第120話「Aランクが最高だとどこか物足りなく感じてしまう自分がいる」
「へ~、そんな奴が来たのか。毎年ながら退魔師ってやつは変わってる奴が多いよなぁ」
「つまり、僕も変わっていると? 朱さんはそう言いたいわけですか」
放課後、僕らはいつもの様にクリスティナさんの修行に付き合っている。
今はヴァーミリオンさんがその相手をしており、僕と朱さんは雑談しながら見学していた。
修行にある程度慣れて来たのか、クリスティナさんの表情にも心なしか余裕が見えはじめている。
初めた頃の死に物狂いの表情に比べたら大した進歩だろう。
しかし、実力がついてきたのかと言われると、それは否と言うしか無い。
余裕が生まれたのは対戦相手に対する経験値の蓄積によるものであって、技術的・能力的な進歩は殆ど無いに等しいからだ。
能力向上は一朝一夕で身につかない。
短時間でのレベルアップはファンタジーでしか無く、現実は地味で長い修業を積み重ねる事でしか結果が出ない。
気の遠くなる修練の果てに何かの切っ掛けで開花する事はあっても、その逆はないのだ。
重要なのは積み上げられた下地、少なくとも僕はそう思っている。
「わりぃ、そんなつもりはこれっぽっちもなかったんだが、否定する言葉が見つからねぇや」
「まあ、自覚しているんで良いんですけど、ね」
済まなそうな口調をしながらも、豪快に笑っている朱さんを見ながら僕はそっと溜め息を吐く。
言われなくても普通の人間とかけ離れている事は理解しているつもりだ。
『退魔師』として、これが普通なのかどうかはわからないが、白鷺さんを見る限りあながち外れていないと思う。
あぁつまり、僕達は紛れもなく変わり者と言う訳だ。
「キョウ、そろそろ交代でしてよ」
「わかりました」
僕は少し息を乱したヴァーミリオンさんとバトンタッチする形で躍り出る。
渦巻く妖気の戦陣に身を委ねる事により、体中の血が沸き立ち、歓喜に震える。
隠しようがなく僕は戦いが好きだ。
こういった修行紛いの模擬戦でも胸が躍る。
「っ!!」
「?」
胸が躍る……はずなのだが、これは?
僕は無造作に繰り出した回し蹴りを、クリスティナさんはかなりギリギリで避ける。
別段速い訳でも、フェイントを入れて避け難くした訳でもない。
言ってしまえばただの蹴りであり、何の衒いもないものだ。
「なるほど、こうなるのですか……」
「??」
苦しそうな顔でクリスティナさんは得心がいった様に嘆息する。
その様はまるで無理やり体を動かしている様な、そんなぎこちなさが体の各動作からありありと見て取れた。
異常に気が付いたのは僕だけではなく――。
「おい、どうしたクリスティナ。ヴァーミリオンとの連戦が祟ったか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、少し事情がありまして……」
「事情? もしかしてこの前の休日の件か?」
朱さんの言葉にこの前の事件を思い出す。
変な腕輪を付けられたせいか記憶が混濁しているが、それでもクリスティナさんが大変だったのは覚えている。
しかし、クリスティナさんからあの件に関しては口止めされているので、僕は何も口を挟まず会話を聞いていた。
「えぇ、少し。詳しいことは言えませんが、ある代償にキョウさんを攻撃できなくなってしまいました」
「代償? 何の代償ですの?」
「力を得た代償……でしょうか。すみません、これ以上詳しくは言えません」
「
困った顔で視線を逸らすクリスティナさんに、ヴァーミリオンさんは口を尖らせる。
ヴァーミリオンさんの意見は、本当にクリスティナさんの仲が本当にいいからだろう。
そんなすれ違う空気の中、そこに割って入ったのは朱さんだった。
「まあ、いいじゃねぇかヴァーミリオン。クリスティナも言いたくねぇことの一つや二つはあるだろ」
更に食い下がろうとしたヴァーミリオンさんを朱さんは止める。
ですが、とヴァーミリオンさんは不服そうな顔をしながらも、やがて諦めてそっと溜息を吐く。
今追求するのは無駄と判断し、ひとまずは保留にする決断をしたのだろう。
「ありがとうございます、朱」
「いいって、んなことよりも、力を得たんなら俺に使ってみろよ。俺も本気で相手するからよ」
「いえその……大変言いにくいのですが、回数に限りがあっておいそれと使えないといいますか……」
「おい、マジで大丈夫なのかその力。命とか削ってねぇだろうな?!」
「…………恐らくは」
自信なさそうに答えるクリスティナさんに、場の空気が重くなる。
きっとあの麒麟化の事だろうが、あんな無茶苦茶な力を引き出しておいて何のリスクもないのかと言われると僕も疑問に思ってしまう。
前述した自分の言葉の完全否定でもあるご都合主義の
在るべき土台がない、或いは見えない以上いつ崩壊してもおかしくはない。
少なくとも原理と理屈が理解出来る迄は、極力あの力は使わないほうがいいだろう。
僕はそう結論づけていた。
兎も角この場の話題と空気を変える為にも、一つ話の種を提供する事にする。
「そ、そう言えばクラスで白鷺さんがクラスで一番強い妖気を持つのは識さん、っていう話をしてたんですけど、アレってどう言う意味ですか?」
我ながら唐突過ぎる話題だと思ったが、他に話題が浮かばなかったのだからしょうがない。
そもそもここで華麗に話題を変えれる才能が少しでもあれば、もっと普段から友達に囲まれているはずだ。
僕は肉体言語しか持ち得ない自分が嫌になった。
