第119話「コミュ障の主人公がモテるのはどう考えてもおかしい!」

「え~っと、皆も色々聞いて知っていると思うけれど、今日から交換留学生が来ます。妖魔わたしたちとも慰魔師だんしたちとも違う価値観を持った子達なので、色々と衝突があるかも知れませんが――」


 朝のHR中、僕らはレーラビア先生より今日から始まる行事についての説明を受けていた。

 その顔には冷や汗が滲んでおり、ただの楽しい行事イベントでは無い事を言外に告げている。

 少なくとも事情を知る僕の周りの妖魔じょしたちは、皆似たような渋い顔をしていた。


「――それでは今日から一緒過ごすことになる交換留学生を紹介しま~す」


 口調とは裏腹に、かなり疲れた顔でレーラビア先生は交換留学生の人を教室に招き入れる。

 美鈴さんから話には聞いていたが、今日から交換留学生が来るようだ。

 無論このクラスだけではなく、各学年毎に配属されているとの事。

 先週から出発した美鈴さんはその代わりであり、だからこそのなのだろう。

 僕はどんな子が来るのか、胸を躍らせた。


「……あんまり期待しないほうがいいぜ親友」

「え? どうして?」


 後ろの席から輪廻がこっそり囁いてくる。

 輪廻は誰が来るのか知っているのだろうか。


「なんせ来るのは凰学園の生徒だからな」

「? どういう意味?」


 輪廻の言葉に僕は意識を教卓に戻す。

 そこには黒い髪を少年の様に短く切り揃えた、中性的な風貌の女子生徒が立っていた。

 その腰には立派な刀を帯刀しており、否応なく血生臭さを感じさせる。

 そんな身なりで女子と判別出来たのも、偏にスカートを履いているからであった。

 寧ろこれがジャージ等であれば、恐らく分からなかっただろう事は想像に難くない


「それでは自己紹介をお願いします」

「――白鷺唯羅。凰学園から来た退魔師よ。これから宜しく」


 彼女は……白鷺唯羅と名乗った女子生徒はそう言って僕らをまるで睨みつける様な視線を向けた。

 いや、睨みつけると言う表現は生温いだろう。

 彼女はそう、まるで飢えた獣の様な眼で僕らを射殺さんばかりに射抜いているのだから。


「はい、自己紹介どうもありがとう。何か質問がある人は居る?」

「ねぇねぇ、彼氏とかいる?」

「その腰に刺してる刀は本物? というか本物なら銃刀法違反……」

「退魔師って、普段どんなことしてるの? やっぱり山に籠もって修行とか――」


 矢継ぎ早に飛ぶ質問。

 しかし、バンッと黒板を叩く音がクラスを一瞬で沈黙させた。

 勿論その音を出した張本人は彼女である。


「――?」


 心底相手を見下した表情で白鷺さんはクラス中を睨み続けている。

 それも男子にんげんは端から眼中にすら無く、女子ようまのみを目の敵にしていた。

 その気迫にクラスメートは一様に飲まれていく。

 まるで平和ボケした国に紛争地域の人間を連れてきたような、そんな温度差だろう。


「人間の男に媚びて情欲を貪るだけしか脳がなくなったの? 何その爪は、何その牙は? 妖魔の誇りはどうした? 最早そんなものは雄に尻を振り続けるだけのものになったの?」


 白鷺さんは前列に座っていた女子生徒の綺麗に塗られたマニキュアを見ながら、教卓に怒りをぶつけるように拳を叩きつける。

 女子ようま用に頑丈に作られているはずのそれが、嫌な音と共に罅割れた。

 僕が言うのも何だが、明らかに他の男子達にんげんとは別格の膂力が見て取れる。

 その光景に皆一様に引いていた。

 しかし、それが彼女の琴線に触れたのか、更に熱弁は加速する。


「ふざけるな、私はお前たちと闘争をしに来た。それこそが敵同士である私達が結べる唯一のもの。家畜に成り下がった者は失せなさい。人間に媚びるような奴は隅で縮こまっていろ。誇りを失っていないと思う強者だけが私と決闘しんこうを結ぶ資格があるのよ」


