第81話「ランク差」

「なんじゃ、こんなものか?」

「くっ――」


 若は地に伏したクリスティナを踏みつけながら、残念そうな声を上げる。

 その直ぐ側にはシルヴィアと刹那も倒れていた。

 共に満身創痍で、立ち上がる力すら絞り出さなければいけないほど疲労している。

 辛うじて戦いという形式になっていたのは、若が本気をだすと言った数分程度の間だけ。

 その後は一方的なリンチでしかなかった。


「もう……、もうやめてくださいっ!!」


 識に体を掴まれた状態でキョウは悲痛な声を上げた。

 最早勝負は決しており、誰の目から見ても若に敵わないのが見て取れる。

 それでも尚続いていたのは、彼女達の闘志がまだ折れていないからだ。


「ま……だだ」


 底をつきかけているなけなしの妖気を振り絞り、シルヴィアは立ち上がろうとする。

 が――。


「その程度の状態で立ち上がってこられてものう」


 若は反撃させる間も無く上空へと蹴り飛ばす。

 その光景にキョウが再び悲痛な声を上げるが、最早シルヴィアは答えること無く地面へと落下した。


「かっかっ、弱い、弱いのう。主らそれで守っているつもりかや? じゃったら逆効果じゃぞ?」


 ピクピク震えるしかできなくなったシルヴィアの頭を踏みつけながら、若は嘲笑う。

 キョウはその光景に堪え切れず飛び出そうとするが、識がそれを許さない。

 若はキョウを識から離すために挑発しているのだから。


「そんなこと有りません!! クリスティナさん達はちゃんと僕を守ってくれました。だからもう止めてください!! 戦いたいのであれば、僕が相手しますから」

「ほぅ、それは楽しみじゃ。じゃがのう、守るべき慰魔師おひめさまにこうまで言わせておいて、主らはそれでいいのかや?」


 若は両腕をつき必死に起き上がろうとしているクリスティナの背中を踏み潰す。


「かはっ?!」

「主らそれでも妖魔かや? 守るどころか足を引っ張って平気なのか?」


 圧搾機のように若は徐々にクリスティナの背中に圧力をかけていく。

 なぶり、傷めつけるために。


「――――ッ!!!!」


 背筋が断線し、肋は砕け、背骨がひしゃげそうな激痛を味わいながらも、クリスティナは悲鳴を漏らさないように歯を食いしばる。

 悲鳴を上げればキョウがさらに悲しむことを理解しているからだ。


「それが答えか? 悲鳴を堪えても何も状況はかわらぬぞ。それともまだ分からぬというのであれば……」

「駄目っ――――!!!!」


 若がクリスティナの角を踏み潰そうとした瞬間、キョウは識の手を振り払い飛び出す。

 その角はクリスティナがキョウに命と同じくらい大事なものと語ったものだ。

 それを踏み潰そうとしているのだから、止めない訳にはいかない。

 最早キョウの頭には試合の事などどうでも良くなっていた。


「短絡じゃの」

「――――っ」


 キョウが一歩を踏み出す直前。

 キョウですら認識不可な攻撃が頭上の標的前方を通り過ぎた。

 もし識がキョウの服を掴んで引き寄せなければ、それだけで終わっていた一撃。

 その事に気付き唖然とするキョウを見ながら、若はクリスティナの髪を掴むと無理やり引っ張り上げる。


「今の見ておったか? 危うく主達が守ろうとしていた者が終わるところじゃったぞ? 主らが足手まといなせいでの」

「くっ……はっ……」

「クリスティナさん達は足手まといなんかじゃないです!!」


 キョウの叫ぶような音量の声を聞きながら、若は口角を上げる。


「かっかっ、キョウよ、甘いのは結構なことじゃが主は己の性格をきちんと理解しておいたほうが良いぞ? そうじゃな、こんな状況になればどうするのかや?」


 若はクリスティナの髪を掴みながら、もう一方の手でクリスティナの首を絞め始めた。

 家畜を絞殺するかの如く、その手付きは手慣れており微塵も躊躇はない。


「ぐぇ――がぁっ――!!」

「今すぐ頭上の標的を割らねばこやつの首を折る」

「い、言う通りにしますから、もう止めてあげてください」


 涙声になりながら、キョウは若に懇願する。

 若はつまらなそうに視線を送った後、無造作に手を離した。

 開放されたクリスティナは力なく倒れ伏す。


「ほらの、完全妖魔化した大妖クラスの妖魔にすら勝てる主がこの様じゃ。これを足手まといと言わずなんというのかの。――――あぁ、よい、律儀に標的を割らなくてもよい。こんなもの唯の脅しじゃ」

