由を聞かせてもらえますか? アステリシア様」


 肩上から掌の上へとアステリシアを移動させながら、シルヴィアは尋ねた。

 ぴょこぴょこと擬音が付きそうな移動の仕方は、見る者を魅了する愛らしさに溢れている。

 そんな可愛らしさを払拭するように、アステリシアは堂に入った態度でコホンと咳払いをした。


「私達が彼らを襲っていない以上、それは嘘であるか、或いは見間違えた別人が存在することを意味します。そこに私達まで攻撃を加えてしまえば、2つの要素は混ざることとなり、どちらも本物として混同してしまう結果になってしまいます」

「成程、後々弁解する機会があったとしても、ここで攻撃をしてしまっては言い逃れ出来なくなるわけですね」

「はい、そういう事です。ですのでここは――」


 アステリシアはそこで言葉を切り、若に視線を送る。

 若は弾かれた様に視線を逸した。

 まるで思わぬ所から攻撃されたかの如く、殆ど反射的と言える速さである。


「生徒会の方とともに学園関係者に相談するのが一番ではないでしょうか」

「あ、あぁ、うむ……そうじゃの」


 若は視線を逸らしながらも、何とか返事をする。

 先程からの様子も踏まえ、あまりに不自然な行動だろう。

 だがそれを見たアステリシアは行動の意味を瞬時に理解し、花の様に笑う。


「大丈夫ですよ。。多少の魅了チャームは性質上致し方ないことなので、私にもどうにも出来ませんが」

「もしぬしが儂の想像する存在であったのなら、これでもまだまだ足りぬはずなんじゃがの。のう人類に仇為す魔王様よ」


 だから安心して欲しいと言うアステリシアに対して、若は頑なに視線を逸し続ける。

 何せ若の想像通りの相手なら、目の前の存在は人類に仇為す七体の魔王の内の一角なのだから。

 悪意、意識の有無に関わらず思考・認識を捻じ曲げられていてもおかしくはないのである。

 故にどれ程言葉を重ねても安心しろという方が無理な相談であった。

 そんな若の心情を悟ったのか、少し寂しそうな顔をするアステリシア。


「……そんな伝聞ほど大層なものではないのですけれどね、私達は」

「どーだかの。しかしまあ一先ず置いておこう、今はここから逃げることが優先じゃ」


 若は信じていない顔をしながらも、退魔師達の動向を観察し続ける。

 退魔師達は近辺をウロウロとしてはいるが、未だに見つけられていない様子。


「ふむ、どうやら森の奥逃げたと誤認できたようじゃの」


 若は法術をばら撒きながらそう呟く。

 目的は相手を混乱させることその一点であり、無意味と悟られない様にそれぞれを関連で結んでいる。

 要は数多の分岐する選択肢をばら撒いているだけであり、その先には何もない。

 選択肢を信じた時点で負けなのだ。

 とは言え、ダミーの存在が多すぎて若輩の彼らにとっては罠であっても何かに縋りたいという思考を見越した上での法術ではあるが。


「あぁ、可哀想になってきましたわ。少しくらい手助けをしても良いでしょうか?」

「アステリシア様?!」


 憐憫の声を上げるアステリシアに、シルヴィアは戸惑う。

 

