第44話「VS Bチーム」
――場面は戻り、再び試合中へ。
「つき子さん、アウトでございます」
審判である浄蓮先生の声がコートに響く。
聞こえてきたコールに僕らは状況を忘れて一斉に振り向いた。
「ダブルアウトじゃないのですか?!」
紫雲さんが起き上がりながら先生に問いかける。
僕は一瞬なんのことかよくわからなかったが、自分が何をしたのかすぐに思い出す。
「あっ……」
そう言えば先程、僕は思いっ切りボールを弾き飛ばしたのだ。
それも相手チームが投げた球を。
そしてそのボールは相手のチームの人に取られたわけだが。
――これって一体どうなるのだろう。
今更ながら僕はしでかしたのかも知れないと言う事に漸く気づく。
「少々解説がいるようなので一時タイムとさせていただきます」
「…………」
皆思うところがあるのか、黙って先生の声を聞く体勢に入る。
一部面倒くさそうな人や無関心な人たちもいるが、概ね聞く体勢に入っているといえるだろう。
「順を追って説明いたしますと、まず
「で、でも識は受け止めたはずです。その場合ハクの攻撃が有効となり、つき子さん、キョウくんの両者がダブルアウトになるんじゃないんですか?」
静々と解説する先生に紫雲さんが質問する。
「確かに仰る通り、キョウさんは当たった扱いではあります。ですが、今回のドッヂボールには幾つかの特別ルール定めさせて頂きました」
「――顔面セーフって奴だな」
先生の言葉を繋ぐように識さん?は明後日の方向を向きながら、掌のボールを上手にくるくると回転させる。
識さんの言葉で僕も朧気ながらに思い出す。
事前に説明されたルールにその様なものがあったことを。
意図してやったわけではないが、どうやらそのルールに僕は救われたらしい。
「えぇ、その通りです。今回男子生徒は首から上の判定はセーフとさせて頂いております。例えそれが故意のヒットだとしても妖魔側の優位性からすれば微々たる程度のハンデですので、今回同様の行いは以降全て見逃させて貰うことをご了承ください」
丁寧に腰を曲げ、お辞儀をする先生にBチームの皆は苦い顔をした。
何がそんなに不味いのだろうか。
僕はBチームの表情の理由が分からず、首を傾ける。
「ねぇねぇ、キョウくんも男子生徒とは言え、あの身体能力で首から上セーフって……しかも故意容認とか狡くない?」
「あんまり女々しいことは言いたくないけど、こればっかりは同意したくなるね」
「……本人が一番理解してないところが一番質が悪い」
識さんを除くBチームの皆は示し合わせたように額を寄せ合い、何かを話し合う。
なんだろう、ちらちらと僕を見ているように見えるのは僕が自意識過剰すぎるからだろうか。
僕はしきりに自分の後ろ等を確認しながら、挙動不審な動作を繰り返した。
そんなこんなしている内に先生から声が掛かる。
「――お時間を取らせました。それではこれより再開とさせていただきます」
再び鳴り響くホイッスルの音と共に、試合が再開する。
点数で言えばまだこちらがリードしているが、人数はつき子ちゃんが減って四人。おまけにボールは相手チームの物だ。
油断すればあっという間に追いつかれてしまうだろう。
「油断すれば追いつかれてしまうって顔をしてるな。あー嫌だ嫌だ、本気を出せば独りで盤上ひっくり返せるジョーカーを2つも抱えているくせに、ホント面倒くせぇよ」
そんな僕の心を読んだかのように、識さんは手鞠のようにポンポンとボールを地面に打ち付ける。
その視線の先は僕と――。
「…………」
そして直接見てはいないが、くうを見ている気がした。
対するくうは未だ微動だにせず、静かに識さんを見つめ続けている。
一体識さんに何があるのだろう。
僕はくうの行動が何を示しているのか、全く分からなかった。
「まあど~せココを勝っても負けても茶番だし、どうでもいいんだけどな」
