第128話「血の代償」

「大丈夫ですか、キョウさん?!」


 心配そうな声でクリスティナさんは僕に駆け寄ってくる。

 僕は衝撃からか少し曖昧になっている意識を手繰り寄せた。


「はい、大丈夫です。体に当たる前に気で防御しましたから」


 僕は体にぶつかった瓦礫をどけながら立ち上がる。

 飛んできていた瓦礫は近くで見ると想像以上に大きい。

 ぶつかった衝撃で砕けた後もレンガ程度のサイズがあった。

 こんなものが直撃すれば、大惨事になるだろう事は想像に難くない。

 僕は覆い被さっていた真さんへ視線を向けた。


「何処か怪我はないですか、真さん?」

「うぅ……キョウ? 私生きてる? 体ちゃんと繋がってる?」

「欠けてはいないと思います」


 僕はそう言って、腰が抜けてしまっている真さんを優しく立ち上がらせる。

 退、真さんは普通の人間なのだ。

 例え直撃を受けていなくても異変があるかもしれない。

 僕は真さんの様子を観察する。

 すると案の定、足を少し捻って赤くなっている箇所を発見した。


「って、ちょちょちょ、いきなり何をっ?!」


 僕は有無を言わさず真さんを抱え上げる。

 図らずもお姫様抱っこの様な体勢になるが、特に他意はない。

 強いて言えばこれが一番負傷箇所に負担を掛けない手段であっただけである。

 その際、何故かクリスティナさんが真さんを強烈な目で睨んでいたが、理由はよくわからなかった。


「真さん、足捻ったでしょ? だから保健室まで運ぼうと思って」

「そ、それはありがたいけど、急すぎるというか。クリスさんの目が超怖いというか……」


 真さんは怯える様にギュッと体を縮こませる。

 それにより更に密着するが、真さんは気にしてない模様。

 そんな様子に困った僕は、仕方なくクリスティナさんに視線を向ける。


「そ、そんな目で見ないでください。もう、睨みませんから」


 クリスティナさんはバツが悪そうにしながら僕から視線を逸らす。

 僕は次にくうと輪廻に視線を向けた。

 喧嘩自体は小休止に入っているが、今も睨み合いは続いている。

 次はこの二人をなんとかしないといけないだろう。


「くうも輪廻も仲良く喧嘩したいのは分かるけど、流石に場所を選んでほしいな」

「はぁ?! 誰が仲良く? こんな奴と仲良くするくらいならまな板と仲良くしたほうがマシだね。胸のサイズ的にも」

「喧嘩? 違うわ、これは躾。足先から鶏冠まで肉と皮しかない害鳥に躾をしているの。キョウ、覚えておきなさい。喧嘩と言うものはね、同じ土俵でないと成り立たないものよ」

