第132話「装甲戦機」

 戦況は一変した。

 武装の強さはそのまま戦力の強大さへと直結する。

 状況は一方的な様相を示していた。

 15メートル台の鋼鉄の巨人が、まるで人間の様に軽やかな動きで大木サイズの刀剣を振り回すのだ。

 身体能力に大きな隔たりが有るならいざ知らず。

 身体能力すら負け、普通の人間のサイズでしかないキョウにはあまりにも不利な条件だ。

 その上相手の持つ刀剣は神器である火之迦具土である。

 触れれば勿論の事、掠るだけでも熱傷し、存在するだけ大幅な体力低下を招いていた。

 そして事態を最悪にしている最たる原因は妖気の吸収能力の差である。


『――――』


 鋼鉄の機人である装甲戦機はまるで呼吸をする様に大気の気を吸い込む。

 それは敵だろうと辺りの草木だろうと、生きとし生けるものすべての気を吸い続けているのだ。

 そしてその莫大な気を推進力に変えて、機人は更に疾走する。


「ホントっ!! これはっ!! しんどいね――っ!!」


 吹き荒れる火炎と戦刃を辛うじて避け続けながら、キョウは心境を吐き捨てる。

 反撃などする余裕はない。

 彼は今、持てる力全てを回避につぎ込んで漸く致死を免れている状況なのだ。

 その体は最早焼け爛れていない場所など無いと断言できるほど、酷い熱傷に晒されている。

 一部は既に炭化しており、軽症部分ですら白や茶色に変色し始めている始末。

 動いている事自体が奇跡と言えるだろう。

 それでも尚戦えるのは偏に彼の身体能力と回復能力に依るものであり、その生存能力が如何に高いかを物語っていた。


「普通ならとっくの昔に激痛で意識失っているはずなのだけどね。悲鳴一つ上げないところを見ると、実は痛くないの?」

「痛いです!! すっごく痛いです!! でも――」


 乱れ舞う即死の斬炎を、辛うじて避けながらキョウは口を開く。


「悲鳴で体力を使うのも、痛みで力加減が鈍るのも全部死に直結すると僕は教わりました。だから堪えているだけです」

「本当にあなたは……」


 こんな状況になっても尚、戦意を失わず、動きの精度すら乱れないキョウを見て、唯羅は感嘆の声を上げる。

 恐らく彼は死ぬまでその戦意と精度が落ちる事はないだろう。

 だがそれでも純粋な戦力差を覆す事は出来ない。

 気を徐々に奪われ、火傷と熱風により体力を奪われ、不死鳥による回復能力しゅくふく神器カグツチの前には鈍くなっている。

 だと言うのにキョウの眼は爛々と輝いていた。


「さてどうするのキョウくん。正直勝ち目は怪しいわよ。美鈴わたしの時と同じようにアレを使わないといけないんじゃないかしら」

「まだ負けたわけじゃありません。と言うより勝ち目というものは1%でもあれば十分です。その1%の状況を狙えば良いわけですから」

「ふふ、格好いいわね。だからこそ美鈴わたしは速攻で決着をつけようとしたわけだけど」

「とは言え、流石に出し惜しみしていられるほど白鷺さんは弱くありませんね」


 キョウは逃げながら何とか距離を取ろうとするが、最早基本速度すら上回っている彼女を相手に逃げ切る事すら叶わない。

 寧ろそんな状況ですら避け続けられている事自体が異常なのだ。


「外法っ、偽骸装―ッ!!」


 荒れ狂う炎舞を潜り抜けながら、キョウは残り少ない気を掻き集めて術式を発動させる。

 朱との決闘時と同じく人差し指分だけ発動させようとしたのだ。

 だがその瞬間――。


「?」


 キョウは言い知れぬ違和感に取り憑かれる。

 このまま発動する事は可能だ。

 ダメージを受け過ぎた事により体内の偽骸ちにくは最高潮に高まっている。

 発動しなければこのまま負けてしまい、最悪死んでしまうだろう。

 だが、発動すれば

 そんな予感を感じ取ったのだ。


「キョウくん!? 何を固まってるの?!」


 小鈴の声でキョウは我に返った。

 その眼前には胴体よりも遥かに太い刀身が迫っている。

 防御も回避も不可能であり、致命的な遅れだった。


「――――ッ」


 キョウは迷いを振り切り、偽骸装を発動させる。

 どんな妖魔の能力が出てくるかは、彼本人すらも発現するまで不明。

 だが状況に適応した妖魔が出てくる様に出来ていた。

 偽骸ちにくが宿主を守り、敵を倒す為に。

 例えそれがどんな相手であろうとも。


「――っ?!」


 驚愕したのは唯羅達の方だった。

 神器であるカグツチを装備した装甲戦機の攻撃が止められたのだ。

 それも刀身を片腕のみで鷲掴みにする形である。

 驚愕するのは当然とも言えるだろう。


『なるほど、そう来たか。合理的な選択と言えるな』


 逸早くカグツチはその正体を理解して納得する。

 寧ろ普通に考えればそれ以外有り得ないのだ。

 この状況でカグツチを止める事が出来る能力など。

 唯羅は止めたものの正体が、自分の持つ刀剣と同じしんきを纏っている事で漸くそれを理解した。

 即ち彼はと。


「この短期間でもうカグツチの神気を取り込み、具象化させたと言うの?! あり得ない!? あり得ないけど……」

『現実として起こっている以上否定しても始まらないだろう。何より――』


 カグツチは言葉を切り、視線をキョウに向ける。

 偽骸装を発動した事により、彼のは神気を纏った偽骸に覆われており、そこから吹き上がる焔が唯羅の攻撃を押し留めていた。


『アレは神器わたしと言うよりも火之迦具土わたしと言ったほうがいいな。吸収した神気が少なかったせいか、多少見劣りしてはいるが肉体面での再現度はなかなかのものだろう』

「ご本人様がそう言うのだったらそうなんでしょうね」

『念の為に言っておくが唯羅、私は火を操るだけでなく鍛冶……つまりは貴金属の精製などの能力も持っている。この装甲戦機は私専用に造られているとは言え、刀身以外の部位で攻撃するのは止めたほうがいいだろう』

