第152話「妖魔最強種」

『汝ら……何者だ?』

『……ふむ、聞きたいの…………聞かせよう。余の……名はサフ……』


 ――漸く目的の記憶に辿り着けたか。だがこれは?


 シルヴィアは目的の記憶に辿り着く。

 ここに来るまでに強力な封印がいくつも施されており、想像以上の時間と労力を強いられた。

 だが漸く辿り着いた記憶こうけいはノイズ混じりの歪な記憶だった。


『何……やめて……ね。……が苦労……だから』


 ロープを纏った二人の人物から女性と思しき声が聴こえる。


『我の問いに答えよ。貴様らは何者だ?』

『何者……言われたら。そうだなぁ、【ウロボロス】って言えば分かるかな?』

『ウロボロス……了承した。貴様らは打倒される運命と知れ』


 聞くや否や、シェセパは両目から超圧縮太陽光レーザーを放つ。

 その威力、シルヴィアの時とは違い一切の加減無し。

 正真正銘の神獣スフィンクスの全力である。

 彼女の力はこの学園の門番を任されるだけあって非常に強力である。

 それもそのはず。

 此処を任せる以上、

 故にその瞳から生み出す光線は、結界以下の防御能力を持つものを滅却する。

 直撃は勿論、周囲数メートルの地点にいるだけでも昇華してしまうだろう。

 まさに太陽神の力其の物なのだ。


『……ハ…………これが太陽神の力を宿すスフィンクスの力か』


 その圧倒的熱量を前に、ローブの人物は笑みを浮かべる。

 嘲り笑うでもなく、見下し冷笑するのでもなく、満面の笑みである。

 そして徐に片手を前方へと向けた。

 裾から覗く腕は華奢な女性のものであり、シミ一つない真珠の如き肌を太陽光の前に晒している。

 まさか受け止めるつもりだろうか。

 そんな疑問符すら浮かんできそうな程、女性の行動には緊張感がない。

 殺意や敵意は端からなく、それどころか慈悲や慈愛すら感じられるほどの穏やかな所作にしか見えないのである。


『余の……肌に傷を付けてみよ。…………させるなよ?』


 もう一人の人物が、その後ろに退避する中。

 ローブの女性はにやりと口元を歪めた。

 眼前に迫る太陽光を前に、その人物は逃げるどころか防御姿勢すら取る気がない。

 まるで湯の温度でも確かめるかの様に、絶死の太陽光に触れようとしているのだ。

 そしてレーザーが彼女に直撃する。


『っ?! それは龍鱗ドラゴンスケイル……』

『当然であろう。余は龍なのだからな』


 大気すら焼き尽くす破滅の光線を浴びながら、彼女は挨拶でもするかのように会話を交わす。

 そこには白い鱗が手の周りに浮かび上がり、レーザーを遮っていた。

 焦げ跡は疎か、傷一つ見えず、悠々とレーザーを浴び続ける鱗。

 それこそが妖魔最強種と謳われる龍が持つ、ドラゴンスケイルと呼ばれる鱗なのだ。

 その性能は物理のみならず魔術的、概念、精神系すら跳ね返し、ありとあらゆる攻撃に耐性を持つ最強の鎧。

 だが、それにしてもこれは異常だ。

 龍種とは言え、太陽神の力を浴び続けられるなど通常の龍ではありえない事象なのだから。


『この力…………貴様はプラシノス様と同じ……白の……か?!』


 目の前の女から異様な力を感じ取ったシェセパは、直ぐ様障壁を貼り彼女等の侵入を阻止しようとした。

『聖域化』を特性に持つ彼女の領域は、場所其の物の機能を強化する事が出来る。

 それ故に自身の能力とは関係のない結界術すら行使が可能となるのだ。

