第16話「屋上を開放されているところを見たことがない」

 キョウと咲恋が笑い合う時よりおよそ半刻前。

 クリスティナは校内を早足で駆け回っていた。


「居ても立っても居られず思わず飛び出してしまいましたが、少し無策過ぎましたね」


 辺りを見渡しながらクリスティナは独り言つ。

 急いではいるのに走ろうとしないのは、彼女の生真面目な性格ゆえだろう。


「見るからに頭の悪そうな不良でしたので、どこかで奇声を上げながら走っていると思ったのですが――」


 ナチュラルに相手を馬鹿にしながら、クリスティナは耳を澄ます。

 すると―――。


「うぉおおおおお――――――っ!!! どけどけ、蹴り飛ばすぞ――っ!!!!!!!」


 どこかで聞いたことのある声が、騒音とともに校舎内に響く。


「馬鹿だとは思っていましたが、こうも絵に書いたような馬鹿だと少し拍子抜けしますね」


 クリスティナは呆れた顔をしながら、その騒音が向かっている方向を凡そ割り出す。


「階段……上の教室? いえこれは屋上ですか」


 音を頼りにクリスティナは急いで階段を登り、屋上へと続く道を覗く。


「なるほど、不良の溜まり場にはふさわしい場所ですね」


 屋上へと続く扉は乱暴に解き放たれており、離れていても屋上の様子が伺えた。

 クリスティナは向こうから見えないように、注意深く気配を殺して移動する。

 そしてそのまま扉の側に張り付くと、慎重に中を覗きこんだ。


「ちゃーっす、朱さん。言いつけ通り焼きそばパン買ってきたっす」


 そこには今朝キョウを襲撃した羅鬼が、90度体を曲げてお辞儀をしている。

 恐らく不良の親玉に挨拶しているのだろう。

 クリスティナはよく見ようと更に体を傾ける。


 その前方には燃えるような赤い髪を後頭部付近でくくり、茶筅髷とし。

 猛禽類を思わせる鋭い目をした女子生徒が、瓢箪片手にベンチに座っていた。

 クリスティナはその姿を確認すると同時に確信した。

 朝の騒動は恐らくこれが原因なのだと。


「俺が頼んだのは抹茶練乳……いやいい、いつもの事だしな」

「?」


 朱と呼ばれた人物は羅鬼から焼きそばパンを受け取り、コインを渡す。

 そしてそのまま焼きそばパンに齧り付いた。


「……何でこんなもんが人気なんだろうな。炭水化物に炭水化物を混ぜてすげーアンバランスじゃねぇか。絶対甘いパンのほうが美味しいだろ、断言できる」

「さあ? 数が少ないからじゃないっすかね?」


 不良二人は話しながらもしゃもしゃと焼きそばパンを咀嚼する。

 朱はベンチに座りながら、羅鬼はその前でヤンキー座りしながらだ。

 その様子を見ながら、クリスティナは覚悟を決める。


「んで、覚悟はできたか? そこの影にこそこそ隠れてる奴」

「!」


 突然視線と声を向けられ、クリスティナは息を殺す。

 勿論クリスティナは物音は疎か、初めから気配を殺して注意深く見ていた。

 ならば偶然か。

 いや違う。

 クリスティナは冷や汗をかきながら、相手の出方を伺う。


「ハッタリだと思っているのか? だったら不正解だ。ここは普段から俺とコイツ以外寄り付かねぇから、別の妖魔が来ればその妖気ですぐ分かるんだよ」

「成る程……」


 諦めてクリスティナは二人の前に姿を現す。


「何だてめぇっ!? 此処は朱さんのシマだぞ。それをわかった上で――」

「黙ってろ。――――――俺の客だ」


 飛び出し先制攻撃を加えようとする羅鬼を、朱は下がらせる。

 その上で朱はベンチから立ち上がり、クリスティナと対峙した。

 クリスティナが見上げなければいけないその体格は、平均的な男子よりも大きい。

 だがそれ以上にこの朱存在から放たれる圧力が、彼女をさらに大きく見せているのだ。


「この俺の首を取りに来たって訳か?」

「事と次第によっては、ですが。そのつもりです」


 クリスティナと朱、二人の妖魔の妖気がぶつかり合う。

 両者ともに人化の法で抑えられているとはいえ、それでも突風が巻き起こり、屋上の砂を舞い上げていく。


「はっはっ、餓鬼が言うじゃねぇか。――――――面白い、この朱がその喧嘩高く買ってやるぜ」

「事と次第によっては、と言った筈ですが? ―――――やはり同類、ソレと同じで頭の出来があまりよろしくないようですね」


 二人の雰囲気は一触即発。

 いつ喧嘩が始まってもおかしくはない。

 そんな中、空気を読まず羅鬼が首をひねる。


「ん? んん~? …………………あっ、思い出した」


 頭の上に電球マークを光らせて、羅鬼は得心いったというように頷く。

 クリスティナは漸く羅鬼が自分のことを思い出したのだと、確信した。


「漸くですか、少しは頭を使――」

「朱さん、朱さん。今日俺朱さんのパートナー見つけて来たっすよ」


 羅鬼は目を輝かせ、朱に報告する。

 その様子はまるで褒めて欲しくて、あるじに尻尾を振る犬のようだ。

 出鼻を挫かれたクリスティナはこめかみをひくひくさせる。


「ハァッ?! そんな話今初めて聞いたぞっ!?」

「すみませんっす、今思い出したところなんで。で、でもあれっすよ、朱さん好みのロリ……じゃない、幼い感じの男っすよ」


 胡散臭さ全快の顔で羅鬼を睨む朱だったが、羅鬼が男といった瞬間朱の顔は自分の髪より赤くなった。


「なっ?! ばばば、馬鹿、ぜ、全然、全然好き……じゃ、ねーし? お、俺は、俺より強い男らしい男が好きだし。お、幼いショタっ子なんて、ぜ、全然。うん、全然好き、じゃ……ねぇ、よっ!!」


