第63話「弱点」
「体を霧状態にした上での、遠距離範囲攻撃……。こんな者どうやって倒すのですか?!」
二人の戦いの行く末を見守っていたクリスティナが、堪え切れなくなったとでも言うように思いを言葉に変える。
隣にいる朱も大体同じ意見のようで、苦虫を噛み潰した顔をしていた。
「――霧化、枯渇の杭、飛翔、元素支配、環境改竄、吸精、再生と随分能力を持っているようね。流石は真祖の吸血鬼といった所」
くうは両手とも健在なヴァーミリオンの爪を見ながらそう嘯く。
その瞳からは相変わらず感情が読み取れないが、少なくとも当然の出来事と受け止めているようだ。
「褒めている場合ですか?! キョウさんが危ないというのに……。それともまさか、私や朱の時のように、キョウさんはまだ本気を出していないだけとか、ですか?」
「…………いいえ、あれが現状出せるキョウの本気。妖気吸収など条件によって多少は変わるけれどね」
「だったら結構ヤバイんじゃねぇのか?」
致命的なダメージは受けては居ないが、少しづつ追い詰められているキョウを見ながら朱は言う。
朱もヴァーミリオンと同じ大妖クラスの妖魔だ。
『現界突破』すれば今のヴァーミリオンですら比較にならない膂力を扱えるようになる。
だがそれでもキョウに確実に勝てるか、と問われれば朱はNOと答えるだろう。
単純な力だけではキョウの妖気吸収によって逆転されてしまう可能性があるからだ。
それこそヴァーミリオンのように吸精、再生、霧化などの様々な能力がなければ、こうも一方的に戦うのは無理である。
相性と言ってしまえばそうなのだが、それだけでは到底考えられないほど二人の能力に差がありすぎるのだ。
「そうね、このままキョウが気づかなければその通りね」
「気付く?」
「これだけ多彩な能力を持ち、不死と言われる吸血鬼の標準ランクはCだそうよ。どうしてだと思う?」
くうは無表情のまま、二人に問い掛けるような視線を送る。
二人はその瞬間、質問の意図を理解した。
「そうか、そうだったな。
「ですが、ヴァーミリオンさんは真祖。普通の弱点が効くのでしょうか?」
「何処迄行こうと吸血鬼は吸血鬼。その名の概念からは逃げることは出来ない」
くうは意味深な言葉を吐きながら、キョウたちの戦いを見守るのだった。
†
「吸血鬼……吸血鬼……と」
僕はグランド中を駆けまわりながら考えを巡らせる。
後ろからはしつこいくらいに杭の群れが着いて来ており、避ける際に受けた傷も十では済まない数になってきていた。
それなりの疾さで走れると自負しているが、流石に宙を自在に飛んで来るピラニアの如き群れから逃げるのは難しい。
そもそも得意なのは悪路での走行であり、こうも平坦で見通しがいいと単純な筋力の勝負になって人間である僕には不利なのだ。
「弱点が色々あった気がするんだけど、今この状況で使えそうな弱点とはなんだろう?」
僕は何とか意識の外からヴァーミリオンさんに一撃加えられないかと、注意深く観察しながらも別の手段を模索する。
吸血鬼の弱点といえば、太陽光、銀の武器、白木の杭、炎、十字架、ニンニク。
ぱっと思いつくだけでこんな物だろうか?
