交通事故


 先程よりも雪が降っている。視界が悪い。


「雪、降ってきちゃったね」


「そうだね。…あ、いた」


 50メートルほど先に、対象者のおばあさん。彼女はこちらに向かって歩いてくる。なんの反応も示さず、通り過ぎた。


「…見えてないのかな?」


「ただの通行人だと思ったんじゃない? こういう時は名乗らず、見失わない程度に距離を取るのが一番いい」


 黒崎くんが言った通りに、相手を見失わない程度に離れてついて行く。


「っくしゅ!」


「…カイロは」


「4枚…」


「……」


 わたしの答えに、黒崎くんは変な顔をして黙った。カイロを4枚貼っていても、制服が冬仕様でも、寒いものは寒いのだ。


「柊」


「うん」


 おばあさんは横断歩道ではなく、中央分離帯のある道路を渡ろうとしていた。時間が近付いている。


 わたしたちは彼女に集中する。この時が一番嫌いだ。見たくないのに、見なくてはいけない。誰かの終わりが、わたしを生かす。


 車が途切れ、おばあさんは渡り始める。夕方とはいえ、すでに真っ暗。雪が降っているせいで、視界不良。


 あ────。


 その時は来てしまった。彼女の魂が起き上がる。


「…鈴木浩子様。あなたの魂を、冥土へお送り致します」


「……」


 おばあさんは困った顔をするばかり。


「黒崎くん…」


「そうだね」


 わたしは扉を開け、その向こうに続く階段を示す。


「こちらの階段をご利用ください」


 彼女が口の動きを見られるように、ゆっくりと話す。すると、なんとか伝わったようで、階段の前まで来てくれた。


「お気を付けて」


 彼女は軽く頭を下げると、歩き出す。扉はゆっくりと閉まり、やがては跡形もなく消えた。


「お疲れ」


「お疲れ様です」


 少し離れたところでは、複数の赤いランプが点灯していた。


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