憧れは偶然に


 校舎を出ると、冷たい空気が身を包む。


「うー、寒い!」


「泣きながら来るかと思ってたけど、ケロッとしてたね」


「んー、思入れがないから…。友達いないし」


「寂しい奴」


「黒崎くんがいるからいいの」


「…っ」


「どうしたの?」


「いや、意味が変わってくるから少し言い方考えろ」


「え?」


 黒崎くんの言っていることがイマイチわからなかった。


 校門を出る直前。


「ストップストップスト──ップッ!!」


 誰かに慌てて呼び止められた。振り返ると、田沼くんが走ってこっちに向かっている。


「なにしてんだ、アイツ」


「…走ってる、かな」


「見ればわかるよ、それくらい」


 わたしたちの前まで来た田沼くんは、ひとまず呼吸を整える。


「…実はずっと憧れてたことがあって」


「?」


 落ち着いたのか、話し始める。


「叶えられるのはすごい偶然なんだけど」


「うん」


「俺、琴音が好きだ」


「うん。……え。え!?」


 わたしは目を丸くする。今のは聞き間違いだろうか。でも、彼はまっすぐわたしの目を見て言った。


「好きだよ。仕事仲間じゃなくて、ひとりの女の子として」


「!!」


 途端、顔から火が出そうなくらい熱を帯びる。初めて告白された。通り過ぎて行く人たちがジロジロ見てくるから、余計に恥ずかしい。


「ごめんな、こんなところで。さっき玄関で呼んだんだけど、友達に捕まって」


「あの時、田沼くんだったんだね」


「おう」


「…あの、ご、ごめんなさい。わたし、その、そういった感情はもってなくて…」


「ふはっ!」


 田沼くんは笑い出す。


「??」


「琴音らしいな。まぁわかってたことだし、そういうところが好きなんだけど」


 差し出される右手。


「俺、大学行っても死神続けるからよろしくな」


「うん、よろしくね」


 右手を合わせると、軽く引き寄せられた。


 ──ちゅっ


「……」


「女子が言ってたけど、場所によって意味があるらしいぞ。じゃあまたな、琴音!」


 彼は走って校舎に戻って行く。


 わたしはなにが起きたのか必死で整理していた。


「隙ありすぎだよ、バカ」


「!!」


「はい、キスの意味」


 わたしに携帯の画面を見せてくれる。


「キ、!?」


「アイツにされてたじゃん、おでこ。無防備で隙だらけだから」


 そう言って黒崎くんは、わたしの髪を1束掬い、それにキスをした。


「ほら、ね」


「ち、違っ」


「行くよ」


 黒崎くんは既に携帯をしまっていて、結局おでこも髪も、意味を見ることができなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る