第129話「これはたまたま……そう、たまたまなんだからね」

「あっ、キョウさんっ。き、奇遇ですね、わ、私もたまたま此処を通りがかって……って、何をやっているのよ?!」

「あぁ、白鷺さん。ちょうど今足を怪我した真さんを保健室に運んでいる途中なんです」


 保健室に向かう道中、僕らは白鷺さんと遭遇する。

 僕は状況を説明しながらも、お姫様抱っこした状態の真さんを見せた。

 足を怪我している以上誰かが連れていく必要があり、どこもおかしなところはない。


「あっ、ども~」

「…………」


 だと言うのに真さんを見るや否や、ぎりっと音がしそうなほど歯噛みする白鷺さん。

 睨まれた真さんは冷や汗をダラダラ流しながら愛想笑いを浮かべている。

 何を一体どうしたのだろうか。


「ちょっとキョウ?! いつの間に退魔師の人と仲良くなったの?! そして私すっごい睨まれてるんだけど、早く誤解だってことを伝えて!?」

「いつと言われればこの前、模擬戦で戦ってから?」

「何そのヤンキー漫画的な展開。というかほんと何やってるのキョウ?!」


 僕の鎖骨あたりに顔を押し付け、ヒソヒソ話す真さん。

 それにより更に白鷺さんの機嫌が悪くなるというか、最早我慢の限界とでも言うように肩を震わせてこちらに歩いてくる。


「キョウさん!!」

「はい」


 殆ど怒鳴っている様な声で呼びかけてくる白鷺さん。

 誤解だかなんだか知らないが、何が原因で機嫌が悪くなっているのだろうか。

 僕は原因がわからず困惑する。


「人を助けるためとは言え、その、異性とそんな風に密着するのはどうかと思い、ますっ」

「はぁ……」

「ここは女同士である私が運びます!! 大丈夫です、これでも普通の男性よりは力持ちなつもりです」


 白鷺さんは有無を言わさぬ口調で真さんを渡すように要求し、僕らに背を向けておんぶする体勢となった。

 僕は女同士?と言う言葉に引っかかりを覚えつつも、真さんと白鷺さんの風貌を見て女同士かと思い直す。


「そうだね、その方がいいかも」

「ちょ、馬鹿、キョウっ?!」


 僕はゆっくりと白鷺さんの背中に真さんをおぶさらせる。

 真さんは何故だか抵抗していたが、白鷺さんに背負われると借りてきた猫の様におとなしくなった。

 女の子好きな真さんにとっても、きっとこの方がいいだろう。


「さあ、保健室に…………ん?」


 元気よく保健室に向かう白鷺さん。

 しかし、数歩歩いたところで白鷺さんはピタリと止まる。

 そしてぎぎぎ、と言う音がしそうなほどぎこちない動作で僕と真さんの方に首だけで振り返った。


「…………あなた、スカートのポケットなどにお手玉なんて入れてるの?」

「げっ?!」


 白鷺さんの言葉に真さんはビクリと震えると、滝の様な汗を流し始める。

 お手玉とは何の事だろう。


「あ~、持ってる。お手玉持ってます。超持ってます」

「……そう」


 納得したのか、再び歩き始める白鷺さん。

 その背中で安堵する真さん。

 一体どういう意味があるやり取りなのだろうか。

 僕は状況がさっぱりわからなかった。


「ところで――」


 更に数歩歩いたところで白鷺さんは再びピタリと止まる。


「――この曙学園には人間は男性しかいないと聞いたのだけど、お前の性別を聞いていい? 嫌だと言うならそのお手玉は壁に叩きつけて潰す」

「ひぅ?!」


 ゾッとしそうなほど冷酷な瞳で真さんを睨む白鷺さん。

 僕は何故だがお腹の奥あたりがきゅっと痛くなった。


「あ、あの……生物学的には♂だけど、見た目と内面的には♀と言いますか」

「――つまり男友達を装いながらキョウさんを狙うオカマであるといいたいのね?」

「何でそうなるの?! 違うから!! 私が好きなのは女の子だけだから!!」

「?! つまりは私の貞操を狙って!? ヤラれる前にお手玉を叩き潰すわ!!」


 混沌とした光景になる中、僕はどうすればこの場を収められるのか思案するのであった。



 †



 ――閑話休題。


 一先ず真さんを保健室に送り届け、抜刀して斬りかかりそうになる白鷺さんを何とか宥めた後。

 白鷺さんは未だに不満そうにしているが、何とか納得はしてもらえたようだ。


「それで白鷺さんはどうしてここに?」

「キョウさんを探して……あぁ、いえ、た、たまたま通りがかっただけです」


 白鷺さんは見るからに挙動不審になりながら答える。

 何だか僕を探していたという単語が聞こえた気がするが、ここは気にしないでおこう。


「えっと、キョウさんに頼み事と言うか、き、聞きたいことがありまして」

「? なんですか?」


 もじもじと居心地悪そうに体を揺すりながら、白鷺さんは僕に近寄ってくる。

 なんだろうか。

 僕に出来る事なら力になってあげたいが。


「わ、私と一緒に外に来てください!!」

「外に? はあ、まあいいですけど……」

「本当?! よし、それじゃあ早速――」

『待て唯羅。そんなアバウトな説明でいいのか?』


 唯羅さんが外に駆け出そうとした瞬間、脳内に直接響く様な声が聞こえる。

 いや様な、ではない。

 この声は空気に伝わる事無く感じ取れている。

 僕は咄嗟に抑えた耳から手を離しながら、辺りを見渡す。


『すまない、自己紹介が遅れたようだ。私はカグツチ、唯羅の神器として相方をしている』

「カグツチさんですね、僕はキョウです。よろしくお願いします」


 僕は白鷺さんの腰に差された神剣にお辞儀をする。

