ミヤタ ナナ⑷


 あの後どうやって協会に帰ってきたか、全く覚えていない。気が付けば、仮眠室のベッドの上だった。


「…目、覚めた?」


「……黒崎くん…?」


「昨日の帰り、途中で意識失って協会ここまでおぶってきたんだよ」


「…ごめんなさい…」


「いいよ、べつに。肉体的にも精神的にも疲労溜まってただろうし、それに柊軽かったし。重かったら怒ってたけど」


 そう言って彼は優しく笑う。


「今日は学校休んで、明日から行こう。さすがに今の状態じゃ無理だろうしね」


「うん…、ん?」


「まぁもう昼だから、行く意味ないけど」


「え」


 時計を見ると、12時ちょっと前。今日が始業日だとしたら午前授業のため、本当に行く意味がない。


「わたし一体…」


「仕事が終わったのが10日の午前2時。今は11日の正午5分前」


「!?」


 1日以上眠っていたらしい。こんなことは初めてだ。


「たまには良いんじゃない。もう少し寝とく?」


「もう寝ない…。夜、眠れなくなりそう」


「じゃあ少し休んだら帰ろ。家まで送る」


「うん。ありがとう」


 なんだか頭がボーッとする。寝過ぎたせいかもしれない。そんなことを考えながら天井を眺める。真っ白な天井。病院のそれが思い浮かぶ。


「…黒崎くん」


「…ん?」


「奈々ちゃんはもう、いないんだよね」


「…僕らが見送ったからね」


「そうだよね。そうだったね…」


 実感がまるでない。夢だったのではないかとすら思う。


「…僕も、すぐには実感なんて湧かなかった」


「え?」


 危うく聞き逃してしまうところだった。


「嘘なんじゃないか、夢なんじゃないかって。でも、通夜に行ったら嫌でも実感させられた」


「……」


「だから多分、実感ないのが普通なんじゃない」


「そう、なのかな…」


「身近な人ほど、ね」


「そっか…」


「…宮田奈々の中で柊は、結構お気に入りだったと思うよ」


 わたしは首を傾げる。


「どうして?」


「なんとなく。…けど、ツン多いツンデレみたいな感じ。そんな感じした」


「うーん…?」


 わかるような、わかからないような。黒崎くんの目には、奈々ちゃんはツンデレに映っていたらしい。


 奈々ちゃんの中で、わたしがお気に入りだったと聞いて、なんだか嬉しかった。


「泣き虫で弱虫の柊を頼むって言われたから、最後までで面倒見てやる。って言っても、そのつもりだったけど」


「うん。…奈々ちゃんのためにも、頑張らなきゃ」


「……やっと笑った」


 ため息をついて、少しだけ笑う黒崎くん。優しいお兄さんのようだ。


「いつまでも泣きそうな悲しい顔してても、彼女は喜ばないと思うし、笑ってなよ」


「そうだよね。うん、ありがとう、黒崎くん!」


 悲しい顔は、もうおしまい。


 わたしはベッドから降りる。


「シャワー室行ってくるね」


「休んでなくていいの」


「もう大丈夫!」


 急いでシャワー室に向かう。


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