 生み出した障壁は自己修復機能はないものの、学園の大結界に近しい強度を誇る物だ。

 それを十数枚以上、展開し外部からの干渉をシャットアウトする。

 無論そんなものを使う以上、何のリスクもないわけではない。

 範囲が桁違いとは言え、学校長と理事長が二人掛かりで創り上げる結界を、一人で何重にも創り上げるのだ。

 シェセパは今、全神気と神域の精神力を振り絞って維持している。


『うわ~……随分とまあ、頑張っちゃって――』


 龍の女の後ろに隠れているもう一人がげんなりとした声を上げる。

 この多重の障壁を前にすれば、例えランクSの妖魔ですら突破は困難だ。

 これが彼女の選択。

 彼女は瞬時に目の前の存在が、己の手に負える案件ではないと判断したのだ。

 その判断は概ね正しく、一つ誤算があるとすれば――。


『プラシノス? 誰だったか……翠…か? まあ誰でも良い』


 龍の女は龍鱗ドラゴンスケイルを纏った腕を振り上げる。

 そこから溢れ出る神気は桁違いという言葉すら正しくない。

 プールと大海の水量を比べて何になる。

 女の神気は辺りの空間……どころか、

 シェセパはSランクとなったシルヴィアを簡単にあしらえる神獣である。

 その彼女の妖気が女の前では塵以下に等しい。

 何もかもが次元の違う化け物。

 そしてその神気全てが一瞬で片腕に凝縮される。

 光輝に溢れるその腕が、世界を白く侵食していく。


『そん……な……っ?』


 龍の女が軽く腕を振るうだけで、防壁は全て消し飛ぶ。

 仮に後数百枚用意していたとしても、決して変わらないであろう圧倒的な格の差。

 彼女の誤算は一つ、目の前の龍は高く見積もった予測すら上回る規格外中の規格外だったという事だ。


『興味が失せた。余はもう帰るぞ。いいな? ………フト』

『どうぞご自由に~。後は僕に任せて、コイツの記憶もきっちりと……しておくから。――――まあ、僕の能力がバレるはずないんだけどね』


 ゆっくりと近づいてくるもう一人の人物。

 そこでその記憶は乱雑に断ち切られるのであった。


 †



「…………!?」


 シェセパの記憶から戻ったシルヴィアは即座に自分の身に起こった違和感に気がつく。

 視界は何かに覆われているのか、僅かな光を感じるだけで何も見えず。

 両手両足には手枷の様な感触の物が取り付き、うまく動かせなくなっているのだ。

 おまけに妖気も吸い取られ続けており、激しい虚脱感に襲われている。


「ふむ、目が覚めたかな?」


 頭上から野太い男性の声が響く。

 勝手なイメージではあるが、シルヴィアは声の主を筋肉ムキムキのスキンヘッドの頭の男性と想像した。

 それも妖魔ではない、人間の男性である。

 すん、と鼻を鳴らし、シルヴィアは自分の想像が大体あっている事を確信した。

 夢魔である彼女にとっては匂い一つ嗅ぐだけである程度の情報を得る事が出来るのである。


「これは一体どういう状況なのだろうか? 釈明を要求したいのだが?」

「おっとこれは失礼した。ではまずはそう、何故ここに儂が来たかを説明しようか」


 完全拘束されているシルヴィアを見下ろしながら、男は無精髭を撫で付ける。

 その顔には歴戦の勇士かくやといった具合に、傷痕が至る所にあり、巌の様な凄みを生み出していた。


「先程そこに居られるシェセパ殿より連絡がありましてな。『件の夢魔を発見した』と。であればこうして真偽を確かめるために腰を上げたというわけじゃ。ご理解いただけましたかな?」