 言葉の真偽など疑うまでもない。

 直視すればわかるその妖気の凄まじさ。

 到底人間に扱える代物ではない事は一目瞭然である。

 それを帯刀出来ると言う時点で、白鷺さんの退魔師としての実力を表していた。


「そんなどうでもいい自己紹介は置いておいて、早く外に行きましょう」

「外って、学園のですか?」

「はい、そして向かうのは退魔師のキョウさんが本当に居るべき学園です」


 居るべき学園と言う単語を聞き、僕の心臓は密かに高鳴る。

 実を言うと、僕は白鷺さんに初めて会った時から退魔師の学校と言うものを見てみたかったのだ。

 別にこの学園に不満がある訳ではないが、それでも興味が無かった訳ではない。

 どうして白鷺さんにそれがわかったのかは不明だが、これは千載一遇の機会だった。


「……そこは僕が行っても大丈夫なんですか?」

「勿論です。さあ行きましょう。私達の暮らす凰学園へ――」

『…………』


 僕は白鷺さんに頷いたのであった。



 †



「もう一度だけ言う、汝を通すことは出来ない」

「何でよ?! テスト明けの休みでちょっと帰省するだけでしょ?」

「汝だけが帰省する分には構わない。だが、その童を許可なく学園外に出す事は如何なる理由があろうとも禁止されている」


 正門前、僕らの計画は早くも頓挫しそうになっていた。

 原因は言うまでもなく正門からの脱出が困難であるからだ。

 僕は口を挟むこと無く、白鷺さんと先程から口論している女性に視線を向けた。


「だ~か~ら~、ちょっと旅行に行くだけだって行ってるでしょ?! その程度のことに何で一々許可がいるのよ?!」

規則ルール規則ルール。先程述べたようにきよ理事長殿、煌依学校長、並びに上級教職員3名の認可がなければその童は此処を出ることは許されない。それが正門ここのルールと知れ」


 エキゾチックな雰囲気の女性が正門中央の台座に腰掛けたまま、無常の言葉を吐き捨てる。

 顔を除くその体は獅子とおぼしき様相。

 しかし尾は蛇となっており、背中からは鷲の翼が生えていた。

 見掛けから推察するに、スフィンクスの妖魔だろう。

 僕はその体から漂う妖気に、少し心躍らせながらもこの場は静観する事にしていた。


「なら実力で――」


 白鷺さんがカグツチを抜こうとした瞬間。

 瞬きすらも許されない刹那の合間に、その手は何処からともなく伸びた蛇の尻尾によって押さえつけられていた。

 その光景に僕は思わず目を瞬かせる。

 速度も全く見えないレベルで速かったが、何より驚愕なのは予備動作の無さであった。

 僕も白鷺さんも全く気を抜いていないと言うのに、目の前の相手は容易く警戒網を潜り抜けてきたのである。


「――っ?! この……っ」


 恐らく白鷺さんはその体勢から投げようとしたのだろうが、残念ながら変幻自在に動く蛇の体までは投げられなかったようだ。

 寧ろ藻掻けば藻掻くほど伸び続ける蛇によって絡まっていく。

 やがて白鷺さんはプルプルと体を震わせる事しか出来ず、その場に崩れた。


「封印の施された学童を見て力量を測ったつもりかもしれないが、あまりにも浅薄。身の程を知れ、小娘よ。この場の我は完全開放された身なるぞ」


 白鷺さんが沈黙したのを確認すると、スフィンクスのお姉さんは拘束を解除し、そう吐き捨てた。

 はっきり言って勝負にすらならない次元である。

 例え僕が挑んだとしても、偽骸装無しでは同様の結果となるに違いない。

 そして何より問題なのはこの『領域』。

 特性は不明ではあるが、この領域内で狼藉を働くと発動する条件なのだろう。

 が主の言葉に共鳴し、白鷺さんへ敵意を向けていた。

 まだ本格的な効力を発揮する前だと言うのに、白鷺さんの体力がみるみる削られて行くのがわかる。

 僕らが正門だと思っていた場所は彼女の領域であり、物理法則のネジ曲がった異界。

 その聖域に敵意を持ってノコノコ入った時点で僕らは既に敗北していると言ってよかった。


「ぐっ、かくなる上は――」

「待って、白鷺さん」


 僕は懐から短刀らしき物を取り出そうとしている白鷺さんを止める。

 恐らくなのだろうが、今ここでソレを見せるのは止めて欲しかったからだ。


「どうして止めるんですか?」

「それは最後の手段でいいじゃないですか。許可を取れば通してくれるのでしたら、普通に許可を取りましょう」

「それは……」


 白鷺さんは苦い顔をしながら顔を背ける。

 その顔で僕は大凡の予想がついた。

 恐らく白鷺さんときよさんとの間に何かあったのだろう。


「恐らくあの邪神きよに断られると思うので……」

「そんな事はないと思うんだけどな」


 僕はドッヂボール大会の景品で外出した時の事を思い出す。

 あの時は予めきよさんが許可書を用意してくれていた様だし、今回も恐らく問題はないだろう。

 問題があるとすればそれは寧ろ白鷺さんの方だ。

 きっとこのままきよさんに会えば、揉め事になるのが目に見えていた。

 僕はどうしたものかと思案する。


「汝、業務の妨げになる故、諍いをするのであれば他所でやるのだ」


 揉めそうな雰囲気の僕らを察したのか、少し迷惑そうな顔をしたスフィンクスのお姉さんが白鷺さんを半眼で睨んでいた。

 僕らはアイコンタクトを交わすと、一先ずこの場を離れる事にするのであった。

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