「わかってるわよ!!」


 唯羅は前進しながら刀剣を引くと演武でもするかの如く、美しい弧を無数に描きだす。

 無論そこから生まれるのは、大妖クラスの妖魔すら蒸発させる超高密度の斬炎。

 それが彼を飲み込もうとした瞬間、彼の纏う焔に阻まれ拡散した。

 火之迦具土は防火の神でもある。

 故に同種の焔をぶつける事により相殺し、無力化する事が可能なのだ。

 当然、彼女達もその事はよく知っている。

 焔は囮であり、本命は長大の刀剣による一撃だった。

 彼女達の思惑通り、刀身までは阻む事は出来ずに偽骸は薄く斬り裂かれる。


「キョウくんっ?!」

「……大丈夫です、ちょっと斬られただけですから」

「いやそれもだけれど、そうじゃなくて。手!! 偽骸装、指どころか右手全て覆っているわよ?!」

「あぁ、コレのことですか」


 キョウは何でもないかのように、右手で握ったり開いたりを繰り返す。

 その右手は形こそ人間の物に酷似しているが、鎧の様に炎を纏っており一目で異形の力と分かる。

 問題はその範囲がと言う事だ。

 彼自身が述べた様に、偽骸装を消せるのは指一本分まで。

 それ以降は自分の意志では止める事もできず、広がり続けてしまう。


「流石に指一本では防げそうになかったのでここまで広がってしまいました。まあ、まだある程度はコントロールできるんですけどね」


 そう言いながらキョウは柏手を打つかの様に両掌を合わせた。

 それにより左手にも偽骸と炎が広がっていく。

 最早止められない以上、変な出し惜しみはする必要がないと言う決断。

 その思い切りの良すぎる決断に、小鈴は薄ら寒いものを感じた。

 彼は危険を一切顧みていない。

 命以外はどうなってもいいと感じている節すらある。


「という訳で白鷺さん、降参するなら早めに逃げてくださいね。もはやコレは僕の意思では消すことは無理ですから」


 両手から大量のようきを迸らせながらキョウは笑う。

 鵺化を望んではいないが、だからと言って勝負を捨てた訳でもない。

 要は

 彼はそう超速で判断すると、より熾烈に闘志を燃え上がらせている。

 そしてそれは彼女も同じであり――。


「それはこちらも同じよ。降参するのであれば早めにしなさい。取り返しの付かないことになるわよ」

「もうなっていますよ――ッ!!」


 叫ぶと同時にキョウは突撃する。

 両手から迸る炎は全身を覆い、更にはロケットエンジンの如く噴射する炎を推進力に加速を始めた。

 初速の時点であれほど圧倒的だった装甲戦機の機動力を追い抜き、目に見えて速度が上昇していく。


『もはや退魔師にんげんの限界を遥かに超えているな、彼は』


 カグツチは高速で飛翔するキョウの姿を見ながら、冷静に呟く。

 偽骸装を発動した事により体内に眠る妖魔の血が活性化し、キョウの身体能力を飛躍的に高めているのだ。

 それに伴い偽骸の進行速度も加速的に増しているのだが、今の彼には関係なかった。

 速度は音速を軽く突破し、奮われる拳は汎ゆる物質を炭化させる流星の如し。

 宛ら小さな戦闘機だろう。


『だがいいのか唯羅。このまま行けば彼は過ぎた力の代償を払うことになる』

