第140話「天の焔」

「後方より来ておるぞ」


 シルヴィアと若は学園の領域内にある深い森の中を疾走していた。

 シルヴィアがちらりと振り返ると後方一km弱ほど離れた位置に、装甲戦機の姿が映る。

 その数合計で六機。

 二人の視界に常時写るのは四機であり、その四機をカバーするように二機が後方支援できる位置に追従している。


「流石に見習いとは違い、なかなか引っかかってはくれないな」

「当たり前じゃろ。アレは協会所属の退魔師共じゃぞ? ひよっ子共と練度が違うわ」


 若は後ろ向きで滑空しながら楽しげに笑う。

 若一人であれば逃げ遂せる以上、当然と言えるかもしれない。

 とは言え、余裕のある状況かと言えばそうでもなく――。


「前方で待ち伏せされておるの。数は後ろの奴らの倍以上の規模。こちらが本命、と見せたいのじゃろうが、本命はその迂回道の方じゃろうの」


 指で作った輪っかを覗き込みながら、若は状況を告げる。

 その視界の先では大量の罠が隠されている道が映っていた。


「では裏をかいて追撃部隊に攻撃でもしようか」

「まあ順当じゃが、時間がかかりすぎれば前方の部隊が挟撃してくるぞ。そうなれば終わりじゃ。結界で覆われて、逃げ場のない状況で永遠と嵌められる」


 集団且つ圧倒的火力で制圧するのが装甲戦機の基本的な戦術じゃしの、と若は付け加える。

 いくら二人が大妖クラスの妖魔の中でも上位クラスの力を持とうとも、数の暴力の前では無事では済まない。

 何より勝つ事が出来たとしても、次が来れば絶対に終わりなのだ。

 故に要求されるのは一点突破。


「制限時間付きは大いに結構だ。だが、もう一捻り加えて行こうか」


 楽しげに笑うシルヴィアに、若も悪戯を実行する悪ガキの如く目を輝かせるのであった。



 †



「前方に妖魔出現、件の夢魔の妖気と一致。捕縛行動を開始します」

「了解、油断はするなよ。ソイツはもう既に五人以上退魔師を倒している。特A級の妖魔だと思って相手しろ」


 退魔師達は目の前の夢魔を取り囲む様に散開し、結界を張る準備を始める。

 同時に電磁ワイヤーを辺りに射出していく。

 それは対妖魔用の高電圧・高電流の雷の檻。

 触れれば大妖クラスですら一時的に硬直させる。

 無論退魔師達も電磁ワイヤーの影響を受けるが、彼らは気にしていない。

 全ては逃さない為に。

 対する夢魔は完全妖魔化し、既に戦闘状態に入っていた。


「――――」


 夢魔から広がる『領域』が辺りの世界を侵食し、桃色の靄の掛かった風景へと変えていく。

 見るもの全てを惑わし、欲望のまま見たいものを見せる幻霧。

 それはまぼろしを見せるだけに留まらず、質感から匂い、音、味に至るまで誤認させる。

 それに抗えるものなど無く、装甲戦機であれ例外ではない。

 だが――。


「データリンクのレベルを最大にしろ。いいか、絶対に自分の見ている光景を信用するな。信用していいのはデータリンクで導き出された数字データだけだ」


 退魔師のリーダー格とおぼしき人物が、周りの退魔師達に檄を飛ばす。

 そのモニターには味方の装甲戦機が攻撃を受けている光景が映し出されていた。

 個々の退魔師達のモニターも同様の状況になっており、完全に幻覚へと嵌っている。

 装甲戦機にも勿論幻覚に対するプロテクトは存在するが、このレベルのものを完全に遮断できるプロテクトなど専用機体でもなければ不可能だろう。

