第8話「自分は友達だと思っていたけど、向こうはそうでもなかった」

「そこまで。――勝者キョウ」


 生徒会長さんの声を聞いて僕は漸く肩の力を抜く。


 ――はぁ、めちゃくちゃ緊張した。

 主にクリスティナさんと向き合うという方面で。


「あっ、えと、クリスティナさん、大丈夫……ですか?」


 僕は恐る恐るクリスティナさんに聞く。

 降参の言葉を聞いて降ろしてから、クリスティナさんはその場に蹲ったままなのだ。


 ――大丈夫かな? もしかして頭に血が上って気持ち悪くなっちゃったのだろうか? そうなら謝らないと……。


 僕はクリスティナさんの顔を覗き込むために、その場に座ろうとする。

 が――。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!!!!!!!!!!!!!!!」


 僕がクリスティナさんの答えを聞く前に、歓声が上がる。


「??」


 ――何っ!? 何っ!?


 何か事件でも起きたのかと思い、僕はドキドキしながら周りを見渡す。

 するとクラスで見学していた人たちが、みんな何故か興奮気味で此方に駆け寄ってきていた。


「お前すげぇな。なんか武術でもやってたのか」

「すごーい。キョウくんって強かったのね」

「あたし、強い男って好きよ」

「なな、さっきの大ジャンプしたやつ、もっかいやってみて」


 あっという間に囲まれた僕は、矢継ぎ早に質問を投げかけられる。

 こんなに囲まれて話しかけられるなど、生まれて初めての経験であり、僕は一瞬で混乱の局地に達した。


 ――え? 何、何っ?! どういうこと?

 ?

 どうしてみんな珍獣を見るような目で僕を見てるの?


 僕は皆が興奮する理由がさっぱりわからず、混乱する。


「はいはい、みんな興奮するのはわかるけど、まだ離れていてね」


 そんな状況の中、生徒会長さんの一声でみんなしぶしぶ僕から離れていった。

 僕はそのカリスマ性に素直に感心する。


 ――って、そうじゃなくて。


 僕はクリスティナさんに向き直る。

 僕はクリスティナさんの容態を心配して話しかけようと居ていたのだから。


「あ、あの大丈夫……ですか?」


 俯いて表情の見えないクリスティナさんの周りを、僕は意味もなくウロウロする。

 すると伸びてきたクリスティナさんの手に捕まえられた。

 僕はドキッとし、身動きが取れなくなる。


「………やはり私の予感は正しかった。あなたこそ私のパートナー……いえ、旦那様に相応しい人です」


 手を掴んだまま、クリスティナさんは潤んだ瞳で僕を見上げる。

 その頬は薄っすらと朱に染まりながらも、凛々しく綺麗だ。

 そんなことを考えていると、クリスティナさんは膝をつき顔を手に近づけ始める。

 そして映画のワンシーンのように、僕の手の甲にキスをした。


「―――っ!!? ――――っ?!!」


 突然の行動に僕は息が吸いたいのか、言葉を吐き出したいのか。

 自分でもよく解らず陸に上がった魚のように口をパクパク動かす。

 思考は真っ白であり、事前の言葉も決闘の内容も全てさっぱり消えてなくなってしまう。

 そんな僕の様子をクリスティナさんは真っ赤になりながらも、視線を逸らさず見つめ続けている。


 ――どどど、どうすれば?

 どうすればいいの?

 な、なんて言えばいいの?


