第70話「口では面倒くさい面倒くさいと言いながらも、ちゃんと考えている人はただのツンデレ」
「どけよ、クリスティナ。って言っても退かねぇよな、お前なら」
「えぇ、ここで退けば私は私で居られなくなります。それに私もキョウさんの件を度外視しても、朱と戦いたかった」
互いに妖魔の姿で対峙しながら、朱とクリスティナは笑みを浮かべ合う。
その周りには既にキョウ達の姿はなく、朱が足止めを食らっている形だ。
対するもう一組の妖魔達も朱とクリスティナから大分離れる形で対峙し合っていた。
「どいてくださらない? 貴方では
「私はその認識を覆しに来た」
蝙蝠のような大きな羽を広げ、上空を飛びながらシルヴィアは同じく上空で静止しているヴァーミリオンに挑戦的な視線を送る。
ヴァーミリオンが自由に飛翔できる以上、足止めできるのは同じく飛行することが出来るシルヴィアだけだ。
そういった意味でこの組み合わせは必然と言える。
「大妖クラス? 絶対に敵わない存在? フフッ、結構じゃないか。倒し難い難敵ほど、戦いは燃えるというもの。例えそれが半ば必然的に組まれた戦いであっても、だ。そうは思わないか?」
「成程、なかなか面白い事をおっしゃいますわね。その心意気に免じて少し遊んであげますわ」
そう言うや否や、ヴァーミリオンの姿がその場から掻き消えたと思うと、シルヴィアの背後に出現し鋭いその爪を振るう。
その速度・威力共に並みの妖魔では一撃で惨殺しても余りある威力。
勿論シルヴィアも例外ではない。
この攻撃は退魔師であるキョウだからこそ避けれた訳で、本来大妖クラスであるヴァーミリオンの攻撃は躱せるものではないのだ。
「ぐっ――!!」
鋭い爪に体を切り刻まれ、シルヴィアは苦悶の声を上げながら弾かれる。
切り裂かれた部位である腕からは、少なくない量の血が溢れ出ており、傷が浅くないことを物語っていた。
だが笑ったのはシルヴィアで、納得が行かない表情を浮かべたのはヴァーミリオンの方だった。
「可笑しいですわね、少なくとも
「彼程じゃないが、私も妖気の扱いには少し自信があるつもりだ。大妖クラスの妖魔といえど、一点に集中させればダメージを与えるのもそう容易ではなくなる」
「まさか貴方初めからその腕一本に絞って防御を? 正気の沙汰ではありませんわ、一歩間違えればミンチになっていましてよ」
「だが上手くいった。その事実だけで十分だろう? 多少のリスク程度呑めないで何が戦いだというんだ」
シルヴィアは妖気を両足に集中させると、鋭い蹴りをヴァーミリオンに放つ。
初撃はレイピアのように鋭く、二撃以降は独楽のように美しく舞いながら、緩急をつけた蹴りが不規則なタイミングでヴァーミリオンを襲った。
「――――」
飛翔出来ることを活かした蹴り技。
だがヴァーミリオンは直ぐ様体を反転させ、あっさりと避ける。
技の技術がどれだけ優れていても、見てから避けれる程の速力を持つヴァーミリオンにはこの程度の技術、無意味なのだ。
起こした事象の結果に納得がいかなかったから困惑しただけで、そもそもの優位性に何の変わりもない。
ヴァーミリオンが攻撃する回数が数回引き伸ばされただけのこと。
それも一つ間違えれば即戦闘を断念せざる負えない爆弾付きでの遅延だ。
だが、それら己の状況を全部理解した上でシルヴィアは不敵な笑みを浮かべ続ける。
挑むのであれば敗北必死の難敵こそ挑みがいがあると言わんばかりの勢いだ。
実際シルヴィアの胸中は大局的な勝利を無視してでも、この戦いを楽しもうとしていた。
「成程、貴方の主義主張よく理解しましたわ。ならばもう少し本気で遊んで差し上げますわ」
「望むところ――ッ」
場面が変わり、朱とクリスティナの戦いへと移る。
こちらはヴァーミリオン・シルヴィア組と違って互角の様相を示していた。
ランクが一つ違う二人が互角の様相を見せるのには、一つ理由があった。
端的に言えばそれは相性の悪さだ。
「ちっ、ちょろちょろと鬱陶しいな」
「あなたと正面切って戦うなどという愚行は犯しません。退魔師状態となったキョウさんですら恐らく避けるでしょうから」