と言っても太陽光はフィールド全てを闇に閉ざされている今は無理だ。
銀、ニンニクも用意できないという意味で同上。
白木の杭と十字架は簡易的なものならそこらの樹から作れるかもだが、そもそも霧化しているヴァーミリオンさんの心臓に白木の杭を刺すのは至難だろうし、簡易的な十字架で効果が出るかは微妙なところ。
残るは炎となるわけだが、僕は妖魔ではないので口から火を吹けるわけではない。
火を熾すにしてもそれなりの手順がいるわけで、そんな余裕があるとは思えない。
要するに僕は途方に暮れるしかなかったのだ。
「と言っても長期戦になれば勝つのは僕なんだけどね」
僕は走り回っている内に回収したゴム製のナイフを構えると、雪崩のように押し寄せてくる杭を弾き飛ばす。
妖気吸収は今も働いていて、僕に妖気を供給し続けている。
それは即ち、相手の吸精能力より僕の妖気吸収能力が優っている証拠。
対するヴァーミリオンさんは吸精能力で抑えているとはいえ、その実はマイナスだ。
故に時間を掛ければ掛けるほど、その天秤は傾いていくのだ。
「――だとお思いかしら?」
「――ッ!!」
そんな僕の心を見透かしたようなタイミングで、ヴァーミリオンさんは出現する。
突然の強襲に僕は拳を向けた。
その身体能力の高さは先の一撃で思い知っている。
知っていればその対処もそう難しくない。
僕は瞬時に左腕に妖気を滾らせるとヴァーミリオンさんの攻撃の軌道をそらす。
「態々攻撃されに実体化したんですか?」
左手の鈍い痺れを堪えながら、僕は右手のナイフで実体化しているヴァーミリオンさんに攻撃する。
ドレスの部分は恐らく鋼よりも遥かに硬いと予想されるから、生身の部分を狙って。
「まさか? それよりも
僕の攻撃がヴァーミリオンさんに当たる瞬間、その体は霧へと消えた。
そしてその言の通りに、僕に対して大量の杭が噛み付いてくる。
僕はそれを後方宙返りで避けつつ、それでも尚食らいついてくる杭をナイフで叩き落とす。
「かと言ってそちらばかり見るのも不用心というものでしてよ?」
ちょうどナイフを振るう僕の背後を挟撃する形で、ヴァーミリオンさんの爪が迫る。
だがそれこそ僕が望んでいた瞬間だった。
僕は体を折り曲げ丸めると、空転するように背後から迫る爪を避ける。
空振りした爪は迫り来る血の杭を切り裂いていった。
その避けた空隙、僕らは上下逆になりながらも視線が交差した。
そこにヴァーミリオンさんのもう一方の爪が迫る。
「――ハッ」
僕は至極当たり前の動作で爪に対してカウンターを合わせる。
攻撃するタイミングがわかっていれば、当然カウンターを狙う。
態々弱点なんて探す必要なんてない。
実体化しているのであれば僕にとって問題はないのだから。
ナイフと爪がぶつかる瞬間、僕の手応えは空へと消えた。
「……あれ?」
視界に残るのは霧のみ。
僕はやられたと感じると同時に、体を無理に反転させすぐにその場から逃げ転がる。
「――痛っ」
背中に衝撃が加わると同時に、痛みと火と氷を同時に当てられたかのような感覚が僕を襲う。
けれどそれに
第二、第三の攻撃が迫っている。
勿論その正体は先程から僕を追ってくる杭の群れだ。
「鬱陶しいな、もぅ――――っ!!」
四肢すべての筋肉を使い、僕は何とか距離を取ろうとする。
当たる寸前まで迫る杭はナイフで撃ち落とし、その間にも必死に跳躍を繰り返す。
だが――。
「余所見は厳禁ですわよ?」
少しでも距離を取ろうとするとヴァーミリオンさんが出現し、それを邪魔する。
僕の意識が向いている間は霧状態でやり過ごし、杭に手を取られている時は実体化してちょっかいをかけてくる。
僕がカウンターを狙っていることは当然向こうも知っているため、文字通り僕を削る様な小攻撃ばかりで反撃の機会を許してくれない。
「えっと、これが正々堂々?」
「持てる能力を駆使して死力を尽くす。これの何処に卑怯な要素があるといいますの?」
「まあ、そう言われればそうなのか……なっ!!」
不意打ち気味に振るったナイフが、霧化したヴァーミリオンさんの体を通り抜ける。
やはり警戒している中、ただ奇襲するだけでは攻撃は通りそうにない。
対する此方は先程から杭やら爪やらで血がみるみる奪われている。
それを妖気で補ってはいるわけだが、その妖気の使用量が吸収量を超えれば頼みの長期戦の天秤すら逆転する。
「何か手、何か手……」
杭を弾き返し、時折迫る爪を避けながら僕はブツブツ独り言を呟く。