 半ばヤケ気味に朱は声を張り上げて否定する。

 だが口調は焦っているのがまるわかりであり、しかも朱の体は真夏でもないのに全身から滝のように汗が噴出し始めている。

 最早これは嘘が苦手とかそういう次元ではないだろう。


「朱さん、あんま嘘つくとぶっ倒れるっすよ? ただでさえ嘘がダメな体質なんっすから」


 羅鬼は心配そうな顔で、朱に声をかける。


「う、ううう嘘じゃ……ねぇ……し」


 奥歯を噛み締め、朱は言葉を絞り出す。

 その姿は戦う前から明らかに一戦交えたようにヘトヘト状態になっていた。

 クリスティナはこめかみを押さえながら、溜息と共に言葉を零す。


「……………コントは以上でしょうか?」

「コントじゃねぇよっ!!」


 イタい人を見る目で二人を見るクリスティナに、朱は怒鳴る。

 だがもう二人は戦いをするような雰囲気ではなかった。


「はぁ………。何れにせよ私の話とはその件についてです。――――と言っても貴方は把握していないようですが」

「あぁ、今見た通り、ついさっき聞いたところだ。それにこいつじゃ要領を得ないから、話をしてくれるんなら取り敢えず一から頼む」


 朱は瓢箪の中身を呷ると脱力し、ベンチに腰掛ける。

 クリスティナはそれを若干険のある顔で睨むが、諦めて溜息を吐く。

 状況がまるで読めていない羅鬼は、とりあえずクリスティナにガンを飛ばすことで落ち着いた。

 混沌度合いが増す中、クリスティナは説明を始めるのだった。


「――成る程な、事情は解った。本来ならコイツに真偽の確認をするとこなんだが……」


 朱はクリスティナの話を一通り聞いて立ち上がる。

 表情こそ苦笑いだが、その体からは殺気と苛立ちが溢れんばかりに放出されている。

 その視界の先には話が長すぎて、大口開けて眠りこけている羅鬼が居た。


「はっ?! 漸く朱さんが動くんすか。イケイケー、そんな奴ワンパンっすよ」


 静かになったことに気づいたのか、羅鬼は居眠りから覚める。

 そして何を勘違いしたのか朱の様子を見て、手を振り応援し始めた。


「すぐ済むからちょっとだけ待っていてくれよ」


 朱の言葉にクリスティナは無言で頷く。


「そうだ、てめぇなんか朱さんが直ぐ………あれ、何でこっちに向かって指慣らしてるんすか? あ、ちょちょ、い、痛いっす痛いっすッ!!」


 朱は片手で羅鬼の額を掴むと、アルミ缶の容器を握りつぶすような感覚で力を込める。

 それにより女子にしてはやや筋肉質な彼女の腕が膨張する。


「俺が、何時、お前に、パートナーを、探せって、頼んだ、よ――ッ!!」


 万力の様にぎりぎりと羅鬼の頭が締めあげられていく。

 その度に羅鬼の顔からは滝のような汗が流れ出し、血の上った顔はどんどん赤く染まっていった。

 誰の目から見てもかなりの痛みが、羅鬼を襲っていると分かる。


「頭が、頭が割れるっす!! 無理無理無理、出る、マジで中身でるっす!! 朱さん、お願い止めて止めて止めてぇ―――――ッ!!!!!!!!」


 朱は羅鬼の懇願を聞きながら、己の頭上まで彼女の頭を持ち上げる。

 そして――。


「ふん―――ッ!!」


 朱は片手で羅鬼の頭を持ったまま振りかぶると、ボールのように投げ飛ばした。


「ぐぉっ―――――ッ!!!」


 羅鬼は屋上のコンクリートの上を二三回バウンドし、ゴロゴロ転がる。

