第139話「要約すると眠りのお姫様(♂)は王子様(♀)のキス(精神注入)によって目覚めると言うお話」

「どうなってんだ?! 何故親友は目を覚まさない?!」

「それを私に言われてもねぇ~」


 胸倉を掴みかかりそうな剣幕で捲し立てる輪廻に、アルフェは無数の計器をいじりながら楽しげに笑う。

 ここはアルフェ教諭の為に作られた専用の化学室ラボであり、大量の計器が所狭しと立ち並んでいる。

 その内の一角。

 人一人を収容できるサイズのカプセルが置かれている前で、輪廻とアルフェは言い争いをしていた。

 原因は勿論そのカプセルの中に収納されているキョウの事だ。


「外傷は全て回復、バイタル・脳波共に安定。体内をスキャンしたけど、異常は全く見られなかった。これがどういう意味かわかるかぃ~?」

「わかんねぇからお前に聞いてんだろっ!! アルフェペオルゴール――――ッ!!!!」


 ニヤニヤ笑いを浮かべるアルフェに、輪廻は怒り心頭である。

 それもそのはず、親友であるキョウが原因不明の昏睡状態に陥り続けているのだ。

 その前でこんな態度をされたら誰であろうと憤るのは必定だろう。

 そんな輪廻の心情を分かっているのか分かっていないのか。

 アルフェは変わらない調子で続ける。


「つまりは精神に原因があるということさぁ~。それもトラウマや喪失による精神の外傷じゃあない。その程度の傷害なら不死鳥キミの能力でとっくに治っているはずだからねぇ~」


 アルフェは愉しげなノリのまま、ケースに入れられたキョウと手元の数値を見比べ続けている。

 危急性感じさせない様子を別として、実際問題彼女は手を尽くしていない訳では無い。

 目の前の存在かれは世界でも類を見ない貴重なサンプルである。

 妖魔として、研究者として汎ゆる手を尽くしてでも回復に尽力する価値があるはずなのだ。

 しかし、現状彼は前述通り安らかな顔のまま横たわっており、誰がどう見ようと普通に寝ている様にしか見えないのだ。

 事実として彼はここ数日一度も覚醒する事無く眠り続けていた。

 まるで植物人間の様に、呼吸と反射以外動く事なく横たわり続けているのだ。


「……何が言いたい?」

「要するに。良くも悪くもね。だ~か~ら~いつ目が醒めるのかも全く想像がつかないんだよ。一週間後か、一ヶ月後か、或いは何十年後ってのもあり得るねぇ~」


 コツコツとキョウの入ったケースを指で叩きながら、アルフェは愉快そうに笑う。

 まるで何ヶ月も眠っていたほうが都合がいい。

 暗にそう言ってそうな表情である。

 少なくとも輪廻はそう捉えた。


「ふざけんなっ、それをなんとかすんのがお前の役割だろうがっ!!」

「おやおや、早とちりしてはいけないなぁ。『』なんて私は一言も言ってないだろぅ? 私はどうして目を覚まさないのか、と言う問いに答えただけさっ」


 アルフェはモノクルをキラリと光らせながら、満足げな表情で洋式便器の様に見える椅子に座る。

 どこまでもうざすぎる口調と態度のアルフェに、輪廻の我慢はいい加減限界であった。

 だが、キョウを助けるには目の前の存在の力を借りなければいけないのも事実。

 その一点のみで、輪廻は何とか踏み留まっているのだ。

 アルフェペオルゴールと言う人物は、きよがこの学園に存在である。

 エンゲージリングなどの学園のシステム開発の全てに携わっており、輪廻も目の前の狂人の能力が規格外である事を十分に理解していた。

 それ故、こんな状況では彼女に頼らざる負えないのだ。


「私にとっても彼は大~切な存在なのさっ。つ~ま~り、治すのは前提で、如何に負担をかけないか。私が頭を悩ましているのはその一点。おわかりぃ~?」

「…………んで、その天才様が導き出した方法はなんなんだよ」


 便器の上で艶かしく足を組み替えるアルフェに、輪廻はもう諦めたような口調で尋ねる。

 それをどう捉えたのか、アルフェは自慢げに大きな胸を揺らす。


「簡単なことさ、彼の意思が覚醒を拒むというのであればその理由を聞き出せばいい。あぁ~つまりは彼の夢の中に入る、という事だねぇ」


 アルフェは辺りにあったコーヒーサーバーに、ビーカーをセットし液体を注ぐ。

 黒色の液体から湯気が立ち上り、香ばしい匂いが部屋中に広がる。

 便器に座りながら計器片手にコーヒーを飲むというシュールな光景を前に、輪廻は諦めて腰を下ろした。


「夢に入るって、そんな装置あるのか?」

「もちろんあるというか、既に試したさぁ。分身体を何度か送ってみたんだけどねぇ、結果は全滅。ハハッ、ホンット~に、困ったねぇ」

「駄目なんじゃないか?!」


 ずずっと呑気にコーヒーを飲むアルフェに輪廻はツッコミを入れる。

 そんな輪廻にアルフェはコーヒーを飲みながら、チチチと指を振ってみせた。


「あくまで試しで入れた私の分身体の話さぁ~。推測するに彼の中には精神干渉を阻む存在が居るんだろうけど、それが彼の夢の中というアウェイなのが不味い。何せこちらは弱体化を食らう上に、あちらは強化されているようなものだからねぇ」

