IDOL

「お嬢様、お疲れ様です!

 ご立派で……ご立派でございました……!」


「大ゲサですよ、エリナ」


 アンコールに至るまでつつがなく終え……。

 控え室に戻った俺は、エリナからタオルを受け取りながらそう答えた。

 ……彼女が『カミュLOVE』と書かれた俺のイラスト付きTシャツを着ていることに関しては、あえてスルーしよう。


「ともかく、これで最初の任務に関しては、山場を越えましたね」


 そう言って、用意された椅子に体重を預ける。

 体にのしかかるのは、恐ろしいほどの疲労感だ。

 わたしは幼い頃から英才教育を受けており、腹式呼吸を始めとするアレやコレやについても、当然ながらあらためて教わるまでもなく、マスターしていた。

 その上でこう言おう――死ぬほどキツイ。


 アイドルのライブステージが、ここまで疲れるものだったとは……!

 前世においては、あんまり興味なかったからニュース映像とかで見るくらいだったけど、あの笑顔は、気合いと根性で維持していたものだったんだな。

 自分大好き人間なわたしだからノリノリで引き受けてしまったけど、ちょっと軽率だったかもしれない。


 ただ、この体に宿っているのは、何も疲労のみではない。

 銀河の星々が放つ光をこの身へ取り込んだかのような圧倒的充足感と、飽くなき向上心……!


「ですが、ミスもありました。

 間違ってしまったフリなどに関しては、さらに突き詰めて仕上げていきましょう。

 まだ、この惑星でのライブは残されているのですから……!」


 エリナから渡されたドリンクを飲みつつ、うそぶく。

 へへ……まだ終わっちゃいないぜ!


「その意気です! お嬢様!」


 グッと両手でガッツポーズしたエリナに励まされ、アイドルというか最終ラウンドを前にしたボクサーみたいな気分で闘志を燃やしていると、控え室のドアが軽くノックされる。


「どなたですか?

 今は、ライブ後汗だく疲労モードのお嬢様を愛でる大切な時間です」


「いえ、あらかじめ呼んでおいたのです。

 ……なんて?」


 エリナへ聞き返す前にドアが開かれ……。

 二人の少年が、姿を現した。

 当然、ユーリ君とジョグである。


 ただ、二人の格好は、以前までのような作業着や特攻服ではなく……。

 それぞれ、ジュニアサイズであつらえたスーツに身を包んでいた。


 ――紳士は、形から。


 と、いうことで、何気にカルス帝自らが下賜した逸品である。

 皇星ビルクのテーラーで仕立てられたそれは、ユーリ君に関しては素材の良さもあってカッコかわいく着こなせているが、ジョグの方は……そうねえ。

 とりあえず、リーゼント以外の髪型にも挑戦してみてはどうだろうか。


「お疲れ様です。

 すごいライブでした!」


 ユーリ君がキラキラと目を輝かせ……。


「オレァ、よく分かんなかったけど、まあ盛り上がってたんじゃねえかあ?」


 ジョグの方は、コームで髪を整えながら感想を漏らす。

 まあ、憎まれ口を叩かなかっただけ、上出来というところだろう。


「さて、予定だとそろそろ通信が入る頃ですが……」


 壁掛けのデジタル時計を眺めていると、打ち合わせた時間ピッタリに着信が入る。

 立ち上がってリモコンを操作すると、室内のホログラフィック通信装置が作動し、一人の男性を映し出した。


『よぉーよぉー、やってるじゃないか。

 こっちでも中継は見たぜ。

 大盛り上がりで、大変結構だ』


 にこやかな笑みをたたえた三十代の男性……。

 だが、スーツの着こなしは完璧であり、立ち姿にも一切の隙が見当たらない。

 銀河皇帝――カルス・ロンバルドその人である。


『Imperial Directorate of Order and Law――IDOL。

 俺様直轄の治安維持機構として、まずは文句のない働きぶりだ。武力介入も含めてな。

 チューキョーの職人たちに地獄を見せて、大急ぎで新型機を用意させた甲斐はあったってもんだぜ』


「あー……アレですか」


 皇帝の言葉に、ユーリ君がややげんなりとした顔になった。

 彼のみは、たった今話題になった地獄の宴へ、設計主任として参加していたわけだが……。

 アレはもう、新型機製造なんていうワクワクドキドキイベントじゃなかったからな。

 例えるなら、外道入稿の限りを尽くした原稿へ対応した印刷所みたいな。

 良い子の皆は、無理のないスケジュールを立てた上でしっかりと締め切りを守ろう!


『欲を言えば、戦艦もスタジアムシップも新造したかったんだがな。

 さすがに、予算も期間も足りなかった。

 すでにあるものを使わないのも、もったいないし』


「――ハッ!

 分かってねえなあ。ハーレーは宇宙一の戦艦だぜ。

 あれ以上の艦なんて、そうそう生み出せねえよ」


 皇帝の言葉に、IDOL旗艦――ハーレーの元持ち主がうそぶく。

 まあ、ちょっと火力に偏重しすぎているし、ユーリ君の弁を借りるなら後付け改造が多すぎて整備性も悪いそうだが、実際に良い艦ではある。

 空に浮かべるだけで、レジスタンスも騎士爵軍もビビッていたからな。

 組織としての性質を考えるなら、示威効果だけでも有用であった。


「それより、皇帝様よお……。

 そのあからさまにこじつけたような組織名と、このライブに関しちゃどうにかなんねえのかあ?