 止めなければ本当に実行しかねないのである。

 そんな二人の様子を呆れた顔で見つめながら、若はボヤく様に呟く。


「これだから悪魔の王は……。いや、やはり悪魔の王と言うべきかの。何はともあれあの教員と質の悪さは変わらぬの」

「どなたの事を言っているのか知りませんが、その謂れは何となく抗議しておきますね」

「む? 小童共、別の誰かを見つけたようじゃ。この隙に逃げるとしようぞ」


 ぷんぷんと怒り顔で抗議するアステリシアを他所に、若は逃げる準備を始める。

 シルヴィアはアステリシアを宥めながらそれに続いた。

 見つかった者にとっては厄介事だろうが、少なくとも容疑者でもない人物に手荒な真似などするまい。

 そう見越しての事だったのだが――。


「っ?!」


 逃亡を始めてから数分もしない内に、背後の森から響き渡る爆発音。

 それも一つではなく、連鎖的に三つ響く。

 三人は一瞬で起こった結果を概ね把握した。

 若は即座に法術で視線を飛ばし、現場を確認する。


「これは……、――っ?!」


 驚きに満ちた若の声が、辺りに響き渡るのであった。



 †



 ――ほんの数分前。

 退魔師達は一人の妖魔を追いかけていた。

 その妖魔のランクはBクラス。

 装甲戦機を操る彼らにとっては取るに足らないクラスの妖魔である。

 故に彼女らはその者を倒すと言う気概ではなく、適当に嬲り、尋問するつもりで追いかけていた。

 仲間の敵討ちという大義名分がある以上、彼女らの理性はどこまでも怒りに溶けてゆく。


 ――自分達の行動は間違っていない。

 ――これは正義の為の行いだ。

 ――所詮妖魔にすぎない。

 ――そもそも先に手を出してきたのは妖魔あっちで、こちらは敵討ちだ。

 ――だから殺しかけてしまってもしょうがない。


 そも、彼女らに妖魔を気遣うと言う感情はない。

 敵はどこまで行っても敵であり、協定を結んでいるとは言え敵だという現実が消えるわけではない。

 彼女らは妖魔を狩る者なのだから。


「漸く観念したか」

「私達を手間取らせたんだ、キツくお仕置きしないとね」


 ピタリと足を止めたその妖魔は活動を停止したかの如く身動き一つ取らない。

 辺りの風景はつい先日大妖クラス以上の妖魔が暴れたかの様に、未だ修復途中の焦げ跡が散見される場所であった。

 退魔師達はその光景に少し警戒しつつも、目の前の存在に距離を詰めていく。


「―――――」


 目の前の妖魔は聞こえない位の音量で何かを呟いていた。

 まるで自分にすら聞こえなくても構わない、と思える程の小さな音量である。


「?」


 退魔師達が声を拾おうと、訝しげながらも近づいた瞬間。

 ゴトリと巨大な鉄くずが落下し、地面を穿ち陥没させる。


「なっ――?!」


 驚愕する彼女らを追い抜いて、黄金の輝線が中に描かれる。

 雷の如く速く、断頭台ギロチンより鋭く、それでいて音もない斬撃。

 まさに刹那としか言いようのない合間に、黄金の軌跡は三体の装甲戦機を貫いてゆく。


「――脆い、あぁ、何と脆いのでしょう。柔肌を撫でているだけなのにバターのように斬れてきます」


 動力炉を破壊された事により、爆発する装甲戦機。

 爆炎を背景にそのシルエットは浮かび上がってくる。

 黄金の鬣に黄色の鎧、そして髪と同じく金に輝く角。

 大地を踏みしめるべき蹄は、草木を踏まない様に中へと浮かび上がりその妖魔の性質を体現している。

 即ち――。


「この程度……、この程度では私の怒りはまだまだ収まりませんのに。あぁ、憎い。


 そこには怒り狂った神獣として妖気を放つ麒麟が佇んでいた。

 麒麟は爆炎の中、ゆっくりと中を歩きながら装甲戦機の残骸の様子を眺める。

 するとその中の一つの付近から、かすれる様な呼吸音が聞こえた。


「た、たすけ――っ!!」

「まだ声があげられるほどの元気が残っていましたか。


 そこには装甲戦機の爆発に巻き込まれ、虫の息状態の退魔師がいた。

 麒麟はゆっくりとその者に近づき、手を翳す。

 この状態の相手に対して、能力を行使するつもりなのだ。


「グ、ガァ――――ッ!!!?」


 妖気が揺らいだ瞬間、まるで見えない巨人の手に押し潰されたかの如く、少女の手足が様々な方向に曲る。

 それも傷を負ったのは手足だけで、それ以外の部位には変化がない。

 麒麟はあえて腹部と頭部は狙わず、痛めつけるだけに能力を使ったのだ。

 しかし、それでも彼女の目に宿る怒りの炎は陰る気配がない。


「あぁ、治癒能力があるのを忘れていました。殺さない為にも回復させて壊しましょう。さあ、まずは――――む?」


 言葉の途中で麒麟は何かに気が付き、森の奥へと視線を向ける。