振り下ろされる棍棒を俊敏に避けながら、クリスティナは冷静に朱の様子を観察する。
多種多様の能力を持つヴァーミリオンと違い、朱の能力は言ってしまえば尋常ならざる膂力のみだ。
その膂力が桁違いとはいえ、当たらない力に意味は無い。
キョウがかつて冷静に分析したように、クリスティナのほうが朱よりも速い以上その力が発揮されることはない。
また加えて朱が戦い難くある事象が一つあった。
「はっ――!!」
「うぉ、あぶねぇ?!」
突如突き出された銀色の角を朱は回避する。
朱の最大の強みは鋼よりも硬い表皮からなる防御力と、同クラスの妖魔ですら話にならない程ある膂力から生まれる攻撃力。
この二つの数値がどこまでも高いという、シンプルな強さだ。
キョウとの決闘では自ら敗北条件を決めたことで降参したが、実際問題ルール無用の殺し合いとなれば血みどろの消耗戦に持ち込まなければならないほど、朱は固い。
その上でパンチ一発まともに食らうだけで相手はノックダウンするのだから、これほど嫌な相手はないだろう。
だがその条件を簡単に覆してしまう存在がいる。
それがユニコーンだ。
「ほんと最強の矛だな、その角はよ」
距離を取りながら、朱はしみじみ呟く。
その顔は称賛と期待を綯い交ぜにした、至極楽しそうな顔だ。
「有難うございます。朱にそう言ってもらえると自信が湧きます」
クリスティナは少し嬉しそうな顔をしながらも、銀の角を朱に向け続ける。
ユニコーンには大妖クラスの鬼ですら上回る攻撃がある。
それがユニコーンの角だ。
『絶対貫通』とでも言うべき能力が、その角には込められている。
この角の前では硬度をいくら誇っても、意味をなさず貫通する。
詰まる所、互いに手出しが難しい状況が均衡を生み出しているのだ。
「キョウさん……」
朱を警戒しながらクリスティナはキョウの名前を噛みしめるように呟く。
彼が逃げ切るための時間稼ぎのために対峙しているのだ。
その安否が気になるのは当然とも言える。
ただ、それだけではないような少し複雑表情が僅かに見え隠れする。
朱はその様子をつぶさに観察しながら、付け入る隙を探すのであった。
†
「あ、あの、やっぱりクリスティナさんたちの所に戻りませんか? 勝負だからといって友達を置き去りにするのはその……」
「心苦しい、と?」
「は、はい、そうです」
識さんに連れられて逃走している際中。
僕は思わず訊いてしまう。
別にクリスティナさん達の力を信用していないわけじゃないが、相手は朱さんとヴァーミリオンさんなのだ。
大妖クラスの妖魔である二人が本気を出せば、無事ではすまないだろう。
そんな僕の心情を読んだのか、識さんが深い溜息を吐いた。
「で、さっきの場所に戻って加勢してそれで? お前を逃がすために割り込んだ二人はなんて思うだろうな」
「それは……えっと……考えてませんでした」
僕の言葉に識さんは再び大きな溜息を吐く。
識さんが呆れるのも当然だろう。
ここで僕が戻れば何のためにクリスティナさんとシルヴィアさんが来てくれたのかわからなくなる。
僕は自分の考えが如何に浅はかで、自分本位だったのかを思い知って顔が熱くなった。
「あの、それでどこまで逃げればいいんですか?」
「どこまでって……そりゃ今は交流戦の際中なんだから追ってくる奴がいなくなるまでは逃げないとな」
「でもあの、朱さん達のことでしたらクリスティナさん達が……」
「それは無理だ。あの大妖クラスの二人は必ず追ってくる」
識さんはピシャリと言い切る。
まるでそれが確定事項だと分かっているように。
僕はそれが少し信じられなくて識さんの顔をまじまじと見た。
「そう睨むなよ、これが決闘か何かなら勝ち目ゼロってわけじゃないんだが、あの二人をその場に留まらせるとなるとこれは不可能なんだよ。何せ初めからスペックが違いすぎる」
「でもクリスティナさん達はそれを必死で……」
「だから勝てない。あの二人は突破を防ぐ事に固執するあまり負ける。弱者が強者を追いかける事が如何に無謀か分かるだろ?」