 困窮した僕は、助けを求めるように唯一の知り合いであるくうに視線を送る。


「……………………ふん」


 だがまだ先ほどのことを怒っているのか、くうは視線が合うとぷいっと視線を逸らした。

 しかし救いの手(?)は思わぬところから出る。


「えーっと、いい雰囲気のところ悪いんだけど、決闘に関して少しいい忘れていたことが有るの」


 手を握り合ったまま僕とクリスティナさんは、同時に美鈴生徒会長さんの方を向く。


「みんなもしっかり聞いていてね。妖魔とキョウくんの決闘終了後の話についてなのだけど。妖魔が勝ってキョウくんとパートナー関係を結べば、当然他の妖魔はキョウくんに決闘を申し込むことができなくなるわ」


 生徒会長さんの言葉に、皆まばらに頷く。


「ただ、その時にちょっとしたずるが出来て、キョウくんに妖魔が勝った場合、その妖魔はキョウくんをパートナーにする権利を有するのだけれど、直ぐにパートナーにせずその権利を保留し続けることも出来るの。所謂キープ君って言うのかしら? これが私が伝え忘れていた妖魔側がキョウくんに申込むメリットよ。まあ、この場合キョウくんとパートナー関係じゃないから他の妖魔はキョウくんに決闘を申し込むことが出来るけれどね」


 ――キープクン?


 なんだろう、またわからない単語が出てきた。

 そんな僕の疑問を余所に、生徒会長さんの話は続く。


「逆に負けてしまった場合だけど、この場合のペナルティーは約1ヶ月キョウくんに決闘の申し込みができなくなってしまうわ」

「………それだけ、ですか?」


 僕の手を握ったまま、クリスティナさんが聞く。

 クリスティナさんの心情でも表すかのように、僕の手はギュッと握りしめられる。


「それだけよ。一応人化の法を解かなければいけないから、本来の姿と能力を他人に晒す事の方がデメリットと捉えてもいいくらいね。―――――まあ、先の試合を見る限りそこまでアンフェアではないみたいだけれど」


 生徒会長さんがそう言い切った瞬間、何処か獲物を見つけた肉食獣のような視線を僕に向けた。

 僕は反射的に体を震わせる。

 体が先にソレを理解したのだ。

 

 しかしその視線は一瞬で、直ぐ様生徒会長さんは元の柔和な笑みを浮かべていた。


「さぁ皆さん、決闘はこれにて終了です。先生と私が案内しますので、それぞれの寮に向かいましょう」


 生徒会長さんはパンと手を叩き、クラスメート達を寮への道に向かわせようとする。

 自身も先導するためか、生徒会長さんは僕のすぐ横を通り、移動を始める皆の元へと歩を進める。

 その瞬間――。


「―――いつか手合わせする機会があればよろしくね」


 すれ違い様、僕にだけ聞こえるようにそっと耳元で囁くと、生徒会長さんは何事もなかったかのように通り過ぎていった。


 ――今のは何だったのだろう。


 僕は解散の挨拶をしている生徒会長さんを見ながら首を傾げた。

 ずっとクリスティナさんと互いの手を握りしめ合った状態で。


 結局僕がそのことに気づくのはその数分後の事であった。


 †


 その日の夜――。


 ――今日は本当に色々あったなぁ。


 寮の自室で布団に包まり、天井を見上げながら眠りにつく――。

 ――つけたらどんなに良かったか。


 僕の受難はまだ続いていた。


「えっと、あの本当に大丈夫ですから。きよさん……あ、いえ理事長の無茶ぶりにも慣れていますし。ほんとにクリスティナさんの頭を下げさせることなんて何もないんですってば」