 それ故単機でこのレベルの夢魔に対抗するには想像を絶する難易度とセンスを必要とする。

 しかし、

 個々人を惑わせる幻覚も、全体のデータを統合すれば違和感しか生まれない。

 要は個々人が見る幻覚の内容が一致しない以上、それらの情報を共有し、雑情報ノイズと判別できるものを消去すれば幻覚の影響を最低レベルまで抑える事が出来るのだ。


「なるほど、これは随分とやり辛いな」


 幻覚に惑わされない部隊を見ながら、シルヴィアは小刀ほど伸びた爪で電磁ワイヤーを断ち切る。

 その際に超高圧の電撃がシルヴィアを襲うが、まるで電撃自らが避けるようにシルヴィアの体の周りを通り抜けていった。


「何なんすかあれ?! あれも幻覚っすか?」


 新米の様な言動の退魔師が、装甲戦機に映し出されたデータに興奮気味で質問する。

 それもそのはずだ。

 教科書通りであれば、夢魔とは人間に淫夢を見せ、精気を吸う低級な妖魔でしかない。

 魅了の能力は異性を文字通り魅了する手段でしか無く、少なくともこんな数の装甲戦機を駆り出してまで相手をする妖魔ではなかったはずなのだ。


「勉強不足だな、新米。いいか、後学のために覚えておけ。高位の夢魔は環境すら魅了しちまう。即ち自然現象すら操れるんだよ」

「はぁ?! そんなの夢魔でもなんでもねぇじゃないっすか?」


 チートだチート、と喚く新米退魔師。

 説明した退魔師はそのはしゃぎっぷりに溜息をつくが、その二人に対して鋭い声が飛ぶ。


「講義は後にしろ。今は目の前の標的を叩く、それだけに集中しろ」

「了解した」「了解っす」


 指令を聞くと同時に、前方でブレードを構えていた装甲戦機達が突撃する。

 機体とシルヴィアのサイズ差は歴然であり、通常であれば戦闘にすらならないはずである。

 だが――。


「あぁ、しかしそんな速度では幻覚を使わなくても大した問題にはならない。何より大きいのが仇になったな」


 木の様な長さのブレードを掻い潜り、シルヴィアは装甲戦機に張り付く。

 サイズ差が問題となるのはあくまで立ち会っている状態での話だ。

 張り付ける様なゼロ距離まで近づかれればそのメリットは即座にデメリットへと反転する。


「こうすれば同士討ちを避けて攻撃は――――っ?!」


 発砲音と共に、己の頭部目掛けて飛来した弾丸をシルヴィアは即座に躱す。

 弾丸と言っても、シルヴィアからすれば己の顔に風穴を開ける事が出来るサイズである。

 大砲や艦砲に狙われたに等しい衝撃が彼女の体を襲う。

 それにより再び距離が開いてしまった。


「…………外したか。ちっ、また火神さんにどやされるな」


 怒られるという言葉を吐きながら、後方でライフルを構えていた装甲戦機は再びトリガーを引く。

 先程の射撃は彼がしたものであり、勿論味方ごと撃ち抜いている。

 その事実にシルヴィアは驚愕しつつも、甘かったのは己だという事を改めて実感した。

 装甲戦機は自己再生機能が存在する。

 燃費はとても良いとは言えないが、多少の損傷などダメージの内に入らないのだ。

 もっとも、例えこれが生身であろうとも彼が引き金を引く事に変わりはない状況ではあるが。


「結界の設置完了。予定通り作戦を開始します」


 銃弾と斬撃の雨を掻い潜り、複数体の装甲戦機を相手取りながらもシルヴィアは未だ無傷であった。

