第43話「女子のグループに一人、非モテ男子が加わるとパシリにされる」
――話は少し戻り、試合前のBチームへと移る。
「『ユニコーン』『サキュバス』『座敷童子』に『雪女』。これがFチームの妖魔の正体よ」
きついウェーブのかかった紫色の髪をかき上げながら、紫雲は同じBチームのチームメイトである皆に説明する。
そのもう一方の手には小さな手鏡が乗っており、怪しい光を醸し出していた。
辺りに漂う妖気からも、それが彼女の能力であることは明白だろう。
彼女は『雲外鏡』、妖魔の正体を見抜く能力を持つ妖魔である。
「へー、結構有名所が揃っているよね。一回戦の相手だったAチームだって『ミノタウロス』『デュラハン』『ジャックランタン』と中々有名だけど、それでも相手にならなかったところを見ると、ほんとに強いよねFチーム。そう思わない? ハクちゃん」
「うんうん、そうだよね。名前しか知られていない私達よりずっとメジャーだよね。私も同じ意見だよ、ハクちゃん」
紫雲の説明を受けて、姿形は疎か身振りや声まで同じ少女二人が談笑を始める。
普通に考えれば双子の姉妹なのだろうが、互いに同じ名で呼び合う光景は少し異様な光景といえるかもしれない。
それもそのはず、彼女達は『送り狼』の妖魔であり、二匹で一つの妖魔として成り立っているのだ。
故に名前すらも漢字以外は同じであり、姿形や能力に違いもないのである。
そんな彼女達の様子を気にした素振りも見せず、紫雲は言葉を付け加えていく。
「ただ、やっぱりあのくうさんの正体だけは、私の能力でも見ることが出来なかったよ」
「……私も同じ。あの人の心だけは全く見えない。まるで空の器を見ているように
新たに会話に加わったのは、眠たそうにも見える半目の少女、
彼女は『覚』の妖魔であり、前述の言葉通りに思考を読む能力を持つ。
Fチームの作戦が全て筒抜けとなるのはもう一つ要因があるのだが、大凡彼女の所為であると言えるだろう。
「――――」
二人は言い終えるとほぼ同時に、その場に居るもう一人の人物に視線を送る。
ハクと互いに呼び合う双子も、釣られるようにその視線の先へと顔を向けた。
その様はまるで上司に伺いを立てる部下のような仕草である。
事実この場の主は彼女だろう。
纏っている雰囲気が、彼女だけ明らかに異質なのだから。
「私に降るな、面倒くさい。お前ら二人の能力で正体がわからないなら、もうソレはお手上げって事にしとけ」
4人の視線の先には一人の女子生徒が膝を立て、そこに顔を載せながら言葉通り面倒くさそうな仕草をしていた。
その体に纏わりつくように伸びる長い髪は、白金色に輝いており見る者の目を惹くだろう。
だが先程の言動を身を持って体現するかの如く、長い髪は装飾具で束ねることをせず好き勝手に飛び散っており、所々に寝ぐせのような跡が見受けられていた。
その風貌から誰がどう見ても、彼女が真面目な人物ではないだろうということはわかる。
ただ、それらの要素を差し引いてもその少女の見目は、十分すぎるほど美しかった。
慧眼を想起させる深い眼差しに、均整の取れた顔立ち。
ズボラと理知が混在している存在が彼女であった。
「……嘘、
「ツンデレちゃんだからね、識は」
暁理の言葉を受け、双子の片方が冗談めかしながら笑う。
そんな二人に揶揄されながらも、識と呼ばれた少女は気にすること無く、気怠げに追い払うように手を振った。
「あ~はいはい、そういう事でいいから私に構うな。勝手にドッヂボールなり一日デートなり好きにやってな」
「識、余りそう言う態度をとっていると男子にモテなく……」
「喪女結構、私は好きに生きられたらそれでいい」
識のあまりの態度に紫雲が窘めようとするが、識はそれすらも開き直って受け流す。
その言葉に紫雲は打つ手なし、とでも言うようにそっと溜め息を吐いた。
「またまた~、そんなこと言ってホントはあのキョウくんのこと、少し狙ってるんじゃないの?」
ハクがそう言うと、面倒くさそうな表情だった識の顔が一転し、シリアスに歪む。
「……アレはそう良いモノじゃないぞ」
「? それはどう言う意味?」
意味がわからないと言うように、大なり小なり困惑する他のメンバー。
それを見回しながら識は目を細める。
