第130話「肉体言語……つまりは脳筋」
「キョウさん、単刀直入に言います。理事長に話を通すのを止めて、強行突破しましょう」
「そんなにきよさんが嫌いですか?」
「嫌いというよりは信用できません。何を考えているのかわからない上に、あの身の毛もよだつ様な赤い瞳。好意的に見ろという方が無理よ」
白鷺さんは両腕で自分の体を抱き、体をぶるっと震わせる。
言葉が素に戻っているところを見ても、本当に嫌がっているのだろう。
正直言わんとしている事は分からないでもない。
きよさんの血の様に赤く、深淵の様に深い瞳は見つめれば誰であろうと飲み込まれそうになるだろう。
これは善悪、決意、意思の強弱の問題ではない。
夜空に広がる星々の様に、浜辺から広がる大海の様に、スケールが根本的に人間とは違うのだ。
「じゃあ交渉決裂ですね」
「ま、待ってください、キョウさん。必ず、必ず私がなんとかしますから」
白鷺さんは必死に僕の腕を掴み頭を下げる。
僕はその様子を見て、自分の発言が誤解を招いている事に気がつく。
誤解を解く為にも僕はすぐさまその手を取り、白鷺さんに笑いかけた。
「違います違います。僕も学園の外に出るのを諦めたわけじゃないです」
「? ではどうして……」
「互いの意見が別れたんです。だったら
「私達らしいやり方?」
聞き返す白鷺さんに、僕はニヤッと笑う。
そうだ、さっきはこの為に態々白鷺さんの手を止めたのだ。
僕はこんな事でネタバレを喰らうのも、消耗して先延ばしになるのも御免なのだから。
「そうです。つまりは決闘でどちらの方法を取るか決めようってことです」
僕の言葉に白鷺さんは真顔になる。
まあ白鷺さんが呆然とするのも当然かも知れない。
全く理性的とは言えない解決方法なのだから。
僕は白鷺さんを見据えたまま、口を開いた。
「まあそれも建前で、本当はただ白鷺さんと戦いだけなんです」
「私と、ですか?」
白鷺さんはどうして負けた私と、みたいな顔で困惑する。
僕はそんな白鷺さんに対して首を縦に振り、頷く。
「はい、僕はこの前白鷺さんと決闘してからずっと心残りというか、引っかかっていたんです。どうして白鷺さんは僕にもう一度決闘を挑んでこないのだろうか、と」
「それはその……、私はもう負けましたから」
「全然本気を出してないのに、ですか?」
僕の言葉に白鷺さんはちらりと自分の腰に差した刀に視線を向ける。
その視線が殆ど答えだと言ってよかった。
相手が本気を出していない勝負に勝ったとしても、それは勝利と言えるのだろうか。
いやそもそも真剣にやらない決闘など茶番でしかない。
だからこそ僕はもう一度やり直したかったのだ。
そしてそれが出来るのは、この学園を出る前である今しかない。
「しかしこれは……」
「使えば僕に負けるわけがない。そう言いたいんですよね? だから使わない。勝負が見えているから。でも――」
僕は辺りから妖気を吸収し、臨戦態勢に入る。
白鷺さんがその刀を使わないのは僕の偽骸装と同じく何か理由があるのかもしれないし、無いのかもしれない。
或いは本当に勝率100%だから使わないのかもしれない。
僕はこんなにも白鷺さんの事を知らない。
少しは語り合ったが、挨拶程度でしか語り合ってない。
だから僕は白鷺さんの事をもっと知りたい。
故にコミュニケーションを取りたいのだ。
「ちが……わない事もないです。そう……ですね、キョウさんの言う通り負けるなんて考えもしてないわ。だって――」
僕の臨戦態勢を見て、諦めたように溜息を吐く白鷺さん。
しかしその口元には薄っすらと笑みが浮かび、先程までの動揺が嘘のように収まっていく。
僕が取れるコミュニケーション手段など一つだけだ。
それ以外の方法を僕は知らない。
故に僕は、僕らは殴り合わなければ分かり合えない。
「「――私/僕の方が強いから」」
ここに僕らの二度目の決闘が開始された。
†
「私が勝てばキョウさん……いえ、キョウは有無を言わずに私と一緒にあのスフィンクスを倒して凰学園に来てもらうわよ」
「じゃあ、僕が勝ったら僕とクリスティナさん達と友達になって、偽骸装の使い方とか色々教えてもらおうかな」
無手で構えるキョウに対して、唯羅はカグツチを鞘から抜く。
それにより抑えきれない神気が焔となり、辺りに撒き散らされる。
その炎に焼かれれば、例え神であろうともただでは済まないだろう。
正真正銘神さえ殺す事が出来る神威の神器である。
「まずはお試しよ。この程度対処できなければ本気を出せなんて言葉、二度と口に出させないから」
「勿論、対処してみますから心配しなくても大丈夫ですよ」
「ホント、惚れ惚れするくらい頼もしいわね!!」
キョウの言葉を聞くや否や、唯羅は飛び出す。
神剣の焔が軌跡の様に唯羅の走り去った道筋を燃やしていく。
最早受けに回る必要はないのだ。
カグツチの前には頑強さなど意味を為さない。
そう実証して見せるか如く、唯羅は神剣を横薙ぎに振るう。
それにより炎其の物であるかの様な刀身が綺麗な弧を描き、熱線を迸らせた。
「――っ」
キョウは瞬時に回避行動に移るとその刃から逃れる。
それも普段のようにギリギリに避けたりなどせず、大きく距離を取っていた。
本来、彼は大きく回避する必要などない。
類まれなる反射神経と、卓越した五感で相手の攻撃を見切れるからである。
では、今回ばかりは神剣の速さに対応できなかった?
