カーチェイス 後編
優美なラインを描く装甲は、純白に染め上げられており……。
両肩に備わった特徴的なシールド・バインダーがプラズマジェットを噴射し、機体本体に飛翔力を与える。
このバインダーは、盾であると共に推進装置でもあり、特に空間戦闘においては、両肩部で独立稼働することにより、トリッキーな挙動を実現するのであった。
武装は、専用のビームライフルと背部の展開式粒子振動ブレード……。
これは、原型機と同じ構成である。
その原型機とは、他でもない――ミストルティンだ。
枯れた技術の集大成とはいえ、機体を構成するあらゆる機構に最高峰のものを採用したコスト度外視なラノーグ公爵家当主専用機……。
そのコストカットを図り、かつ、シールドバインダーという意欲的な機構を盛り込んだのが、あの機体なのであった。
名は――ミニアド。
アーサー王が使ったとされる伝説の槍から名を取ったPLであり、名前負けしない性能の高級機である。
これに搭乗するのは、他でもない……。
ラノーグ公爵家が誇る最精鋭部隊――白騎士団のパイロットであった。
『パーソナル・ラバーズ』本編においては、アレルの直掩を行う姿が印象的だった機体だ。
そのPLが、明確な殺気を放ちながら、こちらに飛翔してきている……。
しかも、その高度は徐々に徐々にと下がってきており……明確に、こちらへアクションしようとしている意図が感じられた。
「お味方ですか?」
カミュちゃんムズムズの感触から見てそれはないだろうと感じながらも、運転するアレルに尋ねる。
「いや……」
サイドミラーで相手機の姿を確認したアレルは、片手運転で携帯端末をいじるというこっちの心臓に悪い危険行為を行ったが……。
「あれは3番機……パイロットはイライアス少尉のはずですが、コールに出ません。
ばかりか、外部スピーカーによる呼びかけも行ってこない」
端末を耳に当てながら、眉間へしわを寄せた。
「なら……」
「理由は分かりませんが……追手とみてよさそうだ!」
またも、急ハンドル。
俺たちを乗せたタクシーが、法定速度に則るAI運転車を追い越す。
デジタル表示されているメーターを見れば、すでに100キロを越えていた。
だが……。
「追いつかれる……!」
上空の様子を見ながら、歯噛みする。
何しろ、向こうは障害物のない上空で、プラズマジェットによる飛翔を行っているのだ。
邪魔となる車を右へ左へとかわしながら走るタクシーに追いつくなど、造作もないに違いない。
「分かっていますよ……!」
ただ、ハンドルを握るアレルの表情は、冷静そのもの……。
別段、希望を見い出だしているわけではないだろうが、最後まで諦めず、あがき続ける闘志が瞳に宿っていた。
上空のPLを検知したためだろう。
道行く自動車のことごとくが、AI制御により停車していく。
多分、上空のパイロットは、このように不自然な停車が連発しているのを俯瞰して発見し、こちらに迫ってきたのだろうが、今はそんなことどうでもいい……!
ミニアドが、道路寸前で這うような飛行に移り変わり……。
空いている左手を、このタクシーへ伸ばそうとする……。
「――ふっ!」
アレルがブレーキペダルを踏み込んだのは、その時だった。
――ギーッ!
ゴムタイヤがアスファルトを削り取り、急停車する。
彼我の相対的な速度が急激にズレた結果、ミニアドはすっ飛んでいくような形で前方に向かっていった。
――ガコン!
さらに、アレルがバックギアを入れ、再びアクセルを踏み込んだ。
急速に後退したタクシーが、今までと逆方向に突き進んでいく。
あえて旋回することなく走るこの様は、外から見れば逆回しフィルムのようであるに違いない。
「右!」
「分かっています!」
身を乗り出してバックを見る俺の言葉に、アレルが答えながらハンドル操作する。
こうして後退していると、運転席で恐怖に顔を歪める市民たちの姿がよく見えた。
高速でバックしてくる無謀なタクシーなど、彼らにとっては恐怖でしかないだろう。
だが、それ以上の脅威が、前方から迫ってきている。
再びこちらを追いかけてきたミニアドだ。
両肩のシールド・バインダーを前方に転換させ、再び滑るような挙動でこちらに迫ってきているのであった。
あくまで左手を伸ばすに留まっているのは、抹殺指令が出されているのはアレルだけなため、俺を巻き添えにしないためか……。
間近で見ると恐ろしいほどごついマニュピレーターが、フロントガラスにまで迫る。
――ガコン!
ここでアレルが、再びギアを切り替えた。
ギアチェンジの反動で空転したタクシーのタイヤが、摩擦熱により白煙を噴き上げる。
同時にハンドルを切ることで、タクシーは方向転換を果たし……。
ミニアドの親指へ接触した助手席側のサイドミラーが、バキリと外れて飛んでいった。
「くそ!
どうせなら、スポーツカーでも盗めばよかった!」
モーター駆動するタクシーのあまりに情けない馬力へ、アレルが悪態をつく。
早く早く早く早く早く……加速しろ!
俺たちの祈りに応え、ようやくタクシーが再加速を開始したが……。
ラノーグ公爵家の精鋭が駆るPLは、当然ながら民生の車両なんぞより早く速度調整を果たし、またも左手を伸ばしてくる。
今度こそ、小細工は通じない……。
俺もアレルも、訪れるだろう衝撃に備えて、歯を食いしばった。
しかし、予想と異なり、ミニアドは急上昇し、俺たちのタクシーから距離を取ったのである。
同時に、右手のビームライフルが、前方……。
宇宙港がある方へと向けられた。
そちらから迫りくる機影……。
キャノンボールと化して、ラノーグの空を駆けてくる赤い機体は……!
「カラドボルグ!」
流星めいた速さで飛翔するPLが、手にした二丁のライフルをミニアドに向ける。
だが、そこから電磁パルス弾や荷電粒子ビームが放たれることはない。
街中で発砲し、巻き添えが出ることを恐れているのだ。
格闘戦を決意したのだろう……。
カラドボルグが、自慢の二丁ライフルを両腰のハード・ポイントへと装着した。
そして、ミニアドの方もそれに応じる。
ただし、こちらは徒手空拳ではない。
ビームライフルを後ろ腰のハード・ポイントへ装着すると、背部の展開式粒子振動ブレードを引き抜いたのだ。
完全展開された細身の刃に、きらめく荷電粒子がまとわりつく。
それは直ちに高速振動を開始すると、理論上、いかなる物質も切断可能な切れ味を鋼の刃に付与した。
原型となったミストルティン同様、中世の騎士を思わせるシルエットのミニアドであるため、このような武器を構えていると、魔法の剣を携えたファンタジー騎士めいている。
ボクサーのごとく両拳を構えたカラドボルグと、一刀流で正眼にブレードを構えたミニアドが、空中で睨み合う。
「頼みましたよ、ジョグ君……!」
俺たちを乗せたタクシーが全力で宇宙港に向かう背後、PL同士による空中白兵戦が開始された。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091010591276
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091010632613
そして、お読み頂きありがとうございます。
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