 僕は目の前で土下座し続けるクリスティナさんを、どう対処すればいいのか解らず困窮に陥っていた。


 事の初めはつい数十分前。

 僕の部屋に初めて人が訪ねてきた。

 嬉しさでドアノブを破壊しそうになりながらも、僕は喜び勇んで出た。

 そこまでは良かった。

 そこからが駄目だった。


 外にはクリスティナさんが居て、僕の顔を見るなり何も言わず土下座したのだ。

 勿論通路のど真ん中、普通に他の生徒が通っている横でだ。

 突然の事態に僕は焦り、咄嗟にクリスティナさんを部屋の中へ連れ込んでしまった。

 そして今も部屋の中で土下座し続けている状況に至るというわけだ。


 当然だけどクリスティナさんの姿は、普通の人に戻っている。

 僕もそれをただ見下ろしているわけにもいかず、正座でクリスティナさんの前へ座っていた。


「キョウさんの実力も知らず、勝手な思い込みで決闘を仕掛けて本当に申し訳ありませんでした」


 おでこを床にこすりつけてクリスティナさんは何度も謝る。

 僕が何度気にしないと言っても頭を下げ続けているのだ。


 ――もう僕が土下座するから許してほしい。


 僕が困り果てていると、クリスティナさんの口から思っても居ない言葉が出る。


「せめて何かお詫びでも出来ればよいのですが……」

「!」


 クリスティナさんがポツリと呟いた言葉に、僕に電撃が走る。

 実を言うとずっと言い出したかったのだが、なかなかタイミングが掴めず困っていたところなのだ。

 何せ初めて言う言葉だ。

 緊張しないほうがおかしいし、何より断られたときのことを考えると今からでも死にたくなる。

 そういう意味ではクリスティナさんの言葉はまさに天啓だった。


「じ、じゃあ、あの………。ひ、1つだけお願いがあります」

「何でしょうか? 私に出来ることであれば死力を尽くしますが」


 僕は興奮気味に提案を持ちかける。

 クリスティナさんは可愛らしく小首を傾げながら、僕の方をじっと見詰めた。

 

 ――これで僕もハッピーになれるし、クリスティナさんの気も収まるに違いない。

 言う事なしの完璧な作戦だ。


 僕は正座状態で一歩前進すると意を決する。


「ぼ、僕と――――僕と、友達になってください!!」


 ――――言った。

 僕はついに言ったぞ。


 人生初めての友達になってほしい宣言に、僕は緊張で爆発してしまいそうになっていた。

 背中から変な汗が滝のように吹き出し、心臓がドラムロールのように鼓動を刻んでいる。

 そんな僕の言葉にクリスティナさんは視線を逸し、少し考え込むような表情を見せた。


「―――――それはで居てください、と言う意味でしょうか」

「――!! 友達で居てくれるんですか?!」


 僕は喜びのあまり思わず更に一歩前に出て、クリスティナさんに近づく。

 しかし―――。


「え?」

「え?」


 明らかに肩を落とした感じでクリスティナさんが僕から目線を逸らした。

 よく見ると目にもうっすらと涙が浮かんでいる。


 ――あ、あれ? こ、これはもしかして、またなにかしでかしてしまった?


 クリスティナさんの表情から、漸く僕は失敗してしまったことに気づく。

 どう見ても今のクリスティナさんの表情は、僕と友達になりたいという雰囲気ではない。


 ――やっぱり、こんな僕と友達になるのは嫌なのだろうか。


 予め吊り合わないとはわかっていたけれど、現実を目の当たりにして僕は心が折れそうになった。

 お願いを使っても断られるなんて、殆ど嫌われていると同じだろう。


「い、いえ、あのえと……。じ、じゃあ、そ、卒業するまでは友達では、ダメですか?」


 もう嫌がられている時点で友達どころじゃないけれど。

 それでも僕はこのまま卒業まで行って、友達ゼロだけはなんとしても避けたかった。


 ――それに同情からでもいつかちゃんとした友達になってくれるかもしれない。

 

