第69話「朱の鬼達」

『1-3年生までの生徒へ

 クラス対抗の交流戦を執り行います。今回からは例年により少々ルールが変わっていますので、上級生は前年と間違えないよう注意してください。

 そのルールを下記に示すのでよく熟読した上で望んでください』


 ~ルール~

 基本、慰魔師は全員出場とし、その同数同じクラスからランダムに選ばれた妖魔が護衛役としてそれぞれつく事となる。以後護衛役の妖魔を『ガーダー』と呼称する。

 ガーダーのいる慰魔師の頭には標的ライフが自動で装着され、その標的を破壊されるとペアのガーダーは退場となる。

 それ以外の妖魔は相手クラスの慰魔師を奪いに行ったり、自分のクラスの慰魔師を奪われないように防衛しても良い。以後役目の無い妖魔を『デスペラード』と呼称する。

 交戦する際、妖魔は妖魔化して戦っても良い。

 デスペラードは奪った慰魔師をペアにしてガーダーになることも出来る。

 ガーダーになれるタイミングは奪ったその時か、試合開始時のみ。

 それ以外はそのクラスが奪った慰魔師の一人とカウントされる。

 慰魔師の腹部には特殊な標的チャスティティが装着されており、他の妖魔がその標的に5秒触れることでのみ奪われたと言う判定となる。

 その際に妖魔は手の甲以外の部位を使って触れてはならない。

 また試合中通して慰魔師に傷、若しくは精神的・身体的苦痛を与えて悪質と判断された妖魔は即刻退場となり、その妖魔が奪った慰魔師も全て開放される。

 標的ライフが奪われていない状態で標的チャスティティに5秒触られた場合、奪った妖魔がペアのガーダーにならない限り標的ライフは自動的に破壊される。

 標的チャスティティに触れることによって奪われ、その場でペアのガーダーのいなくなった慰魔師は退場となり、その後一週間学校にいるの間奪った妖魔と一緒に過ごさなければならない。

 交流戦初日はAブロックとBブロックの二つに分けて戦い、次の日にその試合で退場とならなかったABブロックのメンバー全てを混ぜて戦う。

 試合時間は初戦・本戦共に1時間とし、本戦終了時により多く慰魔師が残ったクラスが優勝となる。

 試合終了後、残った慰魔師には金貨3枚か期限付きのエンゲージリングをどちらか選んで貰える。

 エンゲージリングの片割れはガーダーの妖魔が貰い、慰魔師が金貨を選んだ場合もう一方のエンゲージリングも妖魔のものとなる。



 †



「さあキョウ、此方においでなさいな。私達わたくしたちが護って差し上げますわよ」

「あぁそうだぜキョウ。痛くしねぇから、な?」

「えとえと、あの……」


 僕は今、かつて無いほどの絶望的な状況に居た。

 目の前には妖魔化した朱さんとヴァーミリオンさんのペア。

 対する僕らは退魔師状態になっていない僕と――。


「大妖クラスの鬼に真祖の吸血鬼って、なんだそれ。はぁ~、嫌だ嫌だ、こんな面倒くさい奴らと戦うなんて考えただけでも疲れる」


 白金色のボサボサの髪を振り乱しながら、一緒に逃げ回っている識さん。

 僕らは交流戦のペアに選出されたのだった。


「おいおい、護衛役の妖魔が慰魔師と一緒に逃げてんじゃねぇよ――ッ!!」

「っ?!」


 言葉とともに大木のような棍棒が識さん目掛け、振り下ろされる。

 寸で識さんは避けるが、振り下ろしの余波を受け、吹き飛んでいった。


「識さんっ!?」


 僕は識さんの安否を気にしながら、朱さんの振り下ろしの威力に舌を巻いた。

 特殊な結界内ということで地面自体に凹みはないが、それでもその結界全体が揺れるほどの衝撃を与えている。

 その威力は明らかに僕と学校の屋上で戦った時の比ではない。

 これが朱さんの本気なのだろうか。

 僕は改めて朱さんを見る。

 その姿はかつて僕と決闘した時のように赤褐色の肌。

 そして頭部には3本の角が生えていた。


 ――あれ、朱さんの角って3つだったっけ?


