第83話「狛と怕」

 周囲に気を配りながらも必死に足を動かし、美鈴さんの式神達の間を駆け抜ける。

 数はざっと数えても百近くいるのではないだろうか。

 それが一つの生き物のようにひしめき、うねりながら次々と僕の元へと押し寄せてくる。

 勿論狙っているのは僕の頭の上にある標的ライフ

 皆美鈴さんと同じ顔をしているだけに、それは唯のホラーよりも怖い光景だった。


「識さんに大丈夫って言い切ったんだ。だからここは僕一人でなんとかしないと」


 殴り、蹴り飛ばし、投げ捨てながらなんとか前に進む。

 始めは殴ることすら躊躇していたが、この美鈴さん達相手にそんな余裕はなかった。

 と言うより恐怖で攻撃せざる負えなかったのだ。


「――せいっ」


 一番近くまで迫っていた式神を掴むと、進行方向に立ちふさがる式神達に向けて投げ捨てる。

 それにより進行方向に居た式神達は一様に倒れていく。

 だが――。


「――――――」


 式神達は何の躊躇もなく自分と同じ顔の式神を踏み台にし、次々と僕へ襲いかかってきた。

 踏み台となった式神の事などお構い無しだ。

 僕は虫のようなその冷徹な思考回路に怖気が走る。

 この式神達には思いやりや感情等が一切ない。

 ただ下された命令を最短ルートでこなすだけ。


「やっぱり式神とはいえ、悲しいかな」


 無残に踏み潰される式神を横目で見ながら、僕は跳躍する。

 だがそれにばかり気を取られてはいられない。

 僕は時間終了まで何とか逃げ切らなければならないのだから。

 上空から声が聞こえてきたのはそんな折だった。


「――――どこへ行くつもりかしら?」

「っ?!」


 声が聞こえたと同時に僕は見えない壁に衝突する。

 何が起きたのかさっぱりわからない僕は、そのまま地上に落下した。


「くっ」


 空中で体勢を建てなおすと、何とか着地する。

 そして予感とともに上空を見上げた。


「美鈴……さん?」


 上空に浮かぶのは黄金に輝く九つの尻尾。

 