いいや、否である。
「流石よ、いい判断だわ。でも――」
その判断の正しさを示すようにキョウがそれまで居た場所が、一瞬で焦げる。
まるで地形が『火傷』をしたかの様に、燃えると言う過程を吹っ飛ばして地形にダメージを与えたのだ。
キョウはその光景を見て、眼を丸くする。
「距離を取ればどうにかなるとでも思っているのっ?!」
唯羅がカグツチを大振りに振るう。
刀剣から吹き上がる焔が意思を持つかの如く、火炎の斬撃と成り刃から放たれる。
キョウはソレを視認する事なく、再び回避する。
カグツチの誇る驚異的な妖気を前にすれば、最早直接見る必要性など皆無。
死の恐怖が具現し、襲ってきているに等しい状況なのだから。
「距離を取る? 違いますよ、反撃の機会を伺っているだけですから!!」
キョウは笑みを浮かべると、体を反転させて唯羅の方に特攻する。
大きく距離を取らないとダメージを負うほど強力な攻撃。
近づけば近づくほど死と隣合わせとなる。
故にキョウは前進した。
一見自殺行動にしか見えないが、相手が遠距離攻撃を持っている以上距離を取った所で先に待つのは破滅のみである。
死中に活を求める。
いや勝利を狙うからこそ、より好んで死地に飛び込む。
彼の行動原理とは詰まる所そう言う風にできていた。
「考えなし……ではないわよね? えぇそうよ、だって
ガグツチの焔は空気すらも焼き焦がし、周囲を呼吸すらままならない炎熱地獄へと変えていく。
今キョウは息を吸う事すら、苦痛となっている。
だが唯羅はそんな状況を見て尚、加減する事無く斬撃を飛ばし続けていた。
信じているのだ。
それは盲信と言ってもいい。
根拠など無く、ただ不思議な何かが働き対処すると信じ切っているのだ。
故にその攻撃に躊躇いがはいる余地は微塵もなく、本気の一撃が焔を巻き起こし大地を炭化させる。
「――ははっ」
我武者羅に特攻し、制服を焦がしながらもキョウは何とか神威の焔を避け続けていた。
それにより改めて彼は先程の自分の判断が間違っていない事を確信する。
何故ならほんの僅かに掠るだけでコレなのだ。
直撃など論外だろう、と。
熱湯を掛けられたかの如く、赤く腫れ上がった左手から視線を外すとキョウは楽しそうに笑みを浮かべる。
無論退魔師である彼だからこの程度で済んでいるだけで、常人は疎か低ランクの妖魔では掠っただけで骨すら残らないだろう。
代償は大きかったが、しかしそれによりキョウと唯羅の距離は一歩の所まで近づいていた。
「ふっ――!!」
踏み込むと同時に体を反転させると、鞭の様に撓らせた体からキョウは蹴りを放つ。
巡らせた妖気により、当たれば凡百の妖魔の体を弾けさせる威力の蹴りだ。
勿論人間である唯羅がまともに当たれば一溜まりもない。
当然唯羅もその攻撃は見えている。
だが――。
「――――」
唯羅はその攻撃を鞘でガードしながら後退する。
前回の唯羅を考えるとありえない光景だ。
「あぁ、やっぱりそうなりますよね。その状態、僕にもよくわかります」
キョウは思った通りとでも言うように唯羅の状況を興味深く観察する。
先程の攻撃はキョウにとって賭けでもあったのだ。
前回の決闘で分かるように唯羅はカウンターを得手とする。
多少の隙程度では揺らがず、前回と同じ状況であれば確実にカウンターを決めていたであろう状況。
だがそうはならなかった。
その理由はと言うと――。
「カグツチさんを振るうのが精一杯で、他の事にリソースを割く余裕が無いんですよね」
「……正解よ」
唯羅はカグツチを再度構えながら、苦々しく口を開く。
別に彼女はカグツチを扱えていない訳ではない。
十全かと言われればそれは否だが、少なくとも武器として扱う事は出来ている。
では何故か?