唯でさえ宵闇で暗いのに、その上視界を閉ざすように展開される霧を前に僕は少しづつ神経がすり減っていた。
――吸血鬼、弱点、霧、夜空、月、雲。
雑多なキーワードだけを頭に浮かべながら、僕はふと気づく。
この空間の夜空に雲が全くと言っていいほどないことに。
その瞬間、まだあげていない弱点を僕は思い出した。
「そう言えばソレにも色々因縁あったっけ」
僕は辺りを見渡しながら目当ての物を探す。
校庭なのでアレがある確率はかなり高いはず。
――あった、あとは……。
杭をナイフで弾きながら僕は強行突破を試みた。
多少のダメージはこの際無視する。
「逃しませんわよっ!!」
背後からヴァーミリオンさんが迫ってくるのを感じる。
次々と襲いかかる杭を弾きながらも、僕は一向にスピードを緩めない。
問題はどうするかだ。
僕がただそこに辿り着くだけでは意味が無い。
僕は視線を目まぐるしく動かし、距離を測る。
「余所見とはいい度胸ですわ……ね!!」
「――っ」
ヴァーミリオンさんが自身の手で投げ飛ばした杭が、僕の頬を掠める。
僕は思わず斜め後方に跳躍した。
「……っと」
しかし跳躍した先は校庭に備え付けられていた手洗い場であり、僕はその壁にぶつかることによって逃げ場がなくなった。
そして目の前には既に攻撃態勢に入っているヴァーミリオンさん。
「チェックメイトですわ、止めは
周囲は既に杭に囲まれている。
ヴァーミリオンさんは僕の足が止まるのを待って、ずっと包囲を続けていたのだ。
絶体絶命と言える状況の中、僕は――。
「きっとそう来ると信じていました」
口元に笑みを浮かべ、力いっぱい手洗い場を攻撃した。
「なっ?! えぇ――っ?!」
ヴァーミリオンさんの驚きの声とともに、噴出する大量の水。
側にいる僕は勿論、ヴァーミリオンさんを巻き込んで辺りを一面を水浸しにする。
そしてこの隙を逃すはずもなく。
「どうしたんです――かっ!!」
力いっぱい握りしめた拳を、ヴァーミリオンさんの腹部に叩き込んだ。
鉄のように硬いドレスの感触がズシリと拳に響く。
「――ぁぐっ」
ヴァーミリオンさんは困惑と苦痛を綯交ぜにした表情で、膝を折った。
そこに僕は容赦なく蹴りを入れる。
今度も霧化して逃げること無く、ヴァーミリオンさんはただ吹き飛ばされるだけだった。
「やっぱり流水って、弱点なんですね」
びしょぬれになった僕を上手く感知できないのか、辺りを彷徨う杭の群れを適当に避けながら僕はヴァーミリオンさんに近付く。
ヴァーミリオンさんは霧化して逃げることもせず、憎々しげに僕を睨むだけ。
どうやら流水で濡れると、霧化できなくなるようだ。
「くっ――――それがなんだって言うんですの!!」
起き上がり、爪を振るうヴァーミリオンさん。
僕はそれをナイフで受け止める。
今までのような力は何処へやら、僕は手首の力だけで爪を弾き返す。
それだけでヴァーミリオンさんはよろけた。
霧化出来なくなったばかりか、どうやら力も抜けているみたいだ。
「……降参しますか? しなければこのまま気絶させますけど」
「誰が降参など……
「――そうですか」
血が出るほど唇を噛み締め、憎しみを込めた眼で僕を睨むヴァーミリオンさん。
僕はその言葉に返事をすると同時にナイフを構えた。
その瞬間――。
『グゥ~~~ッ!!!!』
辺りに聞こえそうなほど大きな音が僕らの間に響き渡った。
僕は思わず手を止め、その音源であるヴァーミリオンさんを見つめる。
「…………」
「~~~~~~っ」
ヴァーミリオンさんは顔を真赤にし、射殺しそうな勢いで僕を睨んでいる。
僕はなんだか全てにやる気が削がれ、大きく溜息を吐いた。
「こ、これはその……違いますわ!!」
「はぁ……」
まだ何も言っていないのに、ヴァーミリオンさんは弁明を始める。
だが僕は何を言ってももう手遅れだと思った。
「そ、その……あの……これは、ですわね……」
『グゥ~~~ッ!!!!』
林檎よりも顔を赤くしながら弁明しようとするヴァーミリオンさんのお腹から、再び大きな音が鳴る。
それが止めになったのだろうか、ヴァーミリオンさんは両手両膝を付いて項垂れた。
「…………降参……しますわ」
空気が凍りつく中、ヴァーミリオンさんの魂の抜けた言葉が終了の合図となったのであった。
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