 尻尾はそれぞれの方向に広がり、後光の様に神々しく君臨していた。


「これが、美鈴さんの本当の姿?」

「えぇ、そうよ。あなたも耳にしたことがあるのじゃないかしら?」


 髪と同じ色をした金色の狐耳をピコピコと動かしながら、美鈴さんはそう笑う。

 美鈴さんに言われるまでもない。

 僕でも流石にこの妖魔の名前は知っている。

 その名は――。


「――九尾の狐」

「正解よ」


 その身から発せられる眩く、神々しい妖気。

 それが既にこの空間を覆い尽くさんばかりに大きく濃密に広がっている。

 これが大妖クラスの頂点だというのであれば、納得だ。

 今の美鈴さんは文字通り桁が違う。

 僕では万に一つも勝ち目が見えないのだから。


「さあ、楽しく試合と行きましょう」

「ま、待ってください。その前に一つ教えてもらえないでしょうか?」


 何らかの術を発動しようとしていた美鈴さんに、僕はストップを掛ける。

 時間稼ぎのつもりは毛頭ない。

 そもそも僕にそんな発想はない。

 ただ一つ、どうしても聞いておかなければならないことがあったのだ。


「それは先程の識とか言う娘のことかしら? それとも――」


 美鈴さんは意味深に言葉を切り、とある方角へ視線を向ける。

 僕は嫌な予感がしながら美鈴さんの言葉を待つ。


「朱やヴァーミリオンのことかしら?」

「っ?! 二人に何を?!」

「何をも何も、向かってきたから倒しただけよ。試合なのだから当然でしょう?」


 二人がやられたと聞き、僕は顔が熱くなる。

 試合開始から姿が見えないとは思っていたが、まさか美鈴さんにやられてしまっていたとは。

 僕は知らず知らずのうちに美鈴さんを睨みつけた。


「その眼、怖いわね。朱やヴァーミリオンを倒したあの時みたいに、私を本気で倒しに来るのかしら?」

「それは……」

「でも、その方がいいわよ。でないとあの識って娘も間に合わないかもしれないから」

「識さんに何を?!」


 僕の言葉に美鈴さんはただ笑みを返すだけで何も応えない。

 奥歯を噛みしめ、僕は覚悟を決めるのであった。



 †



 始まる美鈴とキョウの戦い。

 その戦いを眺める者たちが居た。


「ど、どどど、どうしよう?! ねぇ、これどうしよう、キョウ君やられちゃうよっ?!」

「……どうしようもない。私達が出て行っても3秒でやられる。大人しく識が出てくるのを待つしかない」


 挙動不審になっている紫雲を他所に、暁理は冷静に識の居る方角を見つめる。

 識は今、美鈴の召喚した十二神将に封じ込められており、外部に出られない状況となっていた。


「でも、それまでキョウくんが無事な保証はあるのかな? 識が退場になっちゃえば私達皆終わりだと思うけれど」

「……識の心の声によると、あの結界から抜け出るには最速でも数分以上は掛かるみたい。でも、その前にキョウが捕まる可能性が高いと見てる」

「そんな……」

「……それだけあの美鈴って人は桁違い。あの識が匙を投げるほど」


 暁理の言葉に紫雲達は黙りこむ。

 状況は絶望的であり、手助けすらも焼け石に水にしかならない。


「それでもやっぱり助けに行ったほうがいいと思う。ね、ハクちゃん」

「うん、そう……だね。でも、私達にもペアの子が居るわけだし、誰か一人は残らないと……」


 二人のハクは後方に居る男子生徒を見ながら言う。

 敵は美鈴だけではない。

 当然他にも生徒はいるわけで、それらからも護る役が必要だった。

 紫雲達は互いに無言で視線を交わす。

 キョウを助けにいけば、間違いなく地獄を見るだろう。

 彼女達のランクはCであり、Aランクの頂点に君臨する美鈴とでは文字通り天と地ほどの差がある。

 逆に残る方を選択すれば責任こそ重大だが、痛い目は見なくて済む可能性はある。

 そんな皆の様子を見ながら、『はく』は優しく笑う。

 辛いが誰かがやらなければいけない。

 ならばその役目は自分がやるべきだ。

 何故なら送り狼わたしたち、と。


「じゃあ、言い出しっぺの私は助ける組で」

「……私も行く。途中で識の作戦を聞けるのは私だけ」

「わ、私も行くよ。だって、キョウ君は私の王子様だから……」


 『はく』がそう言ったことにより、紫雲も暁理もすぐ追従する。

 取り残されたのは唯一人――。


「あっ……」


 三人が即決したことにより出遅れた『はく』は、半端に持ち上げていた手を隠すように下げる。

 その手は恐怖で今も震えており、三人に見つからないように隠すのが精一杯の様子。

 この場で彼を助けることに乗り気じゃないのは彼女ただ一人で、他の三人はそれが分かっていたからこそ即決したのだ。


「じゃあ男子達の護衛よろしくね、『怕』ちゃん」


 『はく』は透き通るような笑顔で『はく』にそう告げる。

 そして躊躇うこと無くキョウの元へ向かおうとした。

はく』はそこで彼女等の手足がかすかに震えていることに気がつく。

 乗り気だからといって怖くないわけがない。

 気丈に振る舞い、心配を掛けまいと彼女達なりの優しさで我慢していただけなのだ。

 その事に気付いた時、彼女の震えは止まった。


「ま、待って……いや、待てよ」

「?」

「あ~あ~、ホント面倒くさいな狛は。そんなの放っておけばいいのに、馬鹿正直に助けに行くだなんてホント馬鹿」


 怕はそれまでの表情を一変させると、三人を馬鹿にするような表情を見せた。