 それはほんの一瞬であり、視認できる距離ではなかったはずだが麒麟は鋭く己を見たものに向けて妖気を放つ。

 相手が此方を覗き込めると言う事は、此方も相手を覗きかえせると言う事である。

 即ち、経路が繋がっていれば呪いとして攻撃する事も可能。

 怒りの神獣の一撃は経路を逆走し、覗き魔の元へと飛来していく。



 †



「やばい、一瞬でバレた。すぐパスは切り離したが間に合わなかった。反撃が飛んで来るぞ?!」

「面白い、麒麟と言ったか? その力試して――」


 シルヴィアは楽しそうな顔ぶりで、若の前に立とうとする。

 しかしそれを遮る者が居た。


「ダメですよ、ルヴィ。まだその状態に慣れていないのですから無理は禁物です」

「いえ、まだ私は大丈夫です」

「ふふっ、強がるところも愛らしいのですけれど、頑張る所を間違えてはダメですよ? アレは私がなんとかしますから、休んでいてください」


 妖気の開放と共に人間大のサイズになったアステリシアがそっと微笑みかける。

 それと同時に、地面が盛り上がってゆき若とシルヴィアを覆い隠してゆく。

 その身から溢れる妖気は抑えようとも抑えきれないほど超大であり、シルヴィアが初見で感じたものと同じようにどこまでも底が見えない。

 そのアステリシアに対して、光さえ捻じ曲げる不可視の刃が迫る。


「これは斥力の刃かしら?」


 アステリシアはひと目でその正体を見破ると、片手に妖気を集める。

 進行上に存在するありとあらゆる物を引き裂き、音速を遥かに超える速度で飛来する非物質の弾丸。

 性質上物質での防御は不可能であり、回避以外の選択肢を赦さぬ無慈悲の刃。

 それを前にしてアステリシアは左腕一本をまるで剣の様に振るい、ぶつける。


「――――っ」


 あろうことかアステリシアは事もなげに左手一本で、超斥力を纏う弾丸の軌道をそらし、僅かに弾いてのけたのだ。

 仮にもアステリシアはと敵対する魔王である。

 この程度の事柄が出来なくて、敵対など出来るはずがない。


「――これは私が弾かなければ二人は今頃……」


 アステリシアは左手に滴る血を見ながら、そっと呟く。

 その背後では逸れた刃の軌道上にあった校舎が豆腐のように貫通されたところであった。

 アステリシアはそのまま何事もなかったかの様に、元の掌大のサイズへと戻る。

 まるで傷を二人に見せまいとするように。


「これが七体存在すると言われる魔王の一角の力か。片鱗とは言え凄まじいものじゃの」


 元に戻っていく地面の隙間から若が関心した様に呟く。

 辺りにこびり付いた妖気の残滓ですら、一介の妖魔のものとは思えないほど、夥しい量を漂わせている。

 こんなものが何の制限もなしにそこら中を歩き回れば、忽ち世界は魔界へと変わってしまうだろう。

 そう二人が思い至るほど、アステリシアの力の行使は異常だった。

 それと同時にそのアステリシアに力の行使を決断させた麒麟の存在もまた異常ではある。


「あまりお姉様達と同列に扱ってほしくないのですけれどね。…………個人的感傷ですが」


 アステリシアは遠い目をしながらそっと溜め息を吐く。

 若とシルヴィアはクエスチョンマークを浮かべるが、それ以上言及されることはなかった。


「さて、これからどうするかの」

「? 教諭達に相談するのではなかったのか?」

「儂としてはそうしても構わないのじゃが、主らはそうも言って居られぬかもしれぬ。何せあの麒麟の正体は主らのクラスのユニコーンじゃからの」


 若の言葉にシルヴィアは目を見開く。

 それは殺されそうになった恐怖……からではなく、純粋に歓喜で驚いていた。


「クリス嬢が先程の攻撃を?! そうか、約束通り強くなったのだな。本当に良かった……」

「何を目を細めて優しげな顔をしておる?! 危うく殺されかけたのじゃぞ?!」


 目端に涙を浮かべて、心から嬉しそうにするシルヴィアに若はツッコミを入れる。

 若の言葉はもっともだろう。

 事実この場にアステリシアが居なければ、良くて重症。

 最悪どちらかが死亡していた可能性が高いのだから。


「それはそれとして、ありのままを報告するのは確かに不味いな。一先ずは情報を集める、と言う方針でいかがだろうか?」

「まあ、それが一番じゃろうな。唐突な事態じゃが、儂は負けた身。麒麟あやつが何故追って来ぬのかも含めてしばし付きおうてやろうぞ」

「あぁ、よろしく頼むよ」


 二人は向き合いながら笑みを交わす。

 その光景をアステリシアはただ黙って嬉しそうに眺めているのであった。


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