「お前らおかしいと思わないのか?」
「おかしい? 何が?」
「そのキョウって奴の事だ」
「何々? どういうことアカリン」
識の問いかけに、ハクは目を瞬かせながら思考の読める暁理に聞く。
しかし暁理は首を振り、回答を拒否した。
「……心を閉ざされたから読めない」
「心を閉ざすって、そんなことも出来るんだ」
「くうって人は勿論だけど、私達からすると識も大概変な能力が使えるよね」
双子の息のあった受け答えに、識は舌打ちする。
その様を見ながら、紫雲は話を元に戻すために口を開く。
「可笑しいって言うほどじゃないけど、確かにあのコミュニティー障害具合は、少し普通じゃないと言える……かな?」
「そう、それだ」
「?」
「何でお前達はそんなコミュ障の奴に好印象を持っている? それもお前達だけじゃない、恐らくクラスの女子の殆どが少なからず好意を持っているはずだ。違うか、暁理?」
問いかけながらも、識は確信を持った表情で暁理を見た。
暁理はその問いかけに少し考えこむような素振りを見せてから、首肯する。
「……ん、彼が自己紹介の時に悪い感情を発した妖魔は居なかった」
「でもそれは彼が慰魔師だからじゃ?」
「じゃあ、お前はクラスの男子全員に好意を持っていると言えるのか?」
「それは……無理だけど。でも全員がキョウくんの様な見掛けなら持ってる……かも」
紫雲の言葉に皆何も言わないが、同意するように頷く。
その様を見ながら識は更に眉を
「それもおかしな話だ。お前らは何時からショタコンになった? 多数派少数派はあれど、子供が嫌いなやつだって当然居るはずだろ?」
「うぐっ、まあ、私もどっちかと言えば年上なタイプの方が好きだけど、なんでかキョウくんはソソるものがあるんだよね」
「ソソる……ね、言わんとしていることはわかるが、客観的に見ればそれはおかしいんだよ。コレがアイツのおかしなところ、一つ目だ」
頬杖を付いたまま、識は指を一本立てる。
その動作は緩慢で気怠げだが、見ようによってはどこかやる気に満ち溢れているように見えなくもなかった。
「一つ目ってことは、全部で幾つあるの」
「私がアイツ関連でおかしいと感じる点は少なくとも三つある」
三つという識の言葉に、他のメンバーは首を傾ける。
少なくとも識以外の彼女達に、キョウに対する不審な点は見当たらないようだ。
「まず一つはさっきの話の通り、妖魔から無駄に好印象を受けているという事。こうして疑っている私でさえ、アイツに対して悪印象を抱くのは難しい。コレは非常におかしな出来事なんだよ」
「……分かるような分からないような」
識の言葉に彼女達は微妙な顔をする。
何故なら彼女達はキョウが無駄に好印象を受けているという事柄が、当然のことにしか思えないからだ。
容姿が優れている者にその者がモテるのはおかしいと主張しても、言い掛かりにしか捉えられないのと似たような事情だろう。
「まあ、コレはあくまで私の主感による疑問点だからな。絶対に同意が得られる、何て思っちゃいないさ」
そう言いながら識は、注意深く彼女たちの反応を観察する。
まるで今ここで起こっている何かを見定めるように。
「とりあえず次だ。二つ目にこの学園で急遽決まった決闘のルールに関してだ」
「確かに唐突で強引なルールだったけどさ、それに関してはキョウくん関係なくない?」
「はたしてそうか? 自己紹介の時の話によるとアイツは理事長と親しい間柄だそうじゃないか。だったらそのルールはもっと考えられたものであるべきだろ。だと言うのにあのルールはどう考えても妖魔に都合が良すぎる。もし、なにか目的があってアレならばアイツに何か裏があるとみるのが普通なんだよ」
ハクの反論に識は苦笑いしながら答える。
その顔はなぜ理解できないのかわからない、とでも言いたそうな顔だ。
「う~、でもアレだけ強いんだったらあのルールでいいんじゃないの? 強い妖魔をパートナーにさせたい~とかさぁ」
「それなら決闘相手の妖魔の格を制限すればいい、いやそれどころか理事長自らが指名してやればこんなまどろっこしい事をせずに済む。要するに理事長にはアイツに無制限に決闘をさせたいだけの理由があるってことだ」
「ん~、考え過ぎということはない?」