『大丈夫か唯羅』
「えぇ、問題ないわ。とは言え相変わらず生身で扱うのは骨が折れるわね」
額の汗を拭いながら唯羅はカグツチと会話する。
『神器』とは本来であれば武器として扱えるだけでも超絶な技量と、理不尽なまでに絶望的な神との相性が必要なのだ。
故に唯羅であろうとその技量の全てを武器の制御に当てなければ、振るう事すら出来ない。
それが神器と呼ばれる代物だからだ。
これがただの刀剣・銃火器であれば持ち主の技量だけで全てが決まるだろう。
だが神器は武器であると同時に生命体でもある。
それも持ち主より遥かに強い神だ。
その神器を振るうと言うのは、例えるならば光の巨人の肩から戦闘指示を送っている様なものだ。
加減を間違えれば腕を動かすだけでも振り落とされ、飛び跳ねようものなら衝撃により肩の上で潰れる。
だが、操れるのであればそれが如何に強力無比であるかは言うまでもないだろう。
「まあ、当たらなければどうという事は――」
「――――」
キョウが次の行動に移ろうとした間隙、唯羅の姿が掻き消える。
それとほぼ同時に、その行く手目掛けて炎熱の軌跡が通り抜けた。
「……鼻が焼けました。あと少し反射が遅れたらもう一つ大きな口が出来るところでした」
キョウは後方に飛びながら、鼻を押さえる。
その鼻は見事なまでに真っ赤に爛れていた。
そんな彼の様子を見ながら、彼女は悔しそうに唇を歪ませる。
「…………一回だけの奇襲だったのに外しちゃったわね」
『天性の直感だろう。彼のような手合には死に直結する攻撃ほど当たらないものだ。一撃で決めるなどと甘いことは夢々考えないほうがいい』
「そんなこと分かっているわよ。手足を焼き落とすか、臓腑を灰にして動きを鈍らせないとね」
恐ろし事を口にする唯羅に、キョウは苦笑いを浮かべる。
言葉の内容に対してではない。
先程唯羅が見せた突然の加速に対してだ。
先の奇襲は術式の効果により齎された物だ。
その存在は前回の対戦で彼も嫌と言う程知っている。
だが、キョウは彼女がカグツチを扱う事で精一杯だと言う情報により、術式も発動できないだろうと思いこんでしまったのだ。
唯羅はその事を計算尽くでこの奇襲を狙っていたのである。
「『この術はいつどんな時、どんな体勢であろうと誤差0,1秒未満で発動できる』か。そう言えば確かにそう言っていたね。うん、意識下でも考慮するべきだった」
前回の決闘時の記憶を手繰り寄せながら、キョウは成程と頷いた。
彼は当然の如く納得しているが、本来初歩中の初歩の術とは言え誰であろうと何時如何なる時も使用が可能など有り得ない。
その領域に辿り着くには血の滲む努力が必要である。
全ては
まともな術であれば同時併用が困難であるが故に、彼女は初歩中の初歩の術式を極めたのだ。
「さあ、どう対処するキョウ――!!」
術式を起動させ、加速すると同時に矢の如く駆け出す唯羅。
僅か一秒程度の強化とは言え、その状態でカグツチを振れる時点でそれは余りある時間だ。
高速で繰り出される斬炎が辺りを呪いの如く焦がす。
ソレは全てを燃やす焔の神威。
気も土も岩も水も大気も、等しく例外なく焦げていく。
キョウは勿論、使用者である唯羅でさえも――。
「ははっ、楽しい。楽しいよ、白鷺さん!!」
「えぇ、私も楽しいわキョウ。もっと、もっとあなたの力を見せてっ」
互いに引く事無く、拳と剣をそれぞれの体に叩き込もうとする。
より深く、より強く互いの体を傷付け合う。
後退を知らない二人の体には、刻々と傷跡が増えていく。
威力だけで言えばカグツチを持つ唯羅が飛び抜けているだろう。
まともに一撃を貰えばそれだけで勝負が決してしまう圧倒的な熱量。
その威力は致命的な直撃が一切無いと言うのに、彼の全身は既に焼け爛れ、僅かだが炭化し消失した箇所も出来始めている程。
それも偏に尋常ならざる耐久力の彼だから保っているだけであり、普通の妖魔ならばこの場の空気を吸い込むだけでも気管と肺を焼かれて行動不能に陥っている事だろう。
彼はいつ倒れても可怪しくない状態で戦い続けていた。
対する唯羅はと言うと――。
『唯羅、そろそろ――』
「わかってる!! わかってるわよ」
唯羅は全身の打撲に加えて幾つかの骨が罅ないし破砕し、骨折していた。
特に左手は使い物にならないレベルに砕かれており、どれほど気を込めても力なく揺れるだけである。
退魔師とは言え、彼女の体はただの人間だ。
大妖クラスの身体能力を誇る彼の攻撃を受けて無事であるはずがないのだ。
防御術式で多少のダメージは軽減しているものの、妖魔に比べると脆さが顕著に現れてしまう。
両者の拮抗は桁違いの火力と耐久力のぶつかり合いに拠って齎されていた。
しかし、そんな無茶も長くは続かない。
時間と共に拮抗は少しづつ傾いてゆき、やがては大きく傾き始めていくのであった。
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