「…………」


 男の言葉にシルヴィアは考え込む。

 話の真偽は一先ず除外して、その話の内容自体がありえるか、と言う事だ。

 それは即ち、一体何時シェセパが連絡したのかという事。

 初めから正体を見抜かれており、前もって電話された可能性は考えられる。

 或いはワンボタンで知らせる事の出来る設備があるのかもしれない。

 だがあの時シェセパはシルヴィアの顔を見る事によって漸く気付いた様子だったのだ。

 であるならこの連絡はやや不自然だろう。


「ふむ、だんまりかね。妖魔とは言え、若い娘に無視されるというものは少々くるものがある。まだ老害などに成り果てたつもりはないのだがの」

「………私をどうするつもりだ」

「無論捕まえた以上、事情を聞かなくてはならない。我々には情もあるし、慈悲もある。あまり手荒なことはしたくないのだが……」


 そう言いながら男はゆっくりとシルヴィアの肩を掴み、徐々に圧力をかけていく。

 妖気を奪われ、虚脱状態に陥っているシルヴィアは骨の軋みに眉を寄せる。


「――ぐっ、自白しなければ、拷問も辞さないと?」

「そう捉えてもらっても構わぬ。儂の名は鳳凰院元真。夢魔くん、キミの名を教えてはくれぬかの?」

「………………シルヴィアだ」


 シルヴィアがそう答えると、漸くその手が離されるのであった。



 †



「ひひ……うひひひ、うひひははは~」


 周辺一帯のうち、最も高い樹の上で、白髪の少女が笑い転げる。


「おっといけない。アイツの笑い方はこうじゃなかったな。ごほん――――かっかっか」


 その少女は下駄に天狗のお面を身に着け、片手で団扇を扇ぎながら何かを覗いている様子だった。

 第三者から見れば怪しい事この上ないが、辺りに人影はない。

 無論少女もそれを理解した上での行動ではあるが。


「うまく行ったのう。何やら儂の正体を探っているようじゃったが、儂のほうが上手じゃったようじゃ」


 少女は退魔師に担がれているシルヴィアを見て、満足そうに笑う。

 交換留学生を夢魔の姿で襲ったのも、態と退魔師に見つかり正門まで誘導し、あまつさえシェセパの声で退魔師達に連絡したのも全てこの少女の作戦である。


「しかし、退魔師連中は無能じゃの。これだけやられても、まだ儂の足取りをつかめぬとは。こんな作戦を立てることが馬鹿らしくなるの」


 件の夢魔を捕まえた事により、沈静化した屯所の様子を少女は覗き見る。

 現状退魔師陣営は少女にとって都合のいい玩具だ。

 行動はすべて筒抜けであり、好き勝手に嬲る余裕すらある。

 姿を晒して高笑いは慢心もいいところではあるが、現状だけを見れば仕方がないのかもしれない。

 全て思い通りに事が運んでいるのだから。


「それに引き換えあの識ってやつは厄介じゃの。早めに写すか処理しないと――」


 少女が識を処理する算段を思案していると、その体がぐらりと傾く。

 天狗である少女が樹上でバランスを崩した?