 僕は縋り付くようにクリスティナさんを見上げる。

 プライドなど生まれた時から無いにも等しいのだ。

 友達を獲得するためならみっともなくても構わなかった。


「!! すみません。どうやら私は節度を無くしていたようです。やはり友達から始めなければいけませんね」

「っ!!」


 クリスティナさんの言葉の意味はよくわからなかったが、卒業までなら友達になってくれそうだった。

 クリスティナさんは優しいから同情してくれたとわかっていても、僕は気分が有頂天になった。


「じゃあ卒業するまでは、と、友達になってくれるんですか?」

「はい。――――不束者ですが、宜しくお願いします」


 三つ指を突き、クリスティナさんは恭しく頭を下げる。

 その様子は友達に対する態度ではない気がしたが、今の僕にはどうでも良かった。


「やっったぁあああああああああ――――っ!!!!!!!!!」


 僕は嬉しさの余り、クリスティナさんの手を両手でギュッと握る。


「ひぃあああ――っ!!?」


 その瞬間、隣の人に聞こえそうなほど大きな悲鳴がクリスティナさんから上がった。


「すすす、すみません」


 僕は吃驚して直ぐ様手を離す。

 そして何も触らないことをアピールするために両手を上げた。

 しかし――。


「あ、待ってくださいっ!!」


 今度はその上げた両手を勢い良くクリスティナさんにキャッチされる。

 そして僕が『なんで?』と思う暇もなく、そのままクリスティナさんが僕の方へ倒れこんで来た。

 僕らはそのまま畳の上に向き合い重なり合う形で横たわる。


「うわ――っ!!?」


 目を開けると僕の視界にはクリスティナさんの顔が大きく映り込む。

 蒼い綺麗な瞳がじっと僕を見つめ続けており、僕は恥ずかしさに耐えきれずそこから逃れようとする。

 しかし両手はクリスティナさんに掴まれたままであり、胴体もクリスティナさんの大きな胸に抑え込まれ身動きが取れない。

 僕はちょうど押し倒されたような格好だった。


「………キョウさん」


 クリスティナさんは上気した顔で僕の名前を呼ぶ。


 ――近い近い近いっ!!


 睫毛が一本一本見えるくらいに僕とクリスティナさんの顔は接近している。


 ――どどど、どうしたらいいのだろう、どうすればいいのだろう?


 僕の心臓がクリスティナさんに伝わりそうなくらい、激しく鼓動をしていると、クリスティナさんはうっすら濡れている口を開いた。


「大変恥ずかしく言い難いのですが…………その……足が痺れました」

「え?」


 ――足がしびれた。

 成程、足がしびれて恥ずかしかったのか。

 それならば仕方ない。


 僕はこの状況が事故だと理解して、ほっとする。

 それに事故なら多少距離が近くてもしょうがないよね。


「暫くこのままで居させてくれないでしょうか?」

「…………っ」


 僕は『いいえ』とはいえず、かと言ってクリスティナさんも直視できないので、目線を逸しつつ小さく頷いた。

 クリスティナさんにくっついていられるのは嬉しい。

 嬉しいのだけれど、それ以上に恥ずかしさで顔から火が出そうになる。


 ――えっと、えっと、こんな時天井のシミを数えていれば、早く終わると聞いたような。


 僕はクリスティナさんの視線を感じつつ、天井に目線を向ける。

 しかし、天井にはシミひとつ無かった。


「っ………ぁは………ふぅ………」


 部屋が静かな所為か、やけにクリスティナさんの息遣いが大きく聞こえる。

 そして心なしか耳元に息を吹きかけられているような。

 それでいて何処かその吐息が色っぽいような。


 僕はその瞬間、今日のレクリエーション中のクリスティナさんのことを思い出した。


 ――あの時もこんな息遣いをしていたような……。


 そこで僕はもうひとつの事柄も思い出す。


 そう言えば先生は、僕とクリスティナさんが手を合わせていると面倒なことになる、って言ってたような。

 確かタイエキノセッシュトネンマクセッショク?

 結局何の事かまだ聞けてないんだけれども。


「――――ひっ!!」


 そんなことを考えていたら、突然クリスティナさんの足が僕の太腿の上でもぞもぞと動いた。

 もじもじと何かを我慢するように、擦り合わせるような動きで。


 ――あ、足が痺れて、こうなってるんだよね?


 僕の心の声に反するようにクリスティナさんの息が荒くなってくる。


「あ、あの……クリスティナさん? 息が、苦しそうなんですけど……大丈夫、ですか?」


 思わず僕は体調不良そうなクリスティナさんを見上げた。

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