「いやもうこれ喧嘩じゃなくて災害なんですけど……」


 真さんを無視して、僕は聞き分けのない二人に妖気吸収を向ける。

 妖魔化すらしていないと言うのに、膨大な量の妖気が流れ込んできた。

 これでもまだ二人は全然本気ではないと言うのが恐ろしい。

 いやだからこそ、本気になる前に止めなければならないのだ。

 二人が本気になれば、少なくとも学園丸ごと消し飛んでしまうのだから。


「これ以上ここで喧嘩を続けるつもりなら、僕が相手しますけど?」

「お、いいぜ親友。一緒にこの根暗無乳モブブッ倒そうぜ」

「いや、輪廻も僕の相手だからね?」


 僕に背を向け、シャドーボクシングでもする様に拳をくうに向ける輪廻。

 対するくうはいつも通りの無表情なまま。


「久しぶりに僕とも喧嘩する? くう」

「……下らない。さっきも言ったけど喧嘩は同じ土俵でしか起こらないものよ」

「僕とじゃ同じ土俵に立てないのかな?」


 僕の問いかけにくうは左手の甲をギュッと握りしめる。

 まるで何かに耐える様な表情だ。


「えぇ、無理よ。


 そう言うやいなやくうはどこか別の空間に消えていく。

 消える寸前、血の様な赤い瞳が僕の姿を捉えると何かを呟いた。


「――もうすぐ……もうすぐよ。待っていなさい、。あなたを必ず――」

「?」


 よく聞き取れなかった単語に僕は首を傾けるが、くうはもう消えた後である。

 僕はその場に居てもしょうが無いので、真さんを保健室へ連れて行く事にした。


「これが噂の退魔師モード? ――――うん、たしかにこれならちょっと格好いいかも」

「? 真さんどうかしましたか?」

「い、いやなんでもないよ」


 僕は少し顔を赤らめている真さんを不審に思いながらも、クリスティナさん達に断りを入れて保健室に向かうのであった。



 †




「もうすぐ……? まさかが危うくなり始めているのか?!」


 輪廻は再生の始まっている中庭をウロウロと浮遊しながらそう呟く。

 その側でクリスティナが羨望の眼差しで、キョウが向かっていった先を眺めていた。

 しかし、輪廻の真剣な声音で意識を戻す。


「境界? それはどういうことでしょうか」

「あ~、まだクリスには言ってなかったか。ここじゃ、あれだからまた部室に行こう」


 輪廻の言葉にクリスティナは頷くと二人は例の部室に向う。

 部室には特殊な結界が張られており、外部からの透視盗聴は勿論の事。

 内部からでも利用者以外は会話内容を覚える事が出来ないと言う徹底ぶり。

 まあその警戒も尤もだろう。

 何せこの学園には壁に耳あり障子に目ありを地で行く能力持ちが多数存在する。

 それだけに密談は慎重を期さなければならないのだ。


「キョウは退魔師と慰魔の血族の力、その両方を受け継いでいることは知っているよな」

「えぇ、勿論。そのどちらの力も体験したことがありますし」

「だが、その力は本来相反するものだ。あの無乳から説明を聞いているかもしれないけど、本来この2つは同時に存在できないものなんだよ」


 油と水の様に、2つは交わる事は無い。

 あるのはその2つの境界線だけ。

 無理に混ぜようとしても反発するだけでしか無く、例え混ざった様に見えても時間と共に元に戻る。

 妖魔を退けるころす者と慰めるあいす者。

 互いが相容れる事は出来ず、相容れるには互いを滅ぼすしか手段がない。

 故にそこには境界が敷かれているのだ。

 互いを滅ぼし合わない様に。


「キョウさんはソレを記憶の奥底に沈めることによって回避している。そして呼び起こせる記憶の違いにより性格と能力が変化する。私はそう推察しているのですが」

「大体合ってるぜ。境界っていうのは2つの力を分けるだ。おかげで、親友はそれを直視しなくて済んでいる。本来はこれで問題なかったはずなんだ」

「本来は?」


 クリスティナの言葉に輪廻は頷く。

 その脳裏に思い浮かべるのは交流戦でキョウと美鈴がぶつかった時の事だ。


「この前の交流戦だ。あの時キョウは自らその境界に足を踏み入れた。そして自ら境界に穴を開けてしまった」

「あの時そんなことが……。でもあの時輪廻は別に焦ったりしてないですよね」

「あぁ、あたしと居るからすぐに治ると思ってたんだよ」

「治る? どう言う意味ですか?」


 輪廻は立ち上がると同時に体から炎を巻き上げ、妖魔化する。

 即ち不死鳥の姿へと。

 溢れ出る妖気は勿論神の領域。

 量も当然の事ながら、質が大妖クラスの妖魔と比べても隔絶している。

 能力も何も使用せずとも、ただ其処に居るだけで空間に満ちていた気が活性化し始めた。

 もしここに病人が居れば、立ち所に快癒しただろう。

 そうクリスティナに確信させる程、妖魔状態になった輪廻の妖気は圧倒的である。


