第155話「お姫様は日本人形のキスで目覚める」
『――キョウ』
――呼んでいる。
誰かが僕を呼んでいる。
あぁ、行かなくてはいけない。
求められれば応える。
それが僕の存在意義なのだから。
僕はゆっくりと目を開け、意識を浮上させた。
「――――むちゅ~」
覚醒一番、眼前には何故か唇が迫っていた。
状況が全く理解できない。
理解できないけれど、僕はその唇に対し――。
「つき子ちゃん?」
一先ず彼女の名前を呼ぶ事にする。
顔などを見る必要は無い。
その妖気に触れれば理解できる。
僕が妖魔を間違えるなどありえないのだから。
「ひぃ――っ?! お、お、おおお、起きておったのか?!」
つき子ちゃんは見ているこっちが心配になるレベルで狼狽える。
見掛けが日本人形の様な可愛らしい少女なだけに、なんだか苛めている気分になってしまう。
僕は手を伸ばして落ち着かせようとするが、つき子ちゃんはその動作に驚いたのか僕の上から転がり落ちていった。
「ち、違うのじゃ、最近姿を見ぬからどうしたんじゃろうと、探していたわけでもなく、どこか怪しい場所があったから入ってみれば主が寝ていたから、接吻で起きるかも、などと思ったわけでも――」
「ありがとう」
「ふぇっ?!」
僕は彼女にお礼を言う。
何故ならこのタイミングで目覚めれたのは偶然ではないからだ。
勿論呼ばれたからこそ目覚めようとはしていたのだが、僕一人だけの力ではまだ無理だった。
僕の中にいる
それこそ暴れれば国を一つ滅ぼしても尚足りない。
故に必要なのは切っ掛けと運だった。
「僕を起こしてくれてありがとう。つき子ちゃんを呼んでよかったよ」
僕は軋む体に力を込めて、起き上がる。
自分でも何日眠っていたのかわからないが、少なくとも体を動かすのにそこまで問題はないようだ。
恐らく治療してくれていた人か、僕の体に眠る不死鳥の力に依るものだろう。
僕は一度大きく伸びをすると、未だ床に尻餅をついているつき子ちゃんを手招きする。
「? な、何じゃ?」
つき子ちゃんは言われるがままにトコトコと歩いてくる。
恐らく自分が何をしたのかすら分かっていないのだろう。
彼女は座敷わらしの妖魔。
その能力は人間を幸福にする力。
座敷わらしである彼女自身には効果がない力であるが、人である僕に絶賛効果を発揮する。
僕はその能力の助けを借りて
正直いつ起きれるかは『 』の機嫌次第だったから、運気上昇は非常に時間短縮に繋がった。
「こんなことがお礼になるかわからないけれど――――ありがと」
僕は側まで来たつき子ちゃんのおでこにキスする。
何故こんなものがお礼になるかは、甚だ疑問だけれど彼女がそう求めている以上僕は応えなければならない。
「なっ?! お、おで、おで、おでこ~~っ!!!?」
林檎の様に顔を真赤にすると、そのままつき子ちゃんは倒れ込んでしまう。
僕はカプセル状のベッドを抜け出し、代わりにつき子ちゃんをその中に入れる。
「さあ、シルヴィアさんに会いに行こう。――――小鈴さん、周囲の警戒お願いできますか?」
「っ?! 私が起きていることも気が付いていたの?」
胸ポケットで人形のふりをしていた小鈴さんが声を上げる。
勿論気が付いていないわけがない。
小鈴さんも大事な僕の友達なのだから。
「勿論です。僕のために色々と有難うございました」
「……と、当然のことをしたまでよ。だって、私達はその……あれだし……」
「はい、僕の大切な人(の一人)です」
僕の言葉でポケットの中で小鈴さんはもじもじと体を揺らす。
どうやら照れているようだ。
そんな彼女の様子を可愛いと思う。
「け、警戒ね。少し妖気の充電に時間がかかるけど任せて。何かあれば術式を起動できるようにするから」
そう言うと小鈴さんは再び休止状態になる。
本当に僕の周りは頼りになる人ばかりだ。