 いや、傾いているのは体ではない。

 足場にしている樹が傾いているのだ。


「なん――ッ?!」


 その注意が足元の樹に向いたほんの僅かな間隙。

 まるで忍者を想起させる影に少女は殴り飛ばされる。

 殴り飛ばされながら少女の姿はみるみると変化してゆき、やがて男女の見分けすらつかない童子の姿へと変化した。


「ふむ、オリジナルが通ったことのない場所に行くと強制解除されるというわけだ。妖魔シェイプシフター、資料通りですな」


 たたらを踏む童子の眼前に、一人の男が降り立つ。

 見知ったその顔に童子は目を見開き、思わず叫ぶ。


「……何でここに、お前がいんだよ? 鳳凰院元真ァ――――ッ!!!!」

「儂が居て何か問題でも?」


 傷だらけの顔に、無精髭を蓄えた筋肉隆々の男が童子に向き直る。

 だが、それはありえない。

 何故ならその人物は先程までシルヴィアを担いでいたのだから。

 それも少女が天狗の能力で何十キロと離れた位置から監視していたのだ。

 こんな位置まで来れるはずがない。


「神器の能力? いや双子か? いやそれ以前に何で僕の居場所がわかった?!」

「ほっほっほっ、捕まってくれれば教えてしんぜましょう」


 つい数刻前と同じく豪腕がうなり、少女目掛けて振り下ろされる。

 童子は突然の事態ながらも、その拳をなんとか躱す。


「夢魔に成っていた時よりも反応が鈍いですな。どんどん行きますぞ」

「くそっ、コレだから自分で戦うのは嫌だってのに……」


 童子は性能の落ちた体を動かし、その場から退散しようとする。

 居るはずのない男の出現、自分の正体がバレている点、腑に落ちない点は色々とあるが、童子はそれら全てを一先ず棚上げにした。

 先ずするべきは逃げ切る事であると、余計な雑念を一瞬で取り払ったのだ。

 こんな見かけではあるが、彼女は優に数百年を生きる妖魔である。

 この程度の修羅場など幾度もなく潜り抜けている。


「ツメが甘かったね。いくらお前が歴戦の勇士と言えど、逃げるならなんとでもなるんだよ。どうせやるならもっと人員を配置するべきだったね。まあ、その場合は絶対気づくけど」


 童子は男を小馬鹿にしながら逃亡する。

 シェイプシフターの能力は識が解説した通り、本人とほぼ同じスペックに変身出来る。

 先程天狗に変化して千里眼を使用していた様に、その妖魔が持つ特異な能力すら再現が可能だ。

 しかし、なんの制限もなく能力が使えるわけではない。

 その変身能力を使用するにはオリジナルに接触する必要があり、また変身体でいられる場所も限られている。

 即ち、先程見破られた様にオリジナルが過去存在した事のない場所には存在できないのだ。

 故に童子は変身できる場所まで逃げ切る必要がある。

 童子がこの学園で切り札に選んだ妖魔は二体。

 どちらもSランクの力を誇り、且つ常在していなかった存在。


 シルヴィアとクリスティナだ。

 日頃から広範囲に行動していたシルヴィアは奇襲にうってつけであり、小さい範囲ながらも絶大の力を誇る麒麟は誘い込みにうってつけだった。

 童子は今、麒麟で活動できる場所へと逃げ続けていたのだ。


「どういうカラクリかは知らないけど、姿を見られた以上消しときたい。それが無理でも麒麟なら楽勝で押し返せる」


 シェイプシフターであるシフトはそう独り言つ。

 性格上本気を出せないだけで、本来麒麟は鳳凰と肩を並べる神獣である。

 退魔師であろうと人間如きが御せる存在ではない。

 どれほどの奥の手を隠し持っていようが、力技でゴリ押しできると言う判断だろう。


「後もうちょい、でもほんの僅かに間に合わない……」


 背後に迫る豪腕。

 シフトの素の能力はそこまで高くはない。

 普通の人間ならいざしらず、背後に迫る男は歴戦の勇士だ。

 追う以上逃してくれる様な存在ではない。


「――まあしょうがないよね。いつものやつをやるしかない」


 シフトは懐から呪物を取り出す。

 男はほんの一瞬目を細めるが、躊躇わずに拳を振り抜いた。


「ぐっ――」


 衝撃により爆発する呪物。

 男の腕が爆炎に巻き込まれるが、手甲により強化された腕には然程影響はない。

 寧ろ至近距離で爆発と拳の直撃を受けたシフトの方が被害甚大だろう。

 だがそれが彼女の狙いであった。

 あえて自分ごと自爆する事によって、強引に距離を稼いだのだ。

 だがその代償は大きく、左腕と胸の筋繊維と骨が砕ける。


「でも問題なし~。だって僕の勝ちだから」


 目的の場所に辿り着いた瞬間にシフトは能力を発動する。

 ランクSの圧倒的な妖気が辺りに流れ出るのであった。

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