「あたしがキョウと生まれたときからずっと居たのは知っているよな?」

「はい、それでキョウさんは輪廻の妖気を認識できないと」

「じゃあ、なんであたしが一緒に居るか知っているか?」

「それは……」


 クリスティナは少し考え込む。

 思えば輪廻は来た時からキョウにべったりだった。

 彼もそれが当たり前の様に受け入れていたし、クリスティナ達も何も異論を挟まなかった。

 だが、普通に考えれば変な話である。

 一緒に居るのだ。

 例え家族、いや、母親であったとしてもそんなレベルで一緒に居る事なんて不可能なはずなのである。

 血を分けているとは言え、親子でも別々の体なのだ。

 24時間片時も離れる事も煙たがれる事も無いなど、通常ありえないだろう。


「何故輪廻はキョウさんと常に一緒に居るのか、教えてもらってもいいですか?」

「それはな、キョウはあたしと一緒に居ないと死ぬからだ」

「…………は?」


 輪廻の突然の言葉に、クリスティナは固まる。

 冗談としか思えないその単語に、脳の処理が追いつかないのだ。


「あ~、正確に言うとあたしと四六時中一緒に居なければ死ぬ体だった、といったほうが正しいか」

「一体どういう事なんですか?」

「さっきも言ったはずだぜ? 退って。それは記憶どうこうでどうにかなる話じゃないんだよ」

「しかし、輪廻は先程境界があると……」

「境界? あぁ、それで? 宿からだ?」

「――――っ」


 輪廻の言葉にクリスティナは文字通り絶句する。

 そもそもの話、境界線だの何だのは精神の問題なのだ。

 肉体にどちらの力も宿している以上、誤魔化しも棚上げも出来はしない。


「キョウは母親の胎内に居た時から反発する2つの力で、

「自壊? でも今は……」

「親友はあたしの再生の力で常時回復させてる。この前の決闘の時、親友の異常な自然治癒能力を見たよね? あれはなんだよ」


 ゆらゆらと揺れる炎。

 先程の中庭では地面が融解する程の高温を放っていたにも関わらず、今は人肌程度の温度しかない。

 その炎を見ながらクリスティナは複雑な表情をした。

 彼女もあまりにも都合が良すぎる事には薄々ながら気付いていた。

 しかし、直向きな努力と後ろめたさを感じさせない彼の性格から、推測される事実に目を逸らし続けていたのだ。

 都合の良すぎる幻想など、碌でも無い真実を見ていないだけだと言うのに。

 現実の重さに叩きのめされ、クリスティナは前後不覚に陥る。


「キョウさんがそんな重い症状を抱えていたなんて……」

「当然だろ、親友のあの力が何のリスクもないわけ無い。親友のあの力はきっちり代償を払った後なんだよ」

「キョウさんと輪廻の事情はわかりました。それでどうして境界を開けてしまうとまずいのでしょうか」

「言っただろ? 境界なのだと。あれはキョウ自身の自己防衛反応なんだよ。これ以上自傷しないように、体がその2つを極力分けるようになっているんだ」

「するとその境界に穴が空いてしまったりすると……」

「あぁ、自壊は更に早くなる。或いは退魔と慰魔、両方の力が相殺しあって消えてしまうかもしれない」


 相殺という言葉にクリスティナは再び考え込む。

 キョウが自壊し続けているのはその2つの力の所為だ。

 その2つがなくなれば、普通に生きていけるようになるのではないだろうか。

 そう考えるのも当然の帰結だった。


「相殺するとなにかまずい事でもあるのでしょうか?」

「勿論相殺すれば自壊症状は無くなるかもしれない。だけど、ここで問題になってくるのが慰魔師の寿命だ。その寿命はどのくらいか知ってるだろ?」

「最高三十年、ですか……」


 慰魔師は妖魔なしでは最高30歳までしか生きる事が出来ない。

 妖魔に捕食されない様に進化した結果とは言え、あまりにも短すぎる年齢だろう。

 だからこそ慰魔師には妖気を貰える妖魔がパートナーとして必要なのだ。


「そして親友は恐らくその短い寿命すら殆ど残ってない。退魔師として恒常的に気を使いすぎているからね。恐らく両方の力を無くせば一週間も持たない可能性がある」

「そんなに……?!」

「だからこれ以上境界を広げるマネは絶対に避けなければいけない。今回のように半ば無意識に自ら入れ替わる事態は特にな」


 輪廻は目を伏せ、炎の翼となっている腕をバサッと振るう。

 それにより火の粉が辺りを舞うが、辺りのものに焦げ目一つつけること無く消えていった。


「その割に輪廻は私達が退魔師のキョウさんと修行するのを容認していますね」

「キョウには強くなってもらわなきゃ困るんだよ。龍が――――色を冠する純化の龍神スプレマシーカラーズが解き放たれる前に、ね」


 輪廻は憂鬱な顔でそう呟くのであった。

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