 僕はその光景に違和感を感じつつも、何とか識さんの元へと行こうとする。


「どこへ行くんだよ、キョウ。あの時みたいに俺と遊ぼうぜ」


 僕が識さんの元へ向かおうとした瞬間、僕の頭上目掛け棍棒が振られる。

 狙いは勿論、標的ライフだろう。


「ひっ」


 棍棒を振るう余波で吹き荒れる暴風に髪を乱しながら、僕は咄嗟に転がり、回避する。

 標的が壊されるのが嫌だから回避したのもあるど、僕はそれよりもあの棍棒が怖かがったのだ。

 決闘時や食堂で朱さんが持っていたものとは次元が違う。

 妖気を固めて創りだした兵装とは決定的に違うのだ。


「なに……あれ……」


 まるで朱さんの力の象徴が具象化したような、そんな感覚に陥る。

 そして僕のその感覚はおよそ間違っていないと確信していた。

 何故ならあの棍棒からは、朱さんが纏うよりも遥かに多い妖気が漏れだしているのだ。

 ただ妖気で創った武器であるなら、そんなことがあるはずがないのだ。


「朱ばかり見て、ちょっと嫉妬しますわよ。キョウ」

「わわっ」


 転がった先で、まるで待ち構えていたかのように存在していたに僕は抱きかかえられる。

 言うまでもなくヴァーミリオンさんだ。

 ヴァーミリオンさんは実体化すると同時に僕の服の間に手を入れ、腹部に触れる。

 僕は腹筋を撫ぜられたくすぐったさから、身をよじり逃げようとするが、頬と頬をぴたりとくっ付けられ、行動を抑制された。


「てめぇ、抜け駆けかヴァーミリオン!!」

「早い者勝ちと、始めに決めたのは貴方でしょう? 恨まないでくださいまし。さあキョウ、わたくしとペアになるのですわ」


 僕はそこで漸くヴァーミリオンさんの狙いが、僕の腹部にある標的であると知る。

 腹部にはカード入れのようなサイズの物体が装着されている。

 この物体に触られ続けると、僕は奪われた扱いになってしまうのだ。


「ご、ごめんなさい、ヴァーミリオンさん」


 僕は両足に力を込めると、無理矢理ヴァーミリオンさんを引き剥がし、その場を離脱する。

 このまま脱落すれば、ペアである識さんに申し訳ないのもあるが、5秒間もヴァーミリオンさんと頬をくっつけられているなんて、恥ずかしすぎて耐えられなかったからだ。


「もう、恥ずかしがり屋なのですから……」

「ははっ、逃げられてやがる。実は避けられてんじゃねぇの?」

「黙りなさい、朱。そう言う貴方だってその粗野な言動と馬鹿力、怖がられているのではなくて?」

「ぐぬぬ、人が気にしていることを……」


 僕は識さんの元に向かいながらも、二人に怖がっても避けてもいないと言いたかった。

 だが今は試合中であり、逃げるのには絶好の機会なので心の中だけにしておく。

 二人の攻撃の手が一時的に止んだことにより、僕は何とか識さんのもとに辿り着いた。


「大丈夫ですか、識さん?」

「軽く吹っ飛ばされただけだって。大したことない」


 面倒くさそうな顔をしながら、識さんは起き上がる。

 言葉通り見た目は大したことはなさそうだが、それでもあの朱さんの攻撃なのだ。

 僕が見えないどこかを痛めている可能性だってある。

 念入りにチェックしようとすると、それを振り切るように識さんは走り始めた。

 僕は遅れまいと慌てて追従する。


「本当に問題ないって、やる気はないけどコレでも一応私もあいつらと同じ大妖クラスの妖魔だしな」

「そう、ですか」

「はぁ……面倒くさいなお前も。――――まあ心配してくれるのは、悪い気分はしないけど」


 かなりのスピードで駆けながら、僕らは言葉をかわす。

 勿論この間も周囲に対する警戒は怠らない。

 攻撃してくるのは朱さん達だけではないし、狙われなくとも流れ弾に当たる可能性だってあるからだ。


 ――それでも尚全てを度外視してでも、警戒しなくちゃいけないのは勿論……。


「それで逃げたつもり? ならば甘いと言う他ありませんわね。この程度の空間で私達わたくしたちから逃げ遂せるなど不可能なのですから」


 高速で飛来し、先回りしたヴァーミリオンさんに僕らは急ブレーキを掛けざる負えなくなる。