「だったらやっぱり助太刀しないと…………っ?!」
僕が急いでクリスティナさん達の元へ戻ろうとすると、識さんに軽くおでこを押される。
突然のことに僕は目を瞬かせていると、深い溜息が聞こえた。
「ほんと面倒くさいなお前。戻ったら意味が無いってさっきも言って納得しただろう?」
「で、でもクリスティナさん達が負けてから戦うくらいだったら、初めから皆で戦ったほうが……」
「いいか、そもそもの話あの二人は負けても構わないと思っている。何故ならその場の勝敗は自分達の勝敗とは関係ないからだ。あの二人にとって勝利とはお前が逃げ切ることなんだよ。だから戻るだなんて超面倒くさいこと言うな、わかったか?」
「えと……はい」
若干識さんの剣幕に押され気味になりながらも僕は頷く。
何だが誤魔化された気がするが、きっと識さんにも何か考えがあってのことなのだろう。
僕が頷いた事を確認すると、識さんは身を翻し駆け出す。
「さあ、少しでも距離を稼ぐぞ」
ボサボサの髪を振り乱しながら進む識さん。
僕はその後姿を追いながら、ふと気が付いたことがあった。
こんなにも面倒だ面倒だと言いつつも、どうして僕を護ってくれているのだろう、と。
もし本当に面倒くさくて、やりたくないなら即座に僕の標的を壊すことだって出来たし、わざわざ一緒に逃げる必要なんて無いはずなのだ。
若しかすると識さんって結構面倒見がいいのではないだろうか。
ドッジボールの時だってなんだかんだと参加していたし。
この試合前だってなにか色々と準備をしていたようだし。
僕は疑問に思ったことを訊ねてみることにする。
「あの……識さんて意外と世話好きなんですか?」
「は? 誰が?」
「いや、だって識さんドッジボールの時も今回も何だかんだで付き合ってくれているじゃないですか。本当に面倒くさいならボイコットするって選択肢もあるわけですし」
「……………」
あっ、ちょっと赤くなった。
若しかしなくても図星だろうか。
気まずそうに視線を逸らしながら赤くなる識さんに、僕は顔が
「笑うな。これはそう言うんじゃない。これは……だな、サボると余計に面倒な事になるから参加してるだけだ。それだけだからな、勘違いするんじゃないぞ?」
「はい、分かってます」
「いやその顔絶対わかってないだろ。いいか、私はドッジボールや今回の交流戦みたいな
「??」
「この髪とか格好見れば分かるだろ? 面倒なんだよ男によく見せるために、化粧をしたり髪を整えたりするのが。彼氏とか無駄に体力と精神使うだけでいい事なんて殆ど無いし」
識さんは寝ぐせ混じりのボサボサの髪と、かなりヨレヨレになっているジャージ等を見せつけてくる。
確かにそれはちょっとだらし無いかもしれないが、それをわざわざ足を止めて僕に説明を始める識さんに、僕は更に笑顔になった。
だって興味もなくて仕方なく参加していてコレなのだ。
根っから世話好きなのだろう。
世話好きの件も全然否定していないし。
僕は識さんが好きになった。
「大丈夫です、僕は分かっていますから」
「分かってない!! 絶っ対わかってない。分かっているやつならそんな顔しない」
「あはは、大丈夫ですって」
顔を赤くして追ってくる識さんから、僕は逃げようとする。
その瞬間――。
「――随分と楽しそうだなキョウ。俺も混ぜてくれよ」
「朱さん?!」
禍々しい妖気を振りまきながら、僕の行く先を塞ぐのはクリスティナさんと戦っていたはずの朱さんだった。
そしてその妖気の質と表情からどう見たって怒っている。
僕は咄嗟に反転し逆側に逃げようとする。
「――あらキョウ、やはり
だが反転した先にいたのはシルヴィアさんと戦っていたはずのヴァーミリオンさんだった。
こちらも刺々しい妖気を撒き散らせながら、明らかに僕を対象に怒っていた。
僕らは和やかな雰囲気が一転、再びピンチに立たされたのだった。
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