 同士討ちを厭わない苛烈な攻撃に曝されて尚、避け続ける事が出来るのは彼女の天性の才能と未完成ながらも展開されている領域に因るものである。

 最低限レベルの幻覚を駆使し、戦場を翻弄し、支配する。

 まるで戦場を舞う戦乙女の如く、目に映るものを魅力していく。

 そんな中、発動した結界が彼女を覆い尽くした。


「――ふむ。分かってはいるが、これは打つ手がなくなるな」


 アサルトライフルから打ち出される銃弾を時に避け、時に弾きながらシルヴィアは展開された結界に苦笑いする。

 大妖クラス以上の妖魔と戦闘する場合、退魔師を最も悩ませるのは『領域』である。

 避けようのないルールの強制と異界の創造。

 ただ存在するだけで劣悪な環境を創り出し、人間を苛む。

 しかしその『領域』にも対策はある。

 振りまく妖気が影響を与えるというのであれば、その妖気を沈静化すればいい。

 詰まる所、結界とはそう言うものであった。


「霧が晴れ始めたな。次の作戦行動に移る」


 結界の影響により能力・領域が沈静化していく。

 戦闘中のシルヴィアにそれを止める術はなく、戦況の維持が限度である。

 そこへ別の装甲戦機から次々と円柱状の物体がシルヴィアの周りに撃ち込まれ始めた。

 円柱からは気体の排出音と共に、無色透明な神経ガスが噴出し始める。


「呪煙弾射出完了。これより結界の守護へと移行します」

「くっ、あちらもなんとかしたいところだが……」


 涙と吐き気、そして倦怠感に襲われながらシルヴィアは弾丸とブレードの合間を掻い潜り続ける。

 いくらシルヴィアが強くなったと言っても、この数を相手取るのは厳しい。

 本来なら各個撃破していくしかないのだが、その前に横槍が入り人員を交代されてしまうのだ。

 完全に大型の獣を仕留める狩りのやり方だと、苦笑しながらも彼女はライフルを構える装甲戦機へと接敵した。


「俺が狙いか。そうだろうな、前線で戦ってるものにとっちゃ後ろからドンパチ手を出してくる存在はさぞ鬱陶しいだろうよ。でもな――」


 蛇の如く地面すれすれを蛇行しながら滑空してくるシルヴィア。

 その突進に対して、ライフルを持つ装甲戦機は瞬時にナイフを構える。

 距離的に銃撃は効果が薄いと判断し、近接戦へと切り替えたのだろう。


「後方支援役は接近戦が苦手……とは限らないぜ!? 寧ろ弱点を残しておく奴が兵士としてこの場にいるか? なら当然どっちも出来るに決まってんだろうがよ――ッ!!」

「どちらでも構わないさ!! まずはキミから潰す、ただそれだけだ!!」


 シルヴィアは人体サイズのナイフを爪で弾き、返す爪でその手首を切り飛ばす。

 修復機能があるとは言え、落とした武器まで修復されるわけではない。

 即ち、武器の簒奪及び破壊こそが今のシルヴィアにとって最も効率のいい手段であった。


「やるねぇ、できればタイマンで思いっきりやりあってみたいところだが、これは任務でね」


 装甲戦機は手首を切り落とされても動揺する事無く、もう一方の手に構えていたライフルをシルヴィアに叩きつける。

 シルヴィアはそのライフルさえも切り裂くが、その隙に装甲戦機に後退される。


「逃がすか」


 絶好のこの機会を逃さず、シルヴィアは追撃する。

 その装甲戦機が稼ぐ事が出来な距離はわずか一歩分に過ぎず、それも1秒あれば今の彼女には追いつける距離である。

 だが――。


「深追いはダメだぜ。特に俺達のような奴らを相手にするならな?」

「なっ?! まさか――」