「識とはあの交流戦にいた白澤の妖魔のことですわよね?」
「そうです。別に識さんが弱いとは言いませんけど、クラスにはくうも輪廻も居るのに、どうして識さんなのかなぁっと思って」
ヴァーミリオンさんが乗ってくれたおかげでなんとか話が繋がる。
僕は内心ホッとしつつも、二人の反応に意識を集中させた。
「そりゃあ、その二人がSランクの妖魔だからだろ」
「Sランク妖魔……」
「そもそもSランク妖魔、と言う呼称自体が正しくないのですけどね」
正しくないと言う言葉に僕は首を捻る。
Sと言うのはAの上だろう。
あの二人がSランクと言われるのには何の異論もない。
特にくうとは昔から何度も手合わせしているだけに、その実力は嫌というほど知っている。
もしあの二人以上の格の妖魔が数体存在すれば、人類は疾うに滅んでいる事だろう。
だからこそ正しく無いと言う言葉が引っかかった。
「正しくない、ですか」
「前に妖魔のランクについて説明しましたけれど、あの時言った通りAランクが最高で、公にはランクSと言うものは存在しない、と言ったほうが正しいですね」
クリスティナさんはヴァーミリオンさんから言葉を引き継いで、僕の質問に答える。
妖魔のランクの説明と言うと、いつかの食堂で行ったものだろうか。
あの時は確か妖魔の格はAからDまでしかないと言う説明だったはず。
「? でもくうや輪廻みたいなAランクよりも遥かに強い妖気を持った妖魔はいますよね?」
「だからSランク……神クラスの妖魔をそのノリで呼んでるんだよ」
「どうしてですか? 一つ上のランクの妖魔が居るなら、その呼称通り新しいランクを作ればいいだけなんじゃ……」
「神クラスの妖魔は
ヴァーミリオンさんの言葉に僕は耳を疑う。
認識されていないとはどう言う事だろうか。
妖魔は妖魔であり、能力の差はあれど違うと言う事は無いはずなのに。
「まあ、混乱するのも致し方ありませんわね。ですがこの世界の成り立ちはそうなっているのですわ。一部の神クラスの妖魔が国家どころか世界を支配していますの。勿論彼らは決して悪ではありませんわよ。長きに渡る大戦を終結されたのも彼らですし、人類がこうして平和に暮らすことが出来るのも彼らが人類に味方しているからに尽きますわ」
「世界を支配って、そんなの……」
本物の神様では、と言う感想を抱く。
しかし、朱さんは何を当たり前な事を、と言う様に。
「ぁ? 本物の神だぜ? ランクSの妖魔は
といい切ったのであった。
†
「…………」
『浮かない顔だな、唯羅』
唯羅は汗一つかいていない状態で、決闘相手を見下す。
休み時間、昼休み、放課後と惜しみなく時間を使って倒した妖魔の数は十では済まない。
「C-Bランクの妖魔に勝ってもね。ただ雑魚狩りしてるだけにすぎないわよ」
脳内に響いてくる声に答えながら、唯羅はタブレット端末を操作する。
そこには周辺の妖魔達の妖気の強さが、色と波長で表示されていた。
強い妖気を持つ妖魔はより濃い色として表示され、生き物の様に波長も揺れ動く。
逆に弱い妖魔は背景と変わらない薄い色をただ広げているだけである。
眼前に倒れ伏す妖魔の様に。
『今のところクラスに居たAランク妖魔が圧倒的だったな。やる気はなさそうだが、あれを倒すとなると少し骨が折れるかもしれないな』
「……なにを言っているの『カグツチ』。輪廻様の妖気を見たでしょ? 流石は輪廻家の隆盛を支えた守護神様ね。底が全く見えなかった」
唯羅はタブレットを片手に『カグツチ』と呼ぶものに話しかける。
その口調はまるで相棒かなにかに話しかけているようだが、辺りそれらしい人物の姿は見当たらない。
『
「あなたの
『無論だ。その程度の手段など、不死鳥は掃いて捨てるほど受けている。現在の彼女の存在そのものが、不滅の存在であるという事を証明しているという訳だ』
「そんな輪廻様がどうしてあんな男に……」
『……………』
唯羅の言葉にカグツチが何かを考え込むような気配を見せる。
その様子を感じながら、唯羅は同時に何か別の気配を察知した。
妖魔の気配である。
「妖気! それもかなり強い妖気が二つ。行くわよ、カグツチ」
白鷺は開放された妖気を感じ取って、その場に向かう。
その際にタブレットを操作し、相手の能力を計測する事も勿論怠らない。
唯羅達退魔師には神クラスの妖魔との決闘は禁じられている。
いや禁じられている、というのは少し語弊がある。
彼らに許されているのは妖魔との決闘だけなのだから。
それ故別次元の存在である神クラスの妖魔に手を出す事は暗黙の了解で禁じられている、と言う訳だ。
加えて、存在が強大すぎる神達から無駄な恨みを買う事を避ける為でもある。
触らぬ神に祟りなし。
実害を生まない限りは敬い、奉るのがこの国の方針である。
故に専用の端末を使い、判定する必要があるのだ。
相手がA以下なのか、それ以外なのかを。
「見つけた。妖魔が三人と、あれは……人間?」
唯羅は漸く四人の姿を視界に収める。
木々の間から薄っすら視認できる程度だが、確かに見えていた。
彼女にとって望む相手がそこに居る以上、唯羅は躊躇なく飛び込んでいく。
そのつもりだった。
しかしある光景を発見した事により、彼女の脚はピタリと止まる。
「偽骸……装……」
唯羅はまるでヒーローを見つめる子供の様に、放心しながらその光景を眺め続けるのだった。
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