「じゃあ、あたしがいく。あたしなら問題ないだろ?」

「う~ん、実力に文句はないさぁ~。けど、キミは駄目だね」

「何でだよ?!」


 抗議する輪廻に、アルフェはやれやれと言った感じに首を振る。

 まるで何も分かってないと言いたげな表情だ。

 いや、事実輪廻は分かっていなかった。

 自分という存在がどれほど荒唐無稽な存在であるかを。


「第一の理由。そもそもとして不死鳥であるキミを夢の世界へと送り続けるほどの出力を用意できない。不死鳥の能力はキミ自身が一番知っているよねぇ?」

「ぐっ」

「第二の理由。仮にキミを送れるだけの出力を用意できたとしても、キミが戻ってこれるかどうかは微妙なラインなんだよねぇ。キミ自身はほぼ無敵ではあるけれど、キミを封じ込める手段がないわけでもない。万が一キミが戻ってこれなかった場合、それは彼にとっての致命となる。だから許可できない、何も彼を治す方法はキミを送るだけじゃないしねぇ」


 アルフェはあくまで優先すべきは彼の存続であり、その存続が危ぶまれる選択は取りたくないという。

 即ち、現在進行形でキョウの体を再生させ続けている輪廻を、言い方は悪いが捨て駒として使いたくないのだ。


「じゃあどうすんだよ?!」

「だから送るのであれば使存在を送るのさ。それも一番可能性が高い、自ら夢の中に入れる妖魔を使うべきなんだよ。要求するランクは最低A、といったところだねぇ」

「夢の中に入れる妖魔って言うと、夢魔とかか? だけど大妖クラスの夢魔なんて世界中で探してもなかなか……」


 輪廻は眉を寄せ、苦しげな顔をする。

 それも当然の話だ。

 本来夢魔のランクはCが普通である。

 その上のBランクですら珍しいと言うのに、更に上のAランクの夢魔などそう安々と見つかるはずがないからだ。

 だがその苦悩をわかった上で、アルフェはケタケタと愉快そうに笑う。


「それが何故かいるんだよねぇ。今この学園にぃ。それもここ数日以内に現れた妖魔なんだよねぇ。運命を感じないかいぃ~?」

「……何が言いたい?」

「彼が呼んだ、気がするんだよね、ど~も。でないと都合が良すぎる。興味深い事例ではあるけれどねぇ。あぁ、本当に興味が尽きないよ、彼は」


 新しいおもちゃを与えられた子供の様に、アルフェは目をキラキラと輝かせる。

 輪廻はその様に嫌悪感しか覚えないが、話が進まないのでそのまま放置することにした。


「要はそいつをここに連れてくればいいんだな?」

「その通りぃ~。でも、注意したほうがいいねぇ。その夢魔とあと麒麟、校内で良くない噂が広がっているみたいだから」

「麒麟……? クリスティナ、か? そう言えば最近ここに来る回数が減っているな」


 輪廻は最近姿を見せる回数が減りつつある友人を思い浮かべる。

 キョウがこんな状態になってからは頻繁に、それこそ四六時中顔を見せていたのだが、いつの頃からかその回数が減りつつあった。

 まだたったの数日間の出来事で、不思議がる事でもないが先程の話を聞けば状況は変わる。

 或いは何か事件に巻き込まれたのかもしれない。

 増える心配の種に輪廻は唇を噛む。


「ついでに様子も見ていきたいところなんだけど……」


 輪廻は未練たっぷりな様子でキョウを見つめる。

 こんな状況だからこそ、離れるのが怖いのだろう。

 少なくとも輪廻が側に居る限り、彼の体調がこれ以上悪くなることはないのだから。


「何かあればすぐに知らせるわ。できれば無線機などを持ってくれていると、私も連絡が楽なのだけれどね」


 キョウの胸ポケットからごそごそと小鈴が這い出てくる。

 その小脇には小型化されたバッテリーを抱えており、そこに尻尾を繋げて充電していた。

 式神である小鈴は定期的に電力ようきを補充しなければ休止してしまう。

 現在彼の側から離れられない以上、この様な手段を取らざる負えないのである。


「無線機? だったらこれを使うといいさ。耐妖気耐衝撃耐熱等等に優れ、少なくともこの学園内なら傍受もされない一品だ」


 何せ私のお手製だからね、とアルフェは付け加える。

 ついでに両腕から溢れんばかりの胸が揺れていた。

 見た目だけで評価するのであれば、アルフェは魔的なまでの美貌とプロポーションを保持している。

 彼女の歩く姿を見れば100人中100人全てが振り返るほど。

 それでいて破格の能力を有しているのだから、スペックだけで言えば完璧だろう。

 その言動と性格がそれら総てを台無しにして、尚マイナスに突入するのが彼女の残念具合を現していた。


「何の為に先生がそんなものを作成したのか気になりますが、今は何も聞きません。パスを繋げるので少し貸してください」


 小鈴は自分の体より大きな無線機を、全身で受け止めると新たに作った尻尾と接続させる。