 敵意と殺意でクラス中を満たしながらも、白鷺さんは悠然と不敵な笑みを浮かべる。

 もしここにシルヴィアさんが居れば真っ先に決闘を申し込んでいた気がするが、現在は幸か不幸か里帰り中である。

 そして即座に彼女に決闘を申し込む人は誰も居なかった。


「えーっと、白鷺さんの話に補足する形だけど、交換留学生との決闘のルールについて説明するわね」


 白鷺さんの言葉を継ぐ形で、レーラビア先生が再び教壇に立つ。

 決闘のルールと言うと僕が普段しているものと似た様なものだろうか。


「そもそもこの学校には『決闘』が許されていてね、校則に定められたルールに則ってやるなら誰でも出来るの。勿論慰魔師でもね」

「っ?!」


 先生の言葉に男子達が驚愕の表情を浮かべる。

 それはそうだろう。

 いきなり決闘と言われても実感が湧かないに違いない。

 僕は入学式の自分を思い出し、納得する。


「あっ、慰魔師が決闘と言っても代理によるものよ? 学校としても慰魔師に怪我されては堪らないからね」

「……あれ?」


 今僕はナチュラルに自分をスルーされた気がして首を捻る。

 しかしまあ気にしない事にしよう。

 何せきよさんが考えた事なのだ。

 今までの経験から言って考えるだけ無駄なのだろうから。


「それで決闘のルールなんだけど、大体はこの前追加されたキョウくんのものと同じよ。違うところと言えば、武器の使用制限がないという点と、どちらも殺しはNGって言う点かな。流石に殺しちゃうと大問題だしね」

「妖魔の学園なのに随分生温いのね……」


 白鷺さんは皆に聞こえるくらいの音量でぼそっと呟く。

 僕的には殺し合い一歩手前まで許容している時点で血生臭いにも程があると思うのだが、どうやら白鷺さんにはそうでもないらしい。


「兎に角、今日からは交換留学生の退魔師の子達が皆に決闘を申し込んでくるから、皆も受けるならそれなりに覚悟して受けてね。彼女らは決闘をするためにこの学園に来たようなものだし」


 そう言うや否や、レーラビア先生は教室をダッシュで去っていく。

 あとに残された僕らは何とも言い難い空気のまま放置されたのであった。



 †



 ――休み時間。

 意外にも真面目に授業を受けていた白鷺さん。

 その姿にホッとしながらも、僕らはいつものメンバーで集まっていた。


「思ったよりも過激な方が来ましたね。いえまあ退魔師が妖魔の学校に来ている時点で友好を望めないのはわかりきっていますが」

「つーか、そもそもあいつらはここに妖魔との実戦経験を学びに来てんだぜ。そりゃ意見が合うわけ無いだろ」


 輪廻はアホらしいとでも言うように白鷺さんに視線を送る。

 白鷺さんは今、スマホの様なものをじっと見ながら何かを考え込んでいるようだった。


「あ~、めんどくさいな。決闘とかホント時代錯誤過ぎるだろ。男の取り合いでする時点でも意味がわからないのに、妖魔の誇りをかけて退魔師と決闘とか労力の無駄遣いにも程がある」