 クリスティナはあまりの出来事に、思わず羅鬼を同情した。


「態々悪かったな、こんな所まで。えーっと――」

「一年のクリスティナです」

「クリスティナか、俺は三年の朱だ。よろしくな」


 朱はクリスティナに手を出す。

 クリスティナは一瞬、何かを確かめるようにその手を見る。

 ――が直ぐに確信し、その手を握った。


「此方こそよろしくお願いします」


 両者ガッチリと握手をする。


「大体決闘でパートナーを決めると言うやり方自体気に食わねえ。力で人間を支配する時代はとうに終わってる。この校則は時代錯誤の甚だしいんだよ」

「はい、その通りだと私も思います。貴方が話のわかる人で非常に助かりました」


 羅鬼の瀕死体がぴくぴくしている後ろで、両者は笑い合う。

 先ほどまで一触即発だったとはとても思えない雰囲気だ。

 恐らくは元々相性が良かった為だろう。


「そ、それに、お、男と女の関係ってのは、そ、そういうもんじゃ、ねぇだろ?」


 自分でも恥ずかしいことを言っている自覚があるのか、朱はどもりながら顔を赤らめそっぽを向く。


「は、はい」


 感化される様にクリスティナの顔も赤くなる。


「「………………」」


 両者の間に気まずい空気が流れ、お互いに無言になる。

 しかしそれも数分、直ぐに耐えられなくなった朱が再び口を開く。


「と、ところでずっと聞きたかったんだが」

「? どうかしましたか?」


 朱は一度咳払いすると、モジモジしつつも言葉を切り出した。


「お前……そのキョウって奴の事、好き……なのか?」

「へ? い、いやあの……それは……」


 朱の質問にクリスティナは、顔を熟れた林檎のように真赤にする。

 朱は元々髪が赤いため顔の赤さは然程目立ちはしないが、銀髪のクリスティナは顔を真赤にすれば色彩的に非常に目立つ。

 その赤さ加減に感化されて、朱は更に饒舌に質問する。


「お、女が男のために、喧嘩しに来るなんて、理由はひとつ……だろ?」

「ち、違います。わ、私は、と、友達としてですね――」


 両者顔を赤く染めながら、ムキになるように一歩前進する。

 二人共内心ではもう止めたい話題ではあるのだろうが、負けん気な性格が邪魔をし、なかなか止めれないのだ。


「お、俺は嘘つきは嫌いだが、好きな奴のために体を張る奴は……嫌いじゃねえ。だ、だから胸を張れよ、お前のしたことは恥ずかしいことでも何でもねえ」

「朱……さん」

「よせ、朱でいいよ」


「「………………」」


 顔を赤くしたままの二人に、再び沈黙が訪れる。

 けれど先程のように気まずいわけでもなく、どこか確かな絆が二人の芽生え始めていた。


「……兎も角、決闘の件はキャンセルして貰えるんですよね?」

「あぁ、この馬鹿が勝手にした決闘の申し込みは、放課後きっちり詫び入れて破棄させてもらう」

「ありがとうございます」


 礼儀正しくお辞儀をするクリスティナ。

 朱は頭を掻きながら少し申し訳ない表情をした。


「いいって、いいって。元々悪いのはこっちだしな」


 瓢箪に口をつけながら朱は羅鬼を見下す。

 釣られるようにクリスティナも羅鬼を見た。


「い、痛い……っす」


 眼を回している羅鬼を見ながら二人は同時にため息を付くのであった。

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