 頑なにバッテリーの接続を外さないところを見ると、この行動でもかなりの電力ようきを消費するようだ。


「よし、これでいいわ。あまり妖気を無駄遣いできないけれど、何か聞きたい事が他にあればこれで答えるわ」

「必要ないっての。あたしに必要なのは親友の情報だけだ」


 ひったくるように無線機を受け取ると、輪廻は部屋を飛び出していく。

 小鈴はやれやれといった様子でその後姿を見送る。

 残されたアルフェはと言うと――。


「ふむ、ふ~むふむ……。とりあえず私はぁ~必要な時まで姿を隠すとしよう。流石に見つかれば祓われてしまうからねぇ~」


 何処からか変な電波を受信したのか、アルフェはねっとりとした声音でよくわからないセリフを呟く。

 それだけではなく、彼女の体はまるで残像か陽炎の様に徐々に視界から揺らぎ始めていた。

 小鈴のほんの少し意識が逸れた瞬間、彼女の輪郭は部屋から解けていた。

 怪奇現象地味た能力を前に、小鈴は思考を放棄して大きく溜息を吐く。

 この教員に限って言えば、原理を考えるだけ無駄なのだ。

 彼女は気持ちを切り替えると、いそいそとキョウの胸ポケットに戻っていくのであった。



 †



「紗耶華教官、輪廻様が化学室から出てくるところを見たという情報が」

「座標位置に登録しろ。そこへは私が当たる。他の者は引き続き行方を追え。例の夢魔と麒麟に遭遇した場合は単独であれば手を出すな。必ずチームで当たれ。いいな?」

「はっ」


 スーツに身を包んだ男達は、筋肉隆々の腕を上げ敬礼する。

 そして統率の取れた動きで作戦行動を開始し始めた。

 その屈強な男達の背中を見送りながら、紗耶華は抱きかかえるように持っている日本刀に視線を送る。


「何度も確認をして申し訳ありませんが、今一度問わせていただきます。本当に白鷺が最後に会った相手は輪廻様なのですね?」

『……私の知る限り、唯羅が最後に言葉をかわした相手はあの鳳凰だ。その後突然部屋を飛び出し、行方を見失ってしまった』

「そう、ですか……」


 紗耶華は苦しそうに顔を歪ませる。

 だがそれも一瞬の事、直ぐに感情を押し込める様に平静な素振りを見せた。

 その様にカグツチは申し訳無さそうな思念を飛ばす。


『すまない、私が付いていながらこんな事態になってしまうとは。不甲斐無いにもほどがある』

「いえ、カグツチ様のせいではありません。寧ろ神器を手放してしまった白鷺にこそ咎がありましょう」

『……私が伝えられる情報は唯羅はまだ生きており、結界か異空間、或いは強力な認識阻害能力で隠されていると言う事だけだ』


 カグツチは己と繋がる唯羅の存在を感じながらも、その居場所を特定できずに居た。

 それは即ち何らかの者が妨害している事を意味する。

 それもカグツチと唯羅の関係を知るものが、だ。


「…………っ」


 知らず知らずのうちに紗耶華は歯噛みしてしまう。

 自分が大切に思う生徒が何人も無残な目に合わされ、現在進行形で何かされているかもしれないのだ。

 それも愉快犯ではなく、計画的な犯行によって。

 紗耶華達退魔師協会の部隊が介入しても、件数は減るどころか全く変わらず、連日退魔師の学生達は襲われ続けている。

 全く見えない目的と、後手にしか回れない状況に焦りが出るのも当然だった。


「ここが化学室か。――失礼する」


 返事も待たずに紗耶華は踏み込む。

 その動きに躊躇などは微塵もなく、仮にそこに敵が居たとしても一切の無駄なく攻撃に移行できるほど精錬されていた。

 紗耶華は神経を研ぎ澄ませ、周囲を警戒しながら探査の術式を起動させる。


「確かにここには輪廻様の妖気の跡がある。デマではなかったようだな」


 端末と探査術式の二重で部屋をチェックし終えると、紗耶華は漸く部屋の物色を始める。

 大半がアルフェが作成した機器、魔具、呪物が所狭しと埋め尽くされている化学室だ。

 こんな事態だろうと、生真面目な紗耶華にとって看過できる場所でない事は明白だった。


「人の世に出れば混乱と地獄しか招かないような呪物の数々……。こんな所で輪廻様は一体何を?」


 用途不明な危険物を一つ一つ検品しながら紗耶華は眉間に皺を寄せる。

 中には見た瞬間即座に破壊したくなるような物も多数あったが、何とか堪えていた。

 それは偏に万が一にも輪廻の持ち物であるかもしれない可能性があるからだ。

 神経を削りながらたっぷりと30分掛けて、彼女は漸く奥にある巨大なカプセルに辿り着いた。


「これは……人? 人体実――いや、これ、は…………」


 紗耶華の驚愕のあまり言葉を失い、呆然とその中身を眺めるのであった。

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