「識さん」


 珍しく自分の机を離れて此方に来た識さんに、僕は声をかける。

 相変わらず量の多い白金色の髪はボサボサで、至る所に寝癖が付いていた。

 見て分かる通り極度の面倒くさがりの人である。

 休み時間の間はいつもナマケモノの様に机に突っ伏しているはずだが、今日は一体どう言う風の吹き回しだろうか。


「…………」


 僕が不思議がっていると、視界の隅で白鷺さんが立ち上がる気配がする。

 お手洗いだろうか。

 僕が勝手な想像をしていると、白鷺さんはまっすぐ僕らの方に向かってきた。


「ほら来やがった。あ~、いやだいやだ」


 識さんは僕を盾にする様に隠れながら、心底嫌そうにボヤく。

 本当に一体どうしたのだろうか。

 と言うか最近僕を盾にするのが流行っているのだろうか。

 クリスティナさん達の盾になれるのなら本望だから、寧ろもっと流行って欲しいと僕は密かに思った。


「お前がこのクラスでもっとも強い妖気を持つ妖魔ね」


 白鷺さんは僕の前で立ち止まると、鋭い視線を向けながらそう言う。

 当然ながら僕は妖魔ではない。

 無いのだが、疑われても仕方がない体質なのは自覚している為、念の為に聞き返す事にする。


「僕?」

「違う、その後ろに隠れている毛むくじゃらの妖魔の方よ」


 白鷺さんは一瞬僕の言葉にイラッとしながらも、無視するように視線を識さんに向ける。

 だと言うのに識さんは相変わらず僕を盾に隠れたままだった。


「いや違うっての。このクラスで最強の妖魔はあの隅で本を読んでるやつだから」


 識さんは指だけでくうの方向を指す。

 僕もこのクラス最強の妖魔と言われたら、間違いなくくうを指すだろう。

 それだけ僕の知るくうのスペックは桁違いなのだ。

 しかし白鷺さんは首を振り、くうの方を見ようとすらしなかった。


「いいえ、お前であっている。このクラスでもっとも強い妖気を持つはお前で間違いない」

「妖魔……ね。まあ普通に分類すりゃ当然だな」


 意味がわからない僕を他所に、輪廻は訳知り顔で会話に割り込む。

 分類とは何の話だろうか。

 僕が疑問に思っている側で、白鷺さんは輪廻に視線を送る。

 その視線は他に妖魔に向ける敵意の視線と違い、熱を帯びた尊敬の念を含んでいた。

 白鷺さんは全ての妖魔憎しで動いていると思っていただけに、その表情は意外である。


「これは輪廻様。あなたも何らかの事情でこんな所に留まっているのですか?」

「まあ、間違ってはいないかな」

「事情には踏み込みませんが、あまり紗耶華教官や鳳凰院様を悲しませないであげてください」


 白鷺さんは輪廻に対して旧知の仲であるかの様に話し掛けてきた。

 もしかしなくても知り合いなのだろうか。

 僕は疑問に思った事を聞いてみる。


「輪廻、知り合いなの?」

「ん、まあちょっとな。この土日の消えた用事がそれだったというか」

「へぇ、そうなんだ」


 土日と言えばピーちゃんも消えていた日だ。

 もしかすると輪廻もピーちゃんと一緒に何処かに行っていたのかもしれない。

 それはそれとして、輪廻の知り合いである以上僕も挨拶をした方がいいのだろうか。

 怖い印象だが、もしかしたら優しい人かもしれないのだ。


「あ、あの、僕は……」

「慰魔師の自己紹介は要らない。興味もないし話しかけない方が身のためよ」

「あぅ……」


 僕は白鷺さんに一刀両断で会話を打ち切られる。

 僕にはこれ以上追い縋れる話術を持ち合わせていなかった。

 まあ元々そんなもの無いに等しい訳だが。


「それよりお前に決闘を申し込む」


 僕を路傍の石以下の扱いで意識の外に追いやりながら、白鷺さんは堂々とした態度で決闘を申し込んだ。

 だが、申し込まれた当人の識さんはと言うと。


「断る。つーかそんな面倒くさい話題私に持ってくるなっつーの」

「それは敗北するから決闘から逃げた、と捉えて問題ない?」

「お前がそれで満足するならそれでいい」

「……わかったわ」


 白鷺さんは手に持ったスマホの様な端末を操作する。

 何をしているのかよくわからないが、メールとかではなさそうなのはわかった。


「それしてもAランク妖魔が随分弱腰ね。そのくせこんな冴えない慰魔師おとこに媚を売ってみっともない。こんな奴のどこがいいの?」


 そう言いながら白鷺さんは僕と僕を盾にしている識さんを見比べた。