 シルヴィアがその懐まで接近した時にはもう遅く。

 腹部から発射された呪術式起爆弾が装甲戦機を巻き込み、爆発した。

 有り体に言うのであれば自爆したのである。


「ぐっ、自爆か。なるほど、それは考慮になかったな」


 吹き飛ばされ、地面を転がるシルヴィアに向けて次々と銃火器、そして起爆弾が投下されていく。

 容赦などはなく、隙を作った獲物に群がるハイエナの如く火力は投入され続ける。

 シルヴィアは妖気を込めた翼でガードし続けるが、ガスと結界により弱体化した体では完全に防ぐ事は最早叶わない。

 体はみるみる内に傷だらけとなり、挙げ句爆風で吹き飛ばされた。


「泣き言を言うつもりはないが、なかなかの逆境だ。ふふっ、楽しくて楽しくて血液が沸騰しそうだ」


 刻一刻と体は傷つき、流血の量も妖魔とは言え馬鹿にできないレベルとなっている。

 そんな状態であるというのにシルヴィアは、口角を三日月の様に吊り上げて、両拳を強く握りしめた。

 体内アステリシアの血液は彼女の覚悟に呼応し、うねりを上げる。

 彼女は今、意図的に魔王の血を暴走させようとしていた。

 無論傍から見ればただの自殺行動に過ぎないだろう。

 だが彼女は違う。

 ここで限界を超え、更に飛翔する。

 未完の『領域』を新生させ、新たなる能力を手に入れるつもりなのだ。

 全ては勝利の為に。

 それが強くなる為に彼女が得た新たな境地である。

 逆境など彼女が燃え上がる為のスパイスにしか過ぎず、どこまでも勝利に対して追いすがる。

 敵としてこれほど相手にするのが嫌な精神構造もないだろう。

 そんな彼女らの戦場に、硝子が割れる様な音が大音量で響き渡った。


「っ!! 来たか。試す前で良かった」

「その様子を見るに、もう少し急いで戻ってきたほうが良かったようじゃの?」


 外部から結界を蹴り割り、若がその勢いのままにシルヴィアの側に着地する。

 シルヴィアはいいタイミングだったと、膝をついた。

 逆境を楽しむのは強がりでも何でもないが、体力の方は本当に限界が近かったのだろう。


「っ、結界が割られました。再発動までには多少の時間を要します」

「再設置は間に合わない。弱っている夢魔の方だけを確実に止めろ」


 そんな二人に対して装甲戦機達は動きを乱す事なく襲い掛かってくる。

 しかし、若の放つ巨大な竜巻に阻まれ、足止めを食らう。


「偽物の気配も周囲にはなかったし、囮作戦は失敗じゃ。故にさっさと逃げるぞ。儂も本隊を掻き回すのに些か妖気を使いすぎた。流石にこれ以上の戦闘は勘弁じゃ」

「潮時か。ギリギリまで追い込まれたつもりだったが、そう上手く行かないものだな」


 踵を返そうとするシルヴィア達の前に、一機の装甲戦機が立ち塞がる。

 心なしか他の装甲戦機よりも明らかに汚れの少ない、ロールアウトしたて感のある装甲戦機だ。


「戦闘に入っていける自信がなくて後方支援に徹していたんすけど、これって千載一遇のチャンスっすか? イヤッホ~、ツイてる~俺」


 退魔師は軽い口調の割に、慣れた手つきでライフルを構えるとトリガーに指を掛ける。

 新米であってもひよっ子ではないのだ。

 軽薄そうな口調は本人の性格によるものであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 戦場に駆り出されている以上戦えないと判断されたものはこの場に居ないのだ。