僕は配線やら実験道具やらで色々とごちゃごちゃしている部屋から出ようとする。
するとそこへ――。
「そんな状態でど~こにいくのかなぁ? 怪我人はちゃ~んとベッドでおネンネしてなきゃねぇ」
床下から行路を通せんぼするように、アルフェ先生が出現した。
僕はこの部屋にいる事は何となく察知していたので、然程驚かずにいられる。
「そんな状態? 確かに万全ではないですけど、特に問題はありませんよ」
「いやいや~ぁ、今のキミ、戦闘能力がかな~りぃ落ちているよ?」
モノクルをキラリと光らせ、アルフェ先生は僕を値踏みする。
僕は目を瞬かせて、クエスチョンマークを浮かべた。
――あぁ、この人は何を言っているのだろう。
僕に戦闘能力なんて全く必要ないと言うのに。
「う~ん」
とりあえず僕はアルフェさんに抱きついてみる事にする。
昔からくうでもピーちゃんでもきよさんでも、困ったら抱きつくことにしているのだ。
不思議とそれで世の中は好転するのだから、ハグは偉大な行為なのだろう。
「――おっと、キミに抱かれるのは光栄なんだけどねぇ~。でぇ~も~今は勘弁願いたいねぇ」
しかしアルフェさんはするりと避けてしまう。
彼女の逃げる先の理解した上で抱きついているつもりだけれど、うまくは行かなかった。
彼女の能力を突破するには接触とパーセンテージがまだ足りないらしい。
残念である。
僕は少しがっかりした。
「止めても聞かないんだろうけどねぇ。まぁ~、キミを危険な目に合わせる訳にはいかないのさぁ。キミが死ねば全てが終わってしまうからねぇ」
アルフェさんの言葉の意味がわからず僕は首をひねる。
まあ元々僕に分かる事なんて殆どないのだが。
僕に難しい事は必要ない。
大切なヒト達さえ居てくれればそれでいい。
「理解はしなくてもいいさぁ。どうせ私が言わなくてもキミはちゃ~んと分かっている。でも万が一ということがある。だから……ねぇ」
アルフェさんは突然股下に手を突っ込み、何かをごそごそと取り出した。
それは鋼色の液状の何かで、みるみる形を変え膨らんでいく。
「ちゃんと改良しておいたから、連れて行くといいさ。ほらマキナ、ご主人様の下に戻ると良いよぉ」
「イエス、ドクター。メンテナンス感謝と
アルフェさんの股から現れたのはマキナだった。
僕は嗅ぎ慣れたその妖気に安堵しつつ、その液状の体に抱きついた。
「久しぶり……なのかな? ずっと一緒にいるはずなのに変な話だよね」
「首肯と肯定。
「もう、そんな事言わないの」
僕がマキナの体を撫でると、彼女は擽ったそうに身を捩らせた。
液状の体がくねくねと揺れる。
ひんやりとした体が気持ちいい。
「マキナも僕にとって大切な友達の一人だよ。だから力を貸してほしい。友達が僕を呼んでいるんだ。僕は彼女に会わなければいけない」
「イエス、マスター。
「――ではマキナ、オーダーを出そう。今より彼が眠りにつくまでの間『邪魔者の排除』と『彼の防衛』の2つの命令を与える」
アルフェさんはモノクルを煌めかせ、マキナに命令を与える。
本当はこんな命令など良くないのだろうけれど、マキナは命令がないとまともに行動ができないのだ。
アルフェさんはそれをゴーレムの特性と言っていた。
僕自身は妖魔の特性を否定したくはない。
でも、だからといって彼女に命令もあまりしたくはない。
こういう状況をジレンマと言うのだろうか。
僕は内心の悩みを心の奥底へと隠し、マキナへと微笑みかける。
今はもっと大事な事があるのだから。
「
マキナは言葉と同時に完全な人型へと変わる。
いつ用意したのか、学園の制服を身に纏っていた。
とても良く似合っていると、僕はマキナを褒めながら前を見据える。
僕を呼ぶ声は徐々に弱々しくなっている。
あまり時間は残されていないのだろう。
「さあ行こうか」
僕はマキナの手を取ると、漸く出発するのであった。