紫雲の言葉に識は目を閉じる。
何かを考えているようには見えるが、誰もその考えを伺い知ることは出来ない。
「考え過ぎか、そうかも知れないな」
「……少なくともキョウ本人は大それた事は全く考えていない」
暁理の言葉を聞きながら、識はボサボサの自分の髪を指にくるくると巻きつける。
巻きつけては解き、また巻きつけては解き、とそれを何度も繰り返す。
やがて飽きたのかそれとも思考に決着がついたのか、識は溜息とともに再び口を開く。
「――まあいい、これで最後だ。お前達も違和感を感じているだろうあの強さについてだ」
「あれは修行でー、って本人は言ってたけど」
「修行……ね。一体何をしたら人間が妖魔と変わらない強さを得られるんだろうな?」
「…………」
識の問いかけに、誰もが答えを返すことが出来ない。
コレに関しては恐らく誰もが疑問を抱いていたことだったろうから。
「何にせよ尋常じゃない強さだ。おかしいと言っても異論はないだろ?」
「それは、まあ」
識の言葉に皆各々頷く。
それを見ながら識は結論を言おうと口を開く。
「以上を踏まえて結論を言うと、だ。――――」
「?」
しかし識が何かを言おうとした瞬間、その視線は建物の壁へと向けられる。
釣られて紫雲達も視線を向けるが、そこには何もない。
だが識は何かに感づいたように口を閉じてしまった。
まるでそれを口にすれば何か良からぬことが起こってしまう。
そんな風にもとれる表情だった。
「結論は……だ。あ~、ドッヂボールでアイツらに勝ちたければ『キョウ』と『くう』の二人には手を出すなってことだ」
「あっ、結局この話の着地点はドッヂボールの話なんだ……」
識の結論に皆少しズッコけるような素振りを見せる。
それもそのはずだろう。
元がドッヂボールの話とはいえ、逸れていた話題から急に無理やり軌道修正されて着地させられたのだから。
「ちっ、嫌ならいいんだよ、元々私はこんな面倒な
「あ~、ごめんごめん、ちゃんと聞くからさぁ。ね、ね?」
「そうそう、アカリンとシーちゃんもそうだよね?」
「…………ちゃんと聞く」
「私は初めから真面目に聞いていたんだけど?!」
不貞腐れるような態度を取る識を、全員で宥める。
最早先ほどまでのシリアスな雰囲気は霧散した後だった。
「でもさ、識。くうさんの方が無理なのはわかるけど、男子であるキョウくん残して勝つのはしんどくない? それならシルヴィアさんの時みたく、色仕掛けしたほうが良いと思うんだけど?」
「……あの時の彼の頭はおっぱいの事でいっぱいだった。……いける」
「いや待て、お前色仕掛けって――」
やや熱意の篭った紫雲と暁理の言葉に、識は他のメンバーの体を順に見ていく。
双子のハク達は無いこともない程度のサイズ。
暁理は今後に期待といった様相。
そして紫雲はAとかそう言う次元じゃない平原が広がっていた。
それらを順に眺めていた識は、口を半開きにしながら呆然とするしかなかった。
「お前ら揃いも揃って貧相な物しか無い……いや、寧ろ貧相な物すら無いのに色もクソもないだろ」
識は苦笑いを浮かべながら、ダルそうに体の向きを変えながらそう言う。
その際にポヨンと揺れた胸に、他のメンバーの視線が集中する。
シルヴィアやカルビの様にド迫力の大きさというわけではなかったが、それでも識がこの中の誰よりも大きいのは事実だった。
「じゃあ識がやればいいんじゃないの?」
口元をヒクヒクさせながらも紫雲は提案する。
本人はいたって冷静を装っているつもりだろうが、誰が見てもその表情は怒りに震えていた。
「喪女上等の私が色なんて使えるわけ無いだろ。それにだ、仮にキョウをアウトにできても、あのユニコーンを怒り狂わせるだけだ。そのどちらにしても得策じゃないだろ? だから放置安定なんだよ」
「まあ、確かにそう言われればそうね」
「Fチームの総合能力は高いが、意外と穴はある。狙う順番と地雷さえ踏み抜かなければなんとかなるものさ。そうだな、まずは――」
識の言葉にBチームのメンツは顔を寄せる。
その作戦会議は試合が始まる直前まで続くのだった。
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