 このまま左右のどちらかに逃げることも可能だが、僕は瞬時に無駄だと判断する。

 そもそも空中を飛翔できるヴァーミリオンさんと地上を疾走する僕らとでは、速度が違いすぎるのだ。

 逃げた所で同じことの繰り返しにしかならないどころか、むざむざ攻撃を加えられるチャンスを与えるだけだろう。


「…………」


 識さんも僕と同様の判断をしたのか、地に足を構え迎え撃つ体勢に入る。

 そこへ――。


「いいのか、俺を前にそんなにどっしり構えてよぉ」


 棍棒を片手に朱さんが僕らの後ろに到着する。

 僕は朱さんの到着の早さに唇を噛んだ。

 はっきり言って最悪の組み合わせだろう。

 止まれば防御不可に近い朱さんの一撃。

 動き回れば縦横無尽に空を飛翔するヴァーミリオンさんの的。

 僕は改めてこの二人を相手にすることが、如何に難しいかを心の底から思い知った。


「大人しくしていれば、手荒なことは致しませんわ」

「そうだぜ、面倒ってんなら俺達が引き受けてやるよ」


 二人が一歩一歩と距離を詰めてくる中、僕は決心する。

 僕と識さんがこの場をやり過ごすにはコレしかない。

 僕は心臓をバクバクさせながらも、一歩前に出た。


「あ、あの……、ここは僕に任せて識さんは先に逃げてください。ぜ、絶対後で追いつきますから」


 出来る限りの笑顔で、僕は識さんを振り返り見る。

 僕の標的が壊されればそれで終わりだが、慰魔師である僕には二人は乱暴することはできない。

 そこに付け入る隙があると思う。

 自分の体を囮にしつつ、避け続ければなんとかなるかもしれない。

 少なくともこれが僕に出来る精一杯の作戦だった。

 そんな僕を見て、三人は時が止まったように硬直した。


「えっとだな……」

「キョウ、貴方……」

「まあらしいっちゃらしいが……」

「?」


 呆れたような、苦笑しているような、頭が痛そうな顔をしているような。

 そんな複雑な表情をする三人に僕はクエスチョンマークを浮かべる。

 なにかまずかったのだろうか。

 皆傷付かないで済むにはこれが一番なのだと思うのだが。

 そう考える僕を前に、三人は深い溜息とともに同時に言葉を吐き出した。


「馬鹿なのか?」「馬鹿ですわね」「ホント馬鹿だな」

「がーん?!」


 三人に一斉に罵倒され、僕はショックを受ける。

 せっかく勇気を振り絞ったのに。

 そんなにダメな作戦だったのだろうか。

 僕は少し肌寒い空気に身を震わせながら、落胆した。


「あのな、ルールわかってるのか? お前が捕まれば私も退場するって言うのに。と言うかここは私が囮になったほうがまだ合理的だ。――――面倒だからやりたくないけど」

「面倒というのであればキョウを置いていきなさいな」

「俺達はお前には微塵も興味ねぇしな」

「……嫌だと言ったら?」


 識さんの言葉にヴァーミリオンさんと朱さんは攻撃体勢にはいる。

 妖魔化している二人の妖気が辺りを埋め尽くす勢いで放出され、僕らを捉え離さない。

 僕は背中合わせで識さんと立ちながら、改めて覚悟を決める。

 最早戦いは避けては通れないのだ。


「是非もありませんわ」

「叩き潰すだけだ」


 二人は言い切ると同時に、大量の妖気を纏った攻撃を僕らに叩き付けた。

 いや正確にはした。

 だが実際にはそれは僕らの数歩手前で止まる。

 僕らと朱さんたちがぶつかる一寸手前。

 新たに割り込んできた人達によって、朱さんとヴァーミリオンさんは攻撃を取りやめざる負えなくなったからだ。


「漸く追いつくことが出来ました。少し子鬼の相手に手間取りましたが、お待たせしましたキョウさん」

「私はクリス嬢とは少し違い、リベンジを果たしに来ただけだが、必ず役に立つと約束しよう」

「クリスティナさんに、シルヴィアさん!?」


 そこには朱さん達と僕らの間に割り込む形でクリスティナさんとシルヴィアさんが立っていたのであった。

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