「? それはどういう……」
どういう意味と、僕は思わず聞き返そうとする。
その瞬間、ノーモーションで識さんの手からボールが発射される。
完全に意識の外側を突いたような攻撃に、僕は自己防衛以外の反応を繰り出せなくなった。
体が反射的に防御態勢を取る中、視線だけはボールを追い続ける。
その先は――。
「…………?」
識さんが狙った先にいたのは刹那さんだった。
今もなお眠り続けていて、ボールに反応する素振りすらない。
そしてボールはノーモーションで放たれたにも関わらず、カルビさんやシルヴィアさん達と変わらないくらいの球威を放っている。
「クリスティナさんっ!!」
「分かっています――ッ!!」
僕の呼びかけに反応するより先に、クリスティナさんは刹那さんを押し倒すかのように飛び込む。
本当に間一髪といったところでクリスティナさんが打球から刹那さんを救う。
その光景にホッとしながらも、僕は真さんを外野から守る為に一歩進む。
『我らを恐れるならば、この歯向かう所
ハクさんが能力を発動すると同時に、返球されたボールに妖気が宿る。
またあの時の能力を使うつもりだろう。
そして僕がわかる以上、当然狙われているクリスティナさんも理解していた。
「――ッ!!」
クリスティナさんは転んだ姿勢のまま、跳ねるように体を反転させ立ち上がる。
ちょうどまだ倒れている刹那さんとボールの間に体を割りこませるような形だ。
「……右に少し、左下にそして上」
相手のチームから何か小さく話す声を聞きながら、僕は飛んでくる打球に意識を向ける。
さっきのあの球はまるで意思が宿ったように中を自在に動きまわった。
今度もそれは変わらないだろう。
つまり、いきなり僕や真さんへ向けて飛んでくる可能性もあるのだ。
故に僕は安易に動けなかった。
――大丈夫、クリスティナさんならなんとかしてくれる。
僕はいつ飛んできてもいいように身構える。
「――くっ」
クリスティナさんとボールが接触する瞬間、ボールはちょうどクリスティナさんの腕の下をくぐり抜けるように動いていく。
まるでクリスティナさんがどう動くのか見えているように、綺麗にその下を潜り抜けて行った。
狙いは先程と同じく刹那さんだ。
それにしても、こんなに見事に動きを読むことなんてありえるのだろうか。
そんな疑問が僕の頭に過る。
「このまま逃すわけには――――ッ!!」
クリスティナさんは瞬時にその場で体の向きを入れ替えると、ボールに向かって手を伸ばす。
外野にいるハクさんの速度も滅茶苦茶速かったが、クリスティナさんも十分負けていないだろう。
なにせ自分の横を抜けたボールを抜き返そうとしているのだから。
僅かな踏み込みでボールの速度に追いついたクリスティナさんが、追い上げるために更に一歩踏みだそうとする。
その瞬間――。
「ほら詰みだ」
識さんの声と共にボールが突如反転した。
刹那さん目掛け、猛進していた獣が獲物を変えたのだ。
「っ?!!」
突然方向を変え、牙を向いたボールにクリスティナさんは驚愕の表情をする。
加速しているクリスティナさんと反転したボールの距離は、相乗効果によりもはや眼前までに迫っているからだ。
「くっ!!」
それでもなおクリスティナさんは瞬時に反応し、首を大きく捻ると何とかボールの直撃を避ける。
中々の反射神経と動体視力だろう。
しかし――。
「クリスティナさん、アウトでございます」
「…………不覚です」
クリスティナさんは両手を握りしめながら頭を垂れる。
確かにクリスティナさんは直撃を避けた。
でもその際に長い銀色の髪が引っかかってしまったのだ。
――くうの時と同じだ。
僕は内野を去っていくクリスティナさんの後ろ姿をただ見ているしかできなかった。
「これでお前が護らなければならない相手は二人に増えたわけだが、予め忠告しとく。どちらか守りたい方一人だけを守れ。私はお前が守らなかった方を必ず撃ちぬくから」