 それが証拠に若とシルヴィアは油断なく相手を見据える。

 そんな中――。


「見~~つ~~~け~~~~た~~~~っ!!!!!!」


 上空より火の玉が、隕石も斯くやといった強烈なスピードで突っ込んでくる。

 それも目標は彼女達三人である。


「はっ?!」

「なっ?!」

「何だっ?!」


 その光景に新米の退魔師は勿論、シルヴィア達、そして他の退魔師達も驚愕する。

 驚愕する間も一瞬、回避が到底間に合わなかった新米の装甲戦機は、落下した火の玉に衝撃でバラバラに吹き飛ばされた。


「見つけた、漸く見つけたぞ」


 爆炎の中から炎の翼を広げ、少女が姿を現す。

 溢れ出る妖気は荘厳かつ華麗。

 見るものを魅了する美しさを持ち合わせていながらも、どこまでも荒々しい。

 吹き荒れる炎はまるで罪人の罪を焼き殺した、天の

 そう形容したくなる様な威圧感を醸し出していた。

 そしてそれはその神獣がどこまでも猛っている事を現している。


「この妖気……いえ、神気の反応。――――鳳凰、ですって?!」

「輪廻様か?! どうしてここに?!」

「輪廻様も作戦の対象だ。決して攻撃すること無く捕獲しろ」


 辺りに燃え移る炎と同じ色合いの髪を逆立て、輪廻は辺りにいる全ての者を睨む。

 その体は既に妖魔化されており、溢れる妖気が辺りを一瞬で彼女色に塗り替えてしまうほど桁違いである。

 『領域』を広げてすら居ないのに、存在するだけでこの場の支配者が誰なのかを雄弁に示しているのだ。

 それほど本気になった輪廻の存在は圧倒的だった。


「邪魔すんじゃねえ!! こっちは時間が無いんだよ!!」


 向かってくる装甲戦機に対して、輪廻は口を大きく開く。

 それに伴い超密度の火球がその前方に出現した。

 いつの日かくうに対した使用したものである。

 だがそのサイズが違う。

 桁違いの量の妖気を吸い込み、火球は一瞬で装甲戦機を超えるサイズまで膨れ上がる。

 それは宛ら小さな太陽のよう。

 触れるもの全てを昇華する滅びの恒星。


「退避だ!! 退避しろ――ッ!!!!」


 撤退の命令虚しく、火球は発射される。

 触れるもの全てを昇華し、その光は装甲戦機を飲み込んでいく。

 巻き込まれた退魔師達は全エネルギーをシールドに回すが、頼みのシールドは1秒も持たずに蒸発して消える。

 そしてその下に残る装甲も――。


「た、助け――っ!!?」


 魔導科学によって高い耐久性能を誇る装甲戦機の装甲が、跡形もなく消えていく。

 唯一残るのは最も強固に造られているコックピット部のみ。

 だがそれすらも全てが蒸発させられていた。

 即ち、輪廻が命を取ろうと思えばいつでも取れるという事の現れである。


「輪廻様だかなんだか知らねぇが、よくも仲間を――ッ」


 味方を攻撃され、激昂した一機の装甲戦機が輪廻に向けてライフルを連射する。

 呪術弾の様な特殊な弾丸ではないが、それでも気の込められた対妖魔専用の銃弾である。

 その銃弾の雨を前に輪廻は防御姿勢すら取らない。

 いや、そもそもそれを攻撃とすら認識していないのだ。

 弾丸の雨に晒されながら、輪廻は猛り叫ぶ。


「時間がないってあたし言ったよな? だったらとっとと失せるのが道理じゃないのかよ?!」


 輪廻に接触した瞬間、銃弾は溶鉱炉に落ちたかの如く溶けて消えていく。

 実体のない炎の様に、輪廻はダメージを受ける事無く装甲戦機達を睨みつけた。

 半端な攻撃は炎化できる輪廻には全くの無意味である。

 そして半端ではない攻撃であっても、再生能力持ちの不死鳥には大した意味を持たない。

 正に『人の身で倒す事の出来ない存在』其の物だろう。

 その事を知識としてだけ知っていた退魔師の一部の者は、目の前の現実こうけいに改めて唖然とした。

 そして同時にこの場で輪廻を捕まえる手段が皆無であると理解する。


「作戦は中止だ。生存者の回収を最優先にして撤退しろ」

「だから初めからそうしろって言ってるんだってのにっ」


 撤退命令を受けて、ほうほうの体で逃げ出す退魔師達に輪廻は文字通り気炎を吐く。

 怒りはまったくもって収まっていないが、追い打ちをかけるつもりは無いようだ。

 そもそも殺す気があるのであれば、初めの段階で上空から全て焼き付きしているだろう。


「状況はよくわからぬが、緊急事態なのはわかった。何があったのじゃ?」


 突然の事に状況がさっぱり飲み込めない若は、なんとも言えない表情で輪廻に尋ねる。

 隣りにいるシルヴィアもまた同様で、口を挟みはしないがじっと輪廻の事を見つめていた。

 輪廻は二人の視線を受け、漸く天を焦がす勢いの妖気を消す。

 そして――。


「詳しい状況は後で説明する。だから頼む、親友を……キョウを助けてくれ」


 まだ戦火の炎が消えない中、輪廻はシルヴィア達に対して深々と頭を下げるのであった。

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