 特に、ライブはぜってーいらねえと思うんだけどよお」


『必要だ』


「いります」


「必要ですよ」


「お嬢様のライブがなければ、このエリナは生きていけません」


 ジョグの言葉に、俺を含む全員が反対意見を告げる。


「ええ……」


 民主主義の暴力を前にして、元宇宙海賊キャプテン現俺の下僕は押し黙る他にないのであった。


『まあ、お前さんの言いたいことは分からんでもない。

 実際、組織名に関しちゃ、かなり苦しいこじつけだ』


 それを哀れに思ったか、立体映像のカルス帝が肩をすくめながらうなずく。


『だが、アイドルは間違いなく必要だ。

 荒れ果てたこの銀河を、アゲてくれる偶像が、な。

 それに関して、カミュちゃんほどの適任はいねえのさ。

 ただかわいくて、歌って踊れるってだけじゃねえ。

 カトーが起こした反乱では参謀役を務めた上に、自らPLを駆って出撃し、戦果を挙げている。

 分かるか? 今の子供たちは、銀河リーグの選手よりも、PLのパイロットへ憧れる。

 現在、この銀河において、カミュちゃんよりも人の心を集められる存在はいねえってことだ。

 現皇帝の俺が言うのもなんだけどよ』


 そこまで言った後……。

 大抵の場合、人懐っこい笑みを浮かべているカルス帝が、不意に真面目な顔となった。


『今、この銀河は荒れちまってる。

 他でもない。俺たち皇族の責任でな。

 例えば――海賊。

 例えば――紛争。

 チューキョーや今いるオロッソで経験したように、下剋上を狙っての謀反や、自治を願っての反乱も、日常茶飯事さ。

 しかも、腐敗した各貴族家は、それをコソコソと隠そうとしやがる。

 子供が、出来の悪いテスト答案を親へ隠すみたいに、な。

 つまるところ、俺への信頼が足らないんだ。

 あるいは、独立自尊の意識が強いか。

 どの道、帝室は頼られていない』


 そこでカルス帝が、俺たち全員の顔を見回した。


『俺の父か、あるいは祖父か、それより前の世代か……。

 銀河に、帝室の目は届かなくなっちまった。

 ボウズが率いていた海賊なんてのは、その生き証人さ。

 奴隷労働を強いられていた連中が脱出し、武装して独自勢力となる……。

 近年では、内偵を進めているいくつかの貴族家や、あるいはカトーみたいな裏稼業の連中がそれを支援することで、似たような境遇の海賊もポンポン生まれている。

 嘆かわしいことであると共に、ボウズの先祖には深く詫びなきゃいけないと思っている』


「ハッ! んなもん、今更だぜ」


 銀河最高権力者も恐れぬアホの言葉を、しかし、カルス帝は極めて真面目な顔で受け止める。


『ボウズにとっては今更でも、俺には現在進行系の問題だ。

 専制君主の統治が長く続けば、どのような国家でも必ずそうなることは、歴史が証明している……なんていうのは、言い訳にもならねえ。

 だから、俺の代で変える。

 そのために、お前たちみたいな子供を頼るのは心苦しいが、これが思いついた中で一番効果的な案だ』


 全員を見回したカルス帝の瞳が、俺のところでピタリと止まった。


『ウォルガフ大公の娘、カミュ・ロマーノフよ。

 あらためて頼む。

 我が直属の治安維持組織を率いて、その星のように銀河へ平和を広げていってくれ。

 そうすれば、悪党共も自然と大人しくなっていくだろう』


 考えてもみれば、カルス・ロンバルドという皇帝は、前世のゲーム知識を踏まえても謎の多い人物だ。

 何しろ、物語開始時点ではすでに死んでしまっており……。

 それを発端として、こんな顔して密かにこさえている娘が発見され、物語の主人公となるんだからな。

 で、その主人公と皇帝の座を巡って、壮絶な銀河戦国時代が始まる……というのが、『パーソナル・ラバーズ』というゲームだ。


 言ってしまえば、間接的な戦乱の原因といってもいい。

 後継者をきちんと擁立せず、乱世の目もあちこちに残して死んだ結果、銀河中が大混乱に陥ったのだから。

 だが、実際の彼は、本編中で明らかとならなかっただけできちんとそれを憂いており、密かに調査を進めていたわけだ。

 ゲームと異なるのは、俺という手駒を見い出せたことだろう。


 これらの情報を整理した上で、この俺ことカミュ・ロマーノフが返せる答えは――ただ一つ!


「はい!

 好きなだけPLに乗って、歌って踊ってチヤホヤしてもらえる職場なんて最高ですから!」


 ――帝国のため、力を尽くします。


『あー……。

 カミュちゃんよ。

 多分、本音と建て前が逆だ』


 銀河皇帝にして上司にしてプロデューサーたる男が、苦笑いしながら告げた。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088824318765

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088824367393


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