「そんなことわかってるわよ。でも彼は降参しないんだもの。戦意がなくならない以上戦うしかないでしょ?」


 超高速で3次元的に攻撃してくるキョウを何とかさばきながら、唯羅は吠える様に返事をする。

 まるでそれが退魔師じぶん達の存在意義、とでも言いたげな勢いだ。

 その真偽は一先ず置いて、現状唯羅には余裕が無い。

 カグツチの力の宿る特別製の刀身は兎も角、装甲戦機本体にはキョウと違い焔を纏っていない。

 故に受け方一つ間違えれば装甲もろとも融解させられてしまうのだ。


「自己修復機能があっても、直撃するとまずいわね」


 唯羅は融解した箇所がみるみるうちに修復されていく光景を見ながらも、そう呟く。

 装甲戦機には自己修復機能があり、単純な欠損であれば即座に修復される。

 だがそれは無限と言う訳ではなく、装甲戦機の動力源でもある『気』を大量に消費してしまう。

 故に装甲戦機は外部から妖気を吸収し、その動力源を補っている訳だ。

 しかし、如何せん今は妖気の綱引き中。

 優位とは言え、消費量から見るとあまりにも心もとない量である。


「あぁ、もう神気ほのおが消されると全然切れないわね」


 唯羅は両断せしめようと奮った刀剣が、手の甲で弾かれながらぼやく。

 彼女は元より攻めよりも守りの方が得意だ。

 生身ではカグツチの制御に全霊を注ぐ必要があったが、装甲戦機を経由すればその制御は多少マシになる。

 即ち前回の戦いで見せたカウンターがある程度可能になっているのだ。

 それ故加速的に強くなる彼の攻撃を捌き続ける事が出来ていた。

 だがそれも攻撃に転じなければ、どれほどの時間持つかはわからないのが現状だった。


『これはそもそも私の力が外に漏れ過ぎない様に造られた、拘束具のようなものだ。斬れ味に期待する方が無謀というもの。尤もあの皮膚を両断するとなれば輪廻家現当主の持つ【天之尾羽張】の様な斬撃に特化した神器を持ってこなければ不可能だろうがね』


 カグツチは冷静に突っ込みながらも、どこか郷愁漂う声を出す。

 だが今の唯羅にはその機微まで感じ取れる余裕はなかった。


「ははっ、どんどん制御ブレーキができなくなってきてる。いやまあ戦闘は全然問題ないんだけどね」


 対するは偽骸装の侵食が進むに連れ、格段に強くなり始めているキョウ。

 その侵食は両肘まで到達し、このまま両肩を塗りつぶすのも時間の問題かと思われた。

 唯羅も妖気吸収で徐々に強化されつつはあるのだが、その速度はキョウと比べると遥かに遅い。

 このまま勝負が決まってしまうのも時間の問題かに思えた。

 だが――。


「――


 唯羅は彼の言葉を力強く否定する。

 まるで確信があるかの如く。


「言ったでしょ、と」


 始まりの兆候は僅かな変調。

 知らなければ本人ですら見落としそうなくらい小さなものでしかない。

 しかし唯羅はその兆候を見逃すことなく見つけ、目を伏せた。


「え?」


 キョウは彼女の言葉に反応する事で、漸く己の異変に気がつくのであった。

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