†
――そして現在。
「な、何を……言っているんだキョウくん。私だ、シルヴィアだ」
私は彼の言葉に戸惑う。
何を言っているのだろう彼は。
私は困惑しつつも、一つ合点がいくことがある事に気がつく。
そう、今の私の姿を彼に見せるのは初めてだったはずだ。
ならば間違えるのも無理はない。
「あぁ、そう言えば色々変わったのだった。それに今は二目に見られない姿になっているからな」
「?」
「乙女心としてはあまり見てほしくないが、私はシルヴィアだ。キミなら分かるはずだよ」
私は彼に笑みを浮かべる。
だが彼は――。
「はい、ですから言ってます。お姉さんは誰ですか?」
「だから私は――」
「僕が妖魔を間違えるなんてありえないんです。それも大切な人なら尚更です」
彼は敵意の全く篭っていない瞳を私に向け続けている。
その瞳に私はゾクッとした。
――この子は本物だ。
私という存在が取るに足らないから敵意を持っていないのではない。
私が偽物と知って尚、好意のみを以て接しているのだ。
普段であれば馬鹿の一言で切り捨てるだろう相手。
だがコレは違うと妖魔としての本能が囁く。
――あぁ、間違いない。
私は確信する。
この子こそ彼女が探している存在であると。
故に此処で優先されるべき事象は――。
「うひ、うひひひひ―――っ。初めまして僕の名前はシフト。早速だけどキミを連れて行くから」
僕は彼を捕まえる為に元の姿の一つに变化する。
失われた体力や妖気こそ戻る事はないが、少なくとも四肢を取り戻す為にはこうするしかないのだ。
「なっ――?!」
驚愕する周りの連中を他所に、僕の腕は彼の眼前へと迫る。
当初の計画から外れるが、彼を持って帰ればそれら総てを帳消しにしてもお釣りが来る程の成果だろう。
何より、彼女に返済しきれないほどの大きな貸しを作れるのだ。
これほど大きな見返りはない。
何せアレは最強の龍だ。
アレを完全にコピーし、成り変われるようになれば僕に敵は居なくなる。
僕は勝利を確信し、ニヤリと笑った。
その瞬間――。
「――敵意察知。迎撃モードに移行と宣言」
「は?」
全くの無防備である彼に手を伸ばした瞬間。
彼の影から鋼色の棘が僕の腕を貫いていた。
新たに新調した腕から血が零れ落ちてゆく。
「………あのさぁ、お前ら人の体に穴増やしすぎ何だよ。いい加減腸煮えくり返るっていうか――」
「妖気分析完了。ランクAクラス、
「――殺す」
僕は殺気を撒き散らし、変身する。
この場で最も奇襲に適した妖魔、天狗へと。
「天狗へと変化を確認。再度迎撃に問題ないと断定」
眼前で鋼色の触手を動かす妖魔は、僕が得た記憶の何れにも目の前の存在は当てはまらない。
何より僕の大っ嫌いな『機械』の臭いがする。
ならば予測など無意味だろう。
「そのまま圧倒的な速度で轢き殺してやるよ――ッ!!」
残像すら見えないであろう速度で、僕は周囲を駆け回る。
天狗の中でも彼女は特に強力な妖魔だ。
だが油断はしない。
僕は更にスピードを上げる。
「――――対象
「ひゃは、また会おうねキョウくん」
僕は奇襲するふりをして、完全に意表を突く形でその場を離脱する。
天狗に変化したのは奇襲する為ではなく、逃げる為だ。
ベストは彼の身柄の引き渡しであったが、情報の提供だけでもそれなりの見返りを見込める。
生き汚く、それでいてドライに。
それが僕のモットーだ。
故に此処は保身に走る。
天狗になった以上、彼らが追って来るには麒麟の力に頼らざる負えない。
だがその可能性はないと断言できる。
何故なら彼女が彼の傍を離れることはないからだ。
故に追いつかれる事など――。
「ん?」
僕は背後から猛スピードで接近する気配を察知した。
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