外野からボールを受け取った識さんが掌でボールを弄びながら、そう僕に宣言した。
僕らのコートには今、真さんと刹那さんがいる。
どちらも識さんやハクさんのボールは取れないだろう。
もう内野の人数を一人も減らせない以上、識さんの言う通り僕が二人を守るしかない。
けれど――。
「まあ、お前はポイント的に選択の余地なんてないけどな」
識さんがそう言った瞬間、又もやノーモーションでボールが放たれる。
狙いは三度目の刹那さんだ。
僕が守らなければ刹那さんはこのまま当たるだろう。
僕は殆ど反射的に飛び出す。
――ただボールから逃すだけでは駄目だ。
ちゃんと受け止めないと返しの攻撃で真さんが狙われてしまう。
そう思い、僕がボールを見据えたその時だった。
ボールに妖気が宿り、僕の向かった先とは逆方向に動き始める。
この能力はハクさんの能力だ。
本人が投げなくても能力を使用できるのか、と僕は驚きつつも、急いで体を反転させる。
「……逆方向」
「え?」
僕が体を逆方向に反転させる瞬間。
まるで考えを読んだかのようなピッタリのタイミングで、相手コートの暁理さんが呟く。
それと同時に、再びボールの軌道が変わった。
「えぇっ?!」
完全に裏を掻かれた形で、僕はボールを逃してしまう。
その向かう先は勿論刹那さんだ。
何かがおかしいと感じつつも、僕は体を反転させる暇すら惜しくて後ろ跳びする。
――少し、間に合わない?!
視界の隅で捉えたボールと自分の距離とで試算した結果に、僕は唇を噛む。
もう少し、あと少し身長があれば。
そう思いつつも、無理な体勢で手を伸ばすことに意味は無く、僕はどうすればいいのか決断を下さなければならなかった。
このまま刹那さんを見捨て、リバウンドしたボールに掛けるか。
それとも――。
「………………」
僕が決断を下そうとした瞬間、僕は地に伏したままの刹那さんと目があった。
今正にボールが当たるかもしれないという瞬間なのに、刹那さんは薄氷色の瞳でじっと僕を見つめているだけだった。
まるで僕の行動を観察するように、けれどどこか諦めの混ざった表情で。
その顔を見た瞬間、僕は決断を下した。
「大丈夫っ!! 必ず護ってみせるから――ッ!!」
僕は二つ目の選択肢を取ることを決断する。
僕の前でそんな顔をしている
だから何としても止めてみせる。
例えそれで僕がアウトになろうとも。
「――――っ」
僕は思いっ切り足をボールに向けて伸ばす。
当然のことながら僕の短い足では少し届かない。
「これは予想外の方法をとったな。悪手すぎて普通は先ず取らない選択肢だが――」
識さんの声が聞こえる中、僕はボールとの距離を埋めるべく靴を蹴り出した。
渾身の蹴りにより発射された靴は、ボールに当たり軌道を逸らす事に成功する。
「……へ? 馬鹿なの、あの子?」
「……うん、馬鹿。凄い馬鹿」
刹那さんから離れていくボールを見ながら、僕はホッとしながらもやってしまった感が冷や汗とともにだらだらと出てくる。
相手チームの言葉通り、やっていることだけを見れば僕の行動は馬鹿としか言いようが無いだろう。
――だけど、それでも僕は……。
僕は弾かれて外野に飛んでいこうとするボールをただただ見つめる。
他に打つ手はなく、僕がアウトになるのは最早確定事項だろう。
そんな事を思っていた時だった。
「――その言葉~、本気にしてもいいですかぁ?」
少し間延びした声と共に僕らのコートと外野を遮るように、半透明の壁が
ボールはその壁にぶつかると同時に固まる……いや凍りついた。
そこで僕は気づく、聳え立った半透明の壁が氷で出来ていることに。
その氷の壁は刹那さんが創りだしたものだったのだ。
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