ピリピリムード


 いつも通り学校に行く。小さなあくびをしながら教室のドアを開けると、一斉に視線が集まった。


「え、と…」


 びっくりして時計を見ると、8時25分。クラスのほとんどが来ていて、すでに勉強をしている。いつもギリギリに来る田沼くんでさえ、だ。


「受験がないからって、のんびり、あくびしながら来るなんて、たいそうね」


 すごくトゲのある言い方。


「早く入ってドア閉めてよ。廊下がうるさくて集中できない」


「あ、ご、ごめんなさい」


 慌ててドアを閉め、自分の席に向かう。昨日の今日でこんなに雰囲気が変わるものなのか…。


「っくしゅ、くしゅん!」


 くしゃみをしただけで睨まれた。


「琴音」


「…!」


 斜め後ろから、わたしを小声で呼ぶ人。


「おはよう、田沼くん」


「はよ。風邪引いたのか?」


「多分? 最近、外が多くて」


「体調気を付けろよ?」


「ん、ありがとう」


 周りから、迷惑そうな視線を感じる。


「来て早々で悪いんだけど、教えてほしいところあんだ」


「ちょっと待ってね」


 後ろにコートを掛けに行く。


 もしかして、昨日のアレが原因? なんだか居づらいな。


 コートを掛け、田沼くんのところに行く。


「どこ?」


「あぁ、ここ。昨日から詰まってて」


 問題を見せてもらう。


「んん…。これ難しいね」


 わたしは問題と睨めっこ。田沼くんがなにかを言った気がするけど、よく聞こえなかった。


 突然、頭上に固いけど温かいなにかを感じた。


「え、なに、え??」


「黒崎さん」


「えっ、」


「あげる」


 頭にあったそれは、頬にピタッとくっつく。


「あったかい…」


 手に取ると、小さいペットボトルのはちみつレモン。


「風邪引きサンにプレゼント」


「あ、ありがとう…」


「ドウイタシマシテ」


「…あ、黒崎くん、この問題わかる? もう少しでわかりそうなんだけど、難しくて」


 黒崎くんは問題集を覗き込む。チラッと隣を見ると、距離が近くて驚いた。


「ん? あ、いや…。…あぁ、わかった。田沼、シャーペン」


「あ、はい!」


「一回しか言わないから。まず、これが邪魔。ここまではわかると思う。で、コイツを排除したいから…」


“邪魔”


“排除”


 意味としては間違っていないとおもうけど、数学でそんな言葉は普段使わない。黒崎くんらしいなと思うと、なんだかおかしい。でも、彼の説明は、すごくわかりやすくて、すんなりと入ってきた。それは田沼くんも同じらしい。


「──…で、終了」


「おぉーっ、ありがとうございます、黒崎さん!」


「あ、あの…」


 女の子が数人、問題集や教科書を持ってやって来た。周りも黒崎くんを見ている。


 黒崎くんはと言うと、機嫌が悪そう。少しだけ、ムッとしている。多分、他の人にはわからないだろう。


「僕は今までダラけて、この時期になって焦り始めた奴に、教えるつもりはない。もしコイツに聞くなら、昨日も言ったように放課後以外にらしろ。文句があるなら、直接僕に言いに、2組まで来い。ま、そんな暇があれば、の話だけど」


 黒崎くんは鼻で笑ってから、わたしの頭をポンポンして教室を出て行った。


「か、感じ悪い…!」


 女の子は自分の席に戻っていく。


「きっと、昨日のことで琴音が嫌な思いをしないように、ああやって言ったんじゃね?」


「そうなのかな?」


「うーん…、多分?」


 そう言って田沼くんは笑った。


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