 そんな素の表情を漸く出した怕に、狛はそれに驚きつつもどこか安心したように目を細める。


「……鍍金が剥がれた」

「こっちがいつも意地悪なことする方の本性ってわけね」

「煩い、煩い、そうだよ、性格悪い方のハクだよ。いつもいい子ちゃんの狛の真似してただけだよ、悪い?」

「狛ちゃん……」

「でも――」


 を止めて、狛と怕は向き合う。

 鏡ではなく、それぞれの自分として。


「だからこそ、戦場こっちには性格の悪い私が行く。護衛そっちだと私逃げちゃうから……」

「でも……」

「でもじゃない、狛は聞き分けのいい方のハクでしょ?」

「うん……わかった。お願いするね、ハクちゃん」


 狛の言葉に応えるように、怕は妖魔化する。

 それを見ながら、紫雲達はやれやれといった感じに肩を竦めながら人化の法を解除した。


「さあ、行くよ」


 三人は妖魔化すると同時にキョウの元へと向かうのであった。



 †



「くっ……」


 迫り来る式神の群れに幾度と無く手足を捕まれながらも、キョウはもがき続ける。

 勝負は美鈴が直接手を下すまでもなく見えている。

 妖魔化した事に加えて直接式神を操ることによって、式神の精度と強度は桁違いに上昇していた。

 最早キョウが捕まるのは秒読みの段階だろう。


「少し残念ね。もう少し楽しませてくれると思っていたのだけれど」

「まだ……まだ僕は捕まってません。負けていません」


 力尽くで式神の拘束を外しながら、キョウは美鈴から離れようとする。

 精度と強度が増したとはいえ、単体の性能は未だキョウの方が上だ。

 数体に掴まれても抜けることは出来る。

 だが――。


「いえ負けよ。そのままでは、ね」


 美鈴は人差し指をタクトのように振るう。

 その瞬間辺りに居た式神達全てがキョウの周辺全てを取り囲み、押し込もうとしてきた。

 宛らミツバチの蜂球の様に密着し、逃げるスペースは疎か手足を動かすスペースすら奪おうとする。


「せめて標的だけは――っ!!」


 頭上に迫る式神をなぎ倒しながら、キョウは標的を守ろうと藻掻く。

 その脚はもう既に何十体もの式神に纏わり付かれており、逃げるという選択肢を失わせている。


「チェックメイトね」


 キョウの眼前に移動しながら、美鈴は見下ろす。

 その時――。


『――真実を映す我が鏡よ、そのモノの正体を晒せ』


 何処からともなく声が聞こえると同時に、強烈な光がキョウと美鈴達を包み込んだ。


「これはっ? 体が軽く……」

「こっちよ」


 強烈な光に包まれる中、聞こえてきた声の主に手を捕まれてキョウは走りだす。

 キョウはそれが美鈴が用意した式神だとか、別の敵だとか疑いはしなかった。

 

 この瞬間に何が起きているのか、誰がきたのか、なんの為にきたのか。

 その手を掴まれた瞬間、全部全部ひっくるめてその思いが伝わってきたから。


「はぁ……、まだ援軍が居たとはね。つくづく愛されているわね、キョウくん」


 美鈴は目を細めながら、キョウ達の位置を探る。

 目が見えずとも感知するすべなど幾らでもあるのだ。

 それらを幾重にも多重起動し、美鈴は敵の居場所を把握する。


『――――』


 光が開ける中、その光を切り裂くかのような鋭い手刀がキョウを襲う。

 だが、キョウは事前にそれを察知していたかのように受け止めた。


「え?」


 直感的に避けるのであればいざ知らず、完全に見きった上で受け止められたことにより、美鈴の思考が一瞬止まる。

 そしてその隙をキョウ達が突かない訳はなく――。


「ほいよ――っと!!」


 怕は意識外となっている美鈴の足を優しく引っ掛け、転ばせる。

 もしこれが美鈴を傷つける意味での攻撃であれば、衣服に組み込まれた術が発動して自動的に反撃をしたであろう。

 だが攻撃とすら言えないによりその発動範囲をすり抜けた。

 結果美鈴を転ばせる事に成功したのだ。


「――っ。あなた達、こんな事して一体どういうつもり?」

『我らを恐れるならば、この歯向かう所たがわず』


 怕は抗議する美鈴を無視して、能力を発動させる。

 怕の能力は相手が転ばなければ使用することが出来ない。

 それ故一度転ばせなければならなかったのだ。


「成程、能力のためだったのね。そして私の式神を消したのはあなたのその鏡の力かしら?」


 転んだ姿勢のままふわりと上空へ浮かび上がると、美鈴は紫雲を見下ろす。

 紫雲は妖魔化した事により大きな鏡を抱えており、そこから発する光が式神を元の姿である形代へと戻しているのだ。


「あわわわ~、やっちゃった、完全に喧嘩売っちゃった」

「……もう慌てても遅い。余裕そうな顔ぶりしているけど、かなり怒ってる」

「どうせやるなら徹底的にやらないとね。後が怖くて悪戯なんて出来ない」

「紫雲さんに、暁理さんに、ハクさん。助けに来てくれてありがとうございます」


 キョウは漸く三人を視界に収めると、ペコリと頭を下げる。

 危機一髪回避したとはいえ、窮地を脱したとは当然言いがたい。

 三人は複雑そうな笑みを浮かべながらも、上空に居座るみすずを見据える。


「いいわ、少し退屈していたところよ。纏めて相手してあげるわ」


 濁流のような妖気が美鈴を中心にキョウ達四人を飲み込む。

 浴びせられるだけで意識が遠のきそうな妖気に飲まれながら、新たな戦いの幕が開くのであった。

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