「え?」


 識に申し訳無さそうな視線を送りながら標的に手をかけるキョウに、若は手をひらひら振りながらストップを掛ける。


「キョウにここまでさせながら何故立ち上がらん。何故怒らぬ。主はユニコーンじゃろうが?」 ドッジボールの時のように怒りの妖気を纏えば、Aランク妖魔に限りなく近く成れるというのに。主が儂に勝つ手段なぞそれくらいしかないじゃろうが」


 若は己の苛つきをぶつけるかの如くクリスティナを蹴り飛ばす。

 クリスティナは最早腕を動かす気力もないのか、ヒューヒューと苦しげに息を吐き出すだけだった。

 クリスティナ達は何度も立ち上がり、何度も何度も叩きのめされて今ここにいる。

 限界など疾うの昔に迎えている。

 最早気力や根性の問題では無いのだ。

 筋肉が、骨格が物理的に動かないレベルまで来ている。


「そこで寝ている夢魔。主も主じゃ。なぜ幻覚能力を使わん? それで儂に勝てるつもりじゃったのかや?」

「わ、私は……総ての事柄に、おいて……正々堂々と……」

「戯けがっ!! 勝負事において卑怯も糞も無いわ。持てる総てを賭して戦ってこそ真剣勝負じゃろうが」


 激昂を片足に載せ、若は何度も何度もシルヴィアの体を踏みつけた。

 若が執拗に嬲り続けているのは彼女等が本気を出していないからである。

 若からすれば手を抜かれているのに、ピンチを演出するかの如く這いつくばり続けている彼女等に苛立ちを覚えるのも当然だろう。


「追い詰めればいつかは本気をだすかと思っておったが、とんだ見込み違いじゃ。時間もあまり無いというのに」

「時間?」


 ポツリと漏らした若の言葉をキョウは拾う。


「予想ではそろそろ終わる頃じゃと――――ッ!?」


 若がフィールドの端の辺りを見た瞬間、その足が凍りつく。

 そしてその周りを中心に全長数メートルに渡る巨大な氷柱が次々と出現する。


「儂が隙を見せる瞬間を狙っておったか」

「キョー君を悲しませた。――お前は殺す」


 殺意の篭った言葉とともに、刹那は氷柱を発射する。

 大きさ威力ともに刺されば風穴が開くどころか、胴体が千切れるくらい太い。

 そんな氷柱を無数に、それも脚を氷漬けにして動けなくした状態でだ。

 それを前にして、若は恐れるどころか口角を釣り上げ笑う。


「良いぞ良いぞ、主だけじゃ儂を殺す気で戦ってくれるのは――――じゃが」


 若は両翼に大量の妖気を込めると、思いっ切り羽撃かせる。

 それにより巻き起こった風刃が氷柱と刹那の体を切り刻んでいった。


「……く、そっ」

「一番真面目に戦う気がある主が、この中で一番弱いというのはなんとも皮肉じゃろうな」


 切り刻まれた氷から体を復元しようする刹那。

 若は何でも無いかのように脚に纏わり付く氷を蹴り割ると、その側に降り立つ。

 そして欠片も残さないよう、踏み潰そうとしたその時――。

 若を中心に上空に巨大な魔法陣が浮かび上がた。


「ちっ、もう時間かや。思ったよりも早く終わってしまったの」

「――っ?!」


 残念がる若を他所に識は9つの瞳すべてを向け、魔法陣を睨む。

 ソレを見た瞬間、これまでの意味全てを理解したからだ。


「お前の目的は最初からコレだったのか」

「出来れば主らとも遊びたかったが、こやつらがいつまでも本気を出さぬからついつい遊びすぎてしまった。まあそれも仕方ないの」


 上空に出現した魔法陣の効果により、徐々に若の体とその周りのクリスティナ達の体が消えていく。


「え? え? コレは一体どういうこと? どうしてクリスティナさん達の体が……」

「あれは転移の術式。こいつは私達を倒す気なんかさらさらなかったんだよ。こいつの目的は――」


 識の言葉の途中で魔法陣は強く発光すると若もろともクリスティナ達を飲み込み、転送した。

 そして――。


「――会いたかったわキョウくん。久しぶり、かしら」


 ふわりと金糸のような髪を揺らし、優雅な振る舞いで消えた魔法陣の先から一人の少女が出現する。

 Aランク最強の妖魔であり、現生徒会長。

 若と入れ替わる形で美鈴が魔法陣から現出したのであった。

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