 僕は道端のゴミでも見る視線に晒されながら、ビクリと震える。


「ねえあなた、何か特技はある? 他人に自慢できることは?」

「え?! え?!」

「勉強は? スポーツは?」

「あっ、うっ……」

「なにか一つくらいあるでしょ。それとも自分の価値は女にモテること、とでも思っているの?」

「そ、そんな事は……」


 友達を作る事すら精一杯の僕が、異性にモテる訳がない。

 そう思いながら僕は周りを見渡してみる。

 輪廻、クリスティナさん、識さん。


 ――あれ、女性しか居ない。


 いやそもそもまともな男の知り合いが一人も居ないのだ。

 これはモテている、と言う事なのだろうか。


「その顔、どうやら自覚があるようね」

「自覚だなんてそんな……」

「でもそれ勘違いよ」

「え?」

「お前がモテているのは慰魔師だからであって、人間の女はお前のような取り柄もない優柔不断なヒモ男、好きになるなんてありえないから」


 白鷺さんの言葉の矢が次々と僕の胸に突き刺さっていく。

 言われるまでもなく、自分でも分かってはいた。

 心の奥底ではいつも似た様な言葉が怨嗟の如く渦を巻いているのだから。

 だが、だからといってダメージを受けないわけではない。

 覚悟していても、実際に言葉に出されると辛いものがあるのだ。


「あなた、いい加減に――」

「まあ、落ち着けよクリスティナ。キョウが普通の人間の女にモテないのは事実だしな」


 クリスティナさんが文句を言おうと立ち上がろうとした瞬間。

 輪廻はその肩に手を掛け、強制的に踏み留まらせた。


「事実なんだ……」


 輪廻の言葉にますます落ち込む。

 いやまあモテると思い上がっても居ないが、それでも完全否定されると夢も希望もなくなる。

 そんな落ち込んでいる僕を他所に、輪廻は白鷺さんに向き直る。


「だがしら何とか、断言してやる。。賭けてもいい。だから取り消すなら今の内だぜ?」

「へぇ、輪廻様はそんな奴の肩を持つんですね。まさかここに留まっている事情って、そのヒモのせいだったりします?」


 白鷺さんはまさかね、と見下し嘲笑うように僕を見る。

 僕はヒモってなんだろう、と思いながらも白鷺さんが怖くて目を逸した。

 しかし、輪廻はニヤッと悪役っぽい笑みを浮かべると。


「どうだろうな。あたしとの賭けに勝ったら教えてやってもいいぜ?」


 余裕を持った態度で白鷺さんを挑発する。

 その言葉に白鷺さんは真剣な表情で、目を細めた。

 挑発に怒ったなどではなく、輪廻の事情を知れるかも知れないという思惑からだろう。


「賭け? 先程の発言を後悔するというやつですか? そんなもの――」

「賭けにならないって? なら当然受けるよな?」


 輪廻の言葉に白鷺さんはしばし考え込む素振りをする。

 しかし、輪廻は白鷺さんが受ける事を確信しているような表情だった。


「……………いいでしょう。それで詳しい条件はどうするんですか? それだけ挑発しておいてまさか後から変な条件を付け足したりはしませんよね?」

「条件は単純だ。期限はお前が帰るまで。それまで逃げ切れたらお前の勝ち。もし途中でキョウに好意を抱いたらお前の負け。そしてお前が負けたら――」


 輪廻はびしっと白鷺さんを指差し――。


「一日魔法少女のコスプレをしてもらおう。勿論着るだけじゃない、キャラも魔法少女になってもらうからな」

「マホウショウジョ? 何かはよくわかりませんが、常識の範囲内の服であれば構いません。どうせ勝つのは私ですし」


 魔法少女と言うものをよく分かっていない様子の白鷺さんは、首を傾けながらも自信満々に頷いた。

 それはそうだろう。

 白鷺さんがこんな僕なんかを好きになるだなんて、あり得ないだろうから。

 寧ろ輪廻が何でこんな賭けをしたのか不思議なくらいである。


「じゃあ賭けは成立だ。精々に惚れないように注意する事だな」

「それこそありえないことですよ。こんなモヤシみたいなヒモ、好みのタイプからかけ離れるどころか、と言っても過言ではありません」


 相変わらずゴミを見るような眼を僕に向けながら白鷺さんは堂々と言い切った。

 そんな様を輪廻はケケケ、と小悪魔の様な声を上げながらほくそ笑んでいる。

 僕は波乱万丈の予